ネット上では、やたらと凝ったエイプリルフールネタを出してくるところが多いわけである。ネットユーザーは、4月1日に関しては、だいたいそれを踏まえてネットサーフィン(死語)をする。基本的に4月1日は嘘情報がいつもより多いものだという共通認識でいるわけだ。

その共通認識が広がってくると、中にはそれに反抗というか、そこから外れてみたいと思う人が出てくる。

「ふん、エイプリルフール? お前らが嘘ついても、俺様は4月1日に限っては、嘘つかねーよ、ふん!」

と言う人が出てくるわけだ。

しかし、4月1日には嘘情報がいつもより多いという認識でいる大多数は、この発言を読んだとき、おそらくこう思うだろう。

「またまた、そういう発言自体が嘘なんでしょー、かわいいなあ」

という解釈をするわけである。メタ解釈されちゃうわけね。


そして、嘘つかない発言をしておいて嘘をついた場合はいいとして、本当に嘘をつかなかった場合、どうなるか。

多数は、なんだ本当に嘘をつかなかったのか… つまらんなあと思ったりするだろう。

しかし、中には、

「いやいや、メタ解釈されることを見越して、嘘をつかなかったんだから、これはかなり高度なことをしているなあ」

と解釈する人も出てくるわけである。最初に発言した当人がどう思っているかという点なんか関係なしに受け手側が勝手に解釈してしまうのだった。

こうして新しい世界が誕生した。
演芸は、万人にうけるものがよいという共通認識であった。

その共通認識が広がってくると、中にはそれに反抗というか、そこから外れてみたいと思う人が出てくる。

「ふん、万人にうけるもの? お前らが万人にうけるものをやっていても、俺様に限っては、万人にうけるものなんてやらねーよ、ふん!」

と言う人が出てくるわけだ。

しかし、万人にうけるものがよいという認識でいる大多数は、この発言を読んだとき、おそらくこう思うだろう。

「またまた、そういう発言しておいて、万人にうけるものをやるんでしょー、かわいいなあ」

という解釈をするわけである。メタ解釈されちゃうわけね。


そして、万人にうけるものをやらない発言をしておいて万人にうけるものをやった場合はいいとして、本当に万人にうけるものをやらなかった場合、どうなるか。

多数は、なんだ本当に万人にうけるものをやらなかったのか… つまらんなあと思ったりするだろう。

しかし、中には、

「いやいや、メタ解釈されることを見越して、万人にうけるものをやらなかったんだから、これはかなり高度なことをしているなあ」

と解釈する人も出てくるわけである。最初に発言した当人がどう思っているかという点なんか関係なしに受け手側が勝手に解釈してしまうのだった。

こうして新しい世界が誕生した。