2007年10月31日

もう帰るの?またまた尻すぼみの自転車旅行

父が、伯父のところにお世話になると聞いて、携帯電話のGPS機能を駆使して位置を確認する意味もなくなってしまい、私の関心もやや薄らいでいた。小倉の義父のお宅に寄るといっていたのに、どうやら、もう家に帰りたくなってしまったらしい。
 だいたいいつものパターンだ。「旅に出ないと頭痛で大変だ!」などと言いながら、実際に旅を続けていると心細くなり、テントも面倒くさくなり、灯と恋しくなる。
 電話で「え、もう帰るの?まだ2週間ちょっとだから1カ月くらいもっと走っていたら。」と言うと、「いやあ、お母さんも一人にしておくと心配だから。」とのたまう。母は実際ストレスがかからず、静かな日々を送っていたようである。
 一度帰りたくなると、もう一目散に家をめざしてしまうので、今回もフェリーに向けてとにかく疾走したらしい。
 本日10月31日の朝5時に東京港に着き、そこから走ってもう朝8時には家に帰っていたらしい。今回、九州は堪能できたのであろうか。著名なスポットはことごとく飛ばしていったようではあるが、自転車で走ることだけは満足したようだ。
とにかく、無事故で無事帰れたことに感謝しなければならない。
 さて、それでは伊豆の開拓助手でもやってもらおうかな。

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2007年10月24日

本当に伯父さん?お久しぶりです。

24日、そろそろどこにいるか確認しようと電話。やけに落ち着いた雰囲気で、なんと
福岡の伯父さん(父の実兄)の家に宿泊するとのこと。だんだん寒くなってきて、楽をしたくなったとのこと。
北緯33度34分21秒
東経130度21分48秒
福岡市早良区曙2丁目付近

 伯父さんは九州で気ままに一人ぐらし。交流もまったく無いので、私はもう話す機会も無いと思っていたが、突然電話に出た。「お父さんはここに5日くらい滞在して、ここを拠点に観光するけど、ご家族は日程的には大丈夫ですか?」私、「お、伯父さんお久しぶりです。父がお世話になりますが、母も大丈夫ですのでよろしくお願いいたします。」
「そうですか、亭主元気で留守がいい、ですか。」「まあ、そんな所です。伯父さんお元気で。」
 急に電話を代わられてびっくりしたが、父にとっても人生最後になるかもしれない兄弟の久しぶりの交流ができて良かったと思ったのであった。
 また伯父さんは歴史に詳しく、ボランティアで史跡などのガイドをやっているとのことで、、父にとっては願ったりかなったりであろう。そうそう、めずらしく、熊本城を堪能したらしく「以前お母さんときたときは1時間しか見られなかったが、今回は3時間もゆっくり見られて良かったよ!」とのコメントもあった。

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21,22日は行方知れず、23日は警察署にお泊り

父も私も、位置確認に飽きたので2日ほどそっとしておいた。母から聞いたところでは、水俣から宇城へ行き、22日はテントで宿泊。そこから熊本城の近くへ向けて走っていたが、午後6時になって暗くなり、その後も真っ暗になってぶるってしまい、安全なテント設営地を探して国道3号付近をさ迷っていたらしい。
 警察署を見つけて駐車場でテントを張らして欲しいと許可を得るために尋ねると、とても不審がられて「それはお気の毒ですね、でも責任者が今いないので。」と断られる。口では気の毒そうなことを言っていたが、顔はそうではなかったらしい。

 しかし、そこで引き下がるわけにはいかない。「そんなこと言わずに、私は警察へ来るのは慣れているんですよ」と妙なコメント。さらに続けて「うちの父がね、昔、東京の大井警察に勤めていて、お弁当を届けに良く行っていたんですよ。」などと世間話をおりまぜながらしつこく食い下がった。だんたんと心理的な距離を縮めていくのに成功。「そうですか、お困りなら屋根のあるところで張ってください。」さらには「まあ、寒いですから中の長椅子でお休みください。」と言われるまでに。
 おかげで、寒空のテントより快適で安全な所で一晩過ごせたそうだ。


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2007年10月21日

父、「もう勘弁してくれ」 携帯操作でギブアップ

昨日20日国民宿舎に泊まったが、今日は約90キロ走行して、水俣の素どまり3000円の安宿に泊まる。
位置確認は
北緯32度12分11秒
統計130度23分58秒

位置確認メールを送るが、19回も失敗して、せっかくの旅の始まりからのメールがスライドして消えてしまった。
よく聞くと、いままで成功したときは適当にボタンを押して偶然成功したに過ぎず、操作をまったく理解していなかったのだ。
何度も電話で説明すると、「もう勘弁してくれ。旅が終わるまではあきらめて、帰ってから教えてくれ。」とのたまう。意味が無いだろう。

こちらも腹立たしかったが、老人に携帯電話の小さな画面は酷だろうとあきらめた。

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2007年10月19日

指宿では、足湯に浸かっていい気持ち。

昨日から電話してもつながらなかった。今日の朝もつながらなかった。

電波が届かないので心配していたら、「おう!今お昼か?指宿の足湯につかっているんだよ。」と気楽な声が聞こえてきて、一安心。
沖縄青年会館に2泊して余裕だったので市内を観光したらしいが、どこに行ってどんなものを見てどんなふうに思ったかと言うコメントがない。

そういえば、桜島を走ってきた感想を聞くと、「溶岩が、、川のように流れたあとがあった。」それで感想は?と無理に聞くと「歴史を感じた。」とのこと。


指宿の蒸し湯にいったの?と聞くと「もう市内を出たのが午後1時だから、進まないといけないからよらずに走ってたんだよ。」
どうも名所と言われている所には寄らず、昼間は走行が基本らしい。
位置確認メールで確認すると、まさに指宿の駅前1分の足湯にいるようだ。



2日続けて宿だったので、今日はテントにしたそうで、夜9時の時点では
北緯31度15分19秒
東経130度21分07秒
と出ている。雨が少し降ったが鹿児島はやんだらしい。

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2007年10月17日

きんこう湾、垂水市を北上して、桜島へ

今日の走行は約100キロメートル。この旅のために購入した最新の走行距離計は
初めから調子が悪い。仕方が無いから古い走行距離計を引っ張り出してつかっているそうだ。
 桜島に渡り、フェリーで鹿児島市に渡ったはず。そこで人から紹介された安い宿 沖縄青少年鹿児島会館に宿泊。1泊1500円と安いので2泊予定。
 
今日は位置確認メールがほぼスムーズにできた。少し進歩した。

住所:〒892-0817 鹿児島県鹿児島市小川町26-11
電話:099-224-9679


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2007年10月16日

船中は連絡つかず。予想通り携帯の電池切れ

その後父からの連絡は途絶えた。
船は13日(土曜)17時半に出港して15日(月曜)20時に志布志港に到着予定。
泊まるところはあるのだろうか。

すでに到着しているはずなのに電話がつながらないので心配だ。
16日朝9時半に電話してみるとやっとつながった。
「いやあ、昨日は泊まるところもなくて郵便局で聞いていたら、おじさんが近づいてきて、どこから来たんだ、そんなら俺のところにとまりな、と親切に泊めてくれたんだ。シャワー浴びて夕食までいただいて、朝はコーヒーだけでいいですと言って今出てきたところなんだよ。」
母に聞くと「電話あったけど、フェリーで知り合いになった3人組みの旅行者は皆宿が決まっていて、港についたら一人ぼっちになったのよ。みんな宿くらい予約してくるのよ。」


GPSの安心位置確認メールを10回以上送って気がついた。
そうだ、父はメールなど電話以外の機能を使えないのであった。
こちらも調べて画面操作を説明、ようやく位置確認が出来て感動
今鹿児島県の大隈半島にいる!

夜20時ころにまた位置確認メールを送る。
鹿児島の金港湾に突き出た堤防の上を示している。
「今堤防のところにいるの?」父、「そうだよ、もううとうとして、ここで寝るよ」
お休みなさい。

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いよいよフェリーで九州へ出発

父、いよいよ九州へ向け、14時に出発。
さいたま市の自宅からまずはフェリー埠頭へ。
そもそも、九州までのフェリーを予約するのに苦労したのだが、
東京 【有明埠頭 沖縄・奄美航路船客待合所】をめざす。
http://www.aline-ferry.com/route/tokyo-okinawa.html
鹿児島県志布志へのフェリーは毎日ではなく、10月は4便しかない。
13日17時発の次は18日だ。

自転車を漕ぎ快調に勝鬨橋をわたり、晴海埠頭へ。
早めに到着して港の係員に尋ねると、「鹿児島行きはここではなくて、有明ですよ」
埠頭を間違えたらしい。
有明埠頭は橋をいくつも渡ったかなり離れた場所だ。
17時には間に合いそうに無い!!ピンチ

一方そのころ自宅では母が電話でいろいろと調べて有明埠頭のフェリー乗り場に
「何某というものですが、埠頭を間違えて晴海にいってしまって、そちらに向かっているのですがまだつきませんか?」フェリー会社:そういわれても乗船名簿を調べないとわからないのですぐにはちょっと、、。
「ぎりぎりについても乗せてくれますか?」フェリー会社:それは大丈夫ですが、、

息子である私が17時半過ぎに父の携帯に電話をしてみると、
「今フェリーだよ。何だか知らないけど、船の出港が30分遅れて間に合ったよ!」
と平然としていたが、もしかすると出港遅れは父のせいではなかっただろうか?

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2007年10月10日

父、いよいよ始動、九州1周自転車の旅 その前に

父が長い沈黙を破り念願の九州自転車旅行を実現することに。
 母の顔色を伺いながら、1年ほど待っていたが、機が熟したとのこと。

母曰く「あの方は勝手で、自分の好きなことばかりしてるくせに、最近は頭が痛いと頻繁に訴えて、自転車に乗っていると治るんだってうるさいから、いい加減、行っていいわよ!って言ったのよ」とのこと。

 その前の慣らしで群馬県の嬬恋に2泊3日のツーリングへ。坂道を登ること数時間、9月だというのに気温が高く、シャツを水で濡らして走り、乾いたらまた濡らすというのを繰り返すほど暑くてたまらなかったそうである。
 疲労もピークに達し、時間は早いが、人通りが少ない、川にかかる橋のたもとでテントを張ることに。汗だくで、体温も上昇しているので上半身裸で端の石の上に座り休んでいたそうだ。昼下がりから3時間くらい経って夕方になっても誰も通らない。
 ふと人の気配を感じると、なんとザックを背負った人が歩いてきた。お互いにびっくりしたそうだ。それはそうだろう、人っ子一人いないところで、いきなり半裸の人間が座っていたら。
 尋ねるとここから東京まで歩いていくという、その人もまた変わった人だったそうだ。父はもっと話をしたかったが、どうも薄気味悪がられて、そそくさと行ってしまったそうだ。それもそうだろう。

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2006年12月27日

「氷川丸」詣での父、25日で公開終了に間に合わず1

それは2006年12月22日のことであった。横浜の(私が伊勢佐木町で暮らした5年間に何度もジョギングをしたことが懐かしい)山下公園前に停泊中(実際は固定されているらしい)の「氷川丸」を見に出かけた父であった。
テレビか雑誌でで年内公開終了というニュースを聞きつけたのだ。
 散歩好きの父はJR横浜駅で降り30分ほどあるいて桜木町に着いた。横浜の港に船といえば、すぐわかるだろうと、鷹をくくっていたのであった。
案の定、案内看板に船の絵があり、しばらく行くと船のマストが見える。これだ!と急いで甲板に乗り込み、母に電話をかける。「もしもし、今ようやく着いて、日本丸に乗ったところだよ!眺めもいいし、中も見学できるよ。」
すると母「え、何、違うじゃないの!日本丸じゃないわよ。氷川丸でしょ!、、、、」
父はすっかり上機嫌で、母の言葉は耳に入らなかったそうな。このあと、徒歩で中華街まで行き、月餅と焼き菓子を土産に帰ってきたそうな。

家に帰ってから自分が見たのは「氷川丸」でなく桜木町の駅前ドックに停泊中の帆船「日本丸」だったことに気がついたそうな。私が「それで、25日まであと3日しかないけどいかないの?」と聞くと「いや、もういい」とだけつぶやいた。

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