(以下は過去記事を再編集、追記したもの)

・院試は問題の範囲が明確に定まっていないし、大学ごとのばらつきも多い
学部も特に90年代は奇問が多かったが、定員が数百人単位であるなら、標準からやや難くらいが実際に解くべき問題。

言語学であれば、音声学、音韻論、形態論、統語論、語用論、類型論、歴史、社会言語学(方言、談話分析、バイリンガリズム)、言語獲得、認知言語学、生成文法、コーパス言語学、言語教育、言語人類学、心理言語学、比較言語学、構造主義、言語哲学、形式意味論…

文学部生はさらに文学の勉強の片手間に言語学を学ぶ事を強いられます。

潜在的な試験範囲の膨大さがわかります
そして、あなたは独学だろうがライバルはその道の専門家の話を普段聞いて試験に臨んでいます

4年次の半ばに試験がある場合もあるし、二言目には「情報収集すりゃいいんでしょ?」とか言い出す人は、2chとかビリギャルとか読んで真に受けてる人たちじゃないかと思います。

また、院試は定員が少なく、どんなにマニアックな問題を出しても、ずば抜けて出来る人が一人二人、さらにたまたま知っていた人が一人位いるかもしれない。
前提として、院に行こうって思う人達同士の争いですからね。

・ぶっちゃけ、教員の頭の中に答えはあるんだろうけど問い方がよく分からん問題も。

例1「御伽草子の本の特徴を述べよ」
いやいや、本の内容を述べれば良いか、本の装丁が…とか写本体系とか外側の話をすれば良いか分かんないんですけど!?
絵巻物と比較させに敢えて「本の」ってつけたのか関係無いのか…

例2「古代からの音声学研究史をまとめ、現代音声学研究の課題と研究方法を述べよ」
後半、現代の課題って、先生によって答え違ったりしません?

例3「ソシュールを批判せよ」
これが厄介と分かるのは、言語学なり哲学なり学んだ人ですね…

ソシュールは大言語学者ですが、誤解に基づくとされる批判も数多くありました。
時枝誠記、マルチネ、バンヴェニストなどの批判に丸山圭三郎は反論しています。
ソシュール特有の問題として『一般言語学講義』は弟子がまとめたものだが、受講者から講義とかけ離れているという批判や近年見つかった手稿もあり、ソシュール解釈の次元で躓きかねません。

さらに、「何をもって批判となすか」さえ揺らぐ場合もあります。

言語研究一般にも言えますが、ある学者や理論が「AをしているがBをしていない」(例: 形式意味論は比喩をやってない、生成文法は意味論をやっていない)を欠点と言えるのかは、実は議論が分かれます。

Aという、やっている事の範囲内で矛盾等が無ければ良いのではないか(よくある喩えとして寿司屋に来て「寿司ばかり売っている」と言う等)という話も無い訳ではありません。

ソシュールは通時研究をやっていないだの言う人は最早『一般言語学講義』やソシュールに特化した本すら読まず、認知や生成など門外漢が書いた入門書の第一章だけ見て語っている可能性が高いですね。

・教員が現在執筆中の論文をネタにしたりなど、明確な模範解答が流通していない問題を短い試験時間で考える
教員により想定している模範解答が異なるかもしれず、バツにならずとも多少採点が辛くなることは覚悟しなければならない

私が使っている問題集は某大学の教授が書いてますが、たまーに、これは問われた事に答えているのだろうかと疑問に思うことはあります。

そもそも、先人が答えていないか、答えが不十分な問題を、教授クラスから見ても満足いくように回答する…?
それ、論文じゃないですか…論文書いたり発表する為に院行くのに、既に論文バンバン出せるなら今学者になってますよ…

学部入試は、高校生かせいぜい1浪の人が解くには難しいという話なのです。
筆者も、部活や生徒の妨害や嫌味、ウザい教師、受験に要らない科目等、様々なものに板挟みにされました。
そんな中現役で合格するのは大変です。

にほんブログ村 受験ブログ 大学院受験へ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ