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私的公開日誌@ウェブ暦:140320.01

残念ながら、今回の「ビブリオバトル」では負けてしまった。

今更なにをと冷笑されるのを覚悟してこれから書くのだが、ジャック・ アタリの『21世紀の歴史―未来の人類から見た世界』をようやく読んだ。
 
今回、読むきっかけとなったのは、私が参加している10 over 9 reading club」の前回の集まり(太刀川さんのレクチャー)で、その選定図書4冊の中から、読むべき1冊として自分自身で選択したからだ。
この350ページちかい大著は、現代の「パンドラの箱」的な書である、というのが私の印象だ。

原著は2006年に刊行され、日本では08年に邦訳が出版された。この間、07年にこの書に感銘を受けた当時のサルコジ仏大統領は、すぐに「アタリ政策委員会」を立ち上げた。また、当時すでに進行しつつあった米サブプライムローン問題は、その翌年(08年)リーマン・ショックとして全世界を震撼させた。

09年のGWの真っ只中、2日間にわたってNHKスペシャルでジャック・アタリへの緊急インタビューが放送された。ちょうど暴走する金融市場からリーマン・ショックが起こり、さらにはその後に起こった数々のテロ、携帯電話の進展、ノマドの出現、気候変動など、原著刊行当時(06年)にそうした言葉が列挙されており、あたかも一種の“予言書”のようなイメージを想起させたことも、この書の売れ行きにさらに拍車をかけたのだろう。

そのおかげか、テレビインタビュー放送の翌日、Amazonのベストセラーランキングではなんと1位となり、テレビメディアは強しと実感したほどだった。
また、当時の民主党代表の鳩山、自民党の麻生なども購入したようだが、はたして日本の政治家の“素晴らしい教養”とおつむでどの程度理解できたかは、その後の政策をみれば自ずとわかろうというものだ。

その後も同書は版を重ね、国内で刊行されてから既に6年を経過しているが、都内の大型書店ではいまだに平台に積んであるほど売れている。たぶん、アタリの書籍では日本で一番売れているだろう。

さて、私がこの本を選んだのには、2つの理由がある。


■選んだ2つの理由

第一に、学生時代にドイツ古典哲学から影響を受けた私は、ヨーロッパ的知の伝統に尊敬の念を持っている
18世紀にカントが出現して以降、1930年代のフランクフルト学派(ベンヤミン、アドルノ、フロムなど)まではドイツ、第二次世界大戦後はフランスが世界の知軸となっている。これまで、両国は哲学・文学などに限らず、様々な学問分野で多彩な思想家を輩出し続けている。私は、こうして連綿と続くヨーロッパ的「知の苗床(土壌)」が大好きだ
先月のセッション読書会でチョイスした図書が、カントの『永遠平和のために』であるのも奇縁を感じる。

第二に、もとよりアタリを知ってはいたが、実際にはこれまで彼の本を読む機会がなかった。
“現代最高の知性”とも形容されているアタリであるが、アカデミックな人なのだが、デリダ、ガタリのような生粋の知識人というわけではない
30代半ばで、ミッテラン政権下では補佐官となり10年も務めた。ベルリンの壁崩壊後は「欧州復興開発銀行」の初代総裁に就任、その後はNGO「プラネット・ファイナンス」を創設し、政治や政策、経済の実務経験も豊富な人物で、あのグラミン銀行のユヌスとも親交もある。
また、オランド現仏大統領政権下でもアドバイザーを務めている。


■本書の概要
本書は、扱う対象が国際政治や国際経済を軸としているが、基本的に“未来についての歴史書”である。未来からの視座(2100年)で、そこから21世紀を振り返る(概観する)という構成となっている。なにやら『銀河英雄伝説』的だが、もちろん後世の歴史家による記述という体裁ではないので、現在から未来を語っているので実際には予測(推測)を綴ることになる。

第一章では人類の歴史を概観し、第二章では人類の発生から今日の資本主義社会までの発展史を「中心都市」に基づき時代区分ごとに述べていく。第三章では、20世紀後半の支配的な帝国として君臨し続けてきた米国が、もはやその威光(威力)を維持することが困難で、やがて衰退の道をたどることが語られている。

本書の中心課題は、もちろん第四章から第六章までである。ここで来たるべき21世紀のこれからの大転換の“歴史”が語られる。
最後に、付論として自国のフランスについて書かれている。

また、日本語版への序文のほか、いまだに版を重ね続けていることもあり、本編の後には09年、11年と二度にわたるアタリの来日時の状況や反響などについて、訳者の追記として収められている。


■21世紀を襲う「3つの波」
21世紀は、全世界を3つの大きな波に襲われるというのが、アタリの主張(予測)である。

【第一の波】「超帝国」
2035年、「市場民主主義」のグローバル化が進み、その旗振り国だったアメリカ帝国自体が皮肉にもその力を削ぐことになり、世界の諸国家の弱体化がいっそう進展する。それとともに国家を超えた「超帝国」が誕生する。
 
アタリによれば、多極化による国際社会の秩序が2025年までに形成され、アメリカ帝国は2040年までには衰退するだろうが、それより早いかもしれないとも述べている。
東欧の崩壊以降、世界秩序のバランスを担ってきたアメリカは、以前のような国際協調を牽引し維持することはもはやできない。
 
かつてのG7はすでに形骸化しその役割を終え、21世紀の今日では実質的にはG20が代わってその役割を担っている趨勢や事実がそうした情況を雄弁に物語っているだろう。
3月18日、米ホワイトハウスは、3月24、25両日にオランダ・ハーグで第3回核安全保障サミットが開催される期間中、緊急主要7カ国会議を開き、ウクライナ(クリミア半島)問題についてロシア制裁の対応を協議すると発表した。
 
プーチンにしてみれば、さほど気にも留めていないだろう。でなければ、今回の軍事行動には出られなかっただろう。なお、このサミットには中国の習近平国家主席がはじめて出席するが、当然ながらロシア制裁協議には加わらない模様だ。また、G7にロシアを加えたのがG8なのだが、ロシア排除決定的となったとの報道があるが、それでもプーチンは揺らぐことはないだろう。

市場民主主義が、民主主義をも呑み込みながら国家を弱体化させ、アメリカでさえもその前にはなすすべもなく、やがて肥大化した市場民主主義が世界を支配する「超帝国」が誕生するだろうとアタリは語る。

【第二の波】「超紛争」
それとほぼ同時進行で、世界各国、世界各地域で紛争が勃発するだろうと述べる。この20余年間でも、ソ連邦崩壊による東欧の民主化の嵐の中、ユーゴスラビアという国家は内戦をへて四五分裂した。「アラブの春」により中東諸国では混乱と内紛、アフリカ諸国は同じ国家に属しているにもかかわらず、多くの国々や地域で部族間対立による紛争や内戦が激化する一方。
 
今年に入ってからは、タイ政府と反政府勢力との対立と思っていたら、ウクライナの内紛が発生し、状況次第では国家の分裂やチェチェン共和国のような内紛状態に発展しないと誰が断言できるだろうか。

さらに、一見安定しているように思える先進諸国でも、スペインのカタルーニャやバスク、カナダのケベック州などの独立運動は有名だ。アジアに目を移せば、インドのカシミール地域の分離独立、チベットの独立、最近のウイグル族(自治区)、そして台湾と中国だけでもこれだけ独立や内紛の火種や問題を抱えている。
 
このように、内紛、内戦と分裂、地域紛争や分断が世界中いたるところで進行しつつある。
アタリによれば、こうした情勢ですら前哨戦であり、さらなる紛争や地球規模の動乱勃発の可能性を秘めており、そうした状態を「超紛争」と呼んでいる

【第三の波】「超民主主義」
こうした第一、第二のような破壊的な波により、人類がその歴史に終止符を打つ前に、第三の波が押し寄せてくる。それが「超民主主義」で、2060年ごろとアタリは予測している。
 
そうした新しい歴史を牽引するのが<トランスヒューマン>と言われる人々や<調和重視企業>などだ。 
それは、利他主義者たちであり人道支援や善意と慈愛に満ちた人々や組織(集団)であり、次世代によりよい世界を遺そうとする
ビル・ゲイツと妻をはじめ、世界的な富豪は社会貢献や慈善活動に熱心だ。またグーグルのような企業は、教育や社会の役に立つようなプロジェクトに力を注いでいる。
 
国内のスタートアップも、最近では儲けること以上により良い社会づくり、人々のためになるようなサービスを作りたいという情熱に突き動かされている若い世代が増えているように感じている。
グラミン銀行に代表されるマイクロファイナンスやフェアトレードの新しい動きなどは、まさにそうした調和重視の活動の代表例だろう。


もしも最後の(3)がなければ、本書はただのペシミストによる「警世の書」にしかならなかっただろう。楽観論(希望)で人類の希望が語られているという点では、まさに「パンドラの箱」的な書である。
訳者のおかげもあるのだろう。本書は難しい哲学や思想の言葉ではなく、極めてジャーナリスティックなセンスで綴られている

米国などでも、『ベスト&ブライテスト(上・中・下)』(朝日文庫)で知られ、ピューリッツァー賞を受賞した著名なデイヴィッド・ハルバースタム、最近では銃・病原菌・鉄ー1万3000年にわたる人類史の謎(上・下)』(草思社文庫)で同賞を獲得したジャレド・ダイアモンドのように、日本のジャーナリストと欧米のそれとは随分と異なる。
悲しいかな、我が国では大手メディアでも未だに“イエロージャーナリズムの心性”に浸ったままな人たちがほとんどという情況だ。

欧米のジャーナリストには、学者や知識人なみ博識さと情報、鋭い洞察力と透徹した思考を有する人たちがそれなりにいる。卓抜な知識と情報、その旺盛な好奇心で執筆活動をする立花隆のようなジャーナリストが著した書だと言えばわかりやすいだろう。


■オプティミスト vs ペシミスト

この本を読んで感じるのは、月並みな言い方だが「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という格言だ。
 
結局、世界は1648年の近代主権国家誕生を促したウエストファリア条約以降の世界(主権国家の集まり)が、21世紀の今日でも続いているということである。それは当時は欧州大陸だけのものであったが、350年近くを経てアジア、中東、アフリカなど、あまねく世界の隅々にまでグローバリゼーションという状況を呈している

それにともない、民主主義も世界を覆い尽くしている。民主主義とは多数決などと小学校で教えられるが、独裁国家だって多数決なのだ。民主主義とは、ちょっと歴史を勉強すれば、それが個人の権利を獲得してきた長いプロセスなのだということがわかる。
 
本書でも、いかなる時代であろうとも、人類は他のすべての価値観を差し置いて、個人の自由に最大限の価値を見出してきた」と序文でアタリは述べている。そういう意味では、民主主義とはきわめて「自己チュー」な思想だともいえるだろう。

悲しく残念ながら「超帝国」と「超紛争」はすでに世界中いたるところで進行しつつある。
アタリの語る「超民主主義」は、利他主義者たちであり人道支援や善意と慈愛に満ちた人々や組織(集団)である。それについては、アタリ自身も願いや期待という言葉を使って希望として語っているのはオプティミスト過ぎるという人もいるだろう。
日本を含め、その種はすでに世界中で芽生えつつあるように感じられるのは、はたして私だけだろうか(こちも希望的だが)。

大好きな「新スタートレック」(24世紀)の世界観(宇宙観)の中では、アタリの言う「超民主主義」として、人類は惑星連邦の一員として描かれている。私もそのような世界が到来するだろうことを切に願っている。 

この書は、歴史を研究し、進行しつつある現代への深い洞察から、来たるべき未来を予測(推測)している。
もし、歴史を学び、世界を俯瞰して世界視点による今日のグローバリゼーションについて考えたいと思う人は、本書がその一つの視座(道標)を与えてくれるだろう。しかし、それはあくまでも一つの考え方であり視点である。読んで知るのだけではなく、思索を深めたい人向けの本だと思う。

教養を高めるとはそういうことだ。歴史(歴史学)を学ぶのは、単に歴史を知ったり理解するためではない。その学を通して歴史学的な認識、視点(見方)、思考力を自己自身の内に養うためである。
それは哲学、文学、社会学、物理学、数学など、いずれの学問でも同様である。その範囲内で必要な知識に過ぎない。知識量の多寡は、そうした点から考えるべきである。

なお、本書に関連したアタリの書籍を2冊紹介しておく。
アタリ唯一の文庫『1492 西欧文明の世界支配』(ちくま学芸文庫。原著は1991年刊)は、400ページを超える大著である。コロンブスの“新大陸発見”が機縁となり、その後の今日の世界構造(文化・政治・経済)の礎をつくり出したことを論証しようと努めている。それを「ヨーロッパ像の捏造」と呼び、西欧史観を根底的に批判する試みである。
最新刊(14年1月刊行)『危機とサバイバル――21世紀を生き抜くための<7つの原則>』(作品社)は、これからも世界を襲うであろう様々な危機に対し、個人・企業・国家がサバイバルするための<7つの原則>について述べたものだ。
これらを合わせて読むことでさらにアタリの考え方や視点への理解を深めることができるだろう。

ところで、最近アタリと並んで読まれているのが<帝国>や「マルチテュード」で知られるネグリ&ハートだろう。現代フランスの知性(アタリ)とイタリアのマルクス主義者(ネグリ)の未来への視点、志向性が類似していたとしても特に驚くにはあたらない。
それらと関連してジョクス『〈帝国〉と〈共和国〉』(青土社)、ジジェク『ポストモダンの共産主義 はじめは悲劇として、二度めは笑劇として』 (ちくま新書) など、21世紀になって著された書籍群も読むことで、異なる視点からの気づきを得るだけではなく、思索の深化することに資するだろう。

それにしても、先のジャレド・ダイアモンド『文明崩壊(上・下)』(草思社文庫)がベストセラーとなって以降、『国家はなぜ衰退するのか〜権力・繁栄・貧困の起源(上・下)』(早川書房)、『劣化国家』(東洋経済新報社)、『国家の興亡 ‐人口から読み解く』(ビジネス社)、『滅亡へのカウントダウン〜人口大爆発とわれわれの未来(上・下)』(早川書房)、『グローバリゼーション・パラドクス: 世界経済の未来を決める三つの道』(白水社)、『人類5万年 文明の興亡〜なぜ西洋が世界を支配しているのか(上・下)』(筑摩書房)にいたるまで続々刊行されている。

上記の書籍はいずれも翻訳図書なのだが、ここのところこうした国家・文明・人類の衰亡を描いた書が実に多いことに驚く。
西欧人は、21世紀になり、あたかも何か人類全体の転換点を共時的に感じ取っている人たちが、それほどまでに多いのだろうか。是非とも知りたいところである。

そう、考えたとき、日本の繁栄が1964年の東京オリンピックから始まったとした場合、1991年のバブル崩壊までと考えればたかだか27年、経済白書で「もはや戦後ではない」として高度経済成長期の起点といわれている1956年から見てもわずか35年に過ぎない。
これを思えば、歴史の栄華を誇った他の数々の諸文明に比べ、“20世紀の奇跡”とまで賞された日本の発展と繁栄のなんと短すぎることか。



(図書リスト)
▼『21世紀の歴史―未来の人類から見た世界』(作品社)

▼『1492 西欧文明の世界支配』(ちくま学芸文庫)

▼『危機とサバイバル――21世紀を生き抜くための〈7つの原則〉』(作品社)

▼『<帝国> グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性』(以文社)

▼『マルティチュード〜<帝国>時代の戦争と民主主義(上・下)』(NHKブックス)

▼『コモン・ウェルス〜<帝国>を超える革命論(上・下)』(NHKブックス)

▼『ネグリ、日本と向き合う』 (NHK出版新書)

▼『〈帝国〉と〈共和国〉』(青土社)

▼『ポストモダンの共産主義 はじめは悲劇として、二度めは笑劇として』 (ちくま新書) 


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