2012/2013年 リスボン&アンダルシア日記

2013年07月23日

時間がかかってしまいましたが、去年5月末〜7月まで過ごしたリスボンでのファド活動の様子を

HPにUPしました。
http://machafado.jimdo.com/photos/

たくさんの写真があります。お楽しみくださいね。

続けてアンダルシアの編集もしていこうと思います

まちゃこmachango at 14:31コメント(0)トラックバック(0) 

2012年07月19日

今回のポルトガルで一番驚いたことは

「ファディスタ若返っていないか!?」ということ。
明らかに3年前のファドの面々より

どの店も
どの店も

若いファディスタが結構いるのです。

「いったいこの3年の間に何があったの〜〜??」と思うくらい。

そしてみんなそろい踏みで

美人



うまい

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
歌がうまいっていうのはそりゃぁ。。。最低の条件だと私はもちろん常々思っているのですが、加えて美しいので

「本当にすごいよ。みんな美しいよ〜〜〜」と女ながらもほれぼれしてしまっていたのですが

さらに驚くことに!!

アミーゴのファド集会には

6歳
とか

8歳とか
の子供ファディスタが続々登場して自信満々にファドを歌うのですね。
歌う曲だって

「暗いはしけ」とか
「神様」とか

大人の歌でしょう!と思うのばかり・・・・・・・・・


さらに驚くことに!

アミーゴの出身の若手ファディスタによるCDが

FNACに発売されていました!!!!

すべて

17歳以下?で作られたファドのCDなんですよこれが。。。買って帰ればよかったな〜〜。

さらに!!!です。

とある夜、私はギタリストに連れられて深夜1時からのファドバディオに行ったのですが

レストランにいってびっくり

「演奏者!子供だけじゃないの!!」


どうみても

11歳〜13歳の小学校6年生〜中学校くらい?の男の子が数人ポルギをかかえ、ヴィオラを抱えて

プロの風格を漂わせているのです。

「とんでもないな。君たち、眠くはないのか?」という心配をよそに
堂々たる演奏を繰り広げます。

こんなことをいっちゃあなんですが

正直

その辺の方々よりも断然うまい(テクニック)のではないか???とおもう演奏でした。本当にすばらしい・・・・・・・

こっそり帰ろうと思っていたら、となりのファディスタのおじさんに

「歌わないのか?聞いてみたいぞ」と言われ

私も舞台に出たのですが。

いきなりアジア人の登場に、お客さんの若い子たちからの笑いが。。。。

ここで3年前の私だったらへこむのですが、もうそうは問屋がおろしません。

こっちも負けずににっこり♪

それをみていた後ろの席のおばあちゃんが

「あんたたち!あんたたちには日本語の歌が歌えるっていうの!!??」と爆弾発言してしまったから大変。。。


お客さんは

シ=======ン・・・・・・と静まり返ってしまいました。

バックの少年たちは私の歌を本当に支えてくれ、とても素晴らしい演奏に泣きそうでした。。。。

その場所にはマリザのバックを務めるギタリストもいて、相当緊張しましたが、、、、、、


今回は本当に若手のファディスタ&ギタリスタさんたちのスゴさに、ちょっとびっくりしたのでした。







まちゃこmachango at 20:42コメント(0)トラックバック(0) 

2012年07月18日

アンダルシアはとにもかくにも、暑かった。

昼間は軽く37,8度を超えていただろうし、夜に見るフラメンコもそれぞれすごかった。

ポルトガルに帰るときに、広大なひまわりの畑を通る。

アンダルシアと言えばそんなひまわりが有名だけど、実際に目で見たときは、私はとてもぎょっとした。
ひまわりに顔なんてないけど、たくさんの顔がこっちを見ているような気がしたからだ。

「どこからきて、どこにいくの?」と無表情で問われているような感じさえする。。。。。

でもひまわりはこっちをみてるんじゃなくて、太陽のほうをみてるだけなんだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

リスボンに帰って、しばらくの間は、とにかくファドヴァディオや、コラサゥンデアルファマ(たぶん私が一番お世話になっているカサデファド)に顔をだし、一日に何曲も歌った。

道でであった日本人や、ブラジル人を、コラサゥンデアルファマに連れて行ったこともある。
コラサゥンデアルファマは、店内もすごくきれいでかわいらしいし、凝ってるし、ここにしかない装飾で満ちてて
レトロで私は大好き。

そして店長のマヌエルほか、みんなとてもファミリー的にあたたかく、
とびぬけた特徴はないけれど、がつがつしていない、地元のファドがあるとあって、ポルトガル人にも人気なのだ。

時々口うるさい!?大先輩の歌手も来る。
私にダメ出しをする。

私は率先して歌詞を見せ
「どこがおかしいのか?」と赤ペン先生してもらった。

ギタリストたちは
「逃げてればいいのに」と言ったけど、叱ってくれる人はどこにいても必要だった。

もちろんギタリストたちも
私のおかしな表現があったときは

「こうしたほうがこの曲にはいいよ」と教えてくれていたけど。

口うるさい大先輩歌手はそうやって厳しいけど
いつも

「今日はまだ歌ってないの?じゃあ寄りなさい」と声をかけてくれたりもして、彼女なりに優しかった。

それでも最後になって店には来なくなった。

なにやら店長ともめたらしい。



タルデトリステは、コラサゥンデアルファマで一度歌い、タスカドシコでも歌うことができた。
まだまだ完成などしてなかったが、わたしらしい表現で歌う、というところまでは行ったとおもう。

けれど、アンダルシアから帰ってきた私は、マリアラポルトゲサを歌うと、どこででも大拍手が出るようになっていた。

多くのギタリストから「君のこの歌はいい!とても気に入った」と言ってもらえた。ものすごい演奏との一体感が感じられて歌いながら
叫びだしそう(叫んでいるけど)になったときもあった。


帰ってからなぜにか、お客さんにはポルトガル人ばかり、という状況が続いた。

コインブラやロサブランカが受け入れられた。
あとはロウクウラ。

コインブラはリクエストが出るようになっていった。


終わりになるに近づきこの4曲

「マリアラポルトゲサ」

「ロウクウラ」

「海の歌」

「ロサブランカ」

を歌えば、受け入れていただけるというシーンに多く遭遇した。

私の持ち曲はたぶん30曲以上あるが、そのうちの半分も発揮できなかった。

そのかわりというか、帰ってから日本で取り組みたいなと思える曲にたくさん出会った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後の夜、YOKOさんと一緒に O faiaにいくことに決めた。

直接店に顔を出すと、掃除の女性が

「席を自分で決めていいわよ」
というので

ファドを見れる最前列を指定した。



まちゃこmachango at 01:32コメント(0)トラックバック(0) 

2012年07月17日

実は

私が生まれて初めてみた闘牛は、

途中2頭めの牛がものすごい暴れん坊で、とにかくもうもうすんごかった。

むかって、くるくるくる!なんてすごい筋肉なのか?????



実際問題、この牛により1人の闘牛士がコヒーダされ(角で突かれ、途中退場)
もう一人の闘牛士は踏みつぶされて途中退場。

結局、3人目の一番若い闘牛士が5頭全部を仕留めないとならないことになったのだった。

マエストランサ闘牛場は、私以外にも

「きゃ〜〜〜」と思わず叫んだ女子もいれば
男性だってまけずに、思わず声が出てしまうほど

「恐ろしい」闘牛であった。本当に怖かった。

怖い、なんて体験を普段そんなにしたことがない私にとっては

五感にいやってほどに、牛のその一挙一同が刻みつけられた。。。


まったく前知識はなかったが、
馬は完全防備なので、牛にどかんとぶつかられても決して倒れなかった。
タルデトリステの世界は見れなかった(期待してたわけじゃないが)


そして2番目のコヒーダされた闘牛士が一番、「うまかった」こともわかった。

うまい、というより牛にまったく引けを取らず本当に向かっていく闘牛だったのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日常はたんたんと過ぎていくけど、

きっと闘牛士のこの立ち向かっている時間は、たったの数十分でもものすごく
生と死をかけた濃い、かけがえのないものだということだけは、
私にだってわかったのだ。

もちろん立ち向かっていかない闘牛士もいるかもしれないが、
私がみた、2番目の闘牛士は、間違いなく立ち向かっていたのだ。



闘牛を見終わって一言!


「人生を熱くいきないで、じゃあどうするんだ!!」

あたしは自分に問いかけながら、帰途を歩いた。

ぬるい、ぬるい、ぬるいんだよ・・・・と心でつぶやきながら

人生初の闘牛は、それくらいあたしの胸の奥をつかんで引きちぎったような
重くて深いものだった。

アンダルシアには結局10日以上いたのだけど、もしも闘牛が毎日みれるなら
毎日みてもいいかもしれないとさえ思ったくらいである。。。。

それくらい

私には足りないものがあった。それに闘牛が気が付かせてくれたということだけはわかった。
こんな感想を持つなんて考えもしなかった。



闘牛ってね10回見ていいのが1つあったらいいほうなんだって。
それくらい、
天気
牛の状態
闘牛士の体調
客の感じ
などで変わってしまう、稀有なエシュペタクロなのである。

そして、高い。

エスペタクロ(見せ物)なのである・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いいファドを聴くより
すごいフラメンコをみるより、

私にとっちゃ。

今回は闘牛こそが自分の魂を心底に燃え上がらせたものであるのは間違いなく。


動物愛護団体からこのブログが摘発!?されようとも、
書きたかったのだ。

みなさん

闘牛はいい。
いい闘牛はいい。

自分に足りないことや、これでいいと思ってたことが

覆されていくと思う。

世の中には理屈なんかじゃ説明できないものがあって
それを

「血が違う」で済ませていいのだろうか????


答えなんてないけれど、
間違いなく今歩いている道だけは、実はよく考え直してみて、それでも信じるのだったらさらにまっすぐにいくようにすべきなんだと思わされた。


最初から正しい道なんて絶対にないのだ。と牛の走ってきた姿を見て思った。

彼らはこれから殺されることをたぶん知っている。

そこで輝くか、退くか、力を発揮するか、しないのか。

闘牛の牛はたったの数十分でそれをやる。


わたしたちは一生をかけてそれをやる。

死に方は違うかもしれない。けれども、何かの一生などは、たいがい同じようなものだ。

牛が死ぬとき
「ああすればよかった」とは思わないだろう。
途中で殺されることを知るのだろう。

それがわかっている双方だからこそ、輝く。

でも人間は、死ななくても輝くことはできるかもしれない。。。。。。。。



まちゃこmachango at 00:07コメント(0)トラックバック(0) 

2012年07月16日

さて。大歌手レニータとの交流の続きは、こんな大それた題名にしてしまった

いや〜〜〜でも本当にすごい店なんだから仕方がないのだ。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とにかく私はアンダルシアに来た。
そして一週間前の日記を読んでください。

今や日本で闘牛についてハマりにはまり、毎日夜な夜なyoutube で、素晴らしい闘牛士を見つけ出しては深夜に

「オレ^^!」とつぶやく女になっているわけですが。(セサル・リンコン大好き)


あ。。。。安心してほしいのですが、大丈夫です。決して

「あたし闘牛士になる!」

と、さすがにラテンのチャレンジャーとはいえ、決して言いませんので


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そう、6月17日(日曜)私は闘牛に行った!!

10


この写真は昼間のマエストランサ闘牛場(セビージャ)

夜も来るっていうのに、せっかくだから、と博物館にも入ってしまった!!!

そこでうっかり見つけてしまった一枚の絵!!!!

これだ!これがまさに!

「Tarde triste campo pequeno」の世界なのだ。




51


騎馬闘牛士が牛に体当たりされ
馬から落ちる。

彼は馬から落ちても立ち上がり
痛む足を引きずり、

サウダーデの道を歩く

死に場所を求めて・・・・・・・・

私たちはあの悲しみの瞳を決して忘れない。


というような世界観が歌われているのが

「Tarde triste」
なのである。

そんな内容であるからして、この曲は

めちゃめちゃ情熱的で激しく、そして己との戦の歌でもあり

官能的でさえあると私は聞いて感じていた。

とあるポルトガルギタリストに

「タルデトリステをやる〜〜」と言ったら

「え〜〜〜〜〜あんな大曲を!!!」

とマジ顔でびっくりされたものである。


まぁ、とにかくだ。

「闘牛の歌を歌うのに、闘牛を見たこともないんじゃお話になりません」
と私は思うし

「闘牛を見て感じて、そこからこの歌に取り組まねば!」と決めたんだからしょうがないよね。

北島マヤくらいに己の体感を大事にしたいのだ。

そう、ファドのためなら北島マヤくらいその世界に入り込まなければ

「曲に負ける。」と私は考えていたということだ。。
それくらいこの歌を歌うには必要なパッションがあると。。。。。


(一週間前の闘牛の日記をここで必ず読み返していただきたいと思います。よろしくです。)



つづく


まちゃこmachango at 00:14コメント(0)トラックバック(0) 

2012年07月15日

さて。

「ここで歌えるようにならないとだめよ」と言われたものの。ですよ。

そこは

有名な

O Faia なのですよ。

オファイアの専属歌手と言えば・・・・・・

とにかく並べてみよう。


リカルドヒベイロ



アントニオ ロシャ(この方私大好きです!!!)




アニタ ゲレイロ


そして

レニータ ゼンティル



若いころのレニータも♪超美人!(今もよ)




……大歌手、そしてベテランぞろい・・・・
この方々が

順番に出てきて、4曲ずつ歌っていくんですよ。。。



「無理だよ〜〜〜」
心の中で私は叫んだ。

しかしだ。

どうもレニータの顔を見ている限り、

「本気で言っている」ようにしか見えない。

レニータは若いころ、ファドではない音楽を歌っていた、だけど年を取り、ファドの良さ、そしてポルトガルギターが大好きになり、ファド歌手になったのだ。と私に語る。
誰かに似ていないだろうか???いや、誰かが似ていないだろうか?


そして
日本に呼ばれたこともあるらしい(ファドではなく)

その日は、そのまま帰った。

そして私は考える。

「私にオファイアで歌えるようにといったレニータの言葉をどう考えたらいいのか?」

その1) やる気があることは認めたので、「ここを目指して頑張んなさい」と激励された

その2) 少なくともCDを聴いて気に入らなかったわけではなかった。

その3) 歌わせてみようと レニータが本気で思った

その4) 遠いとこからやってきて、ちょいとかわいそうだと思って、社交辞令で言った。

・・・・・・・・社交辞令はリスボンにはなかろう・・・・・・・


私は考えた。

「いや・・・・あの前しか向いてないようなレニータが、ぽんと言った言葉だからきっと本気だったに違いない」

前向きにとらえることにしたのだった。


しかし。。。。

私はリスボンに住む、YOKOさんに電話でこのことを話してみた。
現地に住んでいるんだから何かわかるかもしれない。

YOKOさんは電話の私の声を聴いて言った。

「ここで歌えるように??ってことは、歌えると思うよ」

まじですか____?????


「だってレニータ本人が言ったんでしょう?」

それそうだけど・・・・・・

「すごいじゃない〜〜〜〜オファイアなんて

それは「オファイア」はすごいです・・・・・・・・


「帰るまでに一緒に行こう」

なんて話にまで発展!!!!!!YOKOさん興奮しちゃってます。。。。(私もだが)




そこで私は一つの決断をするのだった。


それは

今回リスボンで知った、レニータの歌う名曲「Tarde Triste」彼女が歌詞まで書いてきてくれたこの

「闘牛士のファド」を彼女に聞いてもらおう・・・と。

そのためにすることは何か?

まず、

歌詞を暗記しないとならない。

そして

堂々と歌えるようにまでならないといけない。

そして一番大事なこと

「闘牛士の気持ちを知らないとならない」


数日後には私はアンダルシアに向かうことになっていた。


「よし、たった一人でスペインで闘牛をみてやろう」

もちろん私は闘牛士でも馬に乗って槍を入れる経験もない。
牛さえ見たことがない。



私は決意した。

「馬に乗った騎馬闘牛士の本物を目に焼き付けて」ポルトガルに戻る。

そして歌の練習をしよう。

どこかで歌わせてもらい、オファイアに備えよう。


この「目標を達成」したらきっと私は帰るまでに

「O faia でTarde Triste を歌うことができるに違いない」


と。その決意(勝手な)を固めたのでした。



続く.




まちゃこmachango at 01:50コメント(0)トラックバック(0) 

2012年07月14日

今回のリスボン。私には一つ大きな目的がありました。

それは

大好きな歌手レニータゼンティルに会い、直接自分のCDを手渡しし、感想をもらう

という大それた計画(・・・・・・・・・)


「まったく・・・もう。。やめておけよ〜〜〜」
という港町ファドの面々の意見を振り切り!
私は決行するために、月曜のよる、

「レニータを見るために日本からやってきた」

と老舗「オ・ファイア」に乗り込みました。

時間は11時、まさにオオトリのレニータが歌う直前

「何?この子、レニータだけのために来たっていうのか?」という支配人らしき人の驚いた顔!!

私は

「そうだ」という顔。

そして出番直前に店内に入り、3年ぶりのレニータを見たのでした。

思えば、3年前今から考えたら若かったし、「ちょっとのこと」で歌う気力を亡くした私が、彼女の歌うマリアラポルトゲサを聴いたことで、魂が再び熱く燃え上がった場所がここでした。

レニータはこの日はマリア〜を歌わなかったけど、
マリアマダレナを歌ったり、名曲サウダーデドゥブラジルを熱唱したりして、最高のパフォーマンスでした。

終わってそのあと、私は今回の目的であることを決行するためレニータを呼んでもらい、まず

「あなたの歌ってるタルデトリステ(闘牛士のファド)の歌詞が手に入らないんだけど、どうしたらいい?」と相談。

「え???あなたファド歌ってるの?」

とそこで手渡す私。

「日本人が演奏してるの??????歌ってるの????あなたが!!!???」
レニータの目が真ん丸になった瞬間でした。

そしてとうとう港町のCDを手渡す私。

「わかったわ。これ聞いておくわね、そしてタルデトリステはあなたに歌詞をあげます。いつまたこの店に来れるの?」


おお〜〜〜〜レニータ、すばらしく友好的です。

「木曜日かな〜」と私。
「木曜日ね、OK。店が終わるころに来ること!」


まちゃこ。決行成功です!!!!!
しかも

次回会う約束まで取り付けてしまいました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

しかしこう考えてみると、本当にわれながら
体当たりというか、
電波少年のようですよね。

「指令、リスボンの大歌手 レニータにお前の歌ってるCDをわたし、聞かせて感想をもらうこと」とかいう・・・・・(しかも自分でやってるから指令じゃないし)

木曜の夜、店にいくと、支配人は「来た来た」みたいな顔をして
そのまま店に入れてくれ、
レニータの歌唱を見終わった後、彼女は

「CDを売ったら戻ってくるからここにいなさいね」と私に指示。

私が待っていると・・・・・

あれ?????もう1ステージ始まりました。

しかもそのファディスタは
リカルド・ヒベイロ!!!!!!

小野リサにファドを教えた人ですよ。

「リカルド・・・・・でかい」私の第一印象でした。

しかしすばらしい歌唱を見せていただき、
「さすが、第一線の人というのはすべてが違う」と私は感じました。。。。。

レニータが帰ってきて、タルデトリステの歌詞をくださり、
そのあとに

「あなたのCD聞いたけど、日本の録音技術って素晴らしいと思ったわ、なんてきれいな音で録音されているのかと・・・・・・」と感想。。。

そして

「どこで歌ったりしてるの?」と聞いてきたので

「そうですね〜●●、それから●●●、それから・・・・」と店を挙げていくと

「ファドヴァディオが多いじゃないの!!」とちょっと不機嫌な彼女。

そして


「だめよ。ここで歌えるようにならないとね!」と私の目をみて真剣に言うのです。

「わかる?ここで歌えるようにならないとだめよ!」

固まる私。


続く(ここで!!?)





まちゃこmachango at 10:34コメント(0)トラックバック(0) 

2012年07月12日

グラナダのサクロモンテの丘というところに

到着してそのまま荷物を放り出して
灼熱の太陽の中、私は1時間かけてペンションから歩いて行った。

そのペンションは、たった18ユーロで、超古めかしくて、ベッドなんかボロボロで
シャワーは共同で、トイレも共同で、、、、とまぁ、私にとっちゃどうでもいいんだけど

ペンションのおねえさんが
「実際に見て決めていいんですよ?」と疑わしげに言うのを無視して

「寝れたらいいです〜〜〜」と言って飛び込みで入った宿。

距離感もなにもわかんないし、
ユウキから「とにかく、ジプシーのフラメンコではロス●●ントスだけには入るなよ〜〜」(観光客相手もいいとこだから)と言われてたから
昼間(夜は危険らしいので)歩いて予約に行ったのだ。

行ってみたはいいが、どこの店も閉まってて、
ようやくみつけた店はロス●●ントスの2号店だった。。。

「あたしはロス●●ントス以外がいい」ときっぱり言うと、
お兄さんは
「あ、そうなの?でも今の時間フラメンコピープルは誰も起きてないよ」



午後の13時だった。(たしかに!!!)

それでも私はサクロモンテの奥の奥まで入っていった。
そして、とても気になる一つのお店を発見したのだ。

もちろんドアも鍵もしまっていたけど、あきらめる私じゃない。

ドアをどんどんとノックし続けると、後ろからかなりイケメンのジプシーのお兄ちゃんが
「なんか用?」と覗き込んだので

「今夜予約したい」というと、となりのレストランに連れて行かれ、予約することができた。

帰りはアルハンブラバスっていう小さなバスを使って宿まで帰った。
宿のあるバス停で降りると、目の前にギターを担いだおっさん(ジプシー)がいたので、ちょっと見ていたら目が合ってしまい。
おっさんはどうみてもフラメンコダンサーではない私なのに

「フラメンコの子でしょ。ちょっと歩こうよ」というので面白そうなので、ついて行った。

ちょっとじゃなくて40分は歩いて、ついた野外レストラン、おっさんはそこでギターをひいて投げ銭で日銭を稼いでいるらしかった。 あんまりうまそうには見えないが。

おっさんのスペイン語はとてもわかりやすかったので1時間くらい会話が続いたが
さてそのギターの腕前は相当に

へたくそだった!!!!!!!!!

「夜になったらこのレストランも満席だからまたおいでよ」と言われたが、さすがに
いかない、と思った。


夜になり、私はサクロモンテにもどっだ。
丘に入る前に
道路に座り込んでいる男がいた。
ジプシーだった。
見た目からしてギターリストだとわかる風貌だったので

「ギタリストだね」といって私もその場に即座に座り込むと
そのお兄さんは
「日本に行くんだよ」と自慢げに話し始めたが、嘘ではないとわかった。

地べたに座り込んでいたって、「うまいオーラ」みたいのはつたわるものだ。

「今はどこで弾いてるの?」と聞くと

「今は休暇だよ、だって日本にいくんだし」といい。

「シンパティカ(感じのいい)だよな〜〜」とうれしそうな顔をした。

店に向かう途中にまったく違う店の前を通ったらジプシーのおじいさんが
「どこに行くのかしらんが、このわしの店でもフラメンコはやってるからのぞいて行けよ」という。

のぞいてみたらフツーーのジュースとか果物とか売ってる店だったので

「何?ここが今からフラメンコに変わるの?」というと
「そうだよ」とにやにや・・・・・

「メンティーーロ!(うそつき)」というとげらげら楽しそうに笑って

「騙されたのは君のほうだよ」と言った。

そしてようやくたどり着いた店。

やるきなさそーーーなジプシーたちが入り口でたむろってた。

演奏が始まると、いきなりやるきのなさそ〜〜な若い女の子たちが
セビジャーナスを6人で踊った。

「あちゃ〜〜〜だめだこりゃ」と思っていると
そのうちソロのバイレが始まった。

ソロになってからの彼女たちは


ものすごかった


世の中にこんな踊りがあるんだ・・・・・・・・
あたしは口を開けていたかもしれない。

とにかくすべてをさらけ出しているのにそれでいてプライドが高いところにあって
そのプライドにはどうやっても誰も手が届かないと触ることはできないとわかる踊りをしていた。

客にこびないというのはこういうことか。。。。。

あ、、、、
だからセビジャーナスでの魅せる群舞が下手なんだ・・・・

その1時間半は、今まででみたどの踊りよりもすごいものだった。
足なんか汚い位置に置くし、決して美しくなんてないのに、ものすごい気高い野獣みたいな踊りだった。

ギターは、アンプもマイクもないのにものすごい音圧でものすごいリズムで


「こんなの聞いたことないよ・・・・・・・・」と悲鳴が出そうだった。


観光客むけではなく、地元のフラメンコピープル(この言い方、うつっちゃった)も見に来ていた。

とにかく度胆を抜かれた。

帰り道、
危ないといわれる道を坂道だったから走って帰った。
(皆様はお迎えのバスがきちんと来ていたけど私はホテルじゃないしのせてはもらえないので)

帰りに夜のアルハンブラ宮殿の前を通った。

すごくキレイに夜空に浮かび上がっていて、それは今日一日がすごく新鮮で充実したものであることを教えてくれたように思った。


グラナダは、加えてバルに入ると、一杯のビールにおつまみが無料でついてくるのでうれしい。

翌日もジプシーのフラメンコにいったが、
踊りは素晴らしいのに客がうるさくてジプシーのおにいちゃんが

「俺たちに今晩の仕事をちゃんとさせてほしい」と客に訴える場面があり

「うわ。。。。意外とまじめだなぁ」と変なところで感心する私だった。

ジプシーは空気を吸って同化しているように見えると聞いてたけど、そうでもなく。


初めて見た感想は

「やるときゃやりまっせ」というそれがとても自然な方々だった。

私はジプシーのフラメンコ(サンブラというスタイルらしい)はとても好きだ。

逆に見に行ってもまったく面白みを感じない人も多くいるようだ。

何が違うかといって、わかるのだけど、日常で求めているものがまったく違うんだろうなと
思うわけだ。

熱いものをほしくて飢えてしまっている私のような人間にはとても必要なものだった。



まちゃこmachango at 01:57コメント(0)トラックバック(0) 

2012年07月11日

おはようございます。

今日はこれからWでレッスンがあり、明日はリハーサルとファドのライブがWであり。。。
ようやく日本生活も忙しくなりつつある感じです♪

日本のごはんがおいしくて〜〜〜帰ってからお料理も楽しくて仕方がありませんヾ(=^▽^=)ノ

今朝もあじの干物、サラダ、納豆などなど、朝から和食満載でいただいたばかり。

そんなわけで今日は「リスボンで食べたおいしいもの」をUPします!

26


まずはドウラーダという白身魚の炭火焼き。
リスボンではお魚が種類豊富にいろいろ食べれるのが何よりうれしいですが、
今回初めてたべたこのお魚はさっぱりしていて食べやすく日本人の口にはぴったりでした!

03


続いてこちらはアジのフライです。素揚げですね。
これ、初めて目にしたときちょっとぎょっとしちゃったんですよね。量が多いし。
でも、一口食べたらあまりのおいしさに笑ってしまいました!

お店はシアードの駅からバイロアルトに向かう途中にあるとても小さなかわいいレストラン。
こちらのお店がとっても気に入った私は滞在中に4回も行きました(なので、その2でも登場します。)とてもおすすめできるレストランです。
コスパも最高!!
毎日6ユーロくらいからのランチが楽しめます♪

36


これは着いて翌日にサンタアポローニャの駅近くのレストランでたべた定食ですね。
周りにあるのはパスタ。真ん中はなんだったっけ・・・・

ただ、このお店も相当コスパが良かった〜〜。
この定食に、ワイン500ミリリットル、パンも、そしてソブレメサ(デザート)までついて6ユーロだったのです。
しかも
店員さんがコーヒーまでおごってくれました♪

51


フィゲイラ広場そばのレストランです。
観光地のど真ん中でありながらもフィゲイラ広場の周りには実はこのお店のほかにも安くておいしいレストランやカフェがあるんです。
これはウサギの肉の煮込みですね。
店長が私がファドを歌ってると知ったら向かいのセルベサリア(ビールの店)で月に一回ファドをやっている情報をくれて、そのファドにも行ってきました♪(その時のことはあまりにも印象強い夜だったので別の日記に書きます)

50


こちらは、28番の市電がカテドラルに向かって走る道沿いの庶民的なレストランです。
豚肉のソテーですね。
シンプルでおいしいです。

この道沿いにも観光客向けではないレストランが結構あります♪

リスボンでのレストラン探しのコツも帰るころになってようやくつかめてきたんです(残念)

安くておいしいお店を見つけ出したときは「やっほ〜〜〜」と叫びたくなりますね。

ちなみに、こういう大衆的なレストランの料理と、ファドレストラン(カサデファド)の料理は、

まったく違います!!!!!!

次回はカサデファドのお料理を載せていこうと思います♪



まちゃこmachango at 10:07コメント(0)トラックバック(0) 

2012年07月10日

おはようございます。闘牛が続いてしまったので、今日はファドの日記。

40


写真はグラサにある「タスカドゥジャイム」です。地元のファド好きさんが集まって
わいわいとファドを歌います。
でもお客様には意外なほど観光客も多い!!!

21


実は到着翌日にひさしぶりのアルファマをぐるぐる歩き回っていたら
なぜかグラサまで出てしまい、、、、道に迷って道を聴いた店が

ここでした

なんていうか、「私って本当に何かあるんじゃないかな」って思うくらい、偶然によって
ファド(今回はフラメンコでも)に出会うことが多いんです。

土日の16時〜20時にファドをやっていると、女主人がいうので、さっそくその週の土曜日に行きました。

ヴィオラ奏者は3年前にコラサゥンデアルファマで弾いていたカルロス!
彼は

「お〜〜〜〜〜!!!マチャコじゃないか〜〜〜ひさしぶりだな〜〜」と覚えていてくれました。顔はさておき、名前も憶えていてくれるのは本当にうれしいことです。

なぜならマチャコは、向こうではとても発音しにくい名前なので
「マシャコ」とか「マシューコ(摩周湖???)」とか呼ばれることも多いのです。

21



この日は写真の私の左いる黒い服の

ピンポンナさんとも3年ぶりに、会えました。
彼女は、アマチュアでありながらもすんばらしいファドを歌うので、大変に人気があります。
私も彼女の歌はいきいきしてて大好き!!いつも赤いショールを身にまといかっこいいファドを歌いあげます。


歌い終わってピンポンナさんから

「あんたのアルファマ、、、すごいよかったわよ〜〜〜。特に最後!!!」
と言われて私もとても嬉しかったです。

ピンポンナさんからはいろいろなプレーズの閉め方などを毎度、通ううちに教えていただけるようにもなりました。

彼女に言われた私の最大の武器?はこんなことだそうです。


「あんたにはお客を巻き込む力と積極的にきもちを前に出して歌う精神がある」とのこと

心にしっかりとその言葉を刻みました。

マリアリスボアやロウクウラ、バルコネグロも彼女にかかると、終わってからの指導で
何かをつかめる私でした。


そしてこのお店の主人であるJime さんがなんと

サルサ好き!であることも判明し

「マチャコ、今度店でサルサを教えてくれよ〜〜〜〜〜」などと盛り上がりヾ(=^▽^=)ノ
ジャイムさんはタンバリンを持って歌ったりもしちゃいます


彼の息子は「弾き語リスト」です。
次世代のジョージフェルナンドになったらいいな〜〜。素敵な声の持ち主です。

06


でもこのポルトガルギターの方もとてもとてもハンサム♪(笑)

毎度楽しいジャイムなのでした。

ここのおすすめは、タラのコロッケ(すっごいおいしい)と、チョリソー&チーズなのですが
チョリソー&ちーずのボリュームは半端ないので(汗)

数人で行くことを強くおすすめします

飲み物だけの場合はカウンターで立ち飲みになります♪



まちゃこmachango at 08:40コメント(0)トラックバック(0) 

2012年07月08日


http://www.youtube.com/watch?v=CQEb9hfC9qs



スペイン歌謡曲の大御所として、超有名な女性歌手
「イサベル パントーハ」

実は彼女の兄と、私が偶然セビージャのトゥリアーナで出会ったことで私のセビージャ滞在は濃いい〜〜〜
ものになったのでした。

偶然っていっても私はトゥリアーナで
エビをたべてセルベサを飲んでいただけなのですが(笑)

しかしそんな大物歌手の兄ともしらず、私は
「ファド歌ってるんだ〜マリアラポルトゲサも歌えるよ」

などといい酒場で歌声まで披露してしまいました。(・・・・)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

イサベルは花形闘牛士パキリさんと結婚し、子供をもうけるも
翌年、なんとパキリさんは牛に刺されて亡くなってしまいます。
(パキリという映画にもなりました)

こんな、まるで本当に映画のような運命的な人生を送り、歌手を続けるイサベラさん。
今度はぜひ本物を見てみたいものです。。。

イサベルのお兄さんは、とてもとても愉快な方で、いつも私を笑わせてくれました。楽しくて素敵な人でした。


そして実はセビージャではカンテ練習会に見学。参加。
そしてなんと

バイレのレッスンまで受けてしまった私ですが、すべてはこのような出会いから。なのです。

バイレのレッスンも、とある靴との出会いにより、
実現しました。。。。

世の中は出会いに満ちております。

旅の醍醐味ですね。


まちゃこmachango at 01:12コメント(0)トラックバック(0) 

2012年07月07日

実は日本に帰ってからの闘牛についての情報を知りたくて
ようやく開けたパソコンからいろいろな面白い情報をゲット中です!!
いや〜〜〜闘牛って本当にすごい。。。。。

昨今では「動物愛護団体」他もあり、
牛を殺すとは何事だ、、、とか
かわいそう。。とか

闘牛は嫌いだというポルトガル&スペイン人も多いそうです。。。。。

これについての意見は述べられるほどではありませんが、、、、
知れば知るほど、牛の魅力(あの突進力)や闘牛士の美学に
私は入り込んでしまいます。
目の前で見てそう思ったのだから仕方がありません。


闘牛について大まかな内容は以下のHPに詳しかったのでよかったらご覧くださいね。


http://www.arrobaspain.com/toro/toro.shtml

さておき

話が前後するけど
実はポルトガルの闘牛とスペインの闘牛は


「違う!」
ということをどれだけの人が知っているの
だろう?

それは
スペインは牛を殺す
ポルトガルでは牛を殺さない

という単純なことだけでは決してないのです。大きく違います。



以下、


まずはポルトガルのカンポペケーノの闘牛のピカドール(槍方)の模様から
(この牛がまぁ相当すごいんで見て驚きです〜〜〜〜!!)
http://www.youtube.com/watch?v=ktlg464vA50&feature=BFa&list=FL7uHJIYs8Bp0rWUsEtbRdpQ




と、このように馬に乗って牛に槍を入れる「槍方」という役目があるのですが、
このポルトガルの様子を「覚えておいて」くださいね。
重要事項!「牛の角が切ってある」のは見えましたか?

これがスペインだとこうなります。牛の角は切ってありません。

16


え?
気が付きましたか?

馬に目隠し?
馬の胴体に完全防備?
ピカドールの足には完璧な防備?

角が切ってないから!?!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、その槍方が出てくる前に、最初に重要な役割を果たすのが
牛を興奮させて走らせる役割のこの
「ピンクの布(5キロ)を持った男たち」キテ!
キテは5人くらいいて、牛をとにかく興奮させようと走らせ壁に激突させる。
激突させておいて、
壁の後ろに逃げる!?(しかたないけど)という一見
「ずるいんじゃない?」と思わせる逃げ場が闘牛場には各所に設置されています。

これ

04



しかし逃げ場があろうとなかろうと・・・


以下の動画は私が見に行ったセビージャのマタンサス闘牛場のものです。
一瞬の恐ろしい場面もありますが、怖いの苦手な人はやめておいてくださいませ。
(でもこれは事実だから見てほしいですが・・・・)

http://www.youtube.com/v/doXX9vt6Ni4&feature=youtube_gdata_player&hl=ja&fs=1

スペインの牛の角は切っていませんね。

この角を切ってないのはスペイン
切ってあるのがポルトガル

という最初の違いをよく覚えておいてくださいね。


キテ(ピンクの布をもった5人くらい)
ピカドール(馬にのった槍方)

そのあとに出てくる。
私が

「これが実はもっとも恐ろしいのではないか?」と思った役割が
バンデリージャ(派手な色の剣を2本ずつ牛の背中に刺す)!


http://www.youtube.com/v/Ihl3y2Kc78w&feature=youtube_gdata_player&hl=ja&fs=1
布も何ももたない。素で勝負の役割です。

3人が2本ずつ、合計6本を担当します。

ここまでのこのいろいろなことをやったあとに


最後にとどめを刺すマタドール(闘牛士)が登場するのですね。

個人的にはこんな美しい布捌きあるのか?くらいのこの動画がおすすめです♪
あ〜〜超かっこいい。英雄だ〜〜。

http://www.youtube.com/v/TeK5NfPT_ZM&feature=youtube_gdata_player&hl=ja&fs=1


私が闘牛士に惹かれるのはこの美しい動きが愛してやまないダンスに近い芸術だからだと思います・・・・

で。。

これはスペインの場合です。

スペインとポルトガルの闘牛でなにが一番違うって??
最後、マタドールがでてこないそのかわりポルトガルではなんと!!!


素手で牛を取り押さえる!のです。

http://www.youtube.com/v/DI-dQhCSokI&feature=youtube_gdata_player&hl=ja&fs=1

いくらなんでも無謀すぎないか????

一番前の人は、牛の角の間めがけて突進しないとならず!!!

さてここまでで違いがわかったと思いますが整理すると

スペインの闘牛)

牛の角は切らない
ピカドールが完全防備&馬まで完全防備
最後は牛の肩甲骨めがけてマタドールが長い剣を刺してとどめを刺す

ポルトガルの闘牛)

牛の角を切ってある
ピカドールの防備はなし、馬にもない
最後は数人の男が素手で牛をとらえる

もちろんこれは現在の闘牛の方法で、以前はスペインでも馬に防具はなく
牛はそのまま突進するため馬も何頭も試合の最中に亡くなったそうです。

どうでしょう?

こんな闘牛の世界を歌ったファドが実はあるんですね。

それがTarde triste という私が惹かれた曲です。
http://www.youtube.com/watch?v=Qzullkvw7Ao&feature=BFa&list=FL7uHJIYs8Bp0rWUsEtbRdpQ



それにしても牛の力ってすごい・・・
と思う動画を最後に載せますね。

http://www.youtube.com/watch?v=gZmrdCqm4_c&feature=related

いかがでしょう?
実際見ないとその迫力は伝わらないにしても、
この牛の迫力!!!!!

そこに向かうたった一人の男(マタドール)

生と死を賭けた、エンターテインメントであり芸術の闘牛について少しでも伝えられたらと思いました。

というのは。。。

実際は90年代で闘牛のブームも去り、現在は闘牛はメジャーではなくなってきているという事実もあり。

闘牛をめぐる問題はつきなさそうです。

つづく




まちゃこmachango at 09:45コメント(0)トラックバック(0) 
13


(写真は当日6月17日日曜日のセビージャ闘牛場での試合の様子)


いきなりファドではなくセビージャの話です。
セビージャには6月16日(土曜)にリスボンから一人バスを8時間くらい乗って到着しました。


そう。実は

ここから書かないとならない今回のファドの旅の「理由が大きくある」のです。


今回私はどうしても見てみたかったものがこの「闘牛」でした。
その理由はあとで詳しく書きますが。

「見なくてはならない」という意識に掻き立てられてのセビージャ入りになったのは

ある一曲のファドを理解したいという気持ちからでした。
その曲は

「Tarde triste campo pequeno」というファド。
今回の私の旅は

この曲に始まりこの曲によってであった運命によって最終日まで到達したという気持ちが
あります。

それくらいの運命の一曲。

そのいろいろな出会いについては、、、、、本当はブログではない場所。
たとえば、ライブ会場などで話せたらと思っています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



それにしたってセビージャにつくなり!?!宿の人に
「あたしは闘牛が見たいんだ----」といきなり角を作って「牛のマネをして言った」とき。

「え??」

という顔をオステルのお兄さんがしたのを見逃さなかった
けど、、、、、、それは牛のマネをした私にびびったのではなく

「闘牛なんて見たいのか?」という顔でした。


「明日朝いちばんに闘牛場に行けば、チケットは買えるよ」ということだったので
その日はわくわくする気持ちを抑えて、通りのバルを巡って飲んで寝た私。

翌日、めちゃめちゃ暑い日差しのなか、朝10時に闘牛場までの道のりを歩き
実際は、闘牛場の手前で、チケットを購入して(ちょっとの手数料をとられるが最高のいい席が買える)わくわくその夜を待ちました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

闘牛は夜の8時〜10時までという長い見世物です。

そして闘牛場に開始15分前に到着した時は、8時とはいえ、暑くて暑くて、
みんな

凍った水
コーラ
コップにはいったビール

をそこらじゅうの出店から購入しています。
プロ野球観戦だったらビールかもしれませんが、私はコーラを買ってしまいました。






そう。

買ってしまったのです。

ソンブラ(日陰席)の入り口に行くと、切符を切る男の人が


「あ〜〜〜〜だめだめ。コーラはそこで飲んでくれ」

は??

そうなのです。闘牛場には

缶を持ち込んではならないという決まりがあり(だったらなんでコーラを売るのかは謎だが)
また、なんと!

「ペットボトルのふた」までも回収されます。

たぶん、興奮して試合に投げ入れることがないように?????(としか考えられないけど)


それなのに


「手荷物検査はない」から、

結局、鞄に最初からペットボトルを入れとけば飲めるのですが。
その時の私は、
「早く闘牛場の中に入りたい」一心でしたので、

腰に手を当ててコーラをその場で一気飲み!!!!して(本当です)

「どうだ」って顔で乗り込みました。

チケットはソンブラ席のすごく見やすい席

でも!!!!

闘牛場の席って「超狭い」んです。
でかい白人の観光客だったら

まず、無理!ってくらいのお尻の置き場しか実際はありません。

隣の人とは恋人でもないのに
いやでもぎゅうーーってくっついてないとなりません(でかい人に挟まれたら)

いやーーーーー。ここまででひとこと


「闘牛は見るのに体力がいる」
(だって3時間その固い石の椅子に窮屈に座ってないとならんのですから)


それでも生まれて初めての闘牛場に超わくわくしてしまい。
これから始まる闘牛に期待が膨らむ私なのでした。

つづく



まちゃこmachango at 07:25コメント(0)トラックバック(0) 

2012年07月06日

c330c8f4.jpg
ポルトガルの魚料理

ペスカードフリートといいます。

こんな恐い形相で睨まれながら食べたけど、

本当に美味しい!!
日本にはない味です。

しかも
ワイン500ミリリットル
スープ
パン
バター
メイン
ソブレメザ(デザート)
コーヒー

まで全部ついて
8ユーロ!

観光客めあてではない
たくさんのレストラン巡りやスペインの家庭料理も食べたので、ゆっくりアップしていきますよー


まちゃこmachango at 23:45コメント(0)トラックバック(0) 
127b179c.jpg
無事に日本到着です!

明日からポルトガル、アンダルシア日記をエッセイにまとめていきたいと思いますが

今回は最後の夜になんとも凄いことが起きました!

明日からライブリハーサルや仕事もすぐにスタート!リトミックやサルサの皆様に会えるのも楽しみです!


まちゃこmachango at 11:38コメント(0)トラックバック(0) 
Message
ポルトガルギター
浅井雅子
(MACHAKO)です。
ポルトガルの大衆歌
「ファド」を歌っています。
人生を謳歌したい!、
歌って踊って毎日を活動中です。
元気いっぱいな私のライブに是非、遊びに来て下さいね♪
ライブ&レッスン情報・
お問い合わせ
「ファドライブ」の予定。
(MACHAKO Fadista &Latin Vocalist
サイトにリンクしています)

banner_side
講師プロフィールと
定期レッスンのご案内。


「ご依頼やお問合せ」は
お気軽に、
以下の携帯電話までどうぞ。
 090・1444・2597
これまでの日記
livedoor プロフィール

まちゃこ

人気ブログランキングへ
  • ライブドアブログ