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私的公開日誌@ウェブ暦:171220.01

『チャヴ〜弱者を敵視する社会』は、今年後半の書籍ではもっとも話題の1冊だろう。本書は、21世紀版『イギリスにおける労働者階級の状態』だと思う。今回、ありがたくも海と月社よりご恵贈いただいた。

原著の初版は2011年。欧米でもベストセラーで話題となり版を重ねた英国社会の“落とし子”的著書。今年になり、ようやく邦訳で読めることになった。深紅にバーバリー柄の帽子だけの表紙は目立つし、国内の大型書店で「話題の書」や「書評本」コーナーなどに積んであり、日本でも版を重ねているし既読の人も多いだろう。

本著者のオーウェン・ジョーンズは、英『ガーディアン』紙などでコラムを担当するジャーナリスト。本書の執筆当時は20代半ばだった。しかし、この400ページちかい処女作は、様々な政治家、多くの労働者、ジャーナリスト、経済学者、歴史学者からソーシャルワーカーや慈善団体にまで丁寧に取材やインタビューを行い、それらの人々の多様な発言から事実に迫ろうとする力作で、この若い駆け出しのジャーナリストは本書で一躍世界の注目を浴びることになった。
1845年、同じ20代半ばの青年フリードリッヒ・エンゲルスも初の著書『イギリスにおける労働者階級の状態』を著したということも奇縁を感じる。

それほどの著書なので、すでにいくつか書評が出ている。いまの英国の実態と状況を克明にルポした社会史であると同時にサッチャー政権誕生(1979年)以降、約40年にわたる英国政党小史的な側面をもっている。しかも、オーウェンの筆致は、まるで政治小説のような面白さを含んでいる。
 
そうであっても、私たち日本人には、海の向こうでの出来事であり、実感をともなって本書読むことが難しいだろう。それに、本書に書かれている内容やその要約だけを知りたいのであれば、ほかの書評(下記「関連リンク」参照)の方がずっと参考になる。

そこで、私は本書を「対岸の火事」ではなく、「他山の石」として読むことにする
もとより、ここには日本人は登場しない。しかし、ここで語られている人物名や様々な人々の名前、数々の企業、メディア、政党や政治家などの名称を、そのまますべて日本社会に引き寄せ(置き換え)たらどうだろう。私たち日本社会の抱えている身近な問題として読むことができる。
 
日本でも「下流社会」という言葉を嚆矢に、若者から老人、男女をとわずに社会の貧困化が深刻な問題として浮き彫りにされ、格差や差別に多くがあえいでいる日本社会の実態は様々なメディアでも報道されているし、それをテーマにした書籍(『格差社会』『希望格差社会』『階級都市』など)も数多くが刊行されている。

本書で述べられているチャヴという言葉を、非正規雇用やフリーターあるいは貧困層、差別にあえいでいる人たちという言葉に入れ替えたらどうだろう。すると、それはまるで今日の日本社会について語られているような印象を受けるだろう
私は、本書の内容を紹介することより、私が考えたり感じたことをことを語ることでみなさんにも同じように考えてもらえたならば、これを書いた意味があるだろうと思っているし、心よりそのように願いたいたい


■世界に共通する貧困、格差、階級という大きな問題

本書は、英国の社会状況について書かれているのだが、ここで語られているテーマの本質や深層は、そもそも英国一国だけではなく、それは世界共通の問題である。
 
例えば、もっとも格差が激しい社会といわれる米国の社会状況について著し話題となった『ルポ貧困大国アメリカ』、またそうした実情をルポしたテレビ番組も放送された。中国はタテマエ上では労働者階級しかいないはずであるのだが、『貧者を喰らう国』や近刊『3億人の中国農民工〜食いつめものブルース』で、5人に一人は貧困といわれる農民工でしかもそこから脱出することはこの国ではほとんど不可能という、厳然たる階級と格差が存在しているのが中国社会の実態だ。
今日、世界的な流動化社会といわれながら、それとは反比例するかのように階級が固定化を強めている

こうした状況は、OECD(経済協力開発機構)が公表した報告書によれば、所得格差は全人口の上位10%の富裕層と下位10%の貧困層の所得格差は9.6倍で、この数字は1980年代の7倍から2000年代の9倍へと拡大し、その調査時点(2013年)にはさらに拡大し、世界の富裕層と貧困層の格差の拡大は1820年代と同じ水準にまで悪化しており、過去200年では「最も憂慮すべき」事態だと警告しているほどなのだ。


■友人宅での夕食会

本書の発端、それは著書オーウェンが高級住宅区域にある友人宅での夕食会に出席したときの出来事だった。集まった友人たちはみないわゆる中流階級といわれている人たちで、ほとんどが中道左派(いわゆる「リベラル」)である。それにもかかわらず、そのときの会話のなかで富める者が貧しい者をあざける何気ないジョークに、著書自身も驚きと疑問をもった。なぜ、これほどまでに、労働者階級への嫌悪が平然と口にされるのかと。
彼は、本書を著した理由を以下のように述べている。

「本書の狙いは、労働者階級の敵視の実際を明らかにすることだ。(中略)ことに強調したいのは、「人々の態度の変化だけを求めるべきではない」という点だ。階級差別は、階級によって深く分断された社会の主要な構成要素である。われわれが最終的に取り組まねばならないのは、差別そのものではなく、差別そのものを生み出す源、すなわち社会だ。」

オーウェンは、本書で英国社会の底辺で暮らす労働者階級の実態を活写しているのだが、それが誰の目にも明らかになっただけではなく、より重要なことは、本書がたんに英国社会が生み出している格差の実態(それは資本主義によるもの)を暴き出しただけではなく、それ以上に“厳然たる偏見を露出させた社会について語っていることだ。
 
要するに、そうした偏見による態度を是正するだけでは問題の根本的な解決にはならず、社会構造そのもを変えなくてはだめだということを伝えたいという強い意志によって著されたということ。
本書を貫くテーマは、それは以下の3つである。

(1)英国にはすでに階級社会はないという作り話の嘘を暴くこと
(2)貧困などは社会問題ではなく、自助努力すれば人はだれでも成功できるという幻想を打ち砕くこと
(3)困難な社会改革に取り組んでいる人たちを勇気づけること


■「チャヴ」とはなにか

「チャヴ」とは、元々は「急激に増加する粗野な(白人)下流階級」を指す言葉だったが、いまでは「労働者階級の全体」を指し示すしかも侮蔑の言葉となっている。彼らをあざけり、罵ったり笑いものにしたりするような悪意にみちたサイトがいくつもある状況で、さらには、そうした社会背景を利用して儲けている企業までがある。それは旅行会社やフィットネスクラブなどで、いずれもチャブを排除していることを謳い、顧客の中流意識を逆手にとって(くすぐって)利益を上げている。

そうした下流社会にいるチャヴは、政治家やその社会政策の問題ではなく本人の勤労意欲や生活態度の問題に還元し、メディア(とくに新聞)までもがそれを片棒を担ぐような報道をしている。なぜそうした自体がおこるのかといえば、ジャーナリストたちの生活が一般庶民とはかけ離れているからで、労働者階級出身のジャーナリスト自体が減っている。
それというにも、それなりに裕福でなければジャーナリストにはなれないと、全国ジャーナリスト組合委員長ジェレミー・ディアは指摘している。

英国は、先進国中でもっとも階級社会がいまだに残る国で、成功するにはサッカー選手かミュージシャンになるしかないというほどだ。デイビッド・ベッカムやウェイン・ルーニーのようなサッカー界のスーパースターたちも、労働者階級出身ということで「チャヴだ」と英国社会では馬鹿にされていることを初めて知った。

仕事がなく貧困生活を強いられ社会保障(生活保護など)を受けている人たちを、「福祉のたかり屋」として扱いそれがあたかも貧困生活強いられている労働者階級すべての人々であるかのようにニュースとして取り上げる。
オーウェンによれば、英国での不正受給者による損失は10億ポンド(約1,450億円)と無視できない額だが、富裕層による所得隠しでの損失額はその70倍の700億ポンド(約10兆1,500億円)にものぼるそうだ。

日本でも生活保護の不正受給が問題となり、まるですべての受給者たちはなんとか自分で稼ごうという意識が低い人たちばかりのように報道され、実態以上に過大にメディアで強調されることで、同じ低所得層といわれているほかの人たちの憤慨を煽り、だから生活保護者たちへの保護費の削減や受給基準の厳格化などは当然だというコンセンサスをつくり出すことに“協力”している。
脱税などのニュースに接することもあるが、それでもすべて発覚することはないように感じている。

今日の日本のメディアも、こうした英国メディアと同じ状況にある。かつて「第四の権力」といわれ、政権や社会における政策の矛盾や不正を追及したりチェックするはずだった新聞ですら、政治家など社会をコントロールしている権力者たちにすり寄っている。
 
しかも、それは世界的な傾向だ。もっとも自由を体現しているはずの米国でも、9.11以降、メディアは政府の機嫌を損ねないことや国民の顔色をうかがいながら、彼らの欲求通り(ポピュリズム)ニュースを流すように傾斜している。
そうした世界のメディア情況について、チョムスキーは湾岸戦争直後に著した『メディア・コントロール』原著:1991年)において、すでに現代の民主主義とメディア、その情報工作に関して警鐘を鳴らしていた。


■メディアの荷担とそれを利用する政治家たちの実態

オーウェンが、ジャーナリズム専攻の学生だったころ、ある保守党のそれも穏健派と目されている大物政治家を招聘し、非公開と匿名の成約条件付きで講演を依頼したとき、その議員から下記のような驚愕すべき発言があった。

「保守党は特権階級の仲間の連合で成り立っている。大きな党是はその特権を守ることだ。そして選挙に勝つ秘訣は、必要最小限のほかの人たちに必要な最小限のものを与えることだ。」

上記の発言について、20世紀の初頭にも労働者階級の3分の1が保守党に投票していた事実にオーウェン自身も得心したそうだ。保守党は、裕福な人たちの政治執行部門で特権階級連合の代弁者であり、そうした人々の利益や意志を政策として実行しているだけなのだが、民主主義制度のもとでは労働者階級をムチだけで叩くことができないので、アメも差し出しているだけにすぎないと。
 
そうした政治家たちは、選挙ごとに同じように繰り返していけば政権も維持できるし、かりに一時は政策の失態などで不興を買うことがあってもまた同じように狡猾な手段(言葉)や巧妙な政策を公約に掲げ、労働者たちの機嫌を過度に損ねなければ選挙の勝利を手にできることを学んだという。

今日の英国社会の問題は、サッチャリズム以降の政策によるものだとオーウェンは指摘している。サッチャー自身は中下位中流の出身者であったが、富豪のデニス・サッチャーと結婚したことで特権階級に囲まれる人生となった。
1979年、サッチャーは国民に呼びかけた。それは、階級というのは共産主義の考え方で人々や集団を仲違いさせるためで、本人が集団に依存した生活ではなくむしろ自助努力すべきだと。
サッチャー政権下、失業者があふれ、貧困層が増大し続け犯罪の多発と薬物中毒者も増加した。それでも、サッチャーが労働者階級から支持を得たのは、そうした人たちが成功への憧れがあり、それを自らの手で達成したいという意欲(願望)を巧みに刺激したからだ。

つまり、労働者階級に自助努力をうながし、プロレタリアートという意識から逸らすことで、階級という概念を外させることを狙っての発言なのだ。一方、労働者たちも努力しなければ報われなことも理解できるし、豊かな消費生活が送れるようになれば自らは虐げられたプロレタリアートという下流労働者から抜け出て、晴れて中流階級の“お仲間入り”が果たせるという希望が持てる。
 
政権にとってありがたいのは、労働者階級に自分たちは「中流だと勝手に思い込んでもらう」ことが肝要なのだ。つまり、人生のチャンスは社会的背景(貧困、格差、差別などを強いられている)にかかわりなく、その人の意志と行動力こそが問題だと信じ込ませることだ。
いずれにせよ、こうした状況は保守党と一部の労働者階級の双方にとって好都合だったし、メディアもそうした状況を誘導し、政治家たちもそれを利用してきたのだとオーウェンは語る。

(続く)
 

【関連リンク】
▼『CHAVS チャヴ 弱者を敵視する社会』がいろいろ凄い!!

社会分断による英国の『チャヴ 弱者を敵視する社会』は日本の近未来かもしれない 

オーウェン・ジョーンズ・インタビュー


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