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January 2009

January 28, 2009

音楽仲間

みか&ゆか

落ち込んでばかりはいられない




先日、スェーデン在住パーカッションの竹原美歌さんがコンサートの為
帰国したので“美歌会”食事会がありました

美歌さん(中)は1月31日トッパンホールにて
室内楽コンサートに出演、西野ゆかさん(右)は
カルテットエクセルシオのファーストヴァイオリン、ゆかさんも
同じ日に第一生命ホールでエクセルシオのコンサートがあります!

2人共、真摯に音楽活動をしている大好きなお姉さんで、
食事会ではお2人共に、とってもおめでたい音楽ニュース発表があり、
乾杯でした。
(それぞれの活動ブログにニュースが出る事でしょう。。。)

30代チームが我々3人で、20代チームのヴァイオリンの3人、
井上静香ちゃん、篠原智子ちゃん、菅谷史ちゃんの6人で、
色んな話をしながら鍋を囲みました

若い3人もとっても頑張っていて、未来がピカピカ輝いている演奏家
静香ちゃんは、今日もコンサート一緒に行きました

厳しい世界だとは思いますが、みんなそれぞれで、大好きな
音楽の道を地道に(地味にという言葉も出てましたが
歩いています

今日は、私の恩師中の恩師、店村眞積先生のリサイタルに
白寿ホールへ行って来ました。
店村先生と





店村先生は、これまでも何度もブログに書きましたが、
私が大学2年から3年間プライベートで師事し、
腱鞘炎から救って頂いた“音楽命”の恩人。。。



店村先生は、千香士先生が、私の高校時代やっていらした
“田中千香士合奏団”の首席ヴィオラでした。

素晴らしいヴィオラの音が、一人だけすごく良く聞こえるので
“あの人すごい!”と常に注目しておりました。

その時はまだ店村先生とは全く面識がなかったのですが、
私が腱鞘炎になって、ある雑誌のインタビューで店村先生が、
手の故障について語っている4ページくらいにわたる記事を読み、
千香士先生に “あの首席ヴィオラの方、紹介してください。。。”
とお願いしたのがきっかけでした。

店村先生のご自宅にレッスンに通っていた当事、
先生のリサイタルやコンサートは、どこにでも必ず行き、
いつもその輝く音と、一音で人の心を射抜く音楽に、感動していました。

留学以降は、日本でのコンサートは行けず、水戸やサイトウキネンで
ご一緒させて頂き、また、ヴィオラスペースでの室内楽共演など
先生の音を間近に触れていました。

今日は久しぶりに、客席で先生の音に、胸を打たれました

演奏には、人間の全てが現れる。。。
温かい先生の人柄が、客席を温かく包み込む、
素晴らしいひと時でした。。。

演奏後、ホワイエでの乾杯に少しだけ参加

帰路、心がポカポカしました

今日も、ホールスタッフさんや演奏家仲間にいっぱい会いましたが、
音楽で繋がった縁を、もっともっと大事にして行きたい、と
思いました

machiko_shimada at 00:32|Permalink 聴いたコンサート 

January 26, 2009

田中千香士先生

名古屋市芸術賞の授与通知を受け取った1月19日、
その日の夜、私が、芸高芸大通じて7年間師事した恩師、
田中千香士先生の訃報を受け取りました。

この一週間、想いを心の底に閉じ込めて来ました。

今日は、一週間ぶりの快晴。この上ない真っ青な空を見上げ、
千香士先生のことを、ここに書こうと思いました。

初めてお逢いしたのは、私が中学3年生の1月。
高校受験前に習っていたソルフェージュの先生に、
田中千香士先生を紹介して頂きました。

 サントリーホールでの“10代の音楽家演奏会”に出演する為
名古屋から東京に上京し、コンサートの直前に千香士先生の
ご自宅に初めて伺い、演奏曲のハイドンの協奏曲ハ長調と
エルガーの挨拶を弾いて、最初のレッスンを受けました。

その時のことや、頂いた言葉は、今でもしっかりと覚えています。

その時はまだ、芸高に入れるか判らず、先生に生徒として
取ってもらえるのかも分からなかったのですが、無事入学後、
師事者の名前“田中千香士”を見て、とても嬉しかった。

それからずっと、高校生活から一人暮らしの私を
いつも思いやってくださり、ヴァイオリンだけでなく、
芸術家の人生の事も、色々教えて頂きました。

 結束の固い千香士門下生は、先輩も後輩も、みんないつも
楽しくヴァイオリンを弾き、音楽や先生が大好きでした。

私は、他の千香士弟子とは違い“芸高から”の生徒でした。

他の生徒はみな、小学生や中学生の時から先生に師事し、
そのまま芸高や芸大に入学する人ばかり。

千香士弟子の特徴といえば“卓越したヴァイオリン弾きの技術”。
試験ではかならず技巧的な作品を選び、どんな曲も楽々弾ける
先輩&後輩ばかりで、中学生の時点でパガニーニのカプリスなんて
何曲も弾けます!という生徒さんだらけでした。

そんな中で私は、芸高では本当にダメな、田舎から来た、
 “学生コンクール課題の1曲しかパガニーニカプリス弾いた事の
ない生徒”でした。

ハイレヴェルの千香士門下には、中学生時に学生コンクールで
運良く優勝していたから入れたものの、
実際の私は門下の中でも落ちこぼれで全然技術がなくて、
にもかかわらず、一人暮らしに羽を伸ばして、
ヴァイオリンはさぼってばかり。実技試験ではいつも、
すごく無理して技巧曲弾かされて、大失敗、、、ばかりでした。

練習をさぼったり、躍起になって技巧曲を弾いたりしていた頃、
大学2年の時に腱鞘炎になって、千香士先生のところを飛び出して、
2年くらいレッスンに行かなかった時も、破門にはされず、
卒業時には立派に“千香士弟子”として芸大卒業させて頂きました。

コンクールの応援や、お世話や、音楽家として生きる道の
手助けをするような先生ではなかったし、曲を弾いても、
指遣いや弓や音楽などを決めてくれる先生ではなかったけど、
そのお陰で、その後、どんな場所でも一人で行って、
どんな戦いも一人で臨み、その結果も一人で背負い、
楽譜を見て、ゼロから自分で決める術が、身に付いています。

 反対に、ほんのたまにアドヴァイスを下さった言葉や、
先生が仰った言葉は、重く、深く、私の心に刻まれています。

“ヴァイオリニストだけでなく、音楽家だけでもなく、
芸術家を、目指すんだよ”

といつも仰って下さった先生は、きっと私の今回の芸術賞受賞を
喜んで下さったんじゃないかと、思います。

 私は、先生の紹介するフランスではなく、全くの相談なしに、
勝手にドイツへ留学しました。

それでも、先生は、住み始めた私のデトモルトの部屋に、
 “心まで、疲れてしまわないように” と、
その一言だけのFAXを下さった。

 留学途中の2000年、東京でのリサイタルを聴きに来て下さった後、
“真千子の良いところが消えちゃってる”と、心配の一言。

ヨーロッパの技術を手に入れる為、全てやり直している最中の事、
私の音楽はきっとどこかにいってしまっていたのだと思います。

帰国してすぐの2004年6月に、名古屋音楽大学の学長に
なられたばかりの先生からお話を受け、その大学の
学生オーケストラと千香士先生の指揮の共演で、
モーツァルト4番協奏曲を弾きました。

千香士弟子の中でも、先生の指揮で協奏曲を弾けた幸運な弟子は、
そんなにたくさんいないと思います。
先生は私に、そんなプレゼントも与えて下さった。

その後先生が、東京と名古屋の往復中に倒れられ、
学長を辞められてからは、なかなかお逢い出来なかった。

2006年5月の東京での私のリサイタルには、お身体を壊されて
入退院を繰り返されていた中にもかかわらず、
トッパンホールまで来て下さいました。

演奏後に先生からメール受け取り、 そこには5曲それぞれの作品に、
点数が付いていた。

その点数は、ちゃんと、私の情熱順に並んでいて、
バッハのパルティータ 2番が100点で、
だんだん下がっていく順番になっていました。
そして、メールの中の色々な言葉の最後に、

 “音楽だけがいつも動いている真千子のヴァイオリンは、
僕はいつも大好き” と。

そんな事言ってくださるのは、この世でたったひとり、
千香士先生だけでした。 技術がなくても、失敗しても、反抗しても、
いつも私の音楽を、私の良い所を、見てくださった。

先生を慕う、ものすごく多くの生徒さんは、みんな、きっと
そうやってそれぞれの良いところを伸ばしてもらっていたんだと、
思います。

昨年、先生の69歳お誕生日のコンサートでは、
千香士先生を慕うたくさんの演奏家が集まり、
先生とベートーヴェンを弾く、本当に幸せな時を過ごしました。
 ここをクリック

常にユーモアに溢れ、自由で、どこか粋で、個性的で、独特で、
自然で素直に生きている人。

 “千香士節”“千香士伝説”尽きない、特別な存在でした。

私は、亡くなった日の先生には逢えず、
21日に、昔よく通った先生のご自宅の、先生の部屋に、
最後のレッスンに行って来ました。

まだ、先生がお亡くなりになった事は、実感できず、
受け入れられません。

先生は、私の音楽の中にいるから、、、という気持ちが、
悲しみを覆っています。

 2月2日紀尾井ホールでの“ちかしオーケストラ”演奏会の際に、
先生に、お別れを言おうと思います。

先生が指揮台に立つはずだったコンサート。
70歳のお祝いを目の前に、天に召された先生。
先生を慕った全ての人の心に、大きな何かをしっかりと残されました。

 先生の70歳のお誕生日である1月31日から、
リハーサルが始まります。

machiko_shimada at 00:50|Permalink 音楽家の気持ち 

January 23, 2009

渋谷区音楽教室

ミニー




19日以降、とても慌しい日々を送っております

皆様には、たくさんの温かいメッセージや拍手を頂き、感激です。。。
ありがとうございます。

こんな可愛い電報を受け取りびっくりしました。
ミニーちゃんが言葉を持って来てくれるんですね〜


今日、朝の10時30分からと、午後2時30分からの2回、
東京の、とあるオーケストラのゲストコンサートマスターとして
“オーケストラ鑑賞教室”公演に参加して来ました

渋谷公会堂での本番、リニューアル後初めて行きました。

午前中は渋谷区内の小学校4年生の生徒さんが客席を埋め、
オーケストラの小品を演奏。ビゼー:カルメンの前奏曲や
カヴァレリアルスティカーナの間奏曲、チャイコフスキーの花のワルツ
やウィリアムテル序曲などなど。。。

1曲だけ、たくさんの元気な小学生達の合唱と共演する曲があり、
客席から、この上なく澄んだ、高い歌声が聞こえた時、
本当に泣きそうになり、困りました。。。

先日、すごく悲しいことがあり(この事は後日書きます)
その気持ちが心に広がり、まばたきを何度も何度もしながら
弾きました。

なんで、子供の歌声というのは、あんなに透明で澄んでいて
美しいのでしょうか。。。
私の涙腺ツボ真ん中ストライクです。

午後の公演の客席は、中学生。
渋谷区には、私、昨年まで3年間住んでおり、
よく、マンションの窓からすぐ下に見える中学の校庭でやる
運動会など、勝手に見ていたのです

なんと、今日はその中学校の生徒さんも、客席にいて、
ちょっと嬉しかった
勝手に見てた分、どうぞ、見てください!

渋谷区だと“代々木中学”とか“広尾中学”とか何とも
カッコいい憧れの街の名前がいっぱい。。。

でも、どこの地域でも、若者はみんな音楽に敏感に反応し、
大きな拍手を送ってくれます。
人生で初めて聴く音楽会かもしれない、と思うと、
その責任は重いですし、やりがいがあります。

中学生には、ベートーヴェンの運命やスメタナのモルダウなど
少し長い作品も演奏しました

いつも、コンマスのお仕事は、勉強、勉強です。。。
でもようやく、すこ〜〜しだけ経験が出来てきたので、
オーケストラの方々と一緒に弾くことが“以前よりは”
出来てきたかなあ、、、と、やっと思えてきているので、
難しい中にも、楽しさも見えています。。。

少しずつ色々なものが見え出すと、以前の自分のことが
とっても恥ずかしくなります。。。

ああ、私ったら、きっとこんな感じだったんだろうなあ、、と
前の自分が客観的に見えてしまいます。

以前の自分に、“穴があったら入りたい”と思っても、
今の自分は、どうしようもないのが、人生ですね。。。


それでも、めげずに、周りの方々から色々学んで、
前に進んで行きたいです



machiko_shimada at 18:45|Permalink 出演コンサート 

January 20, 2009

受賞のお知らせ

新聞





この度、出身地である名古屋市から、
名古屋市芸術賞“芸術奨励賞”を受賞致しました。

1月19日に名古屋市から発表があり、
1月20日の中日新聞の朝刊にて公表されましたので、
(写真クリックで拡大)ここに掲載致します。

1月19日は、私にとって、色んな意味で深く特別な日になりました。

2006年に愛知県から愛知県芸術文化選奨文化賞を頂き、
当時の年齢や経歴からは身に余る受賞でした。

その際は、私の将来へのエールとして拝受し、
故郷である、私の礎、愛知県や名古屋市、
東海地方での活動に対しては、この数年、様々な思いを胸に、
心して取り組んでまいりました。

2009年、今回も、全く思いがけぬ賞を頂き、
身が引き締まる思いです。

名古屋市の芸術賞は特賞と芸術奨励賞があり、特賞は今回も73歳の
彫刻家であられる石黒氏、これまでも同齢の方々で、
芸術に功績があり、名古屋市に縁がある方が受賞されてきました。

この度、私が頂いた奨励賞は、
”今後の活躍が期待される人物”への賞。

引き続き、社会へ向けて音楽家として何が出来るかを真剣に
考えながら、多くの皆様と共に手を取り合い、助けを頂き、
芸術家への道を歩いて行く努力を続けてまいりたいと
思っております。

これまで、私を助け、支えてくださったすべての皆様には、
心から感謝申し上げます。

どうもありがとうございました

皆様と共に、この賞を頂き、
音楽で、皆様に感謝の気持ちをお伝えして行きたいです。

6月2日にはしらかわホールヴィオラスペースで、
ドボルザーク:弦楽3重奏を今井信子氏、植村太郎氏と、
9月には小林研一郎氏指揮、名古屋フィルハーモニー交響楽団と
チャイコフスキー協奏曲を、
11月22日しらかわホール15周年ガラでは
堤剛氏、今井信子氏等とベートーヴェン7重奏を共演いたします

名古屋、東京でのリサイタルもできれば、と思っています。

これまでは、かたくなに頑固に、自分の信じる道や
信念だけを貫いてきたような気が致しますが、
これからは、少しだけ柔らかい心を持ち、
広く物事を考える人間になりたい。。。

お客様や、聴いて下さる方々や、
音楽を必要としていらっしゃる人々。。。

私も皆様と同じく、心から音楽を愛しています。

だから、聴衆の皆様が聴きたい音楽、望んでいる音楽を
お届けできるようにも、成長して行きたいです。

まだまだ、人生に、試行錯誤中。

悩んだり迷ったりもしていますが、
大好きな音楽を、更に、好きになれるように、
好きになって頂ける様に、歩んでいきたいです


今後とも、ご支援、ご指導、お導きを
どうぞよろしくお願いいたします。。。

machiko_shimada at 12:10|Permalink 音楽家の気持ち 

January 17, 2009

最近

最近はよく、コンサートや劇場でお客さんとして
楽しませて頂いておりますが
今日は、サントリーホールの日本フィル定期公演に
行ってまいりました

お目当ては、今井信子先生と漆原朝子さんの弾く
モーツァルトの協奏交響曲

プロコフィエフの交響曲1番と7番に囲まれた
この癒しの一曲は、今日のコンサートに美しい“花”が
咲いたひと時でした

モーツァルトの協奏交響曲は、この天才作曲家の23歳頃の作品
ですが、とても若者が書いたとは思えない、深い作品。

この曲には私も思い入れがあり、ずっと前にブログに書いています 
ここをクリック

今井先生のヴィオラでこの曲を聴くのは、何度目だろう。。。
一番印象に残っているのは、ハンブルグのムジークハレで聴いた、
エッシェンバッハ指揮、NDR交響楽団、MIDORIとの共演
(CDにもなっています

この曲は、ヴィオラの調弦を半音高くして弾くと、
軸になる音が開放弦になり、ものすごく響くようになる。
本来はそのように弾くように、楽譜に指示されているのですが
現代の演奏家で、この調弦を用いて弾く人は、ほとんどいない。。。

難しい、ので。。。

でも、今井先生は、その時初めてその調弦法に挑戦して、
素晴らしい響きで歌いつくし、MIDORIさんとの会話は
心の音がして、絶妙。。。感動的でした。。。

今でも忘れられない名演です。。。

今日も、その瞬間を思い出しつつ(楽屋に訪れた時、今井先生も
すぐその事を私におっしゃいました〜
でも、どんなときも“その瞬間”の音楽を創る先生に、
またまた感銘を受けました!

朝子さんの音はとっても明るくて伸びがあり、綺麗でした!
オーケストラはそれを包みながら、
でもやはり、中心である(音域も立ち位置も)今井先生が
終始リードして音楽が流れていました

今年は、私も2回も今井先生と室内楽を
共演させて頂ける機会があるので、楽しみです

腕を、磨かなきゃ。。。
もちろん、心も

来週くらいからそろそろ、
客席から舞台側に行きます。

充電しながら思った事や学んだことがどんな風に生きてくるか、
自分でも楽しみです

machiko_shimada at 23:28|Permalink 聴いたコンサート 
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