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私的公開日誌@1809013.01

この4月、青山学院大学にシンギュラリティ研究所が創設され、それを記念した連続による基調講演+講座が終了した。
全6回のうち、日程的な都合でどうしても参加が叶わなかった第3回目(「飛躍的進化を遂げている中国電脳社会」)を除き、すべての回に参加できたことはとても貴重な経験だった。また、講座修了後の楽しい懇親会ではとてもありがたいいくつかのご縁を頂戴した。

現状の私ではこうした場に思うように参加が叶わないのだが、関心の高いイベントやリアルな集まりには従前のように積極的に出席しなくてはいけないと本当に痛感した次第。同研究所ならびに同研究所メディアラボでは、以降も継続してこうしたイベントを開催する予定なのでさらに期待したい。

本ブログでは、その4ヶ月(4〜7月)にわたるこの講演と講座を振り返りながら、いま現在私が感じたり考えていることを総括兼追記的な備忘録として残せればと思う。なお、各回の基調講演ならびに講座の内容についてはすでに記事にしてあるので、いずれか関心ある下記のテーマをご笑覧願えれば大変に嬉しく思う。

<第1回>シンギュラリティ(技術的特異点)のもつ難しさとはーー「シンギュラリティ研究所」開設記念イベントに参加して(4/22)

<第2回>「AIがみずからAIを作りだしたとき」ーーそれが真のシンギュラリティの始まり(5/13)

<第4回>AIと「意図せざること」について——21世紀を牽引するAI都市としての米国シアトルの実情にふれて(6/10)

<第5回>日本語の音声認識が難しいとAI開発者が考えている3つの理由とはーー日本語は世界でもまれで特殊な言語か?(6/24)

<第6回>小説家が示唆する来たるべきAI 社会——人間創成のシンギュラリティに触れて(7/8)

まもなく平成も終わろうとしている。結局、激動の平成(1989〜2019年)は、「失われた30年」として日本の経済的衰退と政治的荒廃の時代として人々に永く記憶されるだろうし、後世の歴史家によってきっとそのように語られるに違いない。“一時的な”経済的停滞という人もいることは理解しているが、世界の変化と進展とを勘案すれば停滞とはすなわち衰退を意味していることは誰にとっても自明でしかない。

この30年間、世界の動きをざっと振り返れば、人類史にとっては大きな歴史的な出来事ばかりだったように思う。
1989年のベルリンの壁崩壊とその後に連鎖した東欧民主化の動乱と混乱、1991年には湾岸戦争の勃発、1993年にはEU(欧州連合)の正式な誕生、2001年にアメリカ同時多発テロ(9.11)とその後のアルカイダ(イスラム教スンニ派の武装組織)による世界中でのテロ行為の頻発、2008年は米国のサブプライムローンに端を発した世界同時不況(リーマンショック)、2010年にはチュニジアにはじまる中東諸国での独裁政権に対する大規模なデモと民主化(アラブの春)に続くアラブ諸国の内紛と内戦。
人類の長い歴史において、ほんのわずか30年ほどの短いあいだにかつて経験したことがないがないだろうほど世界は大激動と大混乱を見てきた。

一方の日本。1970〜80年代にかけてそのすぐれた様々な工業製品で世界をリードし席巻してきたが、1990年半ば以降のテクノロジーの進歩と新興国の台頭で我が国が停滞しているあいだにひとり蚊帳の外に追いやられてしまった。1991年のバブル崩壊とその後に続く長く“失われた30年”(最初は10年はずだったのだが…)、2011年の東日本大震災(3.11)という価値観が大転換するほどの事態も経験した。 

結局、1995年のインターネットの商用利用以後の四半世紀を振り返ると、それまでは世界経済で主導権を握っていた日本だったが、21世紀のデジタル時代においては一度もイニシアチブをとれなかったし、実に悔しく残念なことがら現状を鑑みればこうした状況はこれからも続くことだろうことも明白だろう。断るまでもなく、私だけがそのように感じたり考えているわけではない

要するに、平成時代とはベルリンの壁の崩壊が今日のグローバリズムの礎となり、それは同時に日本社会の衰退への扉を開いたということだ。昭和を郷愁で語るのは戦後生まれの老人だけで、平成生まれの人たちは閉塞感は感じていても良い時代などとはいわないだろう。


■講演者を誰にするかという問題ーー旬な著名人か意外な人か

こうしたイベント、とくに基調講演ではそれを誰に依頼するのかというのはとても重要だ。プロモーション効果やメディアの注目度を考慮すれば、いわゆる“旬(話題)の人物”なら取材対象としてのメディアの食いつき(受け)もよいし、集客にも資するだろうことはある程度は計算できる。なにより、会社の経費で受講をする人たちにとっては、知名度ある人の講演であれば上司の承諾(理解)も得やすい。

今回についてだけいうのではなく、これはまったくの私的な意見なのだが、私はそうした人たちよりむしろ意外な人からの話を聞けるほうが嬉しい
なぜならば、AIに関する著書がありメディアにも頻繁に登場して発言している人たちならそれを読めばよいし、そうした人であればあ講演も引けを切らない。加えて、そうした人はメディアに登場することも多く、寄稿記事やインタビューが掲載されるしその見解に接することも頻繁にある。したがって、その人のスケジュールの調整や講演料などをのぞけば人選も楽だろ。

それに比べ、意外な人選にはまず企画力(目利き的なセンス)が問われる。参加者にも提供できる価値がずっと高いだろうと私は考えている。たとえてみれば、ラジオでヘビーローテンションしているにもかかわらず、リクエストが多いからとヒットしている楽曲をただオンエアするだけのDJと、そうしたことには関係なくDJ独自の好みや選曲センスに基づいて曲をかける人のとの違いといえば理解しやすいだろうか。

今回の講演でいえば、それは最終回の片山恭一さんだろう。ほかにも、個人的には作家で話を聞いてみたい人はいる。たとえば、梅田望夫との対談『ウェブ人間論』(新潮新書)、社会論・文明論エッセイ『文明の憂鬱』(新潮文庫)、近年ではソーシャルメディア時代の『私とは何か〜「個人」から「分人」へ』 (講談社現代新書)などの著書がある平野啓一郎。いずれにせよ、文人が最先端のAIやシンギュラリティをどのように受け止め、なにを感じているのかを直接うかがえる機会はまれである。 
また、メディアやサブカルチャーについて詳しい若手の社会学者・批評家(たとえば、鈴木謙介、濱野智史など)、ジャーナリストであれば『ウェブ文明論』(新潮選書)で知られメディア・コミュニケーションに詳しい池田純一『アマゾン・グーグル化する社会』など森健の話なども、個人的には面白いだろうと思う。
さらに、AR/VRなどにたずさわる人たち(たとえばTeam Labなど)の話も話題を喚起するだろう。そうしたエンジニアたちがAIをどのように考え、どのように関わろうとしているのか私でなくとも知りたいはずだ。

一方では、シンギュラリティは到来しないという人たちもいる。こうした来る・来ないという両陣営の人たちを集めた多彩な意見が交流するコンファレンスもありだ。こうして考え出すと、講演を拝聴したい人たちが次々と浮かんでしまうのでこのへんにしておこう。


■「自動運転車」と「空飛ぶ自動車」

中島聡さんによる、自動運転車による社会がその生活だけではなく社会全体のインフラに与える影響について話も刺激的だった。
いくつかの自動車メーカーが、先を競うように空飛ぶ自動車を開発しているニュースが注目を集めているし、日本でもトヨタ自動車がウーバーに5億ドル(約550億円)を投資しして自動運転車の共同開発を行うと発表し、国内タクシー会社も都内の行動で実証実験が話題だ。さらにそのウーバーは5年後の2023年に空飛ぶタクシー「Uber AIR」の実用化を目指しているというから驚きだ。

自動運転者と同じくらい、いやそれ以上にいま話題なのがこの「空飛ぶ自動車」だろう。そうしたなか、米Terrafugiaが、2019年にも市販車の販売を開始すると発表したことには驚いた。同社はボルボやロータスの親会社でもある中国の浙江吉利グループ(浙江吉利控股集団)に買収され、大幅な開発資金と人材の確保(3倍)ができたことで来年にも発売の目処がたったとのこと。価格は、高級スポーツカー(例:フェラーリなど)クラスと同程度になるらしい。

飛行距離については詳しくはないのだが、おおよそヘリコプターと同程度ということだそうだ。そうなると将来、車での外出においてたとえば渋滞区間は空を利用し、空いている区間は地上を走るということもありえるだろう。空飛ぶ自動車の場合、高速のサービスエリア(SA)などに近い場所にそうしたそうしたクルマ専用レーン(滑走路)を設け、そこから離発着するようになるかもしれない。
そうなったとき、これまでの自動運転者とは異なるさまざまな問題が発生する。燃料切れの場合、道路なら停止するだけだが空であればそれは墜落を意味する。また、ドローンとの接触もあり得るだろうしーー自動航行でレーダーなどを備えているだろうがーー、道路交通法とは異なる法的な規制、事故の責任(ソフトウェアなど)、自動車保険の問題などもあるだろう。

とにかく、20世紀中に私たちが自動車と思っていたものは21世紀の後半にはかなり違っているものになっていることだけは確かだ。近い将来のクルマは地上の道路を走るだけのものから、飛行機と同じように近距離であれば空も飛べるものとなる。もしヘリコプターのように上昇して飛べるクルマであれば、海外ドラマでよく見かけるビル屋上ヘリポートはきっと空飛ぶタクシー乗り場に取って代わることだろう。


■21世紀のデジタルをリードする米国シアトル

これは日本だけではなくEUも同様で、米国シリコンバレーを拠点とする企業群に翻弄されてきた。つい数日前、EUはグーグルAndroidの独禁法違反に対して5,700億円という過去最高額となる制裁金を課すニュースが駆け巡った。
これを、結局はグーグルもMSがかつて呼ばれたように「悪の帝国」になっただけかと受け取るか、EUも日本と同様に対抗できるだけのイノベーションがなにもできていないことへの単なる“やっかみ”と感じるかは、その人の視点(考え方)によって異なるだろう。

EUと日本に共通しているのは、長い歴史と伝統があるということだ。そうしたものを持たない米国人は実は文化的にはそうしたことに憧れてはいるが、現状を鑑みれば米国はしがらみや足枷がないぶんだけむしろ有利に作用しているように私には思える。
一方で、ここのところの中国のデジタル分野での進展や躍進ぶりとはそれとは好対照だろう。中国も、EUや日本以上に本来はそうした歴史や伝統という重石を抱えているはずだが。これに、今後はインドが大きく進展してくる可能性は、きっとだれにでも察しがつくだろう。

江藤さんの話をうかがいながら、私は歴史家ではないし経済学者でもないのだが、20世紀後半から21世紀前半にかけて世界のテクノロジーとイノベーションにほとんど主導権を握れなかったこの両地域(EUと日本)、そうした問題はどこにあるのだろうかと思わざるをえないし、私が納得できるような見解にもこれまでのところお目にかかっていない。
もとより、どこかのだれかがすでに明確に示しており、ただ私が知らないだけかもしれないだろうことは当たり前のことではあるのだが。とにかく、シリコンバレーではなく、シアトルがデジタルとくにAI領域のテクノロジーで世界をリードするようになったのはここ数年だ。

アマゾンとマイクロソフトが主導しているのだが、書評で取り上げたシリコンバレーのような問題を抱える地域の二の舞にだけはならずに21世紀に相応しい企業のあり方で世界を牽引していって欲しいと心より願っている。


■仏大統領選挙に見る“フェイクニュース”の本当の恐ろしさ

これを見ると、フェイクニュースは一国の大統領選挙すら左右するほどの大きな現象(国際問題)なのだということを実感する。

この番組は、2017年フランス大統領選挙期間中にソーシャルメディアに溢れたフェイクニュースと、フランスを代表するリベラル派の日刊紙『リベラシオン』との攻防を描いたルポである。同紙は、フランスで初めてネット上の嘘(捏造報道)をチェックする専門チーム(デザントクス)を設立した。今回の大統領選挙では、メディアを超えてフランス国内のメディア37社が参加したCROSS CHECKというプロジェクトまで立ち上がげた
特定政党(極右国民戦線のルペン候補)を勝利に導くため、中道派のマクロン候補に関するフェイクニュースで政治を極右国民戦線側に煽動しようとする人たちと、そうしたメディアとの戦いの記録である。

フェイクニュース発信者のひとりは、「事実はどの立場から見るかで変わる。私はメディアを全く信じていない」とうそぶく。一方のジャーナリストは、オンライン上に反乱する「フェイクニュースを多くの人が信じてしまうことに驚いている」と。前者の方が容易に発信でき、後者の事実か否か確認したり調査する(いわゆるネタの裏取り)するほうが時間がかかることは、だれにでも容易にわかることだとくに、個人運営のニュース系サイトに嘘が多いという。
デマによる風評被害を、私たちはこれまでにも日常的にいくつも経験している。たとえ、国の行方を左右するするほどではく些細なことでもだ。私は社会心理学に詳しいわけではないが、人は真実より嘘の方を容易に信じる傾向にあるとどこかで読んだ記憶がある。

“嘘をつくのが政治家の常”とはいいながらーー10年前にデザントクスを立ち上げたのは、政治家の嘘がキッカケだったのは皮肉だーー、それに便乗して大統領選挙を自分に有利に導こうとする極右国民戦線ルペン候補の言動にも呆れる。国のリーダーたらんとする人であれば、本来であればこうした事態に対し、国民の不安をいたずらに煽るのではなく冷静になるように語りかけるべきだろう。選挙に勝つためなら嘘はもとよりなんでも利用するし手段を選ばないというのは、昨今の政治家はどこの国でもみられる傾向のように感じているのは私だけだろうか。

そして、この騒動の発信源(黒幕)が番組の最後についに明らかになるのだが、その事実を知って驚愕する人も多かっただろう。
今回のフランス大統領選挙を混乱に陥れた黒幕は、ジャック・ポソビエクという米国人でトランプ大統領を支持する人物だった。そうした人物が、他国の大統領選すら左右するほどだということに愕然とする。番組内では彼は“右派ジャーナリスト”として紹介されたのだが、驚く(呆れた)ことにトランプ政権からホワイトハウスの取材を許可されたとまで自慢げにツイートとしている。
しかし、ェイクニュース=捏造報道をまき散らす人はジャーナリストではないことは誰にでも理解できるできる。2008年、米国のオバマ大統領の誕生にはソーシャルメディアが大いに貢献したのだが、トランプ大統領誕生にはソーシャルメディア上を賑わすフェイクニュースが当選を後押ししたことになるとは皮肉でしかない。
それと同じ現象がフランス大統領選挙にもおきたのだ。前者はかつて世界中の人々にコミュニケーションとつながりをもたらすことでより融和した社会が訪れるだろうと希望を持ったメディアとして、後者はフェイクニュースの温床として社会を混乱に陥れ人々の不安を煽動するものとして語られている

今回の番組を見ていてリベラシオン紙の忍耐強い奮闘を讃えたいと思うと同時に、こうしたことが日本の新聞社にもはたしてできるのだろうかと疑問にも感じる。国内でも、すでにFactCheck Initiative Japanが立ち上がっているので今後の活動を注視していきたい。

ところで、先ごろ、私はメディア・リテラシーの書評を寄稿したばかりなのだが、そこで紹介されているイギリスは『チャヴ』の書評でもすでに述べたとおりの実態だし、アメリカではフェイクニュースの“恩恵”によりトランプ政権の登場という現実を見るにつけ、イギリスやアメリカでのメディア教育の成果が上がっていると思えないと感じるのは私だけではないだろう。
もとより、メディア・リテラシーにおいては新興国にすら今後も当面は入れないだろう我が日本の現実を見るにつけ、誰でもが暗澹たる思いがするに違いない。


(「後編」に続く)


【関連リンク】
AGUSI Media Lab/青山学院大学シンギュラリティー研究所
http://www.agusi.jp/

▼青山学院大学シンギュラリティ研究所 講演会:WEDGE Infinity(ウェッジ)
http://wedge.ismedia.jp/category/aogaku

▼20XX年 AIが変える経済地図
https://www.nikkan-gendai.com/articles/columns/3343


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■【書評】『教養としてのテクノロジー〜AI、仮想通貨、ブロックチェーン』(伊藤穰一:NHK新書)
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