Bianchiの徒然ブログ

インターネット、そこは技術のフロンティア。 これは、コミュニケーションアーキテクトたる“macume”が、新時代のツールBlogの下に、21世紀において執筆を継続し、未知のネット世界を探索して、新しい情報や人との出会いを求め、永劫進化するネット世界に自由に公開した日誌である。

書評デビューについての雑感

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私的公開日誌@ウェブ暦:150301.01

先月(1/16)、書評家に不向きな失格者だというブログを書いたばかりだった私である。
その直後、翔泳社の新しいビジネス系サイトで、なんと書評連載を担当することになるという、まさに本人も驚く青天の霹靂(O_O)。

しかし、こうしたお声かけをいただいたり、カンファレンスなどのご招待に与ったりと、ブログを地道に継続(8年)していると、ありがたいご縁や機会そしてお誘いをたびたび頂戴するのは嬉しいことだ。

ご担当者とのご縁もふくめ、こういうセレンディピティにも感謝。

しかし、字数制限や書き方のフォーマットもあるし、初めてのことばかり。
他人の本をダシに自己を語る文芸批評的なスタイルの書評とにならないよう、書評業界というのがあるのかわからないが、とにかく手練れお二人に指南を仰ぎながら、「書評の極意3か条」までも伝授してもらってなんとか苦労しつつ、初回は寸評形式で3冊を紹介した。

また、この間の事情を別途ブログにて近日公開の予定なので、乞うご期待を(ってだれがやねん)。

それに、公開から3日、様々な友人たちからデビュー祝福の言葉をいただき、またfacebookでは気遣いでのご祝儀「いいね!」を150ちかくも頂戴しありがたく嬉しい(^_^;)。

とにかく、ご担当の方にはご迷惑をかけないか、続けられるか不安なデビューとなった(^_^;)。


(おすすめブログ)
▼(第1回書評2/27掲載)「ビジネス・クリエーション」を考える新旧本質の3冊

▼書評家失格!ーー書評とは何かについて考えてみた

企業の新規事業開発部門は、なぜ「うだつがあがらない」のか?ーーSCHOLAR.professorに参加した

SCHOLAR_logo 

私的公開日誌@ウェブ暦:150225.01

前回ブログのSLP PRESENTATION DAY 2015に続き、魅力的で興味深く面白いイベントを体験させてもらったので、どうしてもブログを書きたくなった。
 
SCHOLAR.professorという、こちらも開催2回目のイベントである。いや、むしろコミュニティというべきだろう。
これは「研究開発や新規事業開発を担当されているみなさまに向け、現場で活躍する超一流のサイエンティストもしくはエンジニアによるレベルの高い講義とディスカッションを提供することで、価値創造プロセスそのものを革新することを目指すセミナー」ということをミッションとしている。

今回も集まったのは30人ほど。
私は、何百人と集まる大規模なイベントの必要性も価値も理解はしているが、そうした集まりに参加することはもはや少ない。
それは、イベント専業の主催社や企業主導によるイベントではなく、有志による小規模でより質を重視したイベントが中心となる集まりを重要視し優先しているからだ。


■「ソーシャル・スモールイベント」考現学

09年のブログ『“スモールイベント発想”による「望年会」への密やかにして大いなる期待ーー理念や賛同者による意義深い忘年会』で、私はこれからの時代はスモールイベントあるいはソーシャル・スモールイベントの時代になると下記のように“宣言”した。

「スモールイベントらしく、規模は大きくはないが(それは本来の目的でない)、主催者、来場参加者の双方にとって中身の濃いイベント」
ライトニングトークも用意され、登壇者たちと来場者たちが一緒になり、関心の高いテーマやイベントの談笑したり、初面識者同士でも対談したり、リアルタイムで問題意識を共有したり、相互の知識、人的ネットワークなどのよる“化学反応”が起きることも、他のイベントでは経験できないこと」

また、翌年(10年)のブログ『「BRIDGE 2010 March」に見るソーシャルイベントの時代ーー有志が創り出す参加者と主催者の共有イベント』にも、「これからはむしろイベントのコンセプト、伝えたいメッセージ、盛り込みたいテーマ等を主催する人たちと参加者と協同で開催する「スモールイベント」の時代になる。」と確信して書いたのだった。

当時、朋友とその趣旨に賛同した仲間が中心となって開催していた「BRIDGE」というイベントだった。

当時は、TwitterもFacebookも、まだ限られたイノベーター層しか利用していないころだったが、それでもSNSだけで告知し、毎回100人前後の人たちが集まっていた。

今日では、多様なソーシャルメディアがあり、だれでもが活用している。そうした状況下では、イベント告知や案内も簡単に共有できる。
たとえば、今では誰でも、ほぼ毎日なにがしかのイベントのお誘いが届くであろう。ましてや、Facebookで友達が数千人もいる人ともなると、招待状が山のように溢れているだろう。
しかし、同時にそれは開催日時が重なることが多く、参加ができないイベントの件数が増えることにもなる。私のように友達が600人ほどの人間でも、案内をいただくイベントの同日同時刻の開催が5つも重なることが年に数回はあるほどだ。

そうなると、義理やしがらみに縛られることなく、自分が関心が高く有意義と思われるイベントをどれか一つを選ばざるをえないことになる。

そうしたイベントだと感じたひとつが、今回はじめて参加した「SCHOLAR.professor」だった。


■キャリアパス(形成)について示唆に富む内容

今回のイベントは、ちょうど5年前、先に紹介したBRIDGE2010が9月に「頭のいい人も新事業で大ゴケ!?事業創造のサイエンスとは」をテーマで開催したものにも通じる気がした。
そのときは気づきや発見が多く、7回も連載のブログを書いたほど内容の濃い集まりだった(下記「おすすめブログ参照」)。
それと同様に、今回の話しもえることがも多かった。参加者は、あらかじめいくつかのテーブルに
別れた適宜案内され、1テーブルあたり4〜6人で編成されていた。私が着席したテーブルは4人だった。

当日のゲストスピーカーは、東京工業大学・総合理工学研究科教授の原正彦氏で、当日は以下のような8つのテーマに関する講義を行い、価値創造プロセスを革新するための着想や手法について語った。

1.研究内容と社会にもたらす価値の説明
2.独自の研究開発の方法論
3.ネット系のサービスに使い方における特徴
4.上手くいく産学連携の進め方
5.注目している先端技術や分野について
6.うだつを上げる方法とは何か
7.読むべき一冊、見るべき映画
8.最近注目している話題(社会全般)

これらについて一気呵成に語るのではなく、1つないしは2つについて話し、その後に各テーブルで話されたばかりにテーマについて相互で語り合い、最後にそこで話し合われた内容を各テーブルでリーダーに指名された人がまとめて発表する形で進行した。
私のテーブルでは、一番若い大学院生を指名した。

これは、いわゆるワークショップあるいはその進化形として知られているワールドカフェ形式だ。その場で聞いたばかりの話から何に気づき、発見や学びがあったかをその場でシェアする。
そうすることで、講演内容への理解を深めたりする効果を高め、新たな視点や着眼などをえることになり、さらには知らない同志でのコミュニケーション促進にもつながる有効な手法だ。

原氏は、専門領域は粘菌コンピューティングとのこと。なにやら、私の好きな『スタートレック/ヴォイジャー』の基幹コンピュータシステムとして利用されている<バイオ神経回路>のようなお話し。
それに取り組みながら、揺律創発を研究しているとのこと。これは「揺らぎや不安定性を抑圧するのではなく積極的に活用し、生体分子素子群の自己組織化から生じる創発的挙動を原動力として実現する」方法を、イノベーション、組織やキャリア開発に応用することのようだ。

原氏が面白いのは、研究チームを5〜10年でスクラップ&ビルドすることで、次の新しい研究テーマに取り組むこと。
また、そうした際には、自分が得意の分野には取り組まず、素人の領域に挑戦する姿勢だというのがユニークだ。つまり、一方では、自分の得意な分野を残しながらも、プラスアルファ(新奇なこと)による創発こそがイノベーションを誘発するとおっしゃっていた。つまり、これは伸びしろが大切だということだ。
受験生でも勉強しすぎて大学に入学した学生より、多少余裕がある学生の方がその後に伸びるということはよく知られている。
また、真に革新的で新しすぎることは、普通の人たちには容易には理解されないとも語った。

今回の話された内容は理系やいわゆるポスドク(ポストドクター)に限った話しではない。
普通の一般の組織や企業で働いているビジネスパーソンにも重要な示唆や学びがあったと思う。いや、むしろそうした普通の人たちにこそ役立つ充実した時間だったように思う。

理系の優秀な人は、自分の座標軸を動かしたりずらしたりができず、耐性が弱いことから悩みや問題を抱え込んでしまう。世の中はままらないとか、不条理意識からノイローゼや鬱になりやすいとのことだが、これは最近のビジネスパーソン全般にいえる傾向でもある。

右肩あがりの経済成長時代とは異なり、テクノロジーの進化や社会の変化が激しい今日、自分の座標軸を堅持しつつ、柔軟な考え方や視点を持つ必要があり、かつての成功手法に立脚した発想ではこれからのキャリア形成は難しいと語る。

新規事業がうまく行かない原因は、人材、組織体制、企業文化をはじめとしていくつかの要因がある。また、人はできる理由よりできない理由を探したり求めがちだ。その方が楽だからである。できる理由や方法を探したり考えることのほうがずっとハードルが高い。

だからこそ、最近の多くの企業ではベンチャーファンドを組成し、積極的にベンチャーと組もうとしている。それは、イノベーションと何度も号令をかけても、なかなか上手く進すまないからだ。そこで、外部の異なる文化を持っているベンチャーなどとに牽引してもらうしかないと、ようやく悟ったということでもある。

私が今回の中でも一番印象に残ったのは、チームづくりについてである。私が得たことは以下の3点。

1.異分野の融合に欠かせない共通言語づくり
2.チームに適宜負荷をかけることによる結束づくり
3.チームを通じた文化(=歴史)づくり

また、モチベーションは誰かに与えるもらうこともあるだろうが、最終的には自分の内発的なものとして作り出さないとダメだろう。

私は、自分が20代のとき、30歳のころ、40歳のころ、全て違う会社や組織と仕事をしてきたが、一貫しているのはマーケティングコミュニケーションということだ。これが、自分で今まで興味深く深く追求していることである。
この分野も20世紀と21世紀では大きく転換している。

私のキャリア形成や仕事に対する姿勢や考え方については、昨年も『セレンディピティ、キャリアのピボット、またはレイヤーとしての人付き合いについて考えてみた』(ITmedia)で述べたので、ここでは繰り返さない。ご興味のある方は、あわせてご笑覧願えればありがたく思う。

このコミュニティは、今後も各々の専門分野のプロフェッショナルを招き、そうした人たちから学びをえることを目的に運営されるようだ。また、ユニークな会員制を採用しているのも特長だ。
オープンな場ある一方で、こうしたクローズドば集まりはこれからも増えるだろうことも確信している。

NHKの人気番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』というのがある。それのまさにリアル版にワークショップがついている趣のあるイベントといえば理解しやすいだろうか。

「興味深いイベントの歴史が、また1ページ……」と、ここは大好きな銀河英雄伝説風にいっておこう(^_^)。


(関連リンク)
▼SCHOLAR.professor
http://scholar.tokyo/

▼SCHOLAR.professor(Facebook公式ページ)
https://www.facebook.com/SCHOLAR.tokyo

▼SCHOLAR.professor(Twitterアカウント)
https://twitter.com/SCHOLARtokyo


▼メンバーを“シャッフル”すると化学反応が起きる
http://bizmakoto.jp/bizid/articles/0907/22/news045.html

▼「どーせ無理」を無くしたい…世界を感動させた町工場のおっちゃんのスピーチ
http://spotlight-media.jp/article/106300900536746109

▼「日本人は一生懸命働く。ただ、そこにビジョンがない」 ノーベル賞・山中伸弥教授が指摘
http://logmi.jp/37307

▼キャリア築く気概が必要 元「ポスドク」で作家の円城塔氏 
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGU1202K_T10C13A1I00000/

▼セレンディピティ、キャリアのピボット、またはレイヤーとしての人付き合いについて考えてみた
http://blog.marketing.itmedia.co.jp/macume/entry/594.html


(おすすめブログ)
・プロローグーー近年最高のBRIDGE2010 Septemberに参加して
http://blog.livedoor.jp/macumeld/archives/1241613.html

・切り口とアイデアは“セット”の意味とはーーBRIDGE2010 Septemberに参加して(1)
http://blog.livedoor.jp/macumeld/archives/1247506.html

・見ることと見えることの大きな差異ーーBRIDGE2010 Septemberに参加して(2)
http://blog.livedoor.jp/macumeld/archives/1248468.html

・同質化から飛躍的なアイデアは生まれないーーBRIDGE2010 Septemberに参加して(3)
http://blog.livedoor.jp/macumeld/archives/1250824.html

・就職する側と採用する側ともに“不変”とは…ーーBRIDGE2010 Septemberに参加して(4)
http://blog.livedoor.jp/macumeld/archives/1254091.html

・重層的で多岐にわたる問題提起ーー BRIDGE2010 Septemberに参加して(5)
http://blog.livedoor.jp/macumeld/archives/1254478.html

・エピローグーーBRIDGE2010 Septemberに参加して
http://blog.livedoor.jp/macumeld/archives/1256723.html

SLP PRESENTATION DAY 2015に参加して思う

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私的公開日誌@ウェブ暦:150224.01

先日(2/21)、SLP PRESENTATION DAY 2015に参加してきた。私は初めてだったが、今回が2回目の開催となる。
SLPとは、Startup Leadership Programの頭文字をとった略称のこと。
友人から案内をもらって初めて知ったほどで、私はこのイベントや団体については、実はまったくノーマークだった。

SLPは、06年に米国ボストンから始まった起業家育成プログラムで、起業するにさいしてCEOが必要とするノウハウとネットワークを提供する場として、シカゴ、ニューヨーク、シリコンバレー、ロンドン、パリ、モスクワ、メルボルンなどすでに世界11か国、21都市で同時に開催だとのこと。
アジアでは、すでに中国やインドにでも開講しているが、日本では14年9月から提供を開始したとのこと。

この起業家育成プログラムは、14年9月〜2015年3月にかけてのプログラムスケジュールを見てみると、毎週1回約6か月の受講期間で、受講料35,000円という驚きの安さである。

ここのところ、こうしたスタートアップのピッチイベントが盛んに開催されている。朝活を利用して毎週定期的に実施ているところもあるほどだ。
我ら日本人はプレゼンの訓練を受ける機会が、海外の人たちに比べると少ないので、こうした場に数多く挑戦して鍛えられるのもよいだろうと感じる。

今回のイベントは、SLP・新日本有限責任監査法人・EY新日本クリエーション・Crewwによる共催イベントとである。

さて、今回、30の募集に対して100の応募があったとのことで、当日は選ばれた35社が参加した。
渡された参加者リストを見ると、それらには「パートナー希望」、「資金調達希望」、「仮説検証希望」、「フィードバック受けたい」など、各々がこのピッチに参加した動機が記載されていてわかりやい

会場は、6つのコーナーに分かれ、各々のテーブルにはメンターが1〜2名。その前でプレゼンテーションをして、その場ですぐにアドバイスやフィードバックが受けられるものだ。
参加者のピッチ目的が明確であり、またその場ですぐにメンタリングを受けられるというのが、このイベントの特長だろう。

起業したてばかりではなく、企業に勤めているが起業を目指して一人で開発しているエンジニアなどもかなり参加していた。

この2〜3年、スタートアップが熱気を帯びているのはよいことだと思う。一方では、私の周辺にも最近のスタートアップ熱に浮かれすぎている、何でもかんでも他力本願すぎる、自分たちでもっと最低限の勉強してからにして欲しいという声はちらほら聞くし、そうした部分もあるのも否めないと感じている。

しかし、むしろそうした人たちが多いということを受け止めるべきだと思う。受容しなければ、新しい事業創出は限られた人たちだけの「特権」になってしまうし、可能性のある芽を見逃してしまうだろう
そうした中から、新しい起業家が誕生するのだ。豊かな苗床とすることこそが重要だ。スポーツでも選手層が厚いチームが強いのと同じだ。

どこに参加しても、同じようなスタートアップのピッチばかりでは、むしろ先行きが不安だ。私の友人がいみじくも言っていたが、どこのピッチに出かけても参加するスタートアップの顔ぶれが同じようだと。
また、これだけピッチが開催されると、今後は特色や独自性あるピッチイベントが求められてくるだろう

今回のSLP PRESENTATION DAYは、アクセラレータープログラムに挑戦する以前の孵化したて、これから玉子を温める段階にある人たちが多かった。
これは、NTTドコモベンチャーの「39works」と同じような試みのような気がする

1点だけ残念なのは、参加35のプロフィールやビジネス概要がなく、どれを聞くべきあるいはどれが私にとって興味あるピッチなのかの判断に迷ったことだ。次回は、そうした点を改善してもらえればと思う。

今後、このイベントがさらに盛況となり、ここから巣立つスタートアップが増えてくれることを願う。また、私もこうした場でメンターできるようにさらに研鑽を積みたいとも感じた。
とにかく、次回も参加が楽しみなイベントがまたひとつ増えたことは嬉しい。


(関連リンク)
▼SLP PRESENTATION DAY 2015


▼世界的起業家育成プログラムが日本初上陸!スタートアップ・リーダーシップ・プログラム東京 9月開講決定!
http://news.harmony.ne.jp/entry20011.html

▼【SLP PRSENTATION DAY 2015開催】ピッチするスタートアップ30募集開始!
http://entrepedia.jp/en/companies/A-11623/announcements/675

39works


【おすすめブログ】
・「技術ベンチャー経営の戦略と実践」公開講座に参加して(1)
http://blog.livedoor.jp/macumeld/archives/1529745.html

・「技術ベンチャー経営の戦略と実践」公開講座に参加して(2)
http://blog.livedoor.jp/macumeld/archives/1529976.html

・「技術ベンチャー経営の戦略と実践」公開講座に参加して(3)
http://blog.livedoor.jp/macumeld/archives/1530432.html

・「技術ベンチャー経営の戦略と実践」公開講座に参加して(4)
http://blog.livedoor.jp/macumeld/archives/1531970.html

人が読書する理由、その方法と量について

読書人

私的公開日誌@ウェブ暦:150121.01

人は読書をする動物であると表現しても、人間について真実を語っていることになるだろう。

しかも、多読、速読、乱読、熟読など、人には様々な読書の仕方や方法、こだわりもあることだろう。
そうした読書テクニックに関する本は書店にでむけば何冊も見つけることができるし、それら読書方法を伝授するセミナーもありそこそこ繁盛しているようなのだ。

昨年、11月1日〜2日、ジュンク堂書店プレスセンター店(東京内幸町)で開催された「ジュンク堂に住んでみる」という宿泊ツアーには、私も応募しようかと思ったが、なんと倍率が1,000倍だったとは。
読書好きな人は、まだまだ多いのだなと実感した。
今回は、人が読書をする理由、その方法などについてを自分なりに考えてみた。


■人が読書をする理由とは

人は、なにを求めて読書をするのだろうか。

わからないことを知りたい、なんらかの知識を増やしたいから。
日ごろ悩んでいたり解決したいと思っていることに、具体的な示唆あるいは解答を見つけたい。
ビジネス書であれば、仕事にすぐに役立つノウハウを取得したい。
趣味であれば、もっとその世界を極めるために必要だから。
世間でベストセラーで話題の本だから、興味からその本を読んでいる。

いずれにしても、本を読む人はなんらかの理由で読書をするのが一般的だろう。

私が今日まで長らく読書を続けている理由とはなにかを、あらためて考えてみた。
世界のさまざまな事象や現象について自分なりに了解を得たいということ、そして自分のこれまでの人生で経験したことや考えてきたことについて、得心するために読書に向かうのがその理由だと感じている。
つまり、読書は自分の考え方を深化させるあるいは頭脳の栄養剤、または一種のサプリメントであると思っている。


■書店で購入する理由

私は、ほとんどの本を書店で購入するようにしている。それは、書店であれば、その本を買うべきか否か実際に読んでから自分で判断できるからである。
どのような基準で選ぶのかといえば、タイトルあるいは著者→はじめに(まえがき)→目次、あとがきなどを順次チェックする。
その著者の書いた動機や理由を確認し、目次で自分で一番関心の高い項目や章を探し出してそこを読む。そこに自分が気づきや発見、あるいは納得できる個処があれば、その本は買ってもそれほど外さないだろうという判断が働く。

ところで、先日、「書評家失格!ーー書評とは何かについて考えてみた」を書くため、いくつかの文芸批評家の本をひっぱりだし読んでいたがそうしたときに、何年かぶりで吉本隆明の『読書の方法』(知恵の森文庫)を読み始めたら、以下のような個処に遭遇した。

「ある書物が良い書物であるか、そうでないかを判断するために、普通わたしたちがやっていることは誰でも類似している。じぶんが比較的得意な項目、じぶんが体験などを綜合してよく考えたことがある、あるいは切実に思い煩っている、などについて、その書物がどう書いているかを、拾って読んでみればよい。よい書物であれば、きっとそういうことについて、よいきじゅつがしてあるから、だいたいその個処で、書物の全体を占ってもそれほど見当がはずれてることはない。」

その本を読むべきか否か判断する基準を自分なりに漠然と持っていたのだが、それと同じようなことを吉本が語っているのを読んで合点がいった。
私が、これまで勝手に読書について判断したり選んだりしている方法は、決して間違ってはいないのだと確信を得ることができた。

もとより、この個処を、私がむかし読んで、そのときの記憶のどこかに残っていてそれが普段の読書の判断基準として作用していただけなのかもしれない。
それに、これが絶対的で唯一の方法だとも思ってはいない。しかし、少なくとも私には最適な方法や判断基準であるには違いがないのだ。

さて、古典や歴史的な名著を読む場合、注意が必要である。
それは、その本が歴史的に価値の高いとされている本ほど、その世界へ引き込む力、すなわち私たちの考え方や判断に与える影響が強いからだ。同じく『読書の方法』で以下のように語っている。

「書物に記載された判断をそのまま受け入れると、この世界はさかさまになる。重たいのは書物の判断で、軽いのは現実の体験からくる判断だというように。これがすべて優れた書物であればあるほど多量にもっている毒である。」

この言葉は、以下の古典の価値について語った文章にも通じている。

「書物は、読むたびにあたらしく問いかけるものをもっている。いや、たえずあたらしく問いかけてくるものをさして書物と呼ぶといってもおなじだ。書物がむこうがわに固定しているのに、読むものが、書物にたいして成熟し、流動していくからである。書物のがわからするこの問いかけが、こういう流動性にたえてなおその世界にひきずりこむ力をもち、ある逃れられないつよさをもって、読むものを束縛するとき、わたしたちは、その書物を古典と呼んでいいであろう。」(吉本隆明『マルクス紀行』)


■読書量は多い方がよいのか?

読書をする理由も各々なのだが、また読書量についても考えてみた。
昨年9月、読書会10 over 9 reading clubのレクチャーの会で、ライフネット生命の出口さんをお招きし、世界史と古典についてお話しをしていただいた。

ちょうど初の新書『本の「使い方」〜1万冊を血肉にした方法』(角川oneテーマ21)発売直後ということもあり、読書家として知られている出口さんならではの読書論と、その碩学ともいえる知識から、歴史や古典について縦横無尽に語っていただいた。
ご紹介いただいた30冊の本も、私が読んだことがない本ばかりで、そうした出口さんなどと間近に接すると、やはりどうしても読書量は多ければ多いにこしたことはないという思いにかられる。

また、11月のワンテーマ読書会で「吉本隆明を読む会」を開催した。そのときには、「風観羽」で知られる友人ブロガーが参加してくれたが、私などは彼の足下にも及ばないほどの読書家で鋭い洞察力の持ち主である。それに比べると、自分はなんと読書量や知識などにおいてまったく足りていないのだと痛感させられる。
会では課題図書として12冊を選んだのであるが、その中には吉本の代表作『共同幻想論』(角川ソフィア文庫)もあった。
同書の「後記」に以下のような個処がある。

「じじつすべてを参照にしたい誘惑にかられたこともある。また、当たりうる資料はおおければおおいほど正確な理解にちかくづくというかんがえ方がありうるのを知っている。しかし、わたしがえらんだ方法はこの逆であった。方法的な考察とっては、もっとも典型的な資料をはじめにえらんで、どこまで多角的にそれだけをふかくほりさげうるかということのほうがはるかに重要だとおもわれたのである。そこで『遠野物語』は、原始的あるいは未開的な幻想の現代的な修正(その幻想が現代に伝承されていることからくる必然的な修正)の資料の一典型としてよみ、『古事記』は種族の最古の神話的な資料の典型とみなし、この二つだけに徹底して対象をせばめることにした。」

これにちかいことは、哲学者のショーペンハウエルも『読書について』の中で次のように語っている。

「いかに大量にかき集めても、自分の頭で考えずに鵜呑みにした知識より、量はずっと少なくとも、じっくりと考え抜いた知識のほうが、はるかに価値がある。なぜなら、ひとつの真実をほかの真実と突き合わせて、自分が知っていることをあらゆる方面から総合的に判断してはじめて、知識を完全に自分のものにし、意のままにできるからだ。」

吉本やショーペンハウエルの方法論、少ない読書量でそれが彼らと同じように思考することが私にもかなうのであれば、正直、理想だとは思っている。しかし、それには、読み手にそれだけの元々の下地(素養)としての知的な修練と研鑽が要求されるようにどうしても感じてしまう。

私のような凡人はそうした素養がないので、どうしても「当たりうる資料はおおければおおいほど正確な理解にちかくづくというかんがえ方」に囚われてしまっている。

もちろん、多く読んでいても「自分の頭で考えずに鵜呑みにした知識」では、それはただの自己満足でしかないだろうことも。

私の友人には読書家が多く、年間150〜200冊くらいは読んでいる人が数人はいる。中には400冊ほども読む人もいる。もちろん、それら本の中には、ビジネス上で必要かつまた役立つ本、趣味に関する本なども含まれているだろうが、それでもそうした読書量は私にはとてもまねができないと感服する。

私などは、ビジネス書も年に10冊も読めばよいほうだし、趣味で読む本も30冊程度に過ぎない。
すぐにビジネスに役立つ本より、古典や人文科学系の本が好きなので、そうなるとどうしても本の価格自体が高価であることが多い。文庫も、講談社学術文庫やちくま学芸文庫などばかりで、1冊1,200〜1,500円くらいなのでたくさん購入することできない。

また、私自身はそれほど本を読むのが早くはない。したがって、どうしても積ん読量が増える一方なのだ。
いまの私の願いは、速読や多読あるいは乱読でもなく、こうした積ん読本を少しでも早く減らすことである(^0^;)。


(関連リンク)
▼読書の秋は本屋に住む 倍率1000倍ジュンク堂宿泊ツアーに潜入
http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1411/04/news047.html

▼読書とは知識を吸収するためのものではなく知識の体系を築くためのもの
http://www.dhbr.net/articles/-/2832

▼出口治明さんの本棚(ホンシェルジュ)
http://honcierge.jp/interviews/3/interview_contents/6


【おすすめブログ】
●書評家失格!ーー書評とは何かについて考えてみた
http://blog.livedoor.jp/macumeld/archives/1880356.html

●新しい教養の場としての読書会〜活字離れと読書会人気に思う
http://blog.marketing.itmedia.co.jp/macume/entry/576.html

●「読めば即ち教養となる」ーーライフネットの出口さんは、読書だけではなく人生の「名人」
http://blog.livedoor.jp/macumeld/archives/1866710.html

●ついに開催した「吉本隆明を読む会」によせて
http://blog.livedoor.jp/macumeld/archives/1874083.html

書評家失格!ーー書評とは何かについて考えてみた

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私的公開日誌@ウェブ暦:15016.01

書評とはなんだろうか。あるいは書評家とはどういう存在なのか。前から疑問に思っていた。書評家が多いように感じる今日、あらためて考えてみたい。 

「人は詩人や小説家になることができる。だが、いったい、批評家になるということはなにを意味するのであろうか。あるいは、人はなにを代償として批評家になるのでろうか。」

上記は、江藤淳著『小林秀雄』の書き出しである。
これに倣えば、人が書評家なるというのはなにを意味し、なにを代償として書評家になるのであろうか
書評は、雑誌や新聞でも重要なコンテンツではあるのだが、これはとても難しいように感じている。

例えば、文芸批評や批評であれば、小林秀雄、禿鍔饌検吉本隆明などをはじめ、多くの文芸批評家が下記のような数多くの名言を残しているし、自分でも理解はしているつもりである。

「詩人にとつては詩を創る事が希ひであり、小説家にとつては小説を創る事が希ひである。では、文芸批評家にとつては文芸評を書く事が希ひであるか? 恐らくこの事実は多くの逆説を孕んでゐる。」(小林秀雄『様々なる意匠』)

「文芸批評家とは、小説家になる才能もなく、学者になる根気もない男のことであるーーぼくはこの定義にあえて反対しようとはおもわない。むしろその逆説的効果によって文芸批評家たるものの愛用してさしつかえない定義だと信じている。」(禿鍔饌検慂厳殀禀召梁崚戞戞

「批評のいちばんの悩み、口にするのも恥ずかしいために密かに握りしめている悩みは、作品になることを永久に禁じられていることだ。(中略)作品には骨格や脊髄とおなじように肉体や雰囲気がいるのに、作品を論じながらじぶんを作品にしてしまうのは、それ自体が背理としてしてしか実現されない。」(吉本隆明『悲劇の解読』)

「批評とは何かという問いに対して、単なる教科書ふうの、また解説ふうの答えの域を超えて、問題の本質に深くかかわる答えが示されたならば、その答えはすでに批評である。」(高橋英夫『批評の精神』)

もとより、これら大御所たちの言説を是とするか非とするか人によって異なるとしても、批評あるいは批評家というものについて、本質について語りながらも、批評家精神あるいは批評そのものが孕んでいる避けがたい懊悩が吐露されているには違いないのだ。

小林秀雄以前にも文芸批評はあったし批評家も存在していた。
だが、明確に自己の意識として文学や哲学などからの借り物の言葉ではなく、批評の言葉と精神をもって自覚的に語ろうとした批評家は彼が最初であった。

こうしてみると、書評は批評とはやはり違うということがなんとなくわかる。
しかし、それでは書評とは何か。その難しさを私は感じている。


■書評の条件または要素
 
昨年より、私は友人主催の読書会(もちろん10 over 9 reading club)に参加していることもあり、読書の成果としてアウトプット(書評)に注力しているのだが、なにをもって書評とし、成立するのだろうかいまだに悩んでいる。
最近では、ブログの恩恵もあってプロ・アマ含めて書評家が多い。また、Amazonには匿名による書評ふうなレビューがたくさん掲載されている。

しかし、文芸批評とは異なり、書評自体は確立された方法論がないような気がする。それは、明確に自覚的に書評を方法論としているという意味においてである。

今日では、多くの人たちが書評を読んだり参考にして、購入する本を決めている人もいる。
自らも書評を書き、稀代の読書家としても知られているライフネット生命の出口さんは、なにを読んだらいいのか迷っていたりわからない人には、新聞の書評欄で取り上げた本から読むことをすすめているほどだ(次回、出口さんに会ったときに書評について聞いてみよう)。

一方では、書評を書かない人や信じていない人たちも存在する。
例えば、批評家の福田和也は、書評を厄介で信用のおけないものとし、全てではないがほめたりけなしたりするのは一種の権勢ゲームであると書いている(『ひと月百冊読み、三百枚書く私の方法』)。
また、乱読をすすめている外山滋比古は、書評を指針に本を選ぶのは自己放棄だと切って捨て、外山自身も書評は依頼されてもけっして書かないことにしているとのこと(『乱読のセレンディピティ』)。

通常、書評は紙(誌)面の都合もあり、800字〜1200字程度で読者に対して本の内容を伝え、その読者にとって読むべき本か否かという判断材料を提供しなくてはならないのが書評ではないか、と私自身は思っている。
そこで、勝手に書評の条件について、自分なりに以下の5つのポイントを挙げてみた

(1)何について書かれているのか(内容の概要)
(2)著書が本を著した理由(動機)
(3)その本の核心あるいは論点(ポイント)
(4)どのような人が読むべき本か(対象者)
(5)書評者はどのように読んだか(納得した点と疑問点)


■書評家失格

私自身、これまでにも書評として書いているつもりではあるのだが、一旦書き上げてから読み返してみるとどうもそいうスタイルになっていない。

それというのも、学生時代から文芸批評が愛読書なので、批評的な文体で無意識的に綴ろうとする悪い癖がついてしまっているようなのだ。
これは、長年そういう文章ばかり読んできたので、思考や文体が自己の内にそのように形成されてしまい、おのずとそのような構成や言葉づかいになってしまっているようなのだ。

つまり、小林秀雄に倣っていえば「他人をダシにして己を語る」文章になってしまう。
禿鍔饌犬癲確か似たようなことをもっと直接的に語っている。
すなわち、自分の文学論、人間観、社会観を勝手に述べる目的で他者の作品や作家を利用しているに過ぎぬと

私のブログは、書評に限らず長い文章が多くて分量が多いと友人からも指摘されたことがある。
書き出すときは、長くならにように気をつけているのだが、書いているうちにそれでも冗長な文になってしまう。

こうして考えてみると、別に連載を持っているわけではないのだが、それでも私は一般的な紙メディアのように字数制限のある書評欄の担当は完全に無理だろう。

そういう意味では、「批評家失格」(小林秀雄や禿鍔饌犬慮斥奸ならぬ「書評家失格」なのだろうと感じる次第。


(関連リンク1:書評サイト)
▼BOOK asahi.com
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本よみうり堂
http://www.yomiuri.co.jp/book/

書評空間:紀伊國屋書店 プロの読み手による書評ブログ
http://booklog.kinokuniya.co.jp/

本が好き!
http://www.honzuki.jp/

書評の楽しみを考えるBook Japan
http://bookjapan.jp/


関連リンク2:書評ブログ)
風観羽

ライフネット生命会長兼CEO出口治明の「旅と書評」
http://blogs.bizmakoto.jp/deguchiharuaki/

わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる
http://dain.cocolog-nifty.com/

高橋教授の書評空間
http://prof-takahashi.blogspot.jp/


考えるための書評集
http://ueshin.blog60.fc2.com/

読書猿Classic: between / beyond readers
http://readingmonkey.blog45.fc2.com/

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