Bianchiの徒然ブログ

インターネット、そこは技術のフロンティア。 これは、コミュニケーションアーキテクトたる“macume”が、新時代のツールBlogの下に、21世紀において執筆を継続し、未知のネット世界を探索して、新しい情報や人との出会いを求め、永劫進化するネット世界に自由に公開した日誌である。

「読めば即ち教養となる」ーーライフネットの出口さんは、読書だけではなく人生の「名人」

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私的公開日誌@
ウェブ暦:140930.01

私は、ライフネット生命の出口さんのお話は、これまで7〜8回ほど聞いているだろうか。その都度でテーマは異なるが、いつでも気づき、発見、確認、学びがあり刺激になる
私の年齢になると、当然ながら年配者で話を聞いて何かを得られるような人は少ない。
率爾ながら、そうした数少ない人がライフネット生命の出口さんである。

9月27日(土)、この2月から始まった読書会10 over 9 reading clubに、その出口さんにようやくおいでいただき「仕事に読書が効く理由ー世界史と古典で自分を磨くには?」をテーマにレクチャーが叶った。この日に集まったのは約30人ほど。
これくらいの人数がちょうど良い。大規模な集まりの意義も理解しているが、いまの私には必要がないことも事実である。

さて、出口さんにお越しいただくまで半年間ほど待っていた
この読書会は、レクチャーとセッションの2つで構成されているユニークさが特長で、私も運営をサポートしている。
この日は、司会進行役も務めることになり、最初に出口さんの読書体験、本の楽しみ方などをインタビューさせていただいことも、とても貴重でありがたかった。


■出口さんとの出会い

出口さんと最初お目にかかたのは1年半(13年2月)ほど前だった。
私の友人が学生(特に就活生)や若い人たちのために開いているコワーキングスペースGarage AKIHABARAだった。その直後、今度は神保町にEditoryという、これも一種のコワーキングスペースがあり、そこのオープニングイベントを手がけたのが友人主催のイベントとき再びお会いすることとなった。
さらに、その後も友人主催の小さな集まりやイベント(20〜50人)でも、何回かご縁があってちょくちょくお目にかかるようになったのだ。

とにかく、『ビジネスに効く教養として「世界史」』(祥伝社)などを読むと、歴史への造詣の深さもさることながら、その好奇心の旺盛なことに驚きを隠せない
だから、出口さんなら、相当に面白い本を推奨してくれるだろうとの思惑もあった。
この読書会は、これまでレクチャーで選ばれる図書が、人文・社会科学などを中心に古典や歴史的な名著が多く、その中からさらに選んだ本を読んで次回のセッション読書会に参加するという独自の運営方式なのだ。

そうしたわけで、多忙を承知で無謀にも今回の読書会でのレクチャーをお願いした。
出口さんに講演を依頼するのは、ほとんどがこうした個人や有志が主催する勉強会や集まりだとのこと。
企業からの依頼は意外にも少ないそうで、その理由を尋ねると「あのおじいさんに余計なことを話されたり吹き込まれ、感化されても困ると感じているではないでしょうか」というようなニュアンスのことを、笑顔でおっしゃっていたのが印象的だった。


■出口さんの読書体験

稀代の読書家としてつとに知られるライフネット生命の出口さんの新刊は、初の新書『本の「使い方』』(角川oneテーマ21)
読書論や読書術といえば、ショーペンハウエル『読書について』、M・J・アドラー/C・V・ドーレン『本を読む本』、小林秀雄『読書について』、加藤周一『読書術』などが特に有名だろう。

出口さんのそれは、しかしそれらのどれとも異なる。
これは出口さんの自伝的読書体験が綴られているのだが、とにかく、本を読むのが楽しくて楽しくて仕方がないという思い(心)が文章から伝わってくる。これを読むと、なんでもいいから思わず読書したくなること請け合いだ。

しかし、帯にある「1行たりとも読み飛ばしてはいけない」は、それが多い私にとっては実に耳が痛い(>_<)。
これと、この8月に亡くなった哲学者の木田元の読書遍歴を綴った『なにもかも小林秀雄に教わった』(文春新書)は、読書がなんて素敵で楽しいのだということがわかるだろう。
今回、「出口さんにとって、これまでメンター的な人がいるのでしょうか?」とうかがったとき、木田元の名前があがったのは思わぬ発見であった。

さて、私は小学校の頃から教科書以外は読んだことがないような人間で、大学受験の時にもほとんど勉強しないで、その当時の自分の学力で入学できる大学に入れば良いくらいにしか思っていなかった。
大学入学後の最初の2年間は、しかしなんのために自分は大学に来たのか随分と悩んでいた。

私に本当の読書体験がおとづれたのは、大学3年生になってからだ。
何がきっかけだったかいまとなったか正確には覚えていないのだが、吉本隆明と高橋和巳の二人を読んだことが読書に目覚めることになった。この二人は、私の少し上の世代(全共闘世代)にとってはカリスマ的な人たちだった。
遅れてやってきた大学生の私は、特にこの二人に薫陶を受けたのだ

爾来、読書三昧な日々になってしまい、視力も1.0から2年間で一挙に0.1にまで落ちてしまった。それまでメガネとは一生無縁だと思っていたが、いきなりそれが必要な人生となってしまったときはショックだった。
しかし、読書という楽しみと喜びを得た私に後悔はなかった。

そんな私とは違い、出口さんはご幼少の砌(小学校低学年の時)から「活字中毒」の症状が出始めていたようだ。
出口さんは田舎で育ったので、図書館くらいしか行くところ(楽しみ)がなかったと謙遜なさっているが、本を読む限りはそのころから読書の楽しみ方を心得ていたことがわかる。

私も好奇心を保ち続けるようにしているが、とにかく出口さんのその好奇心の旺盛さとその発想が柔軟なことには驚かされる。
例えば、最初に出口さんの講演を聞いたとき、会社の若者に「あなたは年寄りだから、若い人の気持ちがわからないんですよ」と言われ、「言われてみればそうやな」と気がついたとのこと。
私は20代のころ中小企業で5年ほどしか企業(組織)務めた経験しかないが、上司からは「君は若いから、まだ会社や組織というものがわかっていないのだよ」と説教されたことがある。


■読書に限らず人生におけ名人

これは、実は私の勝手な印象なのであるが、私が好きな文芸批評家の禿鍔饌犬暴亳さんは似たようなにおいを感じている。
禿鍔饌犬『私の保守主義観』で次のように語っている。

「私は生き方ないし考へ方の根本は保守的であるが、自分を保守主義者とは考へない」と語り、さらには「保守的な態度というのはあっても、保守主義というものはありえないことを言ひたいのだ。保守派はその態度によって人を納得させるべきであって、イデオロギーによって承服させるべきではないし、またそんなことは出来ぬはずである」と。

禿弔旅佑方の根本には、人は過去の資産(歴史や文化)によって立つ以上、その個人が自分の思い(希望)とに関わらず、否定しようが肯定しようが、人としてその中で生きているし受け入れざるを得ないので(是認や承認ではない)、それを受容することを出発点にするしかないからだ。
禿弔砲呂修ΔいΤ亳腓篌覚があり、「自己が居るべきところに居るという実感」(『人間・この劇的なるもの』)がその人の宿命と論じているのだが、出口さんにも同様なものを私は感じ取っている。

すなわち、現実がそうである以上、不平や不満を言っていてもなにも解決しないというようにをおっしゃる。
近著『本の「使い方』』(角川oneテーマ21)に以下のような箇所を見つけた。

「私は、教養は、言葉を替えれば、人間の「精神のあり方」であり、その人の人生のスタンスだと考えています。」
「ほとんどの人間は偶然に左右されて、川の流れに流されて行く。それが人間の人生の自然な姿である。」
「おそらく、私の心性は「保守」的なのでしょう。私に保守の傾向があるのは、基本認識として「人間はちょぼちょぼで、それほど賢くない」と考えているからです。」
「世の中の変化に合わせて微調整をしながら、不都合や不満を少しずつ改善していくのが本来の保守の立場です。」

もちろん禿弔曚姫塒な言葉ではないし、言い方によっては身も蓋もないような印象になってしまうが、出口さんの話し方は、じんわりと身体のなかに浸みてくるような浸透度のある物言いで納得してしまう。

人生に達人と名人がいるとすると、出口さんは名人だろう。まさに融通無碍で「読めば即ち教養となる」
達人は剣の腕がたつ人である。悪人でも若い人でもいわゆる手練れはいる。
名人とは、これに加えて生きる姿勢、人格の見事さが備わっている人をいうのだと思う。

池波正太郎の小説『剣客商売』に登場する親子で、息子の秋山大治は手練れ(達人)だろうが、父親の秋山小兵衛のような人物こそまさに名人に域に達した人だ。
出口さんは、読書に限らず本当に老練な「人生の名人」なのだ。

とにかく、読んだ本をすべて自家薬籠中のものとする力量は、読書と思考力に鍛えられたものだと感じるし、私はこの年になってもそれとはほど遠いのだと、改めて感じさせられた日でもあった。

う〜ん、しかし、なんか今回のブログも己を語ってしまった(^_^;)。

小林秀雄の有名な言葉に「批評とは畢竟、他人をダシにして己を語ることである」というのがあるが、それに倣っていえば私のこのブログは出口さんをダシにし、結局は己を語ってしまったようで反省することしきりである。
これもまた、文芸批評が長年の愛読書の私の悪い癖だと思って、ご容赦を願うしかない。

なお、この読書会に関心の方あるいはこれまでゲストでレクチャーしていただいた方々の推薦図書、会で選んだ課題図書に興味津々の方は、下記のサイトでご確認いただける。

最後に、年間300回を超える講演を引き受けられているとのことで、出口さんにはくれぐれもお身体だけは大事にして欲しいと心より願う私である。


(関連記事)
▼10 over 9 reading clubサイト

▼ゲストからのおすすめの本(課題本)

▼10 over 9 reading club(Facebook公式ページ)
▼出口さんのブログ

▼出口さんのツイッター

▼出口さんの連載(週刊ダイヤモンド)

▼出口さんの連載(ビジネス「誠」ブログ)

▼『なにもかも小林秀雄に教わった』(文春新書)

▼『ビジネスに効く教養として「世界史」』(祥伝社)

▼『本の「使い方』』(角川oneテーマ21)

▼ショーペンハウエル『読書について』

M・J・アドラー/C・V・ドーレン『本を読む本』

▼小林秀雄『読書について』

▼加藤周一『読書術』


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【後記】セッション読書会と『閉じこもるインターネット』書評を終えて思うこと

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私的公開日誌@ウェブ暦:140918.01

先日(9/13)、前回のレクチャーで、SmartNews社の藤村厚夫さんから推奨していただいた図書のセッション読書会を開催した。

今回の課題図書(『閉じこもるインターネット――グーグル・パーソナライズ・民主主義』)を読んでその書評も投稿した(ITmedia「マーケッター通信」)のだが、この激動の時代について自分史を振り返ることにもなり、いつもとは違う特別なセッション読書会となった。
それについて、ささやかに記しておきたいと思う。


■10 over 9 Reading Clubとは何か? 他の読書会とはどう違うのか?

今年の2月から始まったこの読書会は、『広告批評』の元編集長の河尻さんが代表を務め、私も運営をサポートしている。

この会は、ゲストによるレクチャーの回、そのゲストオススメの本を読むセッションの回という2つで構成され、原則として、土曜日の14〜17時までの3時間、その後に懇親会がある。
基本的に2回で1セットになっているのだが、必ず両方(レクチャーとセッション)に参加しないといけないというわけではない。忙しい人が多いので、都合で、どちらか片方だけへの参加でもOKなのだ。

レクチャーの回は、ゲストの読書体験、読書の意義や価値、テーマについての話し、テーマに基づいた推薦図書の紹介(20〜30冊)、レクチャー後に懇親会で構成されている。
これまでのゲスト、推薦図書、課題図書などについては、参考までに下記のリンクをご覧くださればありがたく思う。

レクチャーでこれまでおこしいただいたゲストは10人。
その中で、『東洋経済オンライン』元編集長の佐々木紀彦さん(現NewsPicks編集長)は10ジャンル60冊をご紹介いただき、さらに『下流社会』(光文社新書)の著者として知られる三浦展さんに至っては、なんと70冊以上の図書をご紹介していただいた。

セッションの回は、レクチャー時に紹介いただいた推薦図書の中から3〜4冊の課題図書を会で選定し、そのどこれか1冊好きな(読みたい)本を読んで参加する。
当日は各自が読んだ課題図書ごとにグループに分かれ、各グループで読んだ本について気がついたこと、感じたことや考えたことなどをシェアし、その後、全体で話し合いを行い、最後にビブリオバトルを行う。これは一種の書評プレゼンで、その本の読みどころを紹介するもので、最近では人気があっていろいろな読書会でも行われているようだ。

特に、セッションに勘違いがあるようなのだが、セッションに参加する場合、選んだ図書「完全読破」が参加条件ではない。
皆さん、なかなかお忙しいだろうし、読んだところまで(全部読み切らない)でOKな「ゆるさ」もある。


■セッション読書会は「本好き猛者」の集まり

前回のレクチャー時、上記のテーマに基づいて会が課題図書として選定したのは、下記の4冊。

・『閉じこもるインターネット――グーグル・パーソナライズ・民主主義』
・『輿論と世論―日本的民意の系譜学』
・『マニフェスト 本の未来』
・『内蔵とこころ』

セッションの回は、当然ながらレクチャー時よりも参加者が少ない。
課題図書を読むだけでもハードルが高いが、毎回選ばれる図書がお手軽なノウハウ本や片手間に読めるようなものがなく、主に人文系の図書がほとんどでじっくりと読み込むようなものばかり選定されているということもある。

今回のセッションの参加者は全部で9人。
いつも参加している人と、この読書会自体に初参加が2人、レクチャーの回に参加したことはあるがセッションの回に初参加が2人。

当日、ご本人は「一通りは…」といいながらも、上記の課題図書全て読んできた強者が1人、『内蔵とこころ』は3人、他にも複数冊読んでいる人もいたが、なんと全員が読んでいたのが『閉じこもるインターネット』だった。
嬉しいことに、ここは読書家の猛者が集う会だ\(^O^)/。

そういうわけで、今更という気恥ずかしさもありながら、『閉じこもるインターネット』の書評を書き上げたのだがそうとう長くなってしまった。
これを書評というには、長すぎて分量も多すぎて途中で読むのが嫌になる人がいるのでは、と投稿してみてから自分で思ってしまった。
しかし、こうしたテーマで分割投稿というのもあり得ないような気がしたので一挙にアップした。


■自分のこの20年を振り返る
 
これを書きながら、私にはこのインターネット20年の歩み、趨勢と変化を振り返り確認する作業のようだった。
この20年、私もそうした大激変・激動の時代の中で生きてきたのだなと実感した。

私は、そもそもが文系の人間で、広告代理店の傭兵マーケッターを長らくしていたので、ネット側の人間からすれば「レガシーな人間」ということになる。
たまたま、2000年以降、縁があってネット系のベンチャーやスタートアップで仕事をしてきたが、最初に頃はやはりなかなかそうした視点や発想から抜けられなかった。

だから、ゼロ年代の半ばころ、ブログプロモーションが登場してきたときに、いち早くある企業で導入して半年間続けたたのだが、そこの当時の社長はその予算でブロガーという枠を買っている割には成果が思わしくないと言われたことがあった。
当時はペイ・パー・ポストが当たり前で、そいういう考え方しかできなかったとしても驚かない。
また、Web2.0という言葉が定着しつつあっても、ソーシャルメディアやエンゲージメントという視点も考え方もなかった。私自身、実をいうと当時のブログについては決して良い印象はなかった

その後、3D仮想世界、CGM/UGC(当時は業界でもソーシャルメディアという言葉がなかった)のプロジェクトに参謀として参加したことが、私がソーシャルメディアとマーケティングコミュニケーションの激変を日々実感することになった。

ゼロ年代も、インターネットは大きく進展したが、ここ4〜5年の激変の方が、その前数年間で経験した全ての変化より大きいように感じている

書き終わったあと、読み直してみるとそのようなことを感じたのであった。

ところで、私の書評よりそのブログに掲載した(関連リンク)の方が、参考になるかもしれないとも実は思う(^0^;)。


さて、次回の読書会は9月27日(土)14時から、畏れ多くもライフネット生命の出口さんが「仕事に読書が効く理由ー世界史と古典で自分を磨くには?」をテーマにレクチャーとおすすめ本を紹介してくれる
出口さんほどの方の前では、読書が好きだというのはちょっと気が引けるほどだ。

この読書会に関心がある、会にも本にも興味津々であれば、お気軽に遠慮せず参加いただけるオープンな新しい読書会。

なお、27日に参加を希望する場合、必ず下記↓からにて


(関連リンク)
▼新しいビジネスや暮らし方のヒントに? コミュニティブームで広がる読書イベント

▼これまでの出演ゲストレクチャー

▼ゲストからのおすすめの本・課題本

▼【書評】セレンディピティや多様性が失われ、「類は友を呼ぶ」だけの世界になってしまうのか?ーー『閉じこもるインターネット』

▼新しい教養の場としての読書会〜活字離れと読書会人気に思う

▼10 over 9 Reading Club(サイト)

▼10 over 9 Reading Club(Facebookページ)


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Facebookノートーーひょっとして最も使われていない機能かも?

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私的公開日誌@ウェブ暦:140828.01

Facebookのニュースフィードも、時間が経てばTwitterほどではないにしてもすぐに流れていってしまう。
後になって振り返ったり、残しておきたいコンテンツ、少し長めの記事を書いてもすぐに埋もれてしまう。

Facebookを使いはじめたころは、ブログ記事が自動的にノートにアーカイブされていたのだが、いつのころからその機能が停止してしまった。

調べてみると、私のノートは2011年11月22日(「ゲーミフィケーション」とは何か(2)ーーBRIDGE 2011 Novemberに参加して)が最後になっている。この記事は3回連載で、その後11/24(2)、11/25(3)と書いているが、そちらがノートには残っていない。

私は様々なソーシャルメディアを利用しているが、自分の軸がブログであることに変わりはない。なので、これまでノートについてはまったく気にも留めなかった。
しかし、上述ように流れてしまうには自分でも残念に思う投稿もある。
そこで、他の人たち何人かのページを見てみると、やはりノートを活用している人がほとんどいないことに気がついた

もちろん、私の周辺はブロガーが多いので、当然のことなのかも知れないが表示されていない人もいる。設定で「非表示」にすることができるのでそうしているのかもしれない。
また、いわゆる公式ページでも利用していないケースがほとんどである。

つまり、Facebookの中でもっとも利用されていない機能(サービス)の一つのようだ。その逆、すなわちもっとも利用されているのはイベントやグループ機能だろう。

こんなことを感じたのも、ある公式ページを見てそこにノートがうまく活用されているケースを見たからだ。
それは「“未来を変える”プロジェクト」を訪れ、それまで気がつかなかったのだが、セミナーレポートがノートとしてアーカイヴされていることに気がついたからだ。
ただし、こちらも2012年11月19日以降の記事がない

これが、例えば、自社の製品情報、社内の出来事(イベントなど)、キャンペーン告知、時折見受ける会社の近くの美味しいレストラン紹介などであれば、特段ノートなどに残しておく必要性もない。
しかし、このページにはインタビューやセミナーの内容などがアップされており、これがそのままフローコンテンツとして流れてしまうのはもったいない気がする

確認してみると、私の記事より1年後である。ひょっとしたら直接ノートに記事をアップしたのかもしれないがそれは不明だ。
とすれば、ノートを使わない手はないだろうと感じたのだ。

しかし、ノート活用に関してはほとんど記事も見かけないのだが、私が知らないだけで有効活用している人や組織があるのかも知れない。私自身、様々なソーシャルメディアを使ってはいるが、そうした専門家でないしましてやソーシャルメディアコンサルタントでもないので、そのあたりの事情について詳しくはない。


■まず始めてみることで、見えること・気づくこと・発見すること

私はブログはじめるとき、特にこうした使い方をするぞと明確な目的を定めてもいなかったし、とりあえず開設したが何を書けばいいのか随分と悩んだものだ。
それがいまでは書き続けてカテゴリも14個、760本以上の記事をアップしてある。

ブログ以降、Tumblr→Facebook→Twitter→LinkedIn→Google+と手を出したのだが、どのソーシャルメディアを開始するときにも、これはこうした利用やこの目的で使おうなどと、最初から決めて使いはじめたものはどれ一つとしてない

使っている中から、徐々に方向性が決まってきたのだ。
そうこうしているうちに少しは知られるようになり、様々な集まりに参加して名刺交換すると「ブログ拝見してます」などと言われることもあり、またEvernoteのCEO来日時、LinkedIn日本版ローンチ時など、いろいろなブロガーミーティングへの招待に与るようにもなった。

そしてITmedia「マーケッター通信」開設時、お声がけいただき参加することになったのだ。
特に目的もなく始めたブログだったが、とにかくブログをずっと続けていて良かったなと実感する。月並みだが「継続は力なり」とはこのことだろう。

昨晩、朋友のトークセッションがあり参加して来た。その中で「困った、困った」といっているだけで一向に進まない人の話があった。これは笑える話しだが、本当にそうだ。
こうなったらどうしよう、ああなったらどうしようとと「どうしよう、どうしよう」といって、そこに留まっったままになっている人は多いものだ。

これは何事おいてもそうだろうが、目的が明確にしないとあるいは自分で納得できる目的が設定できないと始められない(行動できない)という人は多い
しかし、一事が万事ではない。始めてみることで気がついたり、方向性が定まったり、見えてくることが多々あるのも事実である。

人は行動してみて目的が明確化されるということが以外にあるものだ
しかし、一般的にはもやみくもに目的もなく行動するのではなく、目的を定めてそれに向かって行動するように教えられる。しかし、それでは目的が不明、わからない人はいつまでたっても行動を起こせないだろう。

仮に、就活で望まない企業、希望していない職種に就くことになったとしても、そこで働くうちに仕事の面白さに気づく、業務を通じて自分を発見する、転機となる出会いなどから、思わぬ方向へすすむことになったりより高い次の目標や目的が見つかることもあるのだ(転職や好きな仕事が見つかるなど)。
こればかりは、実際に動いてみない限りわからないものなのだ。

こうしたことは、仕事とは異なって趣味の世界ではありがちなことである。特にスポーツなどでは多いだろう。
最初は関心も興味もなかった、例えばゴルフや釣りなど、友人に誘われて渋々始めてみたら、その趣味の面白さや楽しさ、奥深さにはまってしまいその友人以上に夢中になってしまうようなことは、誰でも少なからず経験したことがあるだろう。

なので、これからノートを積極的に活用してみようと思っている次第。周辺にも利用している人がほとんどいなので、どのように使っていけばよいのかもいまのところはわからないが、なんかもったいないような気がする。
活用方法も不明だし目的も定まってはいない。が、とにかくスタートすることにした。使っているうちに、なにかに気づき、上手な活用方法が見つかるだろう

私個人としては、ブログなどと同様、ノートもカテゴリなどで分類できればといまは思うが、それは無い物ねだりだろう。


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━━━━━━━━━━< 梅 下 武 彦 >━━━━━━━━━━

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古典とはなにかーー「ロック黄金期」に育った世代の徒然モノローグ

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私的公開日誌@ウェブ暦:140806.01

昨年末(13年)から今年(14年)にかけ、海外ロックの大物の来日ラッシュが続いている。

ポール・マッカートニー、イエス、エリック・クラプトン、ローリングストーンズ、ジェフ・ベック、ボブ・ディラン、ディープ・パープル、TOTO……。
ジャズに限らず、ロックについてもわれわれ日本人は特に“古典音楽”が好きなようだ。

私は進取や新奇なものが大変に好きだし、ビジネスでは現在と未来にしか興味はなく、過去には関心がない。現在と未来を見据え、過去は振り返らないようにしている。

しか〜し、ロックについては別だ。

もっとも、今日ではロックに限らずすっかりと音楽生活から足を洗ってしまった私である。

かつてはレコード1,000枚、CDも500〜600枚ほど所有していたが、いまは手元に残っているのは数十枚ほどだ。


■洋楽だけを聴いて育つ

私は純然たる洋楽ロックだけを聞いて育った世代だ。
個人的には、洋楽のロックやポップスは1965〜1985年までの20年間、いわゆる「黄金期」で“ロック古典期”は終わったと思っている。

洋楽を聴き始めた(小学校5年生)頃は、音楽評論家の福田一郎のように(60や70歳になっても)ロックだけを聴いて一生を過ごすものだと思ったし、好きな音楽傾向が年齢などによって変わるものだということも知らなかった。バンドが、音楽的な方向性の違いで解散するものもよく理解できる気がする。

好みの音楽に比べると、好みの女性というのは一生不変なような気がする(^_^;)。

初めて購入したレコードは、当時(66〜67年)、TVで番組が放送されていたThe Monkeesのテレビ番組テーマ曲のシングルだった。最初に購入した洋楽ロックのアルバムは記憶にないのだが、小学生の小遣いで買えたシングルレコードはいまでも覚えている。

その頃は、当然ながらThe Beatles、Simon & Garfunkelなどは絶頂期だったし、The Rolling Stones、The Whoなどいわゆるロックの大物も同様だった。特に、多くの友人たちがThe Beatles、Simon&Garfukleのレコードから洋楽に目覚めることほとんどだった。
しかし、この世界的に有名な二組のレコードを、実は私は1枚も所有していなかった。

ラジオでは米ヒット曲が中心で、そうしたヒット曲中心に私も聞いていた。
72年からは、音楽チャートを40位から1位まで週ごとに紹介するカウントダウン番組として最も有名な「American Top 40」がラジオ日本(旧ラジオ関東)でも開始され、音楽評論家の湯川れい子によるDJで毎回欠かさずに聞いていた。
また、81年開始の「ベストヒットUSA」にも随分とお世話になったものだった。

中学生になり、プログレッシブ・ロックを聞いたことで、私の音楽的な嗜好(好みの)に大きな転換が訪れる。そこから英国ロックを中心に聞くようになったのだった。

その当時から、今でもロック史上最高のバンドと思っているのはThe Moody Bluesだ。彼らのサウンドを確立したアルバムIn Search of the Los Code(68年)は、約半世紀も前の音源であるがいま聞いても斬新だと思う。

かつて、Lez Zeppelinのジミー・ペイジをして「この世で本当にプログレッシブなバンドは、ピンク・フロイドとムーディー・ブルースだけだ」と言わしめたほどだ。


■英国ロックへの傾倒

70年代の英国ロックは、プログレッシブ・ロックから、グラムロック、アートロック、パンクロック、ニューウェイブ、エレクトロ・ポップ(テクノポップ)からニューロマンティックに至るまで、創造的で革新的かつ多彩なロックのイノベーションをおこし続けた10年だっただろう。

そうした中で、プログレッシブロックと並んで私に大好きだったのはアートロックだ。

アートロックの嚆矢となったのは、私個人はJethro Tullだと思っている。その後、グラムロックの影響を受けたアートロックは72年のRoxy Musicを筆頭にSparks、Steve Harley & Cockney Rebel、Carmenなど続々と音楽シーンへの登場を促した。
ちなみに、Steve Harley & Cockney RebelとQeenは同期(73年)デビューなのだが、その後の成功は天と地ほどの開きとなったことはよく知られている。

そして、さらに洗練されよりポップなアートロックの大本命として10cc(73年)、Sailor(74年)などが登場することになる。

10cc、Sailorを聞いていると、どうしたらこれほどの多彩で凝った創造的で洗練された音を作り出せるのかと思うほどだ。

他には、74年『Crime Of The Century』のSupertramp。特に、新しいプログレッシブロック・バンドの登場かと期待したのだが、それもさりとてアートロックも極められず、結局ただのバンドで終わってしまったのが残念である。
もっとも、プログレッシブロック自体、70年代後半に失速してしまったので、商業的な成功という点から考えれば、Supertrampがポップ路線に舵を切ったのはいま思えば懸命な判断だったのだろう。

また、英国のバンドは新しく独自の楽器を導入することにも積極的だった。

この時期、ムーグ・シンセサイザーがプログレッシブを象徴する楽器として一躍名をはせた。

しかし、例えば、The Moody Bluesを象徴する楽器メロトロンは、時にオルガン、時にストリングス、時にシンセサイザーなど多彩な音を奏でていた。キーボード担当のマイク・ピンダーはその開発者の一人だった。メロトロンは、ほかにもDavid Bowieの代表的ヒット曲「Space Oddity」(69年)、YESGenesis、Carmenなども使用していた。

10ccが開発したギズモトロンは、英国の工科大学と共同で開発したギターアタッチメントだし、アップライトピアノ2台を背中合わせにしたような楽器ニッケルオデオンはSailor発明した楽器だった。

そうした点でも、英国ロックは先進的だった。

その後、70年代後半のパンクロック・ムーブメントの中から現れ、The Doorsの再来とまで言われたThe Stranglers(77年)。そして70年代のトリを飾ったのは、78年にデビューしたThe Policeだ。デビューシングルとなった“Roxanne”は聞いた瞬間アルバムを買いに走るほど気に入ってしまった。

後に、The Policeがあれほど世界的に成功を収めるバンドになると、デビュー時には正直思わなかった。


■洋楽全体が黄金期だった時代

ところで、その時代(70年代初め)、米国ロックはブラスロックのBlood, Sweat & Tears、Chicagoで幕を開け、James Taylorを筆頭にシンガー&ソングライターが続々誕生し、その後70年代を牽引するバンドThe EaglesThe Doobie Brothersなどが登場し、いかにもアメリカンなロックバンドな時代。
個人的には、DoobieはMichael McDonald加入したことで音楽性が大きく変わり、彼のワンマンバンドとも言われるが、そのAOR的なサウンド時代の方がずっと良いと個人的には思う。
私がシンガー&ソングライターで、これはと思ったのはCarol KingJoni Mitchel(厳密にはカナダ出身)くらいだし、男性アーティストではBruce Springsteen、Billy Joel、Boz Scaggs、Gino Vannelli(彼もカナダ人、一番好き!)の登場を待たねばならなかった。
デビュー期からユニークなロックバンドだと思ったのは、摩訶不思議なデビューアルバムだったSteely Danくらいだった

しかし、実は、一番斬新なバンドだと思ったのは、76年デビューのDr. Buzzard's Original Savannah Bandだ。
このバンドは、30〜50年代ビッグバンド・サウンドに、当時人気のディスコサウンドを融合させた独創性には思わず驚喜したものだ。
もっとも、このころは英国ロック界でも、BEE GEESのディスコサウンドへの転向に大成功の影響は大きかったらしく、David Bowieに限らずRod Stewartなどもディスコ要素を取り入れることで、ヒットを飛ばしていた情況だった。

76年頃から、米国製のプログレッシブバンドとして人気を博すようになったStyxKansasであるが、後者はメンバーが71〜72年当時に英国に留学していたとき、プログレッシブロックを聴いて大きな衝撃を受けたとのエピソードが有名だ。
当時の英国はプログレッシブバンドが絶頂期を迎えていたのでそれも納得する話だ。
米国ロック界に新しいなムーブメントが誕生するのは、Talking Heads(77年)、The Cars(78年)、The B-52's(79年)など、いわゆる米国ニュー・ウェイヴバンドが続々登場してくる70年代後半になってからだ。

しかし、斬新で独創的なロックを生みだし続け、ロック界全体を牽引してきた英国ロック界も、80年代に入るとその勢いが衰えてしまった。
84年の『焔』、87年の『ヨシュア・トゥリー』でファンになったU2が最後に聞いたそして好きなロックバンドだった。

特に後者は傑作の誉れに高いアルバムだが、聞き終わって疲れを感じ、もうロックは身体になじまないことを実感した。

私が80年代になって英国から登場して喜んだのは、ともに84年デビューのMatt Bianco、Sadeだけだった。その後、同バンドにいたBasia(87年)のソロデビューもありがたかった。

よく、洋楽の70年代を黄金時代という人がいるが、英国ロックにとっても69〜78年の10年間が絶頂期だろう。


■古典とはなにか

それらのロック音楽は、もはや「ロックの古典」と呼んで差し支えない。

私は、学問でいえば人文学でも社会科学でも古典が好きだ。古典は、それが本、絵画、音楽、映画を問わず、なぜ人々を魅了し続けるのだろうか?

吉本隆明の『マルクス紀行』(光文社文庫『カール・マルクス』所収)は、古典(この場合は書物)の価値について以下のような書き出しではじまる。

 「書物は、読むたびにあたらしく問いかけるものをもっている。いや、たえずあたらしく問いかけてくるものをさして書物と呼ぶといってもおなじだ。書物がむこうがわに固定しているのに、読むものが、書物にたいして成熟し、流動していくからである。書物のがわからするこの問いかけが、こういう流動性にたえてなおその世界にひきずりこむ力をもち、ある逃れられないつよさをもって、読むものを束縛するとき、わたしたちは、その書物を古典と呼んでいいであろう。」

上記は、私が知っている範囲内では古典について語った名言だ。

これは、マルクスの『経済学批判序説』(岩波文庫)の以下の言葉とも符合する。

「けれども困難は、ギリシャの芸術や叙事詩がある社会的な発展形態とむすびついていることを理解する点にあるのではない。困難は、それらのものがわれわれにたいしてなお芸術的なたのしみにをあたえ、しかも、ある点では規範としての、到達できない模範としての意義を持っているという点を理解する点にある。」

古典とは、吉本の「書物のがわからするこの問いかけが、こういう流動性にたえてなおその世界にひきずりこむ力をもち、ある逃れられないつよさをもって、読むものを束縛するとき、わたしたちは、その書物を古典と呼んでいいであろう。」と、マルクスの「困難は、それらのものがわれわれにたいしてなお芸術的なたのしみにをあたえ、しかもある点では、規範としての、到達できない模範としての意義を持っているという点を理解する点にある。」は同じ内容を語っている。

吉本が書物と言っているものを、その他の芸術に置き換えても同じだ。マルクスの芸術と言っているものも同様だろう。

歴史に数々の栄華を誇り、人類に足跡を残してきた規範的な文明や文化も、いずれは衰退するのは歴史の必然である。二人の言葉は照応関係にあると指摘しても間違いにはなるまい

60年〜70年代に英国ロックの“規範”を支えていた強者ロックミュージシャンたちが、70年代後半〜80年代前半にかけて「もう一度、若いヤツらアピールするロック」をやろうとバンドを結成した。Foreigner、Asiaなどが代表的だが、それでもかつての黄金期にはやはり及ばなかった。

古典は、ある歴史の一時期のある分野における頂点を産出している。そしてそれはどの分野でも同様だ。古典とは、まさに“おおいなる人類の遺産(最高値価値)”だろうと思う。哲学でいえば、ドイツ古典哲学とはまさに「流動性にたえてなおその世界にひきずりこむ力をもち」それと同時に「規範」でもあるのだ。

クリント・イーストウッド監督作品『バード』(88年)は、ジャズのチャーリー・パーカーを描いた映画であるが、ジャズがまだ大衆音楽だったが、ロックンロールの登場で、徐々にそれらにリスナーを奪われていくことが描かれていたのが印象的だった。
ロックも、ただ同じ運命を辿っただけだ。

他の音楽に比べれば長い歴史を誇るクラシック音楽ではあるが、それでもハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンを生み出した古典派と言われている時代がやはり頂点なのだろう。

そんなことを徒然に考えて、“古典英国ロック”を聴きながらこのブログを書いた私である。

━━━━━━━━━━< 梅 下 武 彦 >━━━━━━━━━━

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特集「人文書入門」ーー『文藝』2014年夏号

bungei014summer

私的公開日誌@140729.01

河出書房新社の季刊『文藝』(夏号)の特集が「人文書入門」。書店で偶然に見かけて思わず購入した。75ページもある。
学問は、大きく分けて人文学、社会科学、自然科学とある。私がもっとも好きなのが人文学領域なので思わず手が出た。

『文藝』は、『新潮』(新潮社)、『文學界』(文藝春秋)、『群像』(講談社)と並ぶ老舗の文芸誌だ、同誌だけは季刊誌である。

今号では、2つの対談が用意されている。
巻頭は、フランス文学だけではなく、『知の技法』の編者としても知られているフランス文学・思想の小林康夫と社会学者の大澤真幸との対談で、二人の読書体験から対談が始まる。
この二人の対談だけで30ページもある。また、二人のオススメ人文書47冊も紹介されているので、これをきっかけに読書するのも良いだろう。

以下は、二人の対談で心に残った箇所。


小林「本はあたり前の存在ではなくなつりつある。だから、本って一体何なのかをもう一度考えないといけない。その時、本は重さがあるというのが、僕には、一つの出発点です。物質的な重さという点もあるけれど、本は言葉が重みをもって、そこに凝集してい存在している状態なんじゃないか。」
大澤「でも本て、情報を得るために読むものではないですよね。情報が必要な時もあるけれど、それが本を読むことの主な目的ではないですね。本って基本的には考えるためにある。というか、本を読むと、人は真に考えるべきこと、考えに値することがあることを知るのだと思いますね。」

小林は、元々理系の人だったが大学時代に文系に転科したとのこと。大澤は高校生の頃、ニーチェの『ツァラトゥストラ』を読んで、何が書いてあるのかわからないけれど衝撃を受けたそうだ。

私も始めて読んだニーチェの本は実は『ツァラトゥストラ』(中公文庫)だったが、同じく衝撃を受けたものだ。大澤は、ニーチェの文体模写して似たような文章を書いていたようで、まったく私と同じ体験だ(笑)。


小林「僕が若い人に薦めることは、たとえば大学四年間の間に誰か一人、自分にとってのそうした世界を開示してくれる人と出会いなさい。その意味でのメンターを決めなさいと。」
大澤「だから、誰でもいいから、その人のものを読んでいると、自分の思考とシンクロする、と感じられるような、そんな著者を探し出さないといけない。読みながら、その著書の思考のダイナミズムにつき従っていくと、自分自身が壁を突き破ることができた、と感じるような著者を、です。」

読書のきっかけは人さまざまである。私の場合、大学時代のメンターは吉本隆明、高橋和巳、小林秀雄などの文芸批評家だった。いまでも、文芸批評家たちは、私にとってはメンターかつ愛読書である。
現今の学生は、何を読んだらいいのかわからない人が多いらしく、そういった学生たちへの処方箋として、読書家として知られるライフネット生命の出口さんは、新聞の書評欄で紹介されている本から始めるように薦めている。

もう1つの対談は、いとうせいこうと千葉雅也である。後者は、私は未読なのだが『働き過ぎてはいけない』が話題の著者で、一見異色対談のような気がする。しかし、千葉は10代のころ、いとうせいこうの『ノーライフキング』を読んで影響を受けたそうだ。

そのほか、アンケートで平野啓一郎、赤坂真理など10名ほどが「私のオススメ「人文書3冊」を紹介している。


さて、人文学といえば、エドワード・サイードの遺著『人文学と批評の運命〜デモクラシーのために』(岩波現代文庫)を思い出す。同著は、2000年に米名門大学のコロンビア大学の連続講演のために書かれたものである。
現代生活における人文学の重要性と未来をテーマとして著された書だ。

同書の中で、サイードはヨーロッパ中心主義的な学問の批判を行っている。彼は歴史学者ウォーラスティンの言葉を引用し、ヨーロッパ中心主義が「真のコスモポリタン・国際的な視点の可能性を、膨らませるどころか、減らしてしまう。」と警鐘を鳴らしている。

そうしたヨーロッパ中心主義への批判は、ジャック・アタリ著『1492 西欧文明の世界支配』(ちくま学芸文庫)など、主流の考え方ではないが西欧史観に基づいた考え方を批判する知識人による著書は、それでもかつてよりは増えているように思う。
1492とは、コロンブスが新大陸(米国)を発見した年であり、西欧の世界支配はここを起点にしてヨーロッパによる歴史(世界史)の捏造が開始されるというのが、アタリの主張である。

岡倉天心は『茶の本』(講談社学術文庫)の中で、西洋人の東洋人に対する典型的な態度について「不幸なことに、西洋の態度は東洋を理解するのに好ましいものではない。キリスト教の伝道師は授けようとするが、受け取ろうとはしない」と書いた。

これは、何も東洋人に対してだけではない。
かつて、遅れている野蛮なアジアの国の一つと思っていた日本が、日清(1894〜1895年)、日露戦争(1904〜1905年)を経て、アジアの帝国主義国として頭角を現すと、欧州と同じ列強国の“仲間”として認め始めるという歴史的情況は、そうしたことを如実に示している。

さて、サイードが教えていたコロンビア大学では、人文学のカリキュラムが通年授業であり、1、2年生全員が週4回の受講を義務づけられている
このあたりは、読書会「10 over 9 reading club」でレクチャーにおいでいただいた佐々木紀彦さんも、スタンフォード留学時代の学生生活での同じような経験談を語ってくれた。
私は、米大学に留学した経験がないので詳らかではないが、米大学でのそうした人文カリキュラムが、教養を育成する苗床となっていると感じた。

昨今では、米国の限らず、高度に専門分化した「たこつぼ学問化」し、深い知見と広い見識を持った言論(知識)人が、少なくなる一方なのは非常に悲しく残念に思う。

サイードは03年、スーザン・ソンタグは翌年(04年)に亡くなっている。残っているのはチョムスキーくらいか。

(関連リンク)
▼『文藝 2014年夏季号』

▼『人文学と批評の運命〜デモクラシーのために』

▼『1492 西欧文明の世界支配』

▼『茶の本』(英文収録)

 
 
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