2010年11月09日

思い通りに行かないのが世の中なんて割り切りたくないから

[PSP] 『タクティクスオウガ 運命の輪』の2分半にも及ぶPVを公開中(電撃オンライン) - livedoor ニュース

今更ですが今月11日にPSPソフト『タクティクスオウガ 運命の輪』が発売されます。15年前(!)の1995年10月6日にスーパーファミコンにて発売されたソフトのリメイク版で今も根強い人気を持つゲームです。このゲームはいわゆるファンタジー世界を舞台とするシミュレーションRPGであり、その中での選択により大きくストーリーが変化するマルチストーリー&マルチエンディングを採用しています。当時のSFCの限界に迫ったとも言える美麗なグラフィックや音楽、そして何より非常に重いテーマを扱ってるのとマニアックなゲーム内容ゆえにやる人を選ぶゲームであり、自分もSFC、SS(セガサターン)版と所持してますがクリア出来ずじまいなので正直今回PSP版が発売されても買う予定はありません。ですがこのゲームは自分の人生観にある一つの転機をもたらせたとも言えるゲームですので今回記事にしてみる事にしました。

大雑把に説明しますと、ウォルスタ人である主人公はガルガスタン王国の弾圧に対して姉と親友と共にレジスタンスとして戦う中、ガルガスタン領内にあるウォルスタ人強制収容所に向かい、およそ5000名のウォルスタ人を武装蜂起させようとした所、収容された人達は反抗しなければ虐げられることもないという考えから現状維持を掲げて武装蜂起を拒否。そこでレジスタンスのリーダーが主人公に指示した内容は…

収容されたウォルスタ人を全員虐殺。ガルガスタン人にその濡れ衣を着せ、ガルガスタンの混乱を招くとともにウォルスタ人の結束力と士気を高める

…人道的に考えてありえない行為です。そんな愚策に乗るか乗らないかで物語は大きく動く事になりますがその後の展開がまた凄い。虐殺に反対した場合は結局虐殺は行われる上に主人公が虐殺の首謀者としての汚名を着せられるというとんでもない展開になるのですがその時のアラインメント(本質や思想を表す物)がカオス(Chaos)になってしまいます。多くのゲームでアラインメントを指す場合は

ロウ(Law)=善・正義
ニュートラル(Neutral)=中立・中庸
カオス(Chaos)=悪・利己的

と言ったパターンがほとんどです(例:ウィザードリィ、真・女神転生等)ですがこのゲームでは

ロウ(Law)=秩序・体制
ニュートラル(Neutral)=日和見主義
カオス(Chaos)=混沌・反体制

と言った意味合いに感じられてしまいます。特に先述の虐殺での選択肢については結局どちらを選んでも虐殺は行われ、戦局は大きく体制側(レジスタンス)に有利に傾くのである意味では体制といった『秩序』に従うと言った意味では虐殺を肯定→ロウ(Law)という意味も頷けます。逆に虐殺反対は体制に反する事なのでカオス(Chaos)になったと言う事です。ちなみに虐殺反対後にレジスタンスと和解するかどうかの選択肢がありますがそこで和解をしなければカオス(Chaos)のまま、和解をすればニュートラル(Neutral)にアラインメントが変化するとの事です。

このゲームをやって気付かされた事。それは『善悪は必ずしも一つとは限らない』と言う事です。自分が正しいと思ってても客観的に見れば独り善がりの独善的な行為でしかなかった…そんな経験をした人も多いのではないかと思います。そしてこの頃を境に人を見る目が変わったような気がします。先述の虐殺における選択肢ではどちらを選んでも親友と決別しますが(ロウルートのみ後に合流)以前書きました『小学生の時から15年間親友付き合いしてきた男に裏切られた』のもこの頃でした。自分に『タクティクスオウガ』を薦めてくれた人物がその元親友との決別のきっかけを作ったのですがその人物は常日頃から『俺は絶対何があっても中立を貫くから。それが俺のポリシー』と言ってました。しかし結局の所彼は彼自身の考え方こそが絶対と思い込んでおり、自分にその考えや趣味を無理矢理押し付けようとしていました。ある程度は自分も彼の考え方を解していましたがそれを受け入れるのは何となく危険だと思って受け入れずにいると人格中傷とか平気で約束破ったりとか今考えても大人気無い報復手段を取られました。

今から思えば、彼は『中立』と言う言葉の意味を取り違えていたような気がしてなりません。そもそも彼は自分を『八方美人』であり『偽善者』とも言ってました。八方美人は誰に対しても分け隔てなくいい顔をする人の事を指すのであり、自分より下と見ている人間に厳しく当たるのは八方美人とは違います。偽善者と言うのも彼は最初から善を語ってないから偽善者とは言えません。その人物は元親友共々誉められた人間ではありませんでしたが彼らとの決別を通じて改めて自分の人との接し方や考え方等を見直すきっかけになった訳ですからそのような意味合いでは彼らに感謝すべきかとは思います…決して許しはしませんし二度と関わる事はありませんが。

先ほども書きましたが自分は『タクティクスオウガ』をクリアしてません。しかし途中までのプレイや攻略本等を見るに当たって自分の考えがゲーム中のカオス(Chaos)寄りである事を痛感しました。基本的に天邪鬼なのかもしれませんが納得行かないのに自分を殺してまで体制側に媚びる位なら一人ぼっちになろうが反体制で居る方を選びます。以前mixiの某コミュを抜けたのはズバリそれ。『決められた道を ただ歩くよりも 選んだ自由に 傷つくほうがいい』ってとこでしょうか。『タクティクスオウガ』のPSPリメイク版は今の所買うつもりはありませんがボイス付きのSS版はいつかやろうと思ってます。つーか『オウガバトル』シリーズは全タイトル持ってるのにクリアしたのが一つも無い…64なんか積みゲーですし(苦笑)難しいゲームは自然と敬遠してしまうヌルゲーマーでふ(苦笑)

machinetornader at 19:37コメント(2)トラックバック(0)ゲーム(レビュー・攻略日誌) | 昔語り(過去ネタ) 

トラックバックURL

コメント一覧

1. Posted by Y・M   2010年11月10日 04:08
自分も似たような経験があっただけに、この日記は激しく痛感したぞ!
因にゲームは前作の伝説のオウガバトルを二回クリアしたな。
2. Posted by AGITΩ   2010年11月10日 17:27
> Y・M

ありがとう。人に裏切られたり迫害されたり…そんな苦い経験を重ねてきたからこそ他人に同じような苦痛を与える事はするまいとは常日頃肝に銘じてるけどそんな思いとは裏腹に平気で人を傷付ける輩が多くてさ…

第一作はカオスフレームの調整がシビアで断念したわorz

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
訪問者数

livedoor Profile

AGITΩ

ギレン閣下のお言葉
Twitter
  • ライブドアブログ