machapin39

写真家ハラダマサカの京都の端から世界を目指すブログ

深夜に特急でブログを書きます(笑)沢木耕太郎の深夜特急のパクリのような そうで無いような… しかし!世界を旅する写真家として国内外で自身が楽しい事 心が動いた事など雑多に書いて行きます。 そして、僕が深夜特急を読んで初めての旅に出た様に、僕の活動(ブログ)が 旅に出るきっかけになったり、旅した気分になれば 最高です。

僕は、英語が全くできません。 でも、僕のにっこり笑顔とボディーランゲージは世界共通なのを 知っています。 だから 僕は世界のどこにでも行っちゃいます。 お金も言葉も大した事ない。 全ては、ぶちかましの精神で切り開けるし なんとかなるのだ!
29 7月

MAKKO 怒よ❗️

お元気かしら?

MAKKOよ〜〜💖

私は 完全に怒よ‼️‼️

プンプン💢

めちゃめちゃ ややこしい話だから 

適当に呼んでくれたら いいんだけど

でも 怒だから 全部書くわよ❗️


まず 最近のMAKKOは、動画もやってる訳〜 

ビリーとの愛の沖縄ツーリングを アップしてたんだけど

やっぱ パソコンでの 編集は 大変な訳〜

で あんまり 凝らずに 編集しようと

考え Ipadで 動画編集ソフトを使い

やって見た訳〜  

すると これが なかなか 優れもので 

もちろん こだわった動画は出来ないけど

サクサク感は いい感じー❤️

で 

①今までは goproのカメラから 直接

Wi-Fiで飛ばして やってたんだけど 

これが 時間がめちゃめちゃかかるの〜 

量が多いと 知らない間に カメラの充電がなくなるの〜

感じ悪いでしょ💢

そして 途中で止まってる訳だから 作業が また増えて 

MAKKO イライラ…

②パソコンに データを読み込んで パソコンとipadをつなげ

データをipadに入れる。

一番ポピュラーなやり方だと 思うあなた ど素人です
(もちろんMAKKOもポピュラーだと思った ど素人です)

このやり方だと ipadの カメラロールに入らない

ビデオという アプリに入るの

編集ソフトが カメラロールしか 対応していないから

③ビデオに入った 動画をカメラロールに移す アプリを買わないといけない

④そのアプリを使い カメラロールに読み込み(まあまあ時間かかる)

⑤カメラロールにあるデータを編集ソフトに移し編集する。


なに これ? めんどくさ過ぎない!

アップルさん 大丈夫かしら?

そして SDカードを直接 ipadに繋げられる 製品を探すが

なかなか 見つからない。

調べて 見ると なんと アップルの純正で SDカードリーダー

出ているじゃん❤️ なーんだ アップルさんたら

これが 売りたくて めんどくさい仕様にしちゃって

商売上手なんだから と思いながら クリック❤️

やっと めんどくさい 作業から 解放されれると

ウキウキしながら SDカード リーダー ipadに

繋げるが…   あれ?

反応しないぞ?  でもー MAKKOはおカマだから 

こーゆー作業 苦手だからーすぐ アップルケアサポートに

電話しちゃう❤️ 

すると     マサカのーーーーー

この製品は カメラからSDを取り出し そのまま

ipadに入れたら 使えるが

データを1度 パソコンに入れ パソコンからSDカードに入れた

データは 反応しないんですー。

は? なにそれ? そんなことある? どこにもそんなこと

書いてませんけどー

そして 返品手続きを するとなり

後日 電話があり 返品手続き中に 「不具合ですか?」

と聞かれ ありのまま話すと 「え〜できるはずですが…」

「技術に確認します」

「やはりできます」

じゃあ 返品しません。

そして アトリエに戻り もう1度 使ってみるが出来ない

アップルサポートに電話を入れ 使い方を聞くと 

「あれ〜? できるはずですが…」

「多分拡張子のMP4を変えてもらって」

はっ? MP4が使えない?(一番ポピュラーな拡張子) 「一応使える仕様になっていますが アップルの推薦は

違う拡張子で」

ちょっと 待ってちょうだいよ あんた

今 何言ってるか わかってんの?

動画全部 パソコン上で 拡張子変えたら 何時間かかると思ってんの?

しかも カメラに アップルが推薦する 拡張子ないし

そしたら 毎回 拡張子変えろってか?  無理無理 

バカにするのも いい加減にしてよね!

そんな 製品売ったらあかんやろ!

そして 挙げ句の果てに  返金するには

ヤマト運輸まで 行って 手続き確認してから 

返金します💢

いい加減にしてよ💢  私に まだ無駄な時間を使わせる気!

電話で 怒鳴ってしまったわよ 失礼しちゃうわ。




結果的に 無駄な 買い物して 無駄な時間を使い

無駄な イライラと怒りを覚え

上に書いた めんどくさい データ移動を なんども繰り返さないと

いけない

MAKKOでした

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29 7月

ブログ更新していない 言い訳 あれこれ 笑

かれこれ 一週間 ブログ お休みして ごめんなさいね。

現在 マサカは、全力で 小4の娘と遊んでいいます。

多分 あと 2年もすれば 私と遊んでくれなくなると思うし

今でも だいぶ 父ちゃん嫌いが 出て来ているように思います。

それも 成長と受け止め 耐えるしか無いのかと 唇を噛み締めている

ハラダマサカです

こんばんは




具体的に何をしているのかと言うと

まず 遊ぶために 宿題を 一緒に進め

母ちゃんを納得させないといけない。

それを 何とか クリアーし 川に 釣りに行ったり

亀を獲る為 軽トラで 亀岡じゅうの池を探し

赤ちゃん亀をゲットし 飼うための 水槽を立ち上げ たり

海水浴に出かけ ヘトヘトになるまで遊び

マイクラ(ネットゲーム)を 何時間も 2人でして

「あんたら 何時間ゲームする気?」と怒られ

ながら 2人でコソコソと 「宿題ほとんどしたもんなー」とか言いながら

スーパー銭湯に行ったり

スポッチャで 一日中遊んだり

家族で麻雀や人生ゲームを 手加減なしにして

気まずい雰囲気になり 半分喧嘩しながら

風呂に入ったり

今日は、テニスの試合で 舞鶴まで来て

早々と負けてしまったので

海で遊んでいると

「父ちゃん カニ獲ってよー」と言うので

何も道具のない所から (ここから自慢)

貝を捕り 潰して 枝にくくりつけ

それで カニをおびき寄せ 挟んだ所を

ヒョイと 持ち上げ 獲った。

これには 周りのギャラリーも 歓声が上がり

父ちゃんの 威厳も 保てて 大満足。(私が)

その後 子供達も カニが撮れて

日が暮れるまで 遊びたおして

汗が半端ないので また スーパー銭湯に♨️入り

車に乗った瞬間に みんな 爆睡

もちろん 私は 運転手で 眠い目を擦りながら

家族を安全に 送り届け

残り少ないであろう 娘との大切な時間を

噛みしめる マサカであった。


なので 夏休み中 中々 ブログ 更新出来ないかも。

ごめんね🙏。


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28 7月

スリランカニッコリ笑顔の旅63

先日 尊敬する 江藤さんの

自動販売機の前で 30分悩んで買わなかった話を書いたのだが

私の中学からの親友で 喧嘩最強の男も似たような

話があったので 書かなければと思います。

喧嘩最強の男は、 結婚をし子供が2人 今は成人して 働いているが

あの時は まだ 小さかった。

家業の電気屋が 経営不振になり 喧嘩最強の男は

本当に 苦しかった。

何とか 稼いで ひもじい思いをさせまいと

必死に倹約していた。

私が聞いた話で 1番心を打たれてのが

出張先のご飯で

納豆1パックを3回に分けて食べていた。


それほど 倹約していた 生活で 缶コーヒーなんか

飲めるはずもなく

その日は、出張先から 軽トラで帰っていた。

久しぶりに 会う家族の顔を浮かべ 京都市内から 老ノ坂に入ろうとしていた時

前のバスが チンタラ走り アクセルを全開で 抜かそうとしていた。
(彼は少々 イライラが勝つ)

そして ワーンという唸り声を上げながら

抜かそうとするが 中々抜けない。

しかし イラチの彼は 諦めない

バスは、普通に走っているのだろう

彼1人 必死になり アクセルを踏み続け

結果 バスは 下道を走り

喧嘩最強の男の車は 意に反し

バイパスの 有料道路に入ってしまった。

その時 彼は 本当に悔しそうに

「コーヒーも飲まず 我慢してるのに

バイパスに乗ってしまった!」と

力を込め 言っていた。

やはり 江藤さんとは違い

ダサいと思う

ハラダマサカです

こんにちは

2月20日

実は 今日が ビザの最終日である。

このまま ここに 滞在していると

まさに 不法滞在者になる。

気は進まなかったが 仕方なく

首都のコロンボに向かうバスに乗る

8時半のバスに乗る予定であったがか

やはり 心の奥では 気になっているのか 眠れなくて

朝5時半の バスに乗ることにした。

それでも コロンボに着いたのが昼の12時

そこから イミグレーションに向かうのだが

渋滞と バスがややこしく 時間がかかり

イミグレーションに着く頃には

受付ギリギリの 2時になっていた。

もし 8時半のバスに乗ってきたら

アウトだったと思うと

悪運の良さを感じずにいられなかった。


イミグレーションは、大変混んでいて

言葉も ままならず 書類作成も四苦八苦しながら

何とか 出来た。

面接などもあり なかなか 厳しかったが

無事通過

150人くらい居た 人々は ほとんど 手続きを終え

私が 出る頃には 残り4人になっていた。

ヘトヘトになり

予約していた ゲストハウスに チェックイン

さすが 首都で大都会

近代的な ゲストハウスで 安い

一部屋にベットが4つあり 男子も女子も関係ないのだが

そこは まさに 寝るだけで

広々した リビングがあり クーラーもガンガン

WiFiもビンビン シャワーもホットシャワーでアツアツ

紅茶なども 飲み放題で お腹チャポチャポ

今まで 回ってきた所と比べると

天と地で やはり 近代的は 快適だと

思わずにいられない

マサカであった。


旅は、あと3日で 終わる

ここ コロンボが 最後の街になる。

続く

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27 7月

スリランカ ニコッリ笑顔の旅62

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今日は、家族で 川遊びに行ってきました。

夏休みに 入り 娘は なんとか起きて ラジオ体操に行き

その後 ダラダラと適当に宿題をし 終わると ずっと ゲームをしている。

妻は その姿を見て 怒り  娘は やる事やっているから

と言い

側から見ている私は なるほど どちらの意見も正しいと うなるだけしか出来ない。

宿題をしていないのなら 私も 怒れるが 

予定どうり以上に進んでいるらしい…

しかし 妻としては 宿題をする 姿勢や適当な感じで 不満を感じ

建設的ではない ゲームが怒りの旋律に触るようだ。

ここは 私が 人肌脱ぐしかないと

川遊びに 出かけたわけだ。


お昼ご飯は カップラーメンとおにぎり

でも 川のほとりで 湯を沸かし 川の音を聞きながら

食べるご飯は 最高に美味しい。
image
食後は 川に入り 水鉄砲で 戦い

網で魚を獲り カップヌードルのエビを付けて

釣りをしたが やはり?釣れなかった。
image
で 最後は

水鉄砲でビショビショになったので 

川の中で 寝転び はしゃいでしまった。

もちろん 私は 着替えなんて持ってきていないので

座席にレジャーシートをひいて

裸にさせられ パンツ1丁で運転させられ

家路に着いた 

ハラダマサカです 

こんばんは


という事で ブログが 遅くなったという訳なんです。



2月19日 

寝つきが 悪く 

朝の10時に宿を出た

ここ  アヌーラダプラ遺跡の町で  たくさんの  遺跡群がある。

なので 宿で自転車を借りようと思い 相談すると

もう遅いよ 日本人のおばちゃんに 貸しちゃったよ

というので 仕方なく レンタル自転車を探しに出た

しかし これが 苦戦してしまって 1時間くらい ウロウロするが

見つからない。

大通りを諦め 小道に入って すれ違う人に聞いていると
_DSC2327
バイク修理のお店の人が 丁寧に教えてくれるが

言葉が 通じなくて なかなか 理解できないでいると

俺が 送ってやるよと 

店の鍵をかけて バイクで送ってくれた。

こういう親切に 心が 打たれる。

しかし よくあるパターンは 最後に高額な請求をして来る事もある

が この人は 本当の親切で 何も請求せず 帰って行った。

無事 自転車を借りられ 遺跡を巡るが 困った事に

遺跡に興味がない。

しかも 道に迷った事もあり 2つ見ただけで 心が折れた。

宿に帰ると 日本人の69歳のおばちゃんがいて

話を聞くと 朝7時から自転車で 遺跡を巡り 12個周ってきたよ〜

あと2つ周ろうか 迷ったけど かなり離れてたから 諦めたよ。

と軽く言っていた。
_DSC2340
本当に頭が下がります。


スリランカでは あまり 日本人には 会わなかったけど 

ここでは あと もう1人 日本人のおじさんがいて

3人で 部屋で 話をした。

そこで 日本人のおばちゃんが 味噌汁を持ってるから 飲みなよー

と言ってくれ 

3人で 味噌汁をすすりながら 夜は更けて行ったのでした。

続く
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26 7月

本日お休み〜〜

午前中は、病院で潰れ

家に帰ると 娘と妻が 大ゲンカ

仲を取持ち 妻は川へ洗濯に(スーパーマツモトへ)

私は娘と 山へ芝刈りに(アトリエへ)

そんなこんなで

夜は 大ちゃんと 写真展の撮影をしようと

企んでいるので

今日は、ブログ書けません

でも〜〜

ポッチっとよろしくね〜❤️

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25 7月

スリランカニッコリ笑顔の旅 60 アヌーラダプラ

昨日は、スポッチャで遊びまくり

本日 体がバキバキで まともに 歩けない ハラダマサカです

こんにちは



2月17日 アヌーラダプラへ移動

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やはり 不法滞在の事が 頭の隅で 気になっているのか

写真も動画も体調も 思わしくない。


それでも 新しい町に行く時は 心が踊る。

バスも 比較的すんなり乗れて

席も確保できて 安心して 次の町に向かうはずが

全く安心できなかった。

スリランカのバスは 基本

赤色のバスと青色のバスに別れている。

赤色のバスは公営で 青色のバスが私営で

値段も装備も乗り心地も 変わりない。


ただ 両者は お互いに ライバル心が 半端ないようで

物凄い 競争が始まった。

間の悪いことに 両者は ほぼ同じ時刻に出発し

全く同じ目的地のようで

目的地までの 4時間 それはそれは

息を飲むバトルが 繰り広げられた。

運転手に 命を預かっている 自覚はないのか

急発進 急ブレーキは 当たり前

峠道では 後ろから 煽りまくり タイミングを見て

細い道で 抜かそうとするが

お互いのバスの性能は、変わらない

したがって 抜けそうで 抜けない。

そして 対向車が来たら 急ブレーキで 後ろに下がり


かちこむ

町中に入ると 信号待ちで 横に並び 頭を 無理に入れようとして

怒鳴り散らす。

乗客は 呆れ顔で あきらめている。

そして 大きい交差点で 信号待ちをしていると

後ろから 無理やり 歩道に乗り上げて ショートカットして

抜かして行った。

それを見た 運転手は 舌打ちをして

後ろに ピタリとついて

タイミングを見計らい 二車線で 運良く 前に出た。

そして そのまま ゴールイン(バスターミナル)

私の乗っていた バスは 何とか 勝利したが

全く嬉しくなかった。

幸い 無事に到着したので良かったが

変に力が入ったのか バスを降りる頃には

ヘトヘトになっていた。


宿は、ジャフナで 大変苦労したので

柄にもなく 予約を入れておいた。


宿は、老舗のパン屋さんの2階で WiFiも繋がり

条件は良いが 部屋は お化け屋敷で

蜘蛛の巣や ゴミが結構あり

お化け屋敷であった。

でも 今更 部屋を 探す元気もないので

ここで 良しとした。

続く


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24 7月

僕のお父さんと 江藤さんの話 続き

今日は、家族でスポッチャに来ています。

体重が気になる私にとって

ここスポッチャは 地獄です。

娘は容赦なく 「とうちゃーん 次は バスケ!💕」「早く 早くー💕」と

可愛い声で誘い

膝は すでに ガクガクな

ハラダマサカです

がんばります。
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さてさて

父と江藤さんの話の続きでありますが

真冬に自動販売機の前で30分間 悩んで

辞めた話を 聞いて

父が「その人に 是非 会って来い」

「お前の人生に 大切な人になるから」と

言ってもらい

以前の店に 1人で向かった。


しかし 残念ながら そこに 店はなく 空き地になっていた。

私が 岡山を離れ 京都に帰る寸前に

江藤さんは 新たに 二店舗目を立ち上げる 準備をしていた。

その時に 一度だけ 引越しのお手伝いをした

その記憶を 辿り 店を探したが 記憶が曖昧で 諦めた。


父と合流し 店はなかった。

もしかしたら 潰れたのかもしれないと

言うと

父は 自信たっぷりで

「その人は 絶対に 失敗していない」

「今も何処かで やっているから 探せ」


その時は、1つ2つのエピソードを話しただけで

そこまで 自信たっぷりで…

と思ったが

その時の父は、もの凄く 説得力があり

私は、もう一度 街に出て

真剣に探す覚悟を決めた。


まず 記憶を辿り ここではなかったか?と言う ビルに入り

聞き込みをすると

二件目で このテナントの前 確か 古着屋さんだったと思う

となり 大家さんの電話番号を聞き

かけてみると 確かに 江藤さんと言う 人が借りていた

でも 連絡先は わからないなー

この線は 諦めた。

そして 街に出て かなり クセのある

おしゃれな人に声をかけ

「古着屋の江藤さんと言う人 知りませんか?」

と 片っ端から声をかけた。

すると 刺青 ロン毛の やばそうな 人が

「江藤さん 聞いたことあるなー

そこの 服屋さんに聞いてみなよ」

と言うので

お店に入ると

それは それは おしゃれな セレクトショップで

手がかりになるかなーと 半信半疑で

「あのー 古着屋さんの 江藤さんって 知りませんか?」

すると

お店の おしゃれで 可愛い 女の子が


「 あっ 社長ですか?」

「今 買い付けで アメリカのテキサスに行っています」

「帰りは…(手帳を見て)来月の半ばには 帰国しますが」


私は、江藤さんの連絡先を聞いて

帰国後に連絡を入れた。

会う約束も取り付け 会いに行くと

当時で 店舗4件 岡山に展開していた。


その時も 熱い話をたっぷりしてくれ

改めて 江藤さんはすごい と

思ったし

その 成功を 確信していた 父も

凄いと 思う。

そして 自分は 父や 江藤さんに

少しでも 近づいているのか?

と 思う ハラダマサカです。

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22 7月

亡き父との思い出と 江藤さんとの思い出

何よー MAKKOだけと なんか文句ある〜。

あのさー この歳になると 鼻毛はもちろん

耳毛なんかも 気になるわよね〜

どう処理してるのかしら?

私は、いつも 鼻毛ワックスで処理してるけど 鼻毛ワックスってわかるかしら?

なんかね プラスチックみたいなのを 電子レンジで ドロドロに溶かして

ドロドロを棒に絡めて 鼻に突っ込むわけ〜〜

それが しばらくすると 固まって

清水の舞台から飛び降りる覚悟で 一気に

引っ張るの

そしたら グロテスクな位 鼻毛が 取れちゃうの〜

それを 耳にもするんだけどね〜

耳は なんか インパクトに欠けちゃうの

もし いい方法があれば 是非教えてちょうだいね

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今日は、 昨日の続きじゃないんだけど

私の父がかっこいいと思った 話と 岡山にいる

尊敬する 江藤さんの話をしようと思います。



話が長くなると思うので

何回かに分けて書くのでよろしくです。



あれは 私が高校を卒業し

岡山の みよしの と言う 老舗の 仕出し屋で

和食の修行をしていた時になります。

1人で友達もいなく 寂しい 生活をしていた。

服が好きだった 私は ママパラダイスと言う

古着屋に よく通っていた。

そこで 私は 江藤さんに出会った。

江藤さんは 背も低く 痩せっぽっちで

決して かっこいいとは 言えないが

人間的魅力に溢れていて 男から見て

マジ カッコいいと思ったのを覚えている。

店は 本当に小さい5坪程の店で 定番の革ジャン

ブーツがあり 服のことだけじゃなく

人生を教わった。

ある時 江藤さんに 店を出すまでの経緯を

何となく聞いた。

江藤さんは、

噛みしめるように 熱く語り始める。



若い時 俺は 何も考えずに 古着屋で 働いていたんじゃ

その時 惚れた彼女がいたんじゃけど

急に振られて その彼女は すぐに サラリーマンと結婚してしもうたんじゃ

それが 悔しくて 悔しくて

絶対見返してやろうと思うて 店を出すと

決めたんじゃ。


そして 岡山にいたんじゃ 友達が ぎょうさんおるけえ

お金を貯められんと思うて

東京に出たんじゃ

古着屋で働いて 夜中は レストランの掃除のバイトをして

余り物を食べさせてもろうて

できるだけお金を使わんようにしたんじゃ

ある時 テレビを見ていて 缶コーヒーを飲む

俳優が カッコよくて 美味しそうで

真冬の夜中に 自動販売機の前で 百円を握りしめ 立っていた

自分がコーヒーを飲む姿を想像して

口の中に広がる苦味 なんて かっこいいんだ〜。

でも これを飲んだら 今まで してきた事が 崩れるような気になって

30分間 自動販売機の前で のたうち回り

悩んだ 挙句 買わずに 家に帰った…

そこまでして 1年余りで 150万円貯めて

アメリカに飛んで 全て仕入れに回し

売れた お金で また アメリカに行って

今になるんじゃ。


私は、びっくりした。

たった 100円

でも その100円は 覚悟の100円で

そこを 甘えてしまうと 全てが 甘えてしまうと

言う事と 私は 噛み締めた。


そして 年月が過ぎて

私は 京都の実家に帰り 父のラーメン屋を継いでいた。


ある日 父と 墓参りに行こうとなり

岡山にある 父方の墓に 向かっていた。

車の中で

江藤さんとの思い出を話し

父は、この墓参りで 江藤さんに 会って来いと

言ってくれた。

そして 店に行くと…

続く

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21 7月

スリランカニッコリ笑顔の旅59  ジャフナ 最終日

親指は相変わらず

オチンチンの様な色と腫れ具合ですが

何とか 痛み止めを飲まなくても良いところまで

回復しました。

キャンピングカーの旅で 会う約束をしていた

美女集団の人達には(男子含む)ドタキャンと言う形で申し訳有りませんでした。

指が通常の色に戻れば  必ず伺いますのでよろしくです。

そうこうしている 間に  

娘が 夏休みに入り  「父ちゃん 遊ぼう」

攻撃で 色々なことが 進まなくなり 焦ってしまう

ハラダマサカです

こんにちは😃
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2月16日


訂正 ビザは20日までで後5日残っている


あまり清潔では無い宿であったが  

夜中 蚊の襲撃にも合わず  ダニにも喰われ無かったので 

もう1泊 する事にした。


街に出て 写真を撮ろうとするが  今までとは 全く

雰囲気が違い  あまり 撮れなかった。


仕方なく 景色でもと思い 海の方に行き 撮ろうとするが 

全くその気にならない。


もしかすると 町というより 自分 の心が疲れているのかもしれない 

と思うが  気分を上げる事は出来なかった。

しばらく ぼーっと 海を眺めていると

若者が2人 近づいて来て  私に ジュースと 豆を奢ってくれた。

20代の若者に お奢ってもらうのも どうかと思ったが それはそれでよしとした。

と 言うのも  

20年前に タイを旅していた時に 旅慣れた 日本人から 諭されたことがある。

その当時のタイは かなり貧しい感じで今のタイとは大きく違っていた。


私は 露天の人と仲良くなり 座って喋っていると

隣の 手作りのハンモックを売っている おばちゃんが  

突然 私にハンモックをプレゼントしてくれた。

私は、その場で お礼にと思い カバンを漁り あげられる 物を探していると

一部始終を見ていた 日本人のおじさんが  

「何も返さなくて いいんだよ」「彼女は あなたにプレゼントしたいだけなんだ」

「それが彼女の喜びなんだよ」

「お返ししちゃうと 彼女 ビックリしちゃうよ」

何か 頂くと それより 少し安い物を お返しする

日本の文化だが  それは あくまで 日本の文化で有り  

それが 当たり前では無いことを この時初めて知った。




2人の若者は 大変に興味深い 若者だった。

1人は バイクのレーサーで

スリランカでは そこそこ有名らしい 

そのレーサーが  私に じまんしてくれたのが タトゥーで

何と❗️  自分のお父さんの名前を 彫っていた❗️

「僕は お父さんの事を尊敬しているし 大好きなんだ❗️」

「あなたも お父さんの事 好き❓」

これには 答えに困ってしまった。

もちろん 好きだし 尊敬も感謝も しているけど  熱さが 60度位違う気がした。

そして もう1人も お父さん自慢が始まった。

彼は かなりのお金持ちで 

お父さんは 写真館を経営していて 馬鹿でかいリムジンと ハマーを持っていた

若者もカメラマンをしていて

彼が撮った結婚式の写真を見せてくれた。


印象は、過剰演出に見えたが

日本とはまるで違い

派手できらびやかで  写真にもしっかり お金をかけていた。

スリランカでカメラマンという 仕事は

地位も高いし   かなり稼げる

憧れの職業に見えた。

その後 彼らに夕食に誘われたが

明日 移動なので 丁寧に断り 宿に戻った。



宿のベットで

スリランカの お父さんの 地位も カメラマンの地位を

自分の現状と照らし合せ

羨ましい様な  今の方が 楽チンの様な 複雑な気持ちで

眠りに落ちる

マサカであった。

続く
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20 7月

残念です。

私は、残念な男だ

今まで 残念な事だけで ブログが成立してると

言っても 言い過ぎでは 無いだろう。

そして また 残念なことが起こってしまった。

まず 私は キャンピングカーで 旅をするのを 断念した。
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何故か

それは、昨日ブログを更新した 後に

いつもの皮膚科に 行き 親指の消毒に行ったのだ。


そこで 救急で診てもらった事 などを話し

傷口を見せる時に

ガーゼと 傷口が ひっついていた。

私は、痛みをこらえ ゆっくり剥がそうとした

その時 皮膚科の先生は 絆創膏を剥がすがごとく

一気に 引っ張った。


私は 「ギャーーーーーー!!」と叫ぶ

ガーゼと一緒に 指先の 肉まで持って行かれ 

血が流れて 周りは 血の海(大げさだが まあまあ出た)

痛みで 背すじが 冷たくなり 左手で 右手の親指を力一杯握る。


先生は 焦ってしまい 「すいません すいません」とオロオロ

これを 書きながらも 思い出して 口の中が ネッチョリんこになる。

先生は ゆっくり 「息をしてください」と私を諭し

処置をゆっくりしてくれた。


そして 明日から 旅に出ると告げると

先生「絶対 やめたほうがいいです」

「季節が季節だし ムレと疲れが1番だめです」

「悪いことは言いません やめたほうが 懸命です」

という事で 

今回の旅は諦めました。

残念でしょー。 


そして 1番残念なのが

右手の親指が 赤黒く腫れあがり

マサカの(色々な意味含む)おちんちんみたいになっている。

ハラダマサカです

こんにちは。

指が痛いので 今日は この辺で

失礼します。
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19 7月

スリランカ ニッコリ笑顔の旅58

これは 他では 言っていないので

あまり 知られていないのだが

実は わたくし キャンピングカーを持っているのだ!

何の為に キャンピングカーを持っているのかと言うと

家族で ディズニーランドへとか

子供に自然を教えるのだーとか

そんな 美しい理由ではない。


国内を安く 旅する為なのである。

そして 普通の人は キャンピングカー と言うと

デカイや 高いや 無駄などと 言ってしまうだろうが

私の場合は そんな 主婦層の意見を一蹴する。

何故なら 普段は 普通に使えて 旅に出るときだけ

キャンピングカーに変身するのだ。

言ってみれば ウルトラマンや 仮面ライダーみたいなものだ。

仕方ない 百聞は一見に如かずで 写真を見てもらおう
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どうだ! 軽トラの上に 可愛いアルミボートが乗り

屋根の代わりになっていて

見にくいと思うが 荷台に 1人用のテントが張ってある。

そこで寝泊まり出来るのだ。

これの 何が優れているのかと言うと

先ず 可愛いでしょ💕

それと テント張る場所に困らない。

コンビニの駐車場でも へっちゃらだし

道の駅でも もちろんいける。

試していないが


船を下ろしたら 普段の生活も使えるし農作業だってこなせる 笑

ちなみに 私は普段の生活は、これでしている。

もちろん 維持費もかからない。


そして 写真展を終え 晴れて自由の身になった

私は、国内の旅に出ることにした。

目的は、伊勢にいる 友人をたずね

伊勢の夜の街を撮りたいと思っている

海外で人物の写真を撮っていると みんな すごくいい表情で

撮らせてくれるのだが

日本ではそうはいかない。

「何に使うの?」や 肖像権が… など

本当に めんどくさい事が多い。

でも よくよく 考えてみれば 難しいからこそ そこに 価値であったり

私の覚悟や 自分の人柄などが 現れるのではないか?

と考えた。

旅を終え あー楽しかった〜と思うのか


やっぱり 日本は難しいと 心が折れて帰ってくるのか わかりませんが

マサカの 新たな挑戦を楽しみにしていて下さいね。

そして キャピングカーの最終目標は

東京のど真ん中の駐車場で キャンピングカーで泊まる。

と ニヤニヤしながら考える

ハラダマサカです こんにちは。


2月15日

不法滞在まで あと3日と知りながら

私は、 次の街に ついた。

私も 若くはないので 不法滞在がどれほど ややこしいのか
わかっている。

しかし 私は、以前 ミャンマーで 不法滞在(1日だけ)になった経験があり

その時は、3000円くらいで すんなり 許してもらったので

今回も… と 考えながら 旅を続けた。


スリランカ 最北の地 ジャフナに到着。
P2162433
あれ? ここは 今までの街と 雰囲気が 全く違う。

バスを降りた瞬間から 人の目が違う事に気付き 身構えた。


ジャフナは、治安が悪いと聞いていたが

これほど 他の街と 違うとは 驚きだ。

インドとも非常に近く 国境沿いと言うことも あるのかもしれない。


気を引き締め 宿を探す。

が しかし 宿が一向に ない。

2時間歩くが どこも FULLと言われ 途方に暮れていた。

こんな 治安の悪そうな所で 野宿も 考えられないし

旅の資金も 寂しく 高いホテルにも 泊まりたくない。

さらに 30分歩いた所で なんとか 宿が見つかった。

値段は普通で安くはない でも 綺麗ではない

しかし そんなこと 言っている場合ではない。

辺りは 薄暗くなって来ている。

部屋に入ると 蚊が 30匹ほど飛んでいて

殺虫剤を 必要以上に かけて 部屋を出た。

これは 思いやられる

私と部屋の信頼関係は 完全に崩れ

風呂に入るときも ゴキブリに 注意し

寝るときは ダニに噛まれるのではないかと

心配だ。

五分後 部屋に戻るが 殺虫剤を撒きすぎ 目が痛い。

我慢し シャワーを浴びて 晩御飯を食べに出るが これがまた へんぴな場所で

ご飯を食べる所がない。

辺りを ぐるぐる回り やっと 見つけた食堂で カレーを食べ

汗だくになり また 帰って シャワーを浴びる。

私は、この街とは 相性が合わない。

明日 朝一に この街を出ようかと思ったが

私は 考えた。

今日 このまま 眠り ダニやゴキブリの襲撃に合えば

この街を去る。

なければ もう一泊 この宿にお世話になり

街をゆっくり 見る。

そして 次の朝…

続く

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18 7月

スリランカ ニッコリ笑顔の旅 57 不法滞在編

あれは、いつだったろうか

確か 1週間ほど前だったように思う。

やばい仕事で 1つのミスで 撃ち合いになったんだ(深爪をしてしまった)

その時に 腕に拳銃の弾が残っていたのを そのまま放置していたんだ
(深爪で少し傷があったが 消毒もせず そのままにしていた) 

案の定 俺の腕は 腫れ上がり 痛みでどうしようもなく なっていた。

しかし 俺のように 表に出られない 殺し屋は、病院に行けず

自分で 手術するしかなかった。

カッターナイフを取り出し 親指の 膿の溜まった所に 切れ目を入れる。

激痛が 走るが 無法者の私は 御構い無しに 膿を絞り出す


傷口に 消毒液を垂らし バンドエイドを巻いていた。

しかし 俺の親指は 一向に良くならず

逆に 膿の溜まる場所が 広がり 腫れはより 酷くなり

扇風機の風でさえ 痛みを感じた。

仕方ない 明日は 病院に行こうと 決め

ベットに 横になるが 指が疼き どうにも 眠れない。


夜中の2時 俺は 我慢できず 救急で病院に駆け込んだ

医師が2人 拳銃で撃たれた(深爪が化膿した) 傷をみて

「これは いたそうですね 指先は特に痛いですから」と

気持ちを入れず 淡々と話し

一人が 私の手を抑え 一人が 太い針を持って

一番痛い 場所に 刺す

私は「グゲ〜!」と唸り声をあげたかと思うと

もう1段 深いところまで グリグリ刺してくる。

「ンムッ!グギャー」と叫び 

針を抜いたかと 思うと 次は 力一杯 膿を絞り出す。

2m100キロ近い 大男が 痛みでのたうち回り

息が上がる。

これを 3回繰り返し 

無事 処置は終わった。

これほど 痛いのであれば もっと早く 

病院で 抗生物質を 飲むべきだったと

後悔する

ハラダマサカです

こんにちは


P2121766
ここで 旅の最大の事件? うっかりミス?

気づいてしまった。

それは ひょんな事から 始まった。

世界1周をしている という 素敵な女性と話していた。

私は 旅の経験も年齢も上で 少し先輩ヅラして 偉そうに

「スリランカに1ヶ月も居たら 世界一周するのに 5年くらい

かかっちゃうよ」笑〜 とか 言って笑っていた。

そして 女子が 「いつまで スリランカにいるんですか💖」

と 聞いてくるので 「いつから いつまでだよ✨」

女子が「あれ? ビザ1ヶ月ですよね? 3日ほど過ぎてますよ?」


えっ? うそ? マジ?となり 

私は 考えた。

そういえば 確かに 私は1ヶ月ギリギリで チケットを取ったが

帰りの飛行機が 欠航になり 3日後の飛行機になったんだった!」

ガビョーン 

やらかして しまった。

でも やらかしてしまったものは 仕方ない


これから 私ができる 方法は 2つ

首都に戻り イミグレーションで 申請をして 延長してもらう



何も無かったかのように 旅を続け 空港で なんとかする。
(なんともならない可能生もあるが…)

1つ目の方法が 当たり前だが いいに 決まっている



非常にめんど臭い しかも 旅が短くなる気がして 嫌だった。

私は 後者を 選択し 次の町に向かうのであった。


これを 書きながら 我ながら バカだと思う 

マサカです。

続く
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