最近アート界隈で賑わっている話題が、
写実絵画の活況です。
アート業界が盛り上がる事はとてもいい事だと思う反面、
このアートのムーブメントが、
ドメスティックな事が非常に問題です。

つまり、
世界のグローバルスタンダードなアートとは、
まったくリンクしていない、
つまり美術史や批評性とは程遠い、

これはどういう事かというと、
つまるところ、
日本人の趣味的ムーブメントだという事です。

ではこの写実絵画のムーブメントは何を表層しているのか、
その点について述べていきたいと思います。

日本人におけるアートの古典は印象派です。
その上で、
現代の日本の世の中を考察してみましょう。

これは現代思想的にも言える事ですが、
日本の社会は非常に、
不確実で不透明な世の中になってきています。

これは世界を見渡してもそうですが、
思想的にも、
この不確実性や偶然性というものが、
現代の世の中のキーワードとなっています。

日本人は今、
非常に不安定な世の中を生きている事になりますが、
その中で確実に安定した価値や生き方を欲しているのです。

それは日本人のアートが印象派という、
ある種不安定で不確実な表層性から、
安定し確実で、
誰しもが簡単にその価値を共有できる、
写実絵画に、
ある意味アップデートしたと考える事ができます。

美術史的には写実は、
過去の方法論で、
現代で評価される対象ではないのですが、

日本人にとって、
その様な西洋の美術史や批評、文脈、作法、
それらはどうでもいいのです。

つまり、
その作品が今、
まさに現在の不安を解消してくれれば、

それは今政治などで言われている、
ポスト真実的な振る舞いです。

つまり、
アートという本質はどうでもよく、
今、自分の精神や感情を安定させる、
現に作用させる、
またそれを実感できるものを欲している。
その様な現象です。

前回の文章でも記述しましたが、
写実は、
三次元のものを二次元に落とし込む、
次元変換をアートの構造の原理としています。
これは非常にコンサバティブな方法論です。
さらに非常にわかりやすいアートの構造の原理で、
別に専門家でなくても、
それがいかに素晴らしいかというものを実感できます。

三次元の人間を、
二次元にいかに、
生きているかの様に表現できているか、
それは専門家でなくても、
自明な評価基準です。

それは非常に明快で、確実で、安定したものです。

むしろ、
現代の日本人は「金塊」よりも、
写実絵画を欲しているともみえます。
なぜなら「金塊」が、
本当の金の塊かは、
素人ではわかりません。

その点写実絵画は自分の目で鑑賞すればわかります。

この様なことから、
いかに現代の日本人が、
不確実性や偶然性に恐怖を抱いているのか理解できます。

しかし、
今後日本人はこのことを、
乗り越えていかなければなりません。

私たちは、
この不確実性や偶然性を、
しっかりと引き受けていかなければいけない時代なのです。

しかし、
この写実絵画のブームを観ていると、
その準備はまだ日本人にはできていない様です。

美学者母