いやいや、んなわけないでしょ!
一年半あげるから、東大理Ⅰか理Ⅱ受かれって言われたら、僕は受かる自信ありますよ!
文科は歴史嫌いだから勘弁です(笑)

何故かというと、
・院試は問題の範囲が明確に定まっていないし、大学ごとのばらつきも多い
学部も特に90年代は奇問が多かったが、定員が数百人単位であるなら、標準からやや難くらいが実際に解くべき問題。

一方、院試は定員が少なく、どんなにマニアックな問題を出しても、ずば抜けて出来る人が一人二人、さらにたまたま知っていた人が一人位いるかもしれない。
前提として、院に行こうって思う人達同士の争いですからね。

・ぶっちゃけ、教員の頭の中に答えはあるんだろうけど問い方がよく分からん問題も。
例1「御伽草子の本の特徴を述べよ」
いやいや、本の内容を述べれば良いか、本の装丁が…とか写本体系とか外側の話をすれば良いか分かんないんですけど!?
敢えて「本の」ってつけたのか関係無いのか…

例2「古代からの音声学研究史をまとめ、現代音声学研究の課題と研究方法を述べよ」
後半、現代の課題って、先生によって答え違ったりしません?

例3「ソシュールを批判せよ」
これが厄介と分かるのは、言語学なり哲学なり学んだ人ですね…
ソシュールは大言語学者ですが、誤解に基づくとされる批判も数多くありました。
時枝誠記、マルチネなどの批判に丸山圭三郎は反論しています。
「ソシュール批判としてなされてきた事について知るところを述べよ」なら公平ですが、出題者の見解次第で右往左往する余地があります。

また、言語研究一般にも言えますが、ある学者や理論が「AをしているがBをしていない」(例: 形式意味論は比喩をやってない、生成文法は意味論をやっていない)を"問題"と言えるのかは、議論が分かれます。
Aという、やっている事の範囲内で矛盾等が無ければ良いのではないか(よくある喩えとして寿司屋に来て「寿司ばかり売っている」と言う等)という話も無い訳ではありません。
上記の例であれば担当教員の方向性で予測はつきますが、ソシュールくらいはソシュール研究をやっている大学でなくとも出ます。

・教員が現在執筆中の論文をネタにしたりなど、明確な模範解答が流通していない問題を短い試験時間で考える
・教員により想定している模範解答が異なるかもしれず、バツにならずとも多少採点が辛くなることは覚悟しなければならない

学部入試は確かにその場で考える時はあるが、定石や公式など、共通の前提があるのが救いです。
少し前に東大日本史で赤本の解答が批判されたことがありますが、ああいう食い違いが起こるとマズい…

プラス、医科歯科大の数学が大問が少なく一つ落とすとマズい感じ

私が使っている問題集は某大学の教授が書いてますが、たまーに、これは問われた事に答えているのだろうかと疑問に思うことはあります。

論文や発表のようにお互いの主張をぶつけあう事が出来れば、勝負することは出来ますが、大学が模範解答を公表したりはしませんし、質疑応答も限られた時間内に行わなければなりません。

そもそも、先人が答えていないか、答えが不十分な問題を、教授クラスから見ても満足いくように回答する…?
それ、論文じゃないですか…論文書いたり発表する為に院行くのに、既に論文バンバン出せるなら今学者になってますよ…

ちなみに、英語の単語や熟語で、大学受験生が使っているような辞書には無いものが出ることこともあります。
最近読んだ洋書に出た表現parade exampleは某高校生御用達辞書にはありませんでした。
まあ、なんとなくニュアンスは掴めますが。

分かるには何が必要か…洋書を読み込む?
まあ正解の一つでしょうが高校生向けの参考書数冊と、洋書の専門書数冊ではどちらが読むの楽か。

学部入試は『英文読解の透視図』や『英文解釈のトレーニング実戦編』が最も難しいとされるレベルですが、今見たら肩透かしを食らいます。

一方、塾講バイトをする際、理系の先輩が嫌味な奴だったので、これくらい知っとこうと思い、松坂和夫の『数学読本』や駿台の『新化学入門』をパラパラ読んだが、面白かった。
(そんなのバイトが教える中高生には無用と思いますがね、アンタこそ受験生時代から知ってたのか。
半端な知識で「感動した」「これが真の数学だ」とか言ってる奴が浪人するんじゃ…
↑別に浪人自体がどうという話ではありません)

学部入試は、高校生かせいぜい1浪の人が解くには難しいという話なのです。
筆者も、部活や生徒の妨害や嫌味、ウザい教師、受験に要らない科目等、様々なものに板挟みにされました。
そんな中現役で合格するのは大変です。

ストレス故少々熱くなってしまいましたが、とりあえず今日はこの辺で。
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