Bianchiの徒然ブログ

インターネット、そこは技術のフロンティア。 これは、コミュニケーションアーキテクトたる“macume”が、新時代のツールBlogの下に、21世紀において執筆を継続し、未知のネット世界を探索して、新しい情報や人との出会いを求め、永劫進化するネット世界に自由に公開した日誌である。

新しい働き方への模索〜女性が提唱し、実践し、牽引するワークスタイル

workshift


私的公開日誌@ウェブ暦:140402.01

現在、世界中のあらゆる情況や局面でパラダイムシフトが進行しつつある。

しかし、21世紀の今日でも、“先進国の日本”は20世紀的な社会環境の働き方が隅々にまで根を張っているようだ。
男女雇用機会均等法が施行され、なんと28年たっても、依然として変わらない進歩のない停滞ぶりの社会環境の原因は一体何なのだろう。

昨年、英エコノミスト誌で、女性が働くの遠慮したい国として、調査対象26カ国中25位だった日本。同じく、ダボス会議を主催する世界経済フォーラム(WEF)が、世界136カ国を対象に、男女平等の達成レベルを経済、政治、健康、教育の4分野から評価した「国際男女格差レポート2013」を発表し、136カ国中105位、しかも調査を開始していらい過去最低のランクという状態だ。

ここ数年、「ワーク・ライフバランス」という言葉をよく耳にする。

総務省も、2007年に策定(10年改定)に「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」し、官民あげて推進に取り組んでいるが、はかばかしい成果について報告を聞いたことがない。

昨年(14年)、総務省もワーク・ライフ・バランスの推進に関する政策について、全体としてどの程度効果を上げているかなどの総合的な観点から、政策評価を初めて実施して資料を公表した。
しかし、14指標の数値目標への到達状況をみると、現時点において数値目標の水準に達したものは1指標しかないという惨憺たる結果で、やはりまったく成果があがっていない。

つい先日、私が参加している10 over 9 reading clubという読書会で、『アグリゲーター 知られざる職種 5年後に主役になる働き方』(日経BP社:13年刊)という本を読んだばかりだった。

ところで、こうした21世紀的な働き方が注目されだしたのは、ダニエル・ピンクの『フリーエージェント社会の到来―「雇われない生き方」は何を変えるか』(02年ダイヤモンド社)が刊行された頃からだろう。

もちろん、在宅ワーカーとかテレワーカー、あるいはSOHOなどと呼ばれるような働き方は、すでに20世紀から存在していた。

09年に佐々木俊尚『仕事するのにオフィスはいらない』 (光文社新書) が嚆矢となり、12年刊の本田直之『ノマドライフ 好きな場所に住んで自由に働くために、やっておくべきこと』(朝日新聞出版)あたりから昨年夏ぐらいまではノマド(ワーカー)という言葉が連日ネットで話題だった。

ノマド仕事術、ノマド思考、ノマド出張術などなんでももノマドとつける書籍が、一時は書店に溢れていたほどだ。

ほかには、女性が著した話題の本としては、12年リンダ・グラットンの『ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉』(プレジデント社)、13年フェイスブックCOOのシェリル・サンドバーグ『LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲』(日本経済新聞出版社)、最近では、これまでの主婦とはまったく異なる新世代の主婦の価値観を提示しているエミリー ・マッチャー著『ハウスワイフ2.0』(文藝春秋)などの邦訳書が話題となっている。

印象としては、ここ数年は特に女性側からの自分たちの考える働き方や生き方、あるいは価値観の主張が強いように思う。

結局、男性はいつまでたっても仕事のスタイルが変わらない、変えようとしないからだろう。


■私の30代の頃を振り返って

先週末(3/28)、「奥田サロン」に参加してきた。テーマは「新しい働き方」だった。

奥田さんが最初に起業したとき、今日でいう“ブラック企業体質”な会社してしまったことが、いまでも悔やまれるような口調の件があった。

これは、私にも十分に理解できることだ。

私もサラリーマンをやめて働き出した頃(30歳)は、同じように月月火水木金金という情況で休みがなかった。むしろ好きな仕事をしているのだから、休むということをしなくても平気だった。

誰かと食事をしていても、入浴中でも、布団に入ってからも、四六時中、とにかく仕事のことだけを考えていた。

しかし、5年ほどそうして働いていると、それが当たり前になり、早く家に帰れるのにもかかわらず、意味もなくオフィスに残っていた。そうした時間の過ごし方(=働き方)が慣習となってしまし、早く帰宅しても何をしたらよいのかわからなくなっている自分に気づいた

サラリーマンの頃は、残業をほとんどしたことがなく、会社にいつまでも残っている同僚や上司を尻目に、アフターファイブには興味のある様々な勉強会へあしげく顔を出すような生活だった。

それが自分で仕事を始めてみると、なんと会社に意味もなく残っているかつての会社の人たちと自分が同じようになってしまったのだ。

一旦そうした生活が染みついてしまうと、そこから抜け出すのはなかなか大変である。


■テクノロジーが変える仕事のあり方

21世紀になり、テクノロジーの発達が加速している。

世界的な通信インフラの拡充、ソーシャルメディアの発達、クラウド環境利用によるビジネスなどが、新しい働き方をもたらしつつある

例えば、東京、北海道、九州に各々住んでいる人たちが、一つのプロジェクトに関わって業務を推進していくようなことも、今日では可能である。こうした仕事の仕方は、都市と地方との限定されない。日本と世界中とでも可能である。

スタートアップでは、本人は日本にいてほかの開発スタッフは各々米国、スペインなどにいるような業務の進め方が可能で、定期的な会議やコミュニケーションなどはSkypeを利用して行っている。

地方の動向では、福井県鯖江市の地域活性化コミュニティのビジネスコンテストを開催するなど手伝っている友人もいる。そうしたコミュニティには、ITベンチャー、起業家、コンサルタントなど、多様な人たちが結集している。

先日も、長らく都内で仕事していた友人がいきなり四国に会社ごと引っ越した。最近、四国もそうした新しい地域活性化の動きが活発化している。

こうした働き方が可能なのも、今日のテクノロジーの進展の恩恵である。

また、クリエーター、特にイラストレーターであれば、描いた作品でホームページを作成しfacebook、Twitter、TumblrのようなSNSなどと連携させれば、国内はもちろん全世界中の人たちに作品を見てもらえる。

これまで、みんなが一カ所に集まって仕事をするというのは、20世紀的な経済発展(資本主義)がもたらした一つのワークスタイルだろうと思う。

こうした働き方は、分業と生産性能効率がそれで担保されていたことが要因だろう。

反対に、同じ所に集まって働くことによる効果というものも一方ではある

みなで休憩中、その茶飲み話から新しいアイデアが生まれる。あるいは、夜の酒の席でみなで話し合っているうちに新しい製品、新企画や新事業のヒントが見つかるといようなことは、多少なりとも誰でも経験があるだろう。

日本は、高齢化社会がますます進行していく。

企業、組織などは、いまだに多くは老人(男性)が意志決定権も予算も握っている。若い世代は頼りがないと称しては、いつまでも任せることができずに居座り続けている。残念ながら、そうした組織ではいつまでたっても変わらないだろう。

新しいワークスタイルは、女性が提唱し、実践し、牽引していくことにより、否応なしに男性も変わらざるを得ない情況に追い込まれるだろうと私は期待しているのだ。


「今日はこれをし、明日はあれをし、朝には狩りをし、午後には魚をとり、夕には家畜を飼い、食後には批判をするということができる」

上記は、マルクスの『ドイツ・イデオロギー』に叙述された有名な言葉であるが、そうした就労形態はテクノロジーがもたらす社会として、数十年後には到来するだろうと想像してみる。


(関連リンク)

▼女性の働く環境 日本ワースト2位

▼男女平等、日本は過去最低の105位 国政における女性議員の参加率低下が原因か

▼激変! 10年後の働き方、稼ぎ方

▼『ワーク・シフト』著者とイクメン社長が語る働き方の未来 リンダ・グラットン教授×サイボウズ青野社長 対談

▼残業にエクスタシーを感じる仕事人間が、どうしてイクメンになれたのか?──認定NPO法人フローレンス駒崎代表×サイボウズ青野社長

▼「19時に帰ったら、全てが変わった」小室淑恵さんに聞くワーク・ライフバランス

▼小室淑恵さん「若者には強い意志をもって、自分の時間に対する自律性を持ってもらいたい」(NHKEテレ「絶望の国の幸福論」13年5月)

▼駄目な役員と上司が組織を蝕むという話

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【書評】現代の「パンドラの箱」─『21世紀の歴史―未来の人類から見た世界』に寄せて

私的公開日誌@ウェブ暦:140320.01

残念ながら、今回の「ビブリオバトル」では負けてしまった。

今更なにをと冷笑されるのを覚悟してこれから書くのだが、ジャック・ アタリの『21世紀の歴史―未来の人類から見た世界』をようやく読んだ。
 
今回、読むきっかけとなったのは、私が参加している10 over 9 reading club」の前回の集まり(太刀川さんのレクチャー)で、その選定図書4冊の中から、読むべき1冊として自分自身で選択したからだ。
この350ページちかい大著は、現代の「パンドラの箱」的な書である、というのが私の印象だ。

原著は2006年に刊行され、日本では08年に邦訳が出版された。この間、07年にこの書に感銘を受けた当時のサルコジ仏大統領は、すぐに「アタリ政策委員会」を立ち上げた。また、当時すでに進行しつつあった米サブプライムローン問題は、その翌年(08年)リーマン・ショックとして全世界を震撼させた。

09年のGWの真っ只中、2日間にわたってNHKスペシャルでジャック・アタリへの緊急インタビューが放送された。ちょうど暴走する金融市場からリーマン・ショックが起こり、さらにはその後に起こった数々のテロ、携帯電話の進展、ノマドの出現、気候変動など、原著刊行当時(06年)にそうした言葉が列挙されており、あたかも一種の“予言書”のようなイメージを想起させたことも、この書の売れ行きにさらに拍車をかけたのだろう。

そのおかげか、テレビインタビュー放送の翌日、Amazonのベストセラーランキングではなんと1位となり、テレビメディアは強しと実感したほどだった。
また、当時の民主党代表の鳩山、自民党の麻生なども購入したようだが、はたして日本の政治家の“素晴らしい教養”とおつむでどの程度理解できたかは、その後の政策をみれば自ずとわかろうというものだ。

その後も同書は版を重ね、国内で刊行されてから既に6年を経過しているが、都内の大型書店ではいまだに平台に積んであるほど売れている。たぶん、アタリの書籍では日本で一番売れているだろう。

さて、私がこの本を選んだのには、2つの理由がある。


■選んだ2つの理由

第一に、学生時代にドイツ古典哲学から影響を受けた私は、ヨーロッパ的知の伝統に尊敬の念を持っている
18世紀にカントが出現して以降、1930年代のフランクフルト学派(ベンヤミン、アドルノ、フロムなど)まではドイツ、第二次世界大戦後はフランスが世界の知軸となっている。これまで、両国は哲学・文学などに限らず、様々な学問分野で多彩な思想家を輩出し続けている。私は、こうして連綿と続くヨーロッパ的「知の苗床(土壌)」が大好きだ
先月のセッション読書会でチョイスした図書が、カントの『永遠平和のために』であるのも奇縁を感じる。

第二に、もとよりアタリを知ってはいたが、実際にはこれまで彼の本を読む機会がなかった。
“現代最高の知性”とも形容されているアタリであるが、アカデミックな人なのだが、デリダ、ガタリのような生粋の知識人というわけではない
30代半ばで、ミッテラン政権下では補佐官となり10年も務めた。ベルリンの壁崩壊後は「欧州復興開発銀行」の初代総裁に就任、その後はNGO「プラネット・ファイナンス」を創設し、政治や政策、経済の実務経験も豊富な人物で、あのグラミン銀行のユヌスとも親交もある。
また、オランド現仏大統領政権下でもアドバイザーを務めている。


■本書の概要
本書は、扱う対象が国際政治や国際経済を軸としているが、基本的に“未来についての歴史書”である。未来からの視座(2100年)で、そこから21世紀を振り返る(概観する)という構成となっている。なにやら『銀河英雄伝説』的だが、もちろん後世の歴史家による記述という体裁ではないので、現在から未来を語っているので実際には予測(推測)を綴ることになる。

第一章では人類の歴史を概観し、第二章では人類の発生から今日の資本主義社会までの発展史を「中心都市」に基づき時代区分ごとに述べていく。第三章では、20世紀後半の支配的な帝国として君臨し続けてきた米国が、もはやその威光(威力)を維持することが困難で、やがて衰退の道をたどることが語られている。

本書の中心課題は、もちろん第四章から第六章までである。ここで来たるべき21世紀のこれからの大転換の“歴史”が語られる。
最後に、付論として自国のフランスについて書かれている。

また、日本語版への序文のほか、いまだに版を重ね続けていることもあり、本編の後には09年、11年と二度にわたるアタリの来日時の状況や反響などについて、訳者の追記として収められている。


■21世紀を襲う「3つの波」
21世紀は、全世界を3つの大きな波に襲われるというのが、アタリの主張(予測)である。

【第一の波】「超帝国」
2035年、「市場民主主義」のグローバル化が進み、その旗振り国だったアメリカ帝国自体が皮肉にもその力を削ぐことになり、世界の諸国家の弱体化がいっそう進展する。それとともに国家を超えた「超帝国」が誕生する。
 
アタリによれば、多極化による国際社会の秩序が2025年までに形成され、アメリカ帝国は2040年までには衰退するだろうが、それより早いかもしれないとも述べている。
東欧の崩壊以降、世界秩序のバランスを担ってきたアメリカは、以前のような国際協調を牽引し維持することはもはやできない。
 
かつてのG7はすでに形骸化しその役割を終え、21世紀の今日では実質的にはG20が代わってその役割を担っている趨勢や事実がそうした情況を雄弁に物語っているだろう。
3月18日、米ホワイトハウスは、3月24、25両日にオランダ・ハーグで第3回核安全保障サミットが開催される期間中、緊急主要7カ国会議を開き、ウクライナ(クリミア半島)問題についてロシア制裁の対応を協議すると発表した。
 
プーチンにしてみれば、さほど気にも留めていないだろう。でなければ、今回の軍事行動には出られなかっただろう。なお、このサミットには中国の習近平国家主席がはじめて出席するが、当然ながらロシア制裁協議には加わらない模様だ。また、G7にロシアを加えたのがG8なのだが、ロシア排除決定的となったとの報道があるが、それでもプーチンは揺らぐことはないだろう。

市場民主主義が、民主主義をも呑み込みながら国家を弱体化させ、アメリカでさえもその前にはなすすべもなく、やがて肥大化した市場民主主義が世界を支配する「超帝国」が誕生するだろうとアタリは語る。

【第二の波】「超紛争」
それとほぼ同時進行で、世界各国、世界各地域で紛争が勃発するだろうと述べる。この20余年間でも、ソ連邦崩壊による東欧の民主化の嵐の中、ユーゴスラビアという国家は内戦をへて四五分裂した。「アラブの春」により中東諸国では混乱と内紛、アフリカ諸国は同じ国家に属しているにもかかわらず、多くの国々や地域で部族間対立による紛争や内戦が激化する一方。
 
今年に入ってからは、タイ政府と反政府勢力との対立と思っていたら、ウクライナの内紛が発生し、状況次第では国家の分裂やチェチェン共和国のような内紛状態に発展しないと誰が断言できるだろうか。

さらに、一見安定しているように思える先進諸国でも、スペインのカタルーニャやバスク、カナダのケベック州などの独立運動は有名だ。アジアに目を移せば、インドのカシミール地域の分離独立、チベットの独立、最近のウイグル族(自治区)、そして台湾と中国だけでもこれだけ独立や内紛の火種や問題を抱えている。
 
このように、内紛、内戦と分裂、地域紛争や分断が世界中いたるところで進行しつつある。
アタリによれば、こうした情勢ですら前哨戦であり、さらなる紛争や地球規模の動乱勃発の可能性を秘めており、そうした状態を「超紛争」と呼んでいる

【第三の波】「超民主主義」
こうした第一、第二のような破壊的な波により、人類がその歴史に終止符を打つ前に、第三の波が押し寄せてくる。それが「超民主主義」で、2060年ごろとアタリは予測している。
 
そうした新しい歴史を牽引するのが<トランスヒューマン>と言われる人々や<調和重視企業>などだ。 
それは、利他主義者たちであり人道支援や善意と慈愛に満ちた人々や組織(集団)であり、次世代によりよい世界を遺そうとする
ビル・ゲイツと妻をはじめ、世界的な富豪は社会貢献や慈善活動に熱心だ。またグーグルのような企業は、教育や社会の役に立つようなプロジェクトに力を注いでいる。
 
国内のスタートアップも、最近では儲けること以上により良い社会づくり、人々のためになるようなサービスを作りたいという情熱に突き動かされている若い世代が増えているように感じている。
グラミン銀行に代表されるマイクロファイナンスやフェアトレードの新しい動きなどは、まさにそうした調和重視の活動の代表例だろう。


もしも最後の(3)がなければ、本書はただのペシミストによる「警世の書」にしかならなかっただろう。楽観論(希望)で人類の希望が語られているという点では、まさに「パンドラの箱」的な書である。
訳者のおかげもあるのだろう。本書は難しい哲学や思想の言葉ではなく、極めてジャーナリスティックなセンスで綴られている

米国などでも、『ベスト&ブライテスト(上・中・下)』(朝日文庫)で知られ、ピューリッツァー賞を受賞した著名なデイヴィッド・ハルバースタム、最近では銃・病原菌・鉄ー1万3000年にわたる人類史の謎(上・下)』(草思社文庫)で同賞を獲得したジャレド・ダイアモンドのように、日本のジャーナリストと欧米のそれとは随分と異なる。
悲しいかな、我が国では大手メディアでも未だに“イエロージャーナリズムの心性”に浸ったままな人たちがほとんどという情況だ。

欧米のジャーナリストには、学者や知識人なみ博識さと情報、鋭い洞察力と透徹した思考を有する人たちがそれなりにいる。卓抜な知識と情報、その旺盛な好奇心で執筆活動をする立花隆のようなジャーナリストが著した書だと言えばわかりやすいだろう。


■オプティミスト vs ペシミスト

この本を読んで感じるのは、月並みな言い方だが「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という格言だ。
 
結局、世界は1648年の近代主権国家誕生を促したウエストファリア条約以降の世界(主権国家の集まり)が、21世紀の今日でも続いているということである。それは当時は欧州大陸だけのものであったが、350年近くを経てアジア、中東、アフリカなど、あまねく世界の隅々にまでグローバリゼーションという状況を呈している

それにともない、民主主義も世界を覆い尽くしている。民主主義とは多数決などと小学校で教えられるが、独裁国家だって多数決なのだ。民主主義とは、ちょっと歴史を勉強すれば、それが個人の権利を獲得してきた長いプロセスなのだということがわかる。
 
本書でも、いかなる時代であろうとも、人類は他のすべての価値観を差し置いて、個人の自由に最大限の価値を見出してきた」と序文でアタリは述べている。そういう意味では、民主主義とはきわめて「自己チュー」な思想だともいえるだろう。

悲しく残念ながら「超帝国」と「超紛争」はすでに世界中いたるところで進行しつつある。
アタリの語る「超民主主義」は、利他主義者たちであり人道支援や善意と慈愛に満ちた人々や組織(集団)である。それについては、アタリ自身も願いや期待という言葉を使って希望として語っているのはオプティミスト過ぎるという人もいるだろう。
日本を含め、その種はすでに世界中で芽生えつつあるように感じられるのは、はたして私だけだろうか(こちも希望的だが)。

大好きな「新スタートレック」(24世紀)の世界観(宇宙観)の中では、アタリの言う「超民主主義」として、人類は惑星連邦の一員として描かれている。私もそのような世界が到来するだろうことを切に願っている。 

この書は、歴史を研究し、進行しつつある現代への深い洞察から、来たるべき未来を予測(推測)している。
もし、歴史を学び、世界を俯瞰して世界視点による今日のグローバリゼーションについて考えたいと思う人は、本書がその一つの視座(道標)を与えてくれるだろう。しかし、それはあくまでも一つの考え方であり視点である。読んで知るのだけではなく、思索を深めたい人向けの本だと思う。

教養を高めるとはそういうことだ。歴史(歴史学)を学ぶのは、単に歴史を知ったり理解するためではない。その学を通して歴史学的な認識、視点(見方)、思考力を自己自身の内に養うためである。
それは哲学、文学、社会学、物理学、数学など、いずれの学問でも同様である。その範囲内で必要な知識に過ぎない。知識量の多寡は、そうした点から考えるべきである。

なお、本書に関連したアタリの書籍を2冊紹介しておく。
アタリ唯一の文庫『1492 西欧文明の世界支配』(ちくま学芸文庫。原著は1991年刊)は、400ページを超える大著である。コロンブスの“新大陸発見”が機縁となり、その後の今日の世界構造(文化・政治・経済)の礎をつくり出したことを論証しようと努めている。それを「ヨーロッパ像の捏造」と呼び、西欧史観を根底的に批判する試みである。
最新刊(14年1月刊行)『危機とサバイバル――21世紀を生き抜くための<7つの原則>』(作品社)は、これからも世界を襲うであろう様々な危機に対し、個人・企業・国家がサバイバルするための<7つの原則>について述べたものだ。
これらを合わせて読むことでさらにアタリの考え方や視点への理解を深めることができるだろう。

ところで、最近アタリと並んで読まれているのが<帝国>や「マルチテュード」で知られるネグリ&ハートだろう。現代フランスの知性(アタリ)とイタリアのマルクス主義者(ネグリ)の未来への視点、志向性が類似していたとしても特に驚くにはあたらない。
それらと関連してジョクス『〈帝国〉と〈共和国〉』(青土社)、ジジェク『ポストモダンの共産主義 はじめは悲劇として、二度めは笑劇として』 (ちくま新書) など、21世紀になって著された書籍群も読むことで、異なる視点からの気づきを得るだけではなく、思索の深化することに資するだろう。

それにしても、先のジャレド・ダイアモンド『文明崩壊(上・下)』(草思社文庫)がベストセラーとなって以降、『国家はなぜ衰退するのか〜権力・繁栄・貧困の起源(上・下)』(早川書房)、『劣化国家』(東洋経済新報社)、『国家の興亡 ‐人口から読み解く』(ビジネス社)、『滅亡へのカウントダウン〜人口大爆発とわれわれの未来(上・下)』(早川書房)、『グローバリゼーション・パラドクス: 世界経済の未来を決める三つの道』(白水社)、『人類5万年 文明の興亡〜なぜ西洋が世界を支配しているのか(上・下)』(筑摩書房)にいたるまで続々刊行されている。

上記の書籍はいずれも翻訳図書なのだが、ここのところこうした国家・文明・人類の衰亡を描いた書が実に多いことに驚く。
西欧人は、21世紀になり、あたかも何か人類全体の転換点を共時的に感じ取っている人たちが、それほどまでに多いのだろうか。是非とも知りたいところである。

そう、考えたとき、日本の繁栄が1964年の東京オリンピックから始まったとした場合、1991年のバブル崩壊までと考えればたかだか27年、経済白書で「もはや戦後ではない」として高度経済成長期の起点といわれている1956年から見てもわずか35年に過ぎない。
これを思えば、歴史の栄華を誇った他の数々の諸文明に比べ、“20世紀の奇跡”とまで賞された日本の発展と繁栄のなんと短すぎることか。



(図書リスト)
▼『21世紀の歴史―未来の人類から見た世界』(作品社)

▼『1492 西欧文明の世界支配』(ちくま学芸文庫)

▼『危機とサバイバル――21世紀を生き抜くための〈7つの原則〉』(作品社)

▼『<帝国> グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性』(以文社)

▼『マルティチュード〜<帝国>時代の戦争と民主主義(上・下)』(NHKブックス)

▼『コモン・ウェルス〜<帝国>を超える革命論(上・下)』(NHKブックス)

▼『ネグリ、日本と向き合う』 (NHK出版新書)

▼『〈帝国〉と〈共和国〉』(青土社)

▼『ポストモダンの共産主義 はじめは悲劇として、二度めは笑劇として』 (ちくま新書) 


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文庫の歴史が、また一ページ〜悦ばしき「文春学藝ライブラリー」新創刊

bunshunbungei

私的公開日誌@ウェブ暦:131028.01

今回のブログのタイトルは、もちろん私の大好きな『銀河英雄伝説』のナレーションに倣った。
それにふさわしい文庫シリーズの誕生だ!!

たまたま所用で出かけた赤坂。偶然に立ち寄った書店で、文藝春秋が「文春学藝ライブラリー」という文庫シリーズを、この10月に新たに創刊したことを知った。
これだから、書店散策は楽しくてやめられないのだ。

第一弾は下記の5点。


 (1)『近代以前』 江藤淳
 (2)『保守とは何か』 禿鍔饌
 (3)『支那論』 内藤古湖
 (4)『天才・菊池寛〜逸話でつづる作家の素顔』 文藝春秋編
 (5)『デフレ不況を以下に克服するか〜ケインズ 1930年代評論集』 J・M・ケインズ


今回、私が購入したのは(1)と(2)であるが、驚くかなれ文庫2冊で2,962円なり!!
特に、(2)は、江藤淳による同社刊・同名のタイトル書(1996年)があるが、それとは別の文庫オリジナルで、なんと嬉しいことに浜崎洋介による編纂/解説の本である。


浜崎洋介は、以前にも当ブログ「ブログ版「追悼 吉本隆明コーナー」ーー文庫や新書でこれから読む吉本隆明」の中でも紹介した。
浜崎は、1978年生まれの新世代の文芸批評家で、2011年に『禿鍔饌検〇彖曚痢磴たち>』(新曜社)を上梓した。

もちろん、浜崎のように若い世代が同時代時として禿鍔饌犬覆秒里襪茲靴發覆ぁI雄蠅禿弔『一匹と九十九匹とーひとつの反時代的考察』を読んだことで、禿帖癖厳殀禀勝砲北イ擦蕕譴討靴泙辰拭

文芸批評家・浜崎洋介の出発点となった記念すべきこの批評文を、今回の文庫化に際して冒頭に編んでいる。


今後、この「文春学藝ライブラリー」は、隔月(偶数月)20日ごろに4点づつ刊行の予定。
ちなみ、12月にはなんと保田與重郎の『わが萬葉集』が発売される。

同書は、保田が終生書き継いだ万葉集について、昭和40年代後半から50年代の前半にかけて残した遺稿とされている。

個人的には、同じ新潮社の『日本史新論』(1984年:解説は桶谷秀昭)、『冰魂記』(白川書院刊:1978年)なども、このシリーズで文庫化として望みたい。

さて、一番の希望は、なんといっても文藝春秋かつての「人と思想シリーズ」(確か全34巻)の文庫化。同シリーズは、文芸批評が好きな人にとってはまさに宝庫である。
もちろん、禿鍔饌犬僚顱福愼本を思ふ』)も刊行されている(私が唯一持っているシリーズ書)。
それらを是非ともこの新しい「文春学藝ライブラリー」として文庫で復刻して欲しいところ。

ただし、どの書もB6判の二段組で文庫サイズ並に文字が小さく、400ページを超える書なので、完全復刊とまでは望まない。もし、完全復刻するのであれば、文庫サイズであればどれも三分冊くらいの量になるだろうが、それはいた仕方がない。

下記の9冊は、個人的にはなんとしても文庫化して欲しい。


 ・『天降言(あもりごと)』 保田与重郎
 ・『言葉が語るもの』 吉田健一
 ・『日本と中国のあいだ』 竹内好
 ・『自由と倫理』 石川達三
 ・『滅亡について』 武田泰淳
 ・『東洋的回帰』 花田清輝
 ・『日本を思ふ』 福田恒存
 ・『詩と死』 唐木順三
 ・『日本の近代』 中村光夫


それにしても、この文春学藝ライブラリーは、今日、私にとっての“文庫ブランド御三家”である、ちくま学芸文庫、講談社文芸文庫、講談社学術文庫と同様、文庫本なのに1冊1,500円近くもするのは頭痛の種ではある。

とりあえず、私にとっての“文庫四天王”が誕生したことを喜び、今後の同文庫シリーズの刊行に期待しようではないか。



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ブログの未来とはー「ブロガーサミット2013」に参加して思う

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私的公開日誌@ウェブ暦:130826.01


私は、様々なソーシャルメディアを利用しているが、それでも依然としてブログこそが自分の中核である。
仮に、数あるソーシャルメディアのうち一つだけしか活用が許されない世界だとしたら、まちがいなくブログを選択する(もっともここのところ滞っているのだが)。

先週の土曜日(24日)、AMN主催による「ブロガーサミット2013」に参加した。
当日、なんと13〜21時まで、最後には登壇者も交え、参加者全員での懇親会も用意された長丁場なイベントだった。


今年は日本で主要なブログサービスがはじまって10年の節目ということで、この間を振り返り将来を展望する総括的なテーマで、下記のように合計6つものセッションは組まれていた。

週末開催ということもあり、この日のために全国の名だたるブロガーが一堂に会する状況で、遠方(中には海外から)よりのブロガーも多くいたようだ。
 

(1)パネルディスカッション1「ブログ〜この10年〜」 
・清田いちる氏  小鳥ピヨピヨ ギズモード・ジャパン初代編集長(現長老)
・岡田有花氏  フリーライター/IT戦士
・Otsune氏  Otsune ネットウォッチャー
・佐々木大輔氏  アルカンタラの熱い夏 LINE株式会社、執行役員

(2)パネルディスカッション2「個人ブログからブログメディアへ」 
・新野淳一氏 Publickey ITジャーナリスト/Publickeyブロガー
・村井智建氏&宮下 泰明氏 AppBank APPBANK株式会社
・伊藤春香氏  「はあちゅう主義。」 美容クーポンサイト「キレナビ」編集長
・堀正岳氏  Lifehacking.jp ブロガー・研究者

(3)パネルディスカッション3「ブログサービスの近未来」
・貝塚健氏 ヤフー株式会社 企画本部 サービスマネージャー
・寺崎宏氏 NTTレゾナント株式会社 メディア事業部 ソーシャルサービス部門 主査
・関信浩氏 シックス・アパート株式会社 代表取締役CEO
・吉田健吾氏 株式会社paperboy&co. 常務取締役/ 株式会社ブクログ 代表取締役社長

(4)パネルディスカッション4「ビデオブロガーの今」 
・ジェット☆ダイスケ氏 ガジェット☆ダイスケドットコム ビデオブロガー
・アリケイタ氏 ビロガー アリのチャンネル ビデオブロガー
・佐々木あさひ氏  YouTube sasakiasahi メイクアップパフォーマー
・タムカイ氏 ブログ「タムカイズム」企画運営 / 「ブロネク!」広報担当(自称)

(5)パネルディスカッション5「ブログライフバランス」 
・メレ山メレ子氏  メレンゲが腐るほど恋したい ブロガー/「メレンゲが腐るほど恋したい」運営
・岡田康宏氏  サポティスタ サポティスタ主宰
・野間恒毅氏 ワンダードライビング 「ワンダードライビング」主宰/ワンダーツー(株)代表取締役
・津田大介氏  津田大介公式サイト ジャーナリスト/メディア・アクティビスト

(6) パネルディスカッション6「ブログを書くということ」 
・コグレマサト氏  [N]ネタフル ブロガー/浦和レッズサポーター。
・いしたにまさき氏 [mi]みたいもん! ブロガー/ライター/アドバイザー/内閣IT広報アドバイザー
・松村太郎氏  tarosite.net ジャーナリスト/キャスタリア株式会社 取締役
・粟飯原 理咲氏 アイランド株式会社 代表取締役社長

(懇親会)ブログ10周年記念パーティー


この日の登壇者は、ブログ業界ではつとに知られた人たちばかりで、津田大介さん、シックス・アパートCEOの関さん、松村太郎さん、ワンダーツー代表の野間さんなどの友人・知人が顔を揃えていた。
そのほかにも、今イベントの登壇者ではなかったが神田敏晶さん、本荘修二さんや久々に会うブロガー仲間など、総勢800名近い参加で会場は熱気に満ちていた。

最初に、ブログの登場、普及、伸展というこの10年を振り返るセッションでイベントはスタートした。
どのセッションも印象に残っているが、6つもセッション内容を個別に語っていると長くなるので、自分にとって感じているいくつかの事柄について述べる。
このイベントについては、これから沢山のブログが書かれるであろうから、そうした記事もできるだけ読むことをすすめる。


■私がブログを継続する理由

人がブログを書き続けている理由は様々で、情報発信して自分をブランド化したい人、アイデンティティを求める人、備忘録代わりに記事にする人、アドセンスやアフィリエイトで小遣い稼ぎをした人などまさに十人十色だろう。
まして、今日ではfacebook、Twitterなどもあり、手間と時間を費やす必要があるブログを継続し続けるにはそれなりの強い動機や意志が必要だと思う。
ブログをやめてしまう人たちで、一番多いのが「更新が面倒になったから」というのが、そうした状況をもっとも象徴していると思う。

私の場合、そもそも書くことが好きだということがあるが、自分視点でなにに気づき、感じたのかを書き残していおきたいという備忘録的な意味合いが強い
そういう視点から考えると、ソーシャルブックマークの登場は、個人的にはブログ普及に大きく貢献したように思う。

ブログの場合、アウトプットのクオリティを考慮した場合、どのソーシャルメディアよりも重要であると思っている。自分の思考、記憶ログとして残せておける点では、もっとも重要で最適なツールだ。
さらに、そうしたものをできるだけ多くの人たちに読んでもらえることが、なにより嬉しいということもある。私のブログを読んでくださり、そこから新しい人との縁を得たり、ビジネスを含めてネットワークが広がるというメリットもある。

私はマーケティングコミュニケーションが専門である。
昨年、ITメディアが「マーケッター通信」というブログメディアをオープンしたが、その折りにお声がけいただいのもブログをずっと継続してきたからこそである。

また、時々なにかのキーワードを検索していて自分が書いたブログ(すっかり忘れいたりする)が検索上位に表示され、それを書いた当時の状況、気持ちなどについて知ることもあり、そうしたことが意味を持つことが何よりブログを継続する糧になっている。


■ブログにおけるテーマについて

ちなみに、私はブログを開設するとき、こういうテーマで書こうと決めていた訳ではない。もちろん、テーマを決めてから開設する人もいるだろう。
しかし、書いているうちに徐々に記事にするテーマや方向性が見えてきたり定まってきたという人の方が多いのでは、とセッションを聞いていてそうした印象を受けた。

また、私も最近は更新が滞っているが、書きたいときあるいは書きたくなったときにブログを更新するのでよいだろうと感じている。義務感などで継続するものではないし、そうした理由や動機では続かないと思う。
また、書けない人が書くというのも無理があると思う。もちろん、文章の訓練のつもりで書くこということでも最初はよいだろうが、そこに書くことの楽しみや喜びを感じるようにならないと、これもやはり続けることは無理だと思う。

気張らずに気軽に継続するのが理想的であると思う。


■ブログの将来に思う

イベントの冒頭、徳力さんの挨拶の中で、今回の参加者で一番若いのは中学生だとのアナウンスがあり、私の近くで見かけた会場に不釣り合いな印象の少年がそうなのだろうと思う。

しかし、会場で20代前半の若い人、そして女性の参加者の少なさは相変わらずである。
若いブロガーが育っていないことは一目瞭然で、セッションでも指摘されていた。

BLOGOS、ハフィントン・ポスト、ITメディアAlternative Blogなどを持ち出すまでもなく、あまたのウェブメディアにおいて、ソーシャルメディア全体が多様になり隆盛の今日においても、やはりブロガーはそうした様々なメディアの核をなす存在だと思う。

例えば、教育現場(小学校や中学校など)での学校新聞などを全てブログメディアで作る、あるいは夏休みの宿題の日記などでもっとブログを書くようにするなどして、若手ブロガーの底上げをすることが理想的だと思う。

書くことで考える習慣を身につけるようになるし、小さなころからデジタルメディア(特にソーシャルメディア)に対するリテラシーも高めることができる

最後に、シックス・アパートの関さんが、12月3日を「ブロガーの日」とするとの発表があり、この日にブロガー向けのイベントを用意しているとの嬉しい話があったことをお伝えしておく。



(関連リンク)
▼ブロガーサミット(主催者サイト)

http://agilemedia.jp/blogger/

▼ブロガーの将来は明るい?/ブロガーサミット2013
http://d.hatena.ne.jp/ta26/20130825

▼作文や感想文・小論文が苦手だった私も毎日更新ブロガーになれました
http://shumaiblog.com/blog-is-not-essay-or-composition/

▼やっぱり楽しかったブロガーサミット2013まとめとレシピブログのブロガー施策のすばらしさ
http://mitaimon.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/blogger2013.html

▼ブロガーサミット2013へ行ってきた。ブロガーが一堂に1000人集まるとかなんか純粋に凄いよね。
http://norirow.com/archives/15049

▼ブロガーサミット2013に潜入してきた
http://fm7.hatenablog.com/entry/2013/08/25/100933


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【おすすめブログ】

●誰がためにブログは書く(1)ーーオーガニックブログにこだわる理由
http://blog.livedoor.jp/macumeld/archives/1653306.html

●誰がためにブログは書く(2)ーー新しくなった解析ツール「ブログチャート」を試す
http://blog.livedoor.jp/macumeld/archives/1657506.html 

根深い「負のエコシステム」ーー新年度時期に繰り返される様々な光景

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私的公開日誌@ウェブ暦:130405.01

桜の季節、新年度シーズンたけなわである。

早くも、今年の新入社員の仰天行状や先輩社員(主に年配者)の戸惑いや驚き、あきれている状況などが、早速ニュースなどのメディアだけでなく、ブログやツイッターの格好のネタになる日々はここしばらく続きそうだ。

我が家のテレビは、スイッチを入れるとデフォルトで映るのはスカパー!であるが、先日、たまたまテレビの電源を入れたら地上波のニュースが流れ出した。

大学生の新入学式のニュースだった。映像では、どこかの大ホールのようなところに集まっている様子で、テロップには今日では大学生の入学式には、70%以上の両親が参加するとの文字。

入学するのは一人なのだが、その親(両親)さらには祖父母までが参加する猛者までいるほどで、一度では入りきらず、午前と午後の2回に分けて入学式を開催するということだった。
その光景は、成人式を控えた大人のそれというよりは、まるで幼稚園の入園式あるいは小学校の入学式のような印象すら受ける。

大学側の担当者(女性)がインタビューに応じ、「入学式の後、親御さんの一番の関心事は就職問題なので、期待の答えられるように最大限の努力をしていきたい」というような内容だった。

近頃の学生は、学力も低く、成人過ぎて社会人としてもマナーすらできていないという人たちは、自分たちがそうしたことを望み、そのように育ててきたし、それを社会(教育)システムとして受容しいまだに遵守し続けているのだという自覚はないだろう

「大学は最高学府」なんて表現は、特に我が国ではとっくに有名無実化しているが、それでも親や周りの敷い(強い)たレールの上を、悩みながらそれで走り続ける若者を気の毒に思う

毎年公表される人気企業のランキングを見ていると、一体いつの時代のランキングだと既視感に襲われる

自立・自律できないように育てておいて、育てた側にはその自覚すらないということは深刻な社会的病理である。


■入社式の新入社員への社長訓示も形骸化している

新入社員に関していえば、送り出す大学も受け入れる企業も同じ穴の狢だという意識もないだろう。

この季節になると、例によって「今年の新入社員は○○型」などという、こじつけと勝手にラベルを貼って類型化し、メディアにニュースネタを提供する意外、なんの意味も価値をもたない言葉がメディアで踊っている。
この季節の慣習や惰性による単なるバズワードでしかない。

入社式では、新入社員を前に社長が訓示を語る“儀式”がある。

しかし、「今の2倍のスピード」、「チャレンジ」、「イノベーション」などと偉そうに訓示しても、当の社長はもとよりその部下にいたるまで、組織全体が自分たちができもしないし、仮にその新入社員がその訓示通りにしようとしてもできない環境を温存しているようでは、お笑いぐさでしかない。

以前、ある集まりで名刺交換した若者が「この名刺とも今月でおさらばですが」と言いながら差し出した。
翌月には転職するという話なのだが、その理由が会社組織のいかにもありがちなあきれる話なのだ。

その若者が入社式(3年前)の時、「厳しい経済環境なので、諸君には是非とも出る杭は打たれる覚悟で仕事にしてもらいたい」との社長の訓示があったそうだ。

その彼は、その言葉を真に受けて会社の中で出る杭になるぞと、いろいろと新しい提案やチャレンジングなことを試みたが、結局は煙たがられたり足を引っ張られただけで、部内から疎まれて浮いてしまったという話だった。

「やはり出る杭は打たれるというのは、本当ですね。」という、彼のしみじみとも諦めとも取れる実感のこもった言葉が印象的だった。

「さもありなん」と思う話しだ。これでドラッカーが愛読書だったり、「率先垂範」が座右の銘だったりすればまるで喜劇ではないか。

その後、残念ながらその若者に会うことはないのだが、新入社員の映像が流れるこの季節、メディアでやたらと威勢だけはいい大手企業の様々な社長の訓示を聞いていると、私はその彼のことを思い出す。

就活問題を考える時、企業や学校の就職課、それら就活ビジネスに群がる企業群だけではなく、家族(親)、地域社会など、日本社会の全体を包み込んでいる負のエコシステムの根深さを知るにつれ、容易に解決できることではないことを思い知らされる。


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