NICU編です。出産までの記事一覧は こちら からご覧下さい。

★この記事は過激な表現が出て来ます。
体調が優れない人、調子が悪い人、人の気持ちに同調しやすい人は
閲覧をご遠慮下さい。

過去の出来事として、正直な気持ちを書いておりますが
現在は乗り越え、幸せに楽しく暮らしております。




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この記事を書くに当たって、かなり悩んだ。
旦那も、旦那の友達も
このブログを読んでいるからだ。

だが、当時の私の本当の気持ちを書くのに
「同居の義両親」の話を書かないのは
あまりにも不自然だと思ったので、書き残すことにする。


当時、病院への送迎をしてくれた義父
そして、体調を気遣いながら家事をしてくれた義母
二人には本当に心から感謝している。
義両親がいなければ、私は確実に廃人になっていだと思う。


ただ、感謝は大前提として
「同居」というもののなかでは
どんなに気持ちが落ち込んでいても
面会の際に、あまりよろしくない結果を聞いたとしても、お世話になっている以上
「報告」しないといけない、と思っていた。


私が一人の時も
旦那と二人の時も
説明義務があったのだ。
(勝手にそう思い込んでいただけかもだが)


医者からの説明を、私達の口から説明する。
その時間が最高にストレスだった。


義両親に求められているのは
「病状が良くなっている」というもの。
「病気は治る」と思っている方に
「治らない病気である」という説明をするのは
本当に心から苦痛だった。



私はなるべく医師の言葉をそのまま伝えるのを
心掛けていたが
旦那は、夢と希望を織り交ぜていて
それも私の心を疲れさせた。


例えば「歩ける可能性が未知数。どうなるかは分からないので答えられない。」という
事を伝える時に
私はそのままを伝えるのだけれど
旦那は「歩ける可能性はあるから!」という風に伝えるのだ。
逆側の「歩けないかもしれない」を伝えないことが
私にとってはものすごくストレスだった。
どうなるか分からないのに、嘘の報告をしているような気分だった。

一語一句…とまではいかないが、なるべくそのままを伝えたい私と
それよりも親を安心させたい旦那との説明会は
本当にしんどかった。
この人、都合のいい所しか話聞いてないんじゃないかな?って思う場面も何度もあった。



なぜそこを主張する?
説明聞いてた?
医者でも分からない未来を、ただの人である
貴方が分かるわけないでしょう!
なぜ脚色するのか。
なぜそのままを伝えないのか。

今は理想や夢語りの時間じゃないでしょう!


いまだに思い出すと、
その時のイライラが蘇ってしまう。苦笑



そして、義両親の反応はいつも
悪い事を伝えると、義父は俯きため息を吐く。
義母は話の途中でも「でも治るんでしょう?」と食い気味で言ってくる。




二言目には「かわいそう」だった。






何よりも嫌だったのが



「毎日面会に行って
毎日頑張ってて偉いよ。
私にはできない。」
と、毎日のように
言われる事だった。




​私だって​、やりたくてやってるんじゃない。
私だって、頑張りたくてやってるんじゃない。
やらなきゃいけないからやってるのに。
出来ないってなんだよ。なんなんだよ。




何でそんなに、私たちを不幸にしたがるんだろう。
私のことを、美談としたがるんだろう。




誰だって、健康な子を普通に育てたい。
そんなの当たり前じゃない。
病気なんて誰も望んでいない。



可哀想がられたり、
美談にされたり
そんなこと
これっぽっちも望んでいない!!





この時期は本当にキツかった。
大前提がズレている人達へ説明するのは
あまりにも大変で…。


今思えば、私が担当医師に求めていた対応を
(大丈夫です、とか、頑張れば治ります、みたいな)
義両親は私に求めていたのかもしれない。
私達がお医者さんにしていた態度を、まるっきり義両親を通して見せつけられていたのかもしれない。
5年経って今気付いた…。
お医者さんて、大変なお仕事だね。




ちなみに、私の親は、なるべく私をそっとしておいてくれて。
過剰に説明を求めたり、大きく反応しなかったのが救いだった。
家が遠かったので、いつもメールや電話で報告していたのだけれど「そっか」や「分かりました。報告ありがとう」くらいの反応だった。
ありがたかった。本当に、心の底から。



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