風竜胆の書評

風竜胆の書評を中心にしたブログです。コミックスから専門書まで、あらゆる本を読みます。 献本歓迎します。右欄のメッセージ機能にてご連絡ください。 旧ブログ名:本の宇宙(そら)

もっとも美しい数学ゲーム理論4


・もっとも美しい数学ゲーム理論
・トム ジーグフリード, (訳)冨永 星
・文藝春秋

 ゲーム理論は、天才数学者フォン・ノイマンが1928年に発表した論文に始まった、競争による相互作用を扱う、数学の一分野である。

 彼は経済学者のモルゲンシュタインとの共著で、1944年にゲーム理論のバイブルとも言える「ゲームの理論と経済行動」を発表する。彼らが扱ったのは二人で行うゼロ和ゲームだが、プレイヤーが増えると問題を上手く扱えなくなる。

 ゲーム理論を大きく発展させたのが、「ビューティフル・マインド」という映画で知られるジョン・ナッシュだ。彼が打ち立てた非協力ゲーム理論は、経済学のみならず色々な学問分野で強力なツールになっている。ナッシュはこの功績により1994年ノーベル経済学賞を与えられている。

 これを経済学者たちが使いだしたのは1980年代になってからだ。いまやゲーム理論は、経済学に欠かせない数学的ツールになっている。今でこそ、経済学の教科書にはゲーム理論が解説されているものも多い。先般私が入手したミクロ経済学の教科書もゲーム理論の話にかなりのページ数が割かれていた。しかし、私が学生のころは、経済学の教科書にゲーム理論のことなど影も形も無かったのだ。

 本書は、このゲーム理論が、経済学に限らず、いかに広範な科学分野で応用されているか、またその可能性があるかを示したものである。

 本書でまず最初に取り上げられているのはアダム・スミスだ。ゲーム理論のさまざまな側面にスミスの着想のこだまがみてとれるというが、これはゲーム理論が最初に経済学の分野で使われるツールとして発展してきたという歴史からはある意味当然のことと言えるかもしれない。「ナッシュ均衡」、「囚人のジレンマ」、「繰り返しゲーム」といったようなゲーム理論の概念は、今や経済分析のためになくてはならないものになった。

 次いで、経済学以外での様々な分野での応用について語られる。例えばゲーム理論は、「生物進化」の特徴を説明できるというのだ。ジョン・メイナード・スミスの「進化ゲーム理論」では、進化的に安定な状況は、ナッシュ均衡だという。

 また、ゲーム理論は、神経科学と経済学を結びつけて、神経経済学を産み出した。文化が経済行動に及ぼす影響もゲーム理論により比較・分析されるし、ネットワーク進化の説明にも使うことができる。

 統計力学とゲーム理論に基づいて、人間の社会現象を説明しようとするのが社会物理学だ。今やゲーム理論は、社会科学を統合する言語となっているのである。

 本書はこのように、ゲーム理論が広範な分野での強力なツールであることを詳しく解説している。もちろん学者によって書かれた専門書というわけではなく、サイエンスライターによって書かれている一般向けの解説書なので、数式などは一切使われていない。だから、ある程度ゲーム理論についての知識がある人には物足らないかもしれない、しかし、これからゲーム理論を使って何かをしたいと考えている人、ゲーム理論全般について見通しを得たい人には、多くの示唆に富んでいるものと思う。

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時空の流離人

女も男もフィールドへ(FENICS 100万人のフィールドワーカーシリーズ12)4


・女も男もフィールドへ(FENICS 100万人のフィールドワーカーシリーズ12)
・椎野若菜・的場澄人編
・古今書院

 本書は、一部例外もあるものの、主として女性フィールドワーカーたちによって書かれた、研究者としての手記である。

 フィールドワークは、研究室で行うような研究とは違い、何ヵ月、何年といった単位で、研究対象としている土地で過ごさなければならない。それが日本国内ならともかく、何を研究するかによって、言葉や風習がまったく異なる民族の中に入って生活することも珍しいことではないのだ。

 いくら男女同権の世の中になったからといっても、そこには女性ならではの苦労がある。妊娠、出産といったことは、女性にしかできないからだ。独身者ならともかく、女性フィールドワーカーが結婚している場合には、妊娠、子育てという問題が出てくるのである。

 いったい何をやりたかったのか分からない文科省の大学院重点化政策に伴って、研究者の卵の数は以前に比べてものすごく増えている。しかし、これに伴うポストの数はそれほど多くない。特に本書に出てくるようなフィールドワークを行うような分野だと、ますます就職先は限られてくることになる。

 だから、多くの研究者の卵たちは、不安定な任期付ポストで結果を出していかなくてはならない。そこには、常に研究の世界から脱落してしまうことへの不安が付きまとうのだ。

 そのため、女性フィールドワーカーたちは、子連れでフィールドワークに赴くことを余儀なくされる。しかし、外国での衛生事情は日本とは大きく違う。例えば日本なら、マラリアの心配などは、まずしなくても良いだろう。しかし、フィールドワーク先で子供が病気になるリスクは、日本より遥かに高いのだ。彼女たちは、自分のことだけではなく、子供のことも心配しながら研究を続けなければならない。

 彼女たちは、生物学的に女であるという事実と、研究者としての自分との間で、折り合いをつけながら、道を切り開いている。好きでないとできないことだろう。そんな姿はなんとも逞しい。彼女たちの物語は、同じような境遇にある多くの女性研究者たちに勇気を与えるに違いない。

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疾中4


・疾中
・宮沢賢治
・青空文庫

 この詩集は、1928年(昭和3)から1930年(昭和5)までの間、肺結核により病の床にあった自身のことを描いた作品群から成り立っている。

 賢治は、この後奇跡的に一旦回復の兆しを見せるもののこのときは完全に死を覚悟していたのだろう。

<いまわれやみてわがいのち いつともしらぬ今日なれば>(まどろみ過ぐる百年は)

<われやがて死なん 今日または明日>(一九二九年二月)

 熱にうなされ、血を吐きながらも、詩人としての彼は自分のことを詩に詠まざるを得ない。しかし、その時の状況を表すかのように、作品群は陰鬱な色に染められている。

 この作品群の中に見られる特徴的な色は「青」、「黒」そして「赤」だ。

 まず「青」は、病に侵された自分自身の状況を表す色だろう。

<わが胸いまは青白き>(わが胸いまは青白き)

<その青黒い方室は 絶対おれの胸ではないし>(病)

 その一方で、「青」は、「青ぞら」、「青い山河」など、病床にあってあこがれる、健全な外界を表す色としても使われている。しかし、それは決して希望の色ではない。死を覚悟した病の床にあって、もう見ることが叶わないかもしれないものの象徴でもあるのだ。

 「黒」はもちろん冥界の色だろう。やがて死ぬだろうと覚悟していた賢治にとって、死の訪れを暗示させる色ではなかっただろうか。

<その黒雲のかなたより>
<黒き林のかなたより>
(今宵南の風吹けば)

<その恐ろしい黒雲が またわたくしをとらうと来れば>(その恐ろしい黒雲が)

 そして「赤」は容易に連想できるように血の色である。作品中には血の色としての「赤」は直接語られてはいないが、「血」という言葉は、「死」を予感させるものとして登場してくる。

<もだえの血をば吐きながら>(あゝ今日ここに果てんとや)

<これで二時間 咽喉からの血はとまらない>(夜)

 寒々とした色彩で描かれた詩集。農学者で法華経の行者でもあった賢治は、生も死も妙法蓮華経という名の法則の現れでしかないという。

<諸仏の本原の法これ妙法蓮華経なり 帰命妙法蓮華経 生もまたこれ妙法の生 死もこれ妙法の死 今身より仏身に至るまでよく持ち奉る>(一九二九年二月)

 しかし、賢治の心は、決してそのように割り切れてはいなかったのだろう。死の影に怯えているような色彩に満ちたこの詩集には、賢治の人間臭さを感じてしまう。


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エンブリヲ奇譚4


・エンブリヲ奇譚
・山白朝子
・角川文庫

 旅本作者の和泉蝋庵と荷物持ちで友人の耳彦が、旅で出会った怪異9編を収録した短編集。語り手は耳彦が務めている。

 この蝋庵、道に迷うのが特技のようなもので、旅本の取材に出ると必ず、妙な所に迷いこんでしまう。これは、彼の出生とも関係があるようだが、空間の連続性を無視したような迷いっぷりなのだ。

 一本道でも迷ってしまって、同じところをぐるぐる回ったり、とんでもないところに出たりしてしまう。もう殆どテレポート。おまけに、訪れた場所で、奇妙な体験をすることになるのだ。もしかすると、本書で一番不思議なのは、蝋庵のこの特技なのかもしれない。

 収録されている作品について簡単に述べてみよう。 「湯煙事変」などは、怪異を扱った作品だが、「地獄」や「「さあ、行こう」と少年が言った」などは、人間の恐ろしさを描いている作品だと言えるだろう。

 表題のエンブリヲとは胎児のこと。表題作の「エンブリヲ奇譚」は、まだ虫のような段階の生きている胎児を拾った話である。

 「ラピスラズリ幻想」は一種の転生ものだ。ただの転生する話ならそう驚かないのだが、この作品では、前の記憶を持ったまま同じ人間としての人生を繰り返すというアイディアが秀逸だ。

 不気味な話ばかりだが、身の毛のよだつような恐怖を抱かせるようなものは少ない。怪談集ではなく奇談集といったところか。読後に哀しい余韻を残すような話が多いのが特徴だろう。
 
 なかなか有望な作家が出てきたかと思っていたら、巻末の千街晶之氏に山白朝子というのは、ある有名作家の別名義だと書かれていた。調べてみると、どうも乙一の別名らしい。なあんだ、どうりでと、ちょっとがっかり。

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ママ、もっと自信をもって4


・ママ、もっと自信をもって
・中川李枝子
・日経BP

 本書は、「ぐりとぐら」や「となりのトトロ」の主題歌「さんぽ」なとで知られる著者が歩んできた道を自ら描いたものだ。

 数多くの児童文学で知られる著者だが、初めからこの道を目指していた訳ではない。元々なりたかったのは、「日本一の保育士」。「東京都立高等保母学院」を卒業し、「みどり保育園」という無認可保育園で17年間保母を務めてきた。この時の経験が、児童文学者としての現在に大きく役立っているようだ。

 この保育園がなかなかユニークだ。余計な規則や遊具は邪魔という考えで、ずっと無認可のまま。親にも園にも余分な負担をかけないという方針から、特別なことは最小限に抑える。その一方では、子供たちの健康や食事、特に弁当にはこだわっていたという。

 「私たちが楽しくなくては、子どもも楽しくない。この仕事はもうからないから、楽しまなくては損。私たちも大いに楽しみましょう」(p18)という設立者の考えの下、ガキ大将となって子供たちと保育園生活を楽しんでいた著者だが、在職中から子供向けのお話を書き始め、最初に出版された「いやいやえん」は、厚生大臣賞などを受賞することになる。

 著者が児童文学者になる萌芽は子供のころからあったようだ。両親とも読者家で、著者も、小さいころから父親の蔵書を手あたり次第に読んでいたのだが、中学校の図書室で岩波少年文庫と出会った。彼女がまず児童福祉の道に進んだのも、あの「花子とアン」で有名な村岡花子さんが訳して同文庫に収められた「ジェーン・アダムスの生涯」(ジャッドソン)を読んだからだという。

 本書を読めば、著者が小さな子どもたちが大好きだということがよく分かる。本書で著者が一番言いたいのは、お母さんが自信を持って子供と向き合うということだろう。子供たちはみんなお母さんが大好きなのだ。教科書通りにならないなどと悩んだりせず、自然に素直な子育てをすればいいのである。

 本書は、著者の歩んできた道を描いているだけでなく、お母さんたちへの応援歌という性格も有している。子育てに悩んでいるお母さんは、一読してみれば、悩みが解消することもあるだろう。巻末には、お母さんたちの悩み事についてのQ&Aが納められており、まさに至れりつくせりの内容だ。

 なお、本書は、レビュープラスさまからのいただきものです。ありがとうございます。 


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大前研一通信VOL.2603


・大前研一通信VOL.260
・大前研一通信事務局

 大前研一氏が、世の中の動きに対して、独自の見解を披露する「大前研一通信」のVOL.260。これまで氏がいろいろなメディアに発表してきたものを纏めたものである。この号の目玉は、「アメリカ大統領選の行方」と「『0から1』の発想術 Part供廚澄

 まずアメリカ大統領選についてだが、大前氏は、トランプ氏が進撃を続けているのは、これまでの為政者が、富の偏在の問題に取り組んでこなかったからだと指摘する。アメリカは、上位1%の富裕層が、富の99%を独占という異常な状態だ。おまけにあの手、この手で金持ちほど税金を逃れている。だから、金持ちからきちんと徴税する仕組みを作る必要があるというのだ。

 大前氏は、トランプ氏について、知識がない上に、あまりにも勉強不足だと批判する。もしトランプ氏が大統領になれば、ここで紹介されているウェドブッシュ証券の試算の通り、アメリカの経済は大混乱に陥るだろう。その場合、当然日本にも波及があるので、そのリスクに備えておく必要がある。

 しかし、民主、共和両党の指名が、それぞれクリントン氏、トランプ氏となることが、ほぼ確実視されている今読むと、やっぱり記事が古い。この冊子はいただきものなので、あれこれ言うのは気が引けるのだが、受け取ったのが7月16日だ。しかし、発行日は5月10日。前述のとおり、記事は、総て何かの媒体に発表したのを集めたもので、2月に発表したのものもある。こういった記事は、タイムリーに読んでこそ価値があると思う。既に新しい号が発行されている現在、在庫一掃のために送られてきたような感じでいただけない。

 次に、「『0から1』の発想術」についてだ。これはなかなか興味深い。幅広に横方向に知識を身に付けて、自分の頭で考えるトレーニングを勧めているのは、まったくその通りだと思う。私も常々そうありたいと思ってはいるのだが、なかなか実行が伴わないのは忸怩たる思いに駆られる。

 なお、本書は、レビュープラスさまからのいただきものです。ありがとうございます。 


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「決め方」の経済学―――「みんなの意見のまとめ方」を科学する4


・決め方の経済学
・坂井豊貴
・ダイヤモンド社

 皆で何かを決めようというときに、あなたはどうするだろう。まず思い浮かぶのは「多数決」ということではないか。

 私たちの頭には、小さいころから、多数決こそ民主的な決め方であるということが、刷り込まれているように思われる。しかし、本書を読めば、それが幻想であることがよく分かるだろう。

 多数決で決まったことが必ずしも、多数の人を満足させるとは限らないのだ。また、このあたりが分かっていない人を時に見かけることがあるが、多数決で決めてはいけないこともある。誰かの人権を侵害するようなことは、多数決で決めるということは許されないことなのだ。

 それでは、多数決に代わる方法にはどんなものがあるのだろう。本書に取り上げられているのは、例えばボルダールールや、決戦投票付多数決だ。前者は、1位に3点、2位に2点といったように、順位に得点を付ける方法である。後者は、得票の上位2名で決戦投票を行う方法だ。

 この他にも、総当たり戦で、ペア毎に勝ち負けを決めていくコンドルセルールや、選択肢の中から、これは認めるというものを選ぶ是認投票という方法なども紹介されている。

 やっかいなのは、これらによって出てくる結果がまるで異なっくることがあるということだ。例えばコンドルセルールでは全敗するような案が、単純な多数決では勝ってしまうこともあるのだ。アメリカの大頭領だったリンカーンも、多数決以外の方法では選挙に勝てなかったという。

 もちろん、どんな決め方で選ばれようが、それが必ずしも正しい選択だという保証はないことは言うまでもない。

 <多数決は「どうでもよいこと」を決めるのに向いている>(p138)という記述には、思わず吹き出してしまったが、案外これが多数決の本質をついているのではないだろうか。

 だから本書は、多数決に使われるのではなく、多数決を使いこなすことを主張する。「何とかとハサミは使いよう」という諺がるように、要はうまく使うことが重要なのである。多数決は、いくつかの条件を満たせば、一人で決めるよりは、正しい決定になる確率が高くなるというのだから。

 本書を読めば、多数決こそが、民主的な決定方法だと思い込んでいた方は、それが思い込みにしか過ぎなかったと、まさに目から鱗が落ちる思いをするに違いない。

 なお本書はダイヤモンド社さまからのいただきものです。ありがとうございました。


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