★この記事は過激な表現が出て来ます。
体調が優れない人、調子が悪い人、人の気持ちに同調しやすい人は
閲覧をご遠慮下さい。

過去の出来事として、正直な気持ちを書いておりますが
現在は乗り越え、幸せに楽しく暮らしております。




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話が前後するが、娘の退院日が決まった時に、
私は親族への説明まわりをすることに決めた。


理由は簡単
又聞きした内容で、
自分たちの知らないところで憐れまれたり、
噂話を立てられるのが絶対に嫌だったから。


幸いにも、旦那の親族はほぼ市内だったので
市内にある方々の家へは直接説明に行った。
私の親族はほとんど県外だったので、
メールや電話で全てを伝えた。

行ける範囲の親族の家には、全て行った。
「勝手なことを言われたくない」それが
私のその時の原動力だった。

みんな真摯に聞いてくれた。
激励をもらったり、泣かれたり
様々だった。

でも私はこれはやってよかったと思っている。
私たちの結婚式に招待した親族。
とても楽しい時間を一緒に作ってくれた親族だから、
隠したくないと思ったのだ。
たまたま会ったときに「あれ?」と思われるより
前もって伝えておいた方がお互いに良いだろうと
私なりに考えた。

というか、私が後々嫌な思いをしたくなかったから
先回りした…というのが正しいかもしれない。
友達にも全員に説明した。
さすがにそっちは回らなかったけど、でも
自分の口で説明したかった。
もしも受け入れてもらえないなら、
そこまでだと思った。
ある意味では、今後の付き合いを選別するために
周りの反応を探っていた時期かもしれない…。


今思い返すとものすごいエネルギーだ。
それに付き合ってくれた旦那にも頭が上がらない。
ただ、あの時の私が、衝動的に動いてくれたおかげで「バレるかも」とか「顔を合わせたくない」みたいな現象に陥ることはなかった。



ちなみに、この報告後に縁が切れた人はいなかった。
ただ、これを機会に縁を切った人もいた。



私はいわゆるスピリチュアルが大好きで
いろんなことをしていた時期があった。
その時期に知り合った人だった。

その人は、障がい児ママのことを「選ばれた人」と。
特別な人、障がいのある子を育てられる力があるから選ばれた…と、よく言っていた。


スピリチュアルにたっぷり浸かっていた私は「そうなんだーすごーい!」くらいに思っていた。
他人事だから。



そして私は「選ばれたくない」とも思っていた。
「素晴らしい人でも、特別でもない私が、障害児のママに選ばれるはずなんかない」とも。



だが、選ばれてしまったのだ。
冗談じゃない。
何の能力もない私が
ただだた選ばれたのだ。

私の怒りの矛先は、その人へ向かった。

冗談じゃない。
貴方は特別な人が選ばれると言っていた。
でもそれは、選ばれなかった側の
ただの傍観者的な意見だ。

安全なところから
可哀想がって言っているだけ。



じゃあ
お前が選ばれろよ!!!
何で私なんだよ!!!



悔しい。

ただただ
安全なところから
適当なこと言われて。



実際、障がい児の親になって
「私は特別だから選ばれた」なんて言える人
いるんだろうか。
少なくとも私は全く思わなかった。
ただただ悲しくて、絶望しただけ。




悔しくて、悲しくて
正直、未だに許せないのだ。
そんな綺麗事を言っている人なんて
世の中にごまんといるのだけれど
直接私に言ってきた人なので
どうしても矛先がその人に向かってしまう。

もう完全に連絡先も消しているので
交わることはないし
その方がお互いの為だとは思う。


産後の恨みは墓場までって、本当にそれだ。
きっと八つ当たりに近い。

でも、障がい児や家族のことを
「選ばれた人」と思っている人とは
付き合いたくなかった。

スピリチュアルなことを否定するつもりはない。
むしろ今でも好きだ。

でも、私は、生まれてくる子ども達が
最初から障害を持って生まれてこようとしているとは
到底思えないのだ。
自分が障がいを持って生まれてくるために、親を選ぶだろうか。
この人なら受け入れてくれるって、育ててくれるって、そんないやらしい計算をして生まれてくるのだろうか。

そんなことが可能だったら、世の中に放置子なんていないと思うし、ネグレストや虐待される子どもなんて居ないと思う。

きっと不妊症もいないだろう。
だって、大切にしてくれるってわかり切っているところに子どもが来てくれないなんて、おかしい話だと思う。

そして、最初から障がい児を受け入れられる人が、そんなにたくさんいるだろうか。(私はできなかった)



今の私は、ただの確率だと思っている。
子どもは空から親を選んで来る、というのは信じている。
ただ、「受け入れてくれる」とかそういう打算的な気持ちじゃなくて「このママに会いたいな、抱っこしてもらいたいな」って
そういう気持ちで選んでくれていたら…と。
そしてたまたま、その途中で事故ってしまって、障がいを持って来ちゃった…とか、そういう。


誰も特別になりたかったんじゃない。
ママに、パパに、会いたくて来た。
今のタイミングじゃなきゃ来れないから
会いたくて会いたくて、諦められなかった。


そんな理由があったらいいなって
思ってしまう。



特別なんかじゃない。
もしくは逆に、
全員が特別なんじゃないか?



私個人の気持ちではあるが
大変傷ついて、未だに引きずってしまっている話。
なのでだいぶ熱く語ってしまった。

私自身も、何気ない一言で
どこかの誰かを深く傷つけているかもしれない。
そんなつもりはなかったとしても
他人の心はコントロールできない。


仲良くなるのも、仲違いするのも
仕方のない事なんだと思う。

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