ここ20年で底辺会社の印象に残った人たち6人を描写してみた。底辺において、この人たちは特別特殊というわけではない。総じて言えるのは、みんな結構自由だということだ。仕事は勝手にやって、お金はあるだけ使って、言うべきことではなく言いたいことを言う。
彼らは学校教育で何を学んだのか? 
読み書き以外何も学んでいないというべきだろう。そもそも学校教育からは、誰も何も学ばない。私たちが学んだような気になるのは、時がたつにつれて同じようなレベルの人間が集められるからだ。

私が思うのは、学校教育とは教育のシステムではなく、選別のシステムだということ。例えば、学校で数学は教えるけれども、数学的な考えというものは教えない。数学についていけない生徒は、理系という枠から排除される。学校教育では、全てがこの調子だろう。合理的思考法が出来る人間がいれば、将来の社会に有用たる人材となるよう上位の大学にプールする。合理的思考法が出来ない人間は、早めに社会にばらまく。これは教育ではなくて選別。  
このクールさはどこから来ているのかというと、学校システムが、人間の思考法にまで手を突っ込むことが出来ないということからだろう。これはこの世界の、やさしさであり甘さだろう。  

私は今から考えると、子供のころ発達障害だったと思う。いま底辺会社とはいえ普通にやっていけているのは、救われたからだ。学校教育に救われたのではなく、文学に救われた。この世界の優しさゆえに、文学という一筋の血路が私にとって存在したからだ。  
この民主主義の世界は残酷だけれどやさしい。このやさしさに甘えるのではなく、このやさしさを大事にしていったらいいのではないかと思う。  
この世界が崩れ去れば、次は人間の思考法にまで手を突っ込む社会がたち現れてくるだろう。

底辺会社 社員列伝 1 関みつお
底辺会社 社員列伝 2 佐伯みのる
底辺会社 社員列伝 3 宮ちゃん
底辺会社 社員列伝 4 清野せんきち
底辺会社 社員列伝 5 小竹まんきち
底辺会社 社員列伝 6 鈴木クマモー
底辺会社 社員外伝 派遣社員
magamin1029