NICU編です。出産までの記事一覧は こちら からご覧下さい。

★この記事は過激な表現が出て来ます。
体調が優れない人、調子が悪い人、人の気持ちに同調しやすい人は
閲覧をご遠慮下さい。

過去の出来事として、正直な気持ちを書いておりますが
現在は乗り越え、幸せに楽しく暮らしております。




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ある日、いつも通り面会に来ていると
看護師長さんから声をかけられた。


内容は
NICUの中で、娘が一番元気なので、GCUに移る、ということだった。




びっくりした。
出産から1ヶ月も経っていなかった。
いつかは自宅に帰ることは分かっていたけれど…こんなに早く事が進むなんて!
その頃にはもう、娘は点滴は無くなっていて、哺乳瓶でも飲めるし、母乳も少しずつ直接吸えるように。
サチュレーションモニターは外せないけど、それ以外は特に目立ったものも付いておらず。


名残惜しいというか、まだ覚悟ができていなくて焦ってしまった。
が、その日の午後のうちに移動になり、次の日の面会はGCUだった。


薄暗いNICUとは違い、GCUはカーテンが開いており、太陽の光が差し込んでいた。


もうすぐお家に帰れる子たちの生活リズムを作るために光をいれているんだそう。


明るくて、おもちゃも少しだけあるGCUは「赤ちゃんと暮らす」ということを、身近に感じさせてくれた。




娘がGCUに移動しても、毎日の病院通いは変わらなかった。
ちなみに、旦那も出勤前にほぼ毎日、病室を訪れていた。
仕事もあるのに大変だったと思う。
旦那は間違いなく父親になっていた。
私よりずっと早くに、腹を据えて覚悟をしていたように思う。
守るものを持った男性は強くなるって聞いた事があるけど、まさにそれだと思った。




GCUに移動してから退院までは、あっという間だった。


退院前に一度、長時間面会というものをやった。
6時間くらいずっと一緒に個室で過ごす、というものなんだけど、ワタワタしていてあまりよく覚えていない。
ただ、添い寝をするということが、こんなに幸せなのか…!と思ったのははっきり覚えている。




小さな小さな娘が、少しだけ大きくなった
7月下旬。



「障がい児を育てる」なんて

何も覚悟が出来ないまま
拍手と、暖かい言葉をを浴びながら。




「退院おめでとうございます」



そんな。。。
これから、どうしたらいいんだろう。

怖くて、怖くて、怖くて。
ただそれだけだった。




希望よりも、遥かに大きな不安を抱えて、
娘との新生活はスタートした。




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