今回のライドは八王子市の滝山城址公園に行こう!


多摩サイの睦橋と拝島橋の間には、国史指定の滝山城址公園がある。

同じ八王子市に八王子城跡がある事から知名度は低いけど

本丸址や中の丸址などが現存しており緑豊かな公園として整備されている。

多摩サイから非常にアクセスしやすい環境にあるので訪問してみよう!



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今回のコース。


多摩サイの睦橋を起点に、睦橋通り(都道7号線)と都道166号線で滝山城址公園へ行く。

帰りは国道411号線の近くにある道の駅滝山に立ち寄って、多摩サイの拝島橋でゴールになるプラン。

細かい右左折ポイントなどは追って紹介していこうと思う。



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まずは多摩サイで睦橋を目指す。



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睦橋で多摩サイを降りて、写真の右側の武蔵五日市方面に進む。



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睦橋通り(都道7号線)を武蔵五日市方面に進んでいる。

左手に睦橋通りのマクドナルドがあるけど、この先が左折ポイントの小川交差点になる。



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「道の駅 八王子滝山」の看板があるので、そちらの方面に進みましょう。



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小川交差点を左折する。



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左折した先からは都道166号線になる。

しばしの間、この道を進んで行こう。



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秋川を渡る。

この辺りは東秋川になり、この先で多摩川と合流する。



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多摩川との合流地点の手前でも秋川の水質は良い。

まぁ、近年は多摩川の上流も、水質はかなり良い状態なんだけどね。



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秋川を渡ると八王子市になる。



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ここからは道幅が狭い区間が続くので注意しよう。

睦橋通りから八王子へアクセスできる道路なので、交通量もそこそこある。



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左手には、のどかな光景が広がっている。

幹線道路から道一本逸れるだけで、こういう光景が広がっているから東京も侮れない。



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高月浄水所前三叉路を直進(左折)する。


ちなみに、右折した先は急勾配の上り坂になっており

この上りは1964年の東京五輪ロードレースコースの山岳ポイントだ。

ユタ先生(シャカリキ)は事故で走れなかったが、エディ・メルクスが走った場所として知られている。



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山岳ポイントの上り坂をズームしてみた。

詳細に関しては過去にレポートを書いているので、そちらを参照あれ。



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高月浄水所前三叉路を直進した先の、この写真の反対車線も東京五輪のコースだった。

ここからは、しばし東京五輪コースを逆走して行くわけであります。



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やがてナイスな上り坂が現れる。

長らく急勾配の上りから遠ざかっていたので、ちょっと気が重いっす。



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・・・というわけで、早くも息が切れてきた。


だけど、写真を撮るためにしょうがなく立ち止まる。

ホントしょうがないなぁ。・・・うん。しょうがない。ショウガナイ。

するとブルバちゃ・・・


「う、うるせぇ! しゃべんな!!」


とりさん、渾身のブロックでブルバちゃんの出だしを見事に挫いた。

というわけで、ブルバ氏が突っ込む隙は与えなかった(エヘンっ!)。



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ピーク地点に到着

だが、何故かブルバ氏は少々不服そうだ。きっと難しいお年頃なのだろう。



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ここからは豪快に下る。

いやー。やっぱ下りは素晴らしいよ。

・・・まぁ、自分は随分とヘタレになったもんだ。



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下り終わると丹木町三丁目交差点に行き当たるので、ここを左折する。

左折した先からは滝山街道(国道411号線)になる。



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滝山街道に入ってすぐの、この写真の分岐を左折する。

よく見ると左手に「滝山城跡入口」の看板があるので、そちらに進もう。



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「滝山城跡入口」の看板をズーム。


それでは、滝山城の歴史を紹介しておこう。

滝山城は1521年に山内上杉氏の家臣である大石定重が築城した。

その後、北条氏康が河越城の戦いで扇谷上杉氏を滅ぼして

大石氏は北条氏の軍門に入った事により滝山城は北条氏の支配下になる。


1569年に武田信玄軍と小山田信茂隊の攻撃により滝山城は落城寸前に追い込まれた。

この経験により防御体制の不十分さから北条氏は八王子城を築城して移転をしたという経緯がある。


まぁ、簡潔に言えば滝山城は北条氏の八王子城の支城という所だろうか。

その八王子城も後に、豊臣秀吉の小田原攻めの際に落城をするわけだが。



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入口に地図が掲載されていたので紹介しておこう。



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滝山城址の主要部をズーム。


ここから、千畳敷址、中の丸址、金比羅社、本丸址とまわって行く。

地図にある弁天池址は現在では残っていない。

まぁ、しっかり「址」って書いてあるわけだしね。



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ここからは一本道なので真っ直ぐ進んで行こう。



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やがてゲートが現れる。



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「自転車でおこしの皆さまも、降りて押しながらの通行にご協力お願いします」

・・・というわけで、押して歩けば自転車を持ち込んでも問題ナッシング!



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ここからはクリートカバーを装着する。

シューズカバーの上に強引に装着してみたけど、特に問題はなかった。



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歩き出してすぐに道は激坂仕様になる。

体感で瞬間的に30%近くなる箇所もあるので、どのみち今の自分では自転車で進めないね(苦笑)



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なおも激坂は続く。


「どんな激坂だって押して歩けば怖くないぜぇ〜♪」


自分で言うのもなんだけど、もはや激坂ハンターだった頃の面影はない。



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「天野坂から枡形虎口へ」の看板がある。


この坂は天野坂といい、大手口に通じていたようだ。

当時は城兵が効果的に攻撃できるように工夫がされていた。

なので、敵にとっては大変な脅威にさらされる場所だったのだ。

ちなみに、「虎口」というのは城の出入口の事で、甲子園における阪神ファンの入場口の事ではない。



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ようやく激坂が終わり平坦な道になった。

うーん・・・。自転車に乗りたいけど、ここはちゃんと我慢をしましょう。



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都立滝山公園の看板がある。



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「コの字型土橋」の看板。


「土を掘る際に、一部を土のままに残し通路として使う場所を土橋という。

当時はもっと狭く、敵方の親交に対して4回も体の向きを変えて進ませ

側面攻撃ができるように工夫していた」・・・との記述がある。



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これがその「コの字型土橋」の遺構だ。



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その他にも、この周囲には空堀と思われる窪みが点在している。



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左に分岐があるので進んでみよう。



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すると開けたスペースに出る。

入口の地図によると、この場所は千畳敷址のようだ。

千畳敷址から、さらに奥に進んだ所に弁天池があったようだが現存はしていない。



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千畳敷址を後にして、さらに先に進む。

・・・ええ。もちろん、徒歩であります。決してトホホ・・とは言いません。



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だけど、さすがにブルバちゃんを押して歩くのも面倒になった。

というわけで、ワイヤーロックでお留守番してもらおう。



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やがて、道が突き当たりになる。



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滝山城跡に行くには左に進もう。



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右側は古峯ヶ原園地方面だけど、車両の通行は禁止になっている。

というか、この場所も一般車は進めないし、自転車も押し歩きなわけだが。



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というわけで、分岐を左折して滝山城跡に進む。



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左手に大きな広場が見える。

地図には記載されていなかったけど、これは二の丸址になる。



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三叉路が現れる。



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右に進むと滝山城跡・中の丸方面で、左は東秋川橋方面だ。

今回の目的は滝山城址めぐりなので、右折しましょう。



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右折すると、すぐに中の丸に到着する。


・・・さて。無事に中の丸までやって来た所で前編はここまで。

後編では中の丸址から、金比羅社、本丸址とまわって行き

帰りは滝山街道から道の駅滝山経由で多摩サイの拝島橋でゴールとなる。


それでは次回更新をお楽しみに!


「東京から箱根まで自転車で走る! &箱根周辺ポタリング」と
「茨城県(つくば・土浦周辺)自転車の旅」です。
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