風竜胆の書評

風竜胆の書評を中心にしたブログです。コミックスから専門書まで、あらゆる本を読みます。 献本歓迎します。右欄のメッセージ機能にてご連絡ください。 旧ブログ名:本の宇宙(そら)

風土記の世界4


・風土記の世界
・三浦佑之
・岩波新書

 風土記という言葉をまったく聞いたことのないという人はおそらくいないだろうと思う。時折、紀行文やテレビ番組のタイトルなどにも使われることもあるが、本来の風土記は、和銅6年に、当時の律令政府が発した以下のような命令に対する報告文書であり、正式には、「解」と呼ばれるものである。

<五月甲子 (制すらく)畿内と七道との諸国の郡・郷の名は、良き字を着けよ。その郡の内に生れる、銀・銅・彩色・草・木・禽・獣・鳥・虫等の物は、具に式目を録し、土地の沃塉、山川原野の名号の所由、また、古老の相伝ふる旧聞異事は、史籍に載して言上せよ。>(「続日本紀」和同6年5月2日)(p3)

 しかし現在まとまった形で残っている風土記は、常陸、出雲、播磨、豊後、肥前の5か国のみだそうだ。しかし幸いなことに、後世の文献に引用された逸文が数多く存在しており、私たちは古代の姿を窺うことができるのである。本書は、この風土記とはどのようなもので、何が書かれているのか、どういったところが面白いのかなどを解説したものだ。

 風土記と言えば、我が国の正史とされる日本書紀との関連が問題になるだろう。本書は、日本書紀のタイトルは、本来「日本書」の「紀」であったという立場をとっている。その根拠として挙げているのが中国の史書との関係だ。

 古代日本が手本にしていたのは中国だった。当然史書についても中国を手本にしていたはずだ。その中国の史書は、国名を冠して「○○書」とするのが漢書以来の通例であり、「紀」、「列伝」、「志」から成り立っているのである。

 だから、日本書紀は、元々は、歴代天皇の事績である「紀」、皇子や臣下の事績である「列伝」、王朝の治世の記録である「志」構成されるはずだった。しかし、何らかの理由で後の2つの計画が頓挫し、「紀」だけが作られたという。風土記はこの「志」の中の「地理志」を編纂するために集められたというのだ。

 本書に面白い説が紹介されている。もともと「日本書紀」のタイトルは「日本書 紀」すなわち「日本書」の下に小さく「紀」と書かれていたものだった。これが、写されていくうちに、いつの間にか「日本書紀」になってしまったというのだ。当時は印刷技術などはないから、本は写本という形でしか増やせなかった。当然、写していく過程で、原本との相違がどんどん増えていくだろう。この説は、十分あり得ることだと思う。

 このようなことは、決して学校では教わらないことだが、我々のような素人にも極めて納得性の高い根拠だろうと思う。私を含めて殆どの人は、何の疑いもなく「日本書紀」というタイトルを受け入れていたのでなないだろうか。たかがタイトルではないかと思ってはいけない。どんなことでも、通説に疑問を挟む余地はないかと考えてみる。この姿勢が学問を発展させていくのだ。いや学問のみならず、ビジネスなどのあらゆる場面においても通用する真理ではないかと思う。

 本書では、まずこのように風土記と正史である日本書紀との関係が最初の章で述べられ、次いで現存風土記の概説、常陸国風土記、出雲国風土記、残りの現存3風土記について、それぞれ章を割いて解説している。これらの中から特に興味深かったことを紹介してみよう。

 まず「常陸国風土記」である。これには、記紀における悲劇の英雄、ヤマトタケル(表記は倭武)が天皇として登場するという。また神功皇后についても「息長帯比売(オキナガタラシヒメ)天皇」との記載があるようだ。

 常陸国風土記が提出されたのは、日本書紀成立前と推測されているので、著者が言うように、当時そのような伝承もあったことは間違いないだろう。おそらく、古代の歴史書の編纂とは、正しい歴史を記すというよりは、多くの伝承の中から、取捨選択をしていくという行為だったのだろう。本書では、正史からヤマトタケル天皇が消えた理由も一応の推測はしているのだが、これはいまひとつすっきりしない気がする。

 どの伝承が選ばれるかには、当然のことながら何らかの作為が入ってくる。それはもちろん、当時の為政者の意思にほかならないと思うのだが、いったいなぜと想像してみるのも面白いだろう。

 次に、「出雲国風土記」だが、これには多くの疑問があるようだ。そもそも風土記とは中央政府の出した命令に対する回答である。だから提出するのは、政府から派遣された国司のはずだ。ところが出雲国風土記は、それに代わって国造の名が記載されているのだ。おまけに日付は、和銅6年の命令から20年も経ったもの。本書は、これを命令に対する「解」とみなしてよいものかと疑問を投げかけている。

 ここで、国造とは律令前、地方豪族にその国を治めさせるために与えた官職だ。国司制度が敷衍されるとともに廃止されていったのだが、なぜか出雲には国造が残った。実はこの国造家は現在でも残っており、出雲大社の宮司はこの国造家が務めている。

 なぜ出雲に国造家が残ったのかは分からないが、出雲が特別な地だったことは確かだろう。358本の銅剣が発見された荒神谷遺跡や、39口の銅鐸が発見された加茂岩倉遺跡など、近年その痕跡が多く発見されている。確かに、出雲には何かが存在したのだ。考えてみれば、これは邪馬台国に勝るとも劣らないロマンではないだろうか。

 記紀だけでは味わえない古代伝承の世界。それは私たちに残された貴重な文化遺産でもあるのだ。しかし、我々一般人には、とても風土記を原文で読むような知識も時間もない。せめて本書のようなもので、その面白さの一端にでも触れることができれば幸いだろう。

※本記事は「シミルボン」に掲載したものです。

戦力「内」通告 ハーバードが教えてくれない「本当に生き残れる社員」4


・戦力「内」通告 ハーバードが教えてくれない「本当に生き残れる社員」
・ダン ラスト ,(訳)武藤 陽生
・ハーパーコリンズ・ ジャパン

 本書に述べられていることを端的に表すとすると、以下の述べる2つになるだろう。まず一つ目は、「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」ということだ。これはよく知られた孫子の言葉だが、ビジネスの世界においても当てはまるものである。

 ここで「彼」とは、ビジネスの場において、自分を取り巻く、上司、同僚、部下、顧客といったものだろう。世の中には様々な人間がいるものだ。うっかりしていると足元を救われる。また人には多面性がある。一面だけ見てその人に反感を持ってもいけないのだ。本書が教えるのは、注意深く観察すること、判断のための情報を集めることなどだ。そのうえで適切な行動をとっていく。決して、一時の怒りにまかせて短絡的な行動をとってはいけない。それはかならず自分に跳ね返ってくるのからだ。

 そして「己」を知ることも大切だ。失敗は、なぜ失敗したのかを自分のこととして考える。それが自分の成長に繋がるのである。自分の能力を把握しておくことも大切だ。何ができて何ができないのか。それを知ったうえでどのような行動をとっていくのか。自分自身をよく理解しておかないと、誇大妄想のような自信家になったり、必要以上に自分を卑下したりということになりかねないだろう。

 そしてもう一つは、いかにして自分のことを相手に知らしめるかということだろう。いくら能力があっても、それがキーパーソンに伝わっていなければなんにもならない。世の中には、隠れた才能を見つけ出してくれるような名伯楽なんて、そうそういるものではないからだ。

 本書は、このようなことを、多くの事例を示しながら教えてくれる。もちろん著者の住んでいる米国と日本では雇用慣行も違う。著者も経験したようだが、何か悪いことでもしない限り、いきなりリストラを宣告され、直ちにパソコンを取り上げられて、私物だけを持って会社から放り出されるということは日本ではまず考えられない。しかし、本書に述べられている考え方自体は日本でも役立つに違いない。これからキャリアを積んでいこうとする人は、一読しても損はないものと思う。

 なお、本書は、「フロンティア・エンタープライズ」さまを通じてのいただきものです。ありがとうございました。

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女性芸能の源流 傀儡子・曲舞・白拍子4


・女性芸能の源流 傀儡子・曲舞・白拍子
・脇田 晴子
・角川ソフィア文庫

 本書は、中世における女性芸能の流れを追ったものだ。我が国の伝統芸能は神楽から始まる。中世の神社には、巫女がいて、神楽を奉納していた。この神楽から出発して、出雲の阿国に至るまでの女性芸能の流れが詳しく語られる。

 巫女とは、霊能力を持ち、神の託宣を取り次ぐ者だ。神の託宣を取り次ぐためには、髪を喜ばせなければならない。そのためには、巫女は舞が堪能でなければならなかったという。しかし、巫女には、寺社に奉仕している者ばかりでなく、民間の歩き巫女のような存在もかなりいたらしい。彼女らの奉じている神には、怪しげなものもあったようである。

 これに次いで本書に出てくるのは傀儡女(くぐつめ)だ。傀儡というのは操り人形のことだ。傀儡女とは男の傀儡子なども含んだ漂泊集団に属する女性のことである。決して女性型の操り人形のことではないので、誤解なきよう。男は、傀儡廻しや軽業、奇術を行い、女は今様が得意で春をひさいでいた。傀儡女は歌がうまく、姿が美しく、女だけをとれば遊女(あそびめ)と変わらないという。

 この遊女については、傀儡女との違いはよく分からないが、傀儡子から分化して女のみの営業となり専業化したものかもしれないと、著者は推測している。彼女たちは、今様の芸のうまさで売っていた。緋袴をはくことが多かったという。だから、江戸時代の遊女とはだいぶイメージが違う。なんと普賢菩薩の化身とあがめられていたころもあったようだが、時代が下るにつれ、罪業の深い身とされるようになってっしまったのだ。高級遊女は教養も高く、歌が勅撰集に収録される者もいたという。

 そして、源義経の愛人・静御前で有名な白拍子女だ。彼女たちは、傀儡女から出てきたらしい。平家物語に伝わる、白拍子・祇王の悲しい物語も有名だろう。白拍子とは、数え上げるように謡うのが特徴だという。白拍子女は今様も謡ったが、白拍子の歌謡と舞を演じた。水干、太刀、烏帽子と男装をして舞うのが特徴のようだ。この時代から男たちは男装の麗人に萌えていたのだろうか。

 次に曲舞女(くせまいめ)だ。曲舞は鎌倉末期頃から流行した。曲舞女は白拍子の芸を受け継ぐ存在だという。曲舞は、次第と呼ばれる一節で始まり、同じ文句の次第で終わるという特徴がある。元々は男曲舞もあったようだが、結局女曲舞だけが残ったという。扮装は長絹の直垂に立烏帽子だ。

 本書はこれらの女性芸能についてそれぞれ詳しく説明した後、最後に瞽女、鳥追女、女猿楽にも簡単に触れている。そして、これらの中世女流芸能の総まとめとして出てきたのが、かの出雲の阿国だというのだ。つまり、阿国はいきなり世に出てきたのではなく、このような女流芸能の流れの中から現れたのである。阿国の出現は、近世芸能の幕開けだった。

 本書に示される、中世における女性芸能の歴史はなかなか興味深い。寡聞にして同じような内容の本を知らないが、本書を読んで、女性芸能にこれだけ多彩な芸能の流れがあるというのは驚きだった。ただ、本書を読むには、伝統芸能に関する知識がある程度ないと苦労するかもしれない。普段は科学技術関係に軸足を置いており、芸能方面には疎い私もそうだった。しかし、歴史物を観たり読んだりする場合には、このような知識があれば、より面白くなることだろう。

※本記事はシミルボンに掲載したものです。

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また本が増えた



 雑誌を買いに近所の書店に行った際に、古書コーナーで見つけて、思わず購入した2冊。最近は、かなり処分を進めているのだ、溜まる方のスピードが速い。これだけ買って読めるのかと聞かれれば、もちろん「読めませんとも、はい!」と開き直るしかない(笑)。

星間商事株式会社社史編集室4


・星間商事株式会社社史編集室
・三浦しをん
・筑摩書房

 本書は、タイトルの通り星間商事株式会社社史編集室を舞台とした物語だ。この社史編集室というのは、いつまでたっても完成しない社史を作リ続けている部署で、究極の左遷先のようなところである。だから、所属員も変な人たち。

 主人公は川田幸代という女性だが、オタクで腐女子。友人2人と同人活動をしている。みっこちゃんは、無駄に元気な女子だ。ボーッとした言動だが、元営業部で海外での交渉にも同行したことがあるらしい。みっこちゃんから、ヤリチン先輩と呼ばれている矢田信平。専務の愛人に手を出したためにここに飛ばされてきたとか。しかし、みっこちゃんは、彼に気があるようだ。

 社史編集室の本間課長は、定年まで1年の窓際でゆるゆるな人物。なぜ、首にならないか不思議に思われている。極めつけは、ここの室長。なんと、課長以外は、誰も見たことがなく、幽霊部長と呼ばれている。

 幸代が腐女子で同人誌を作っていると知った本間課長が、社史編集室でも、同人誌をつくろうと変なことを言い出す。自分の若い頃の情熱が蘇ったというのである。

 全体を流れる、ゆるゆるした雰囲気。挿入される、幸代のホモ小説と、課長のなんだかよく分からない小説。ところが、編集室の面々は、社史を作る過程で、サリメ二での黒歴史に行き当たる。この会社、女子社員に枕営業をさせようとしたり、専務が女子社員と不倫をしたりと、かなりとんでもないことをしていたのだ。これが明らかになっては困る専務一派が露骨に圧力をかけてくる。

 正確な社史をつくろうと、社史編集室の面々がとった、起死回生の方法とは。あれだけゆるゆるとしていた編集室のメンバーが、一致団結して専務一派を出し抜くところは、なんとも痛快だ。


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時空の流離人

最近入手した本



 最初の4冊は、フロンティア・エンタープライズさまからのいただきもの。最後の本は、ネット書店で買ったもの。その他は、リアルの書店で買ったものだ。











5


・桜
・勝木俊雄
・岩波新書

 願はくば花の下にて春死なん その如月の望月のころ(西行)

 しきしまの大和心を人問はば 朝日に匂ふ山桜花(本居宣長)

 いずれも、桜を詠んだ有名な歌だ。古来より桜は、日本人に愛されてきた。桜の季節になると、花見の話題がテレビや新聞などで報じられる。桜はまさに日本人の心とでも言ってよいような存在だ。本書は主に植物学的な観点から、この桜について解説したものである。

 本書によれば、現在のように、花見が、桜の花の下で宴会する形になったのは明治以降らしい。江戸時代のおわりに染井吉野が江戸の吉井村から、全国に爆発的に広まったことによる。それまでの花見は、花の周囲を見物する形で、対象となるのは主にヤマザクラだったという。この染井吉野は、花付きがよく、木が早く大きく育つうえに、花が一斉に咲く。花の下で宴会するには、うってつけの条件が揃っているのだ。ただ、花が一斉に咲くのには訳がある。染井吉野は、接ぎ木で増やされた、同じ木のクローンなのだ。

 この桜は日本にはいったい何種類あるのだろう。本書を読むと、日本に自生している桜は、ヤマザクラ、オオシマザクラ、カスミザクラ、オオヤマザクラ、マメザクラ、タカネザクラ、チョウジザクラ、エドヒガン、ミヤマザクラ、カンヒザクラの10種だということが分かる。ただしカンヒザクラについては、沖縄県の石垣島の一部だけで、海外から持ち込まれたものが野生化した可能性があるということだ。もしそうだとすれば、日本本来の桜は9種類ということになる。ただし、これは生物学的な種の分類によるもので、栽培品種となると、ものすごくたくさんの種類があるのだ。また、これはバラ科、サクラ亜科、サクラ属(Cerasus)の狭義のサクラ属のことを言っており、これだと世界でも100種あるらしい。しかし、スモモ、ウメ、モモまで含む広義のサクラ属(Prunus)を属名として使うこともあるので、こちらだと世界で400種を越えるという。

 本書では、まずこのような桜の基礎知識について解説し、その後、桜の代名詞ともなっている染井吉野について1章を割いて説明を行っている。この染井吉野については、多くの誤解があるようだ。まず種ができないということ。染井吉野には種子ができないと誤解している人がいるようだが、これは違う。梨などもそうなのだが、多くのサクラにも「自家不和合性」があり同じ遺伝子を持った花粉では受精できないのだ。染井吉野は、総て同じ個体のクローンなので、染井吉野同士では種子ができないのである。他の種類のサクラの花粉を受精すれは゛種子ができるが、そこから育った桜は、もはや染井吉野とは言えなくなってしまう。

 次に染井吉野の起源についてだ。現在では、染井吉野は、エドヒガンとオオシマザクラの雑種だとされている。ところがこれにも韓国の済州島起源説というのがあった。済州島には染井吉野に似たエイシュウザクラがあるためだ。だが、済州島には、オオシマザクラはないので、遺伝的に染井吉野は生まれない。このことはDNA解析によっても裏付けられているという。また、染井吉野は短命なサクラだと言われているが実は長命で、小石川植物園の染井吉野などは、およそ240歳らしい。本書を読めば、これらの染井吉野に対して持たれている誤解は払拭されるだろう。

 続いて、本書では、「里の桜」、「山の桜」に関しての説明にそれぞれ1章が割り当てられている。「里の桜」とは、栽培品種のことだ。八重咲き、狂い咲き、早咲き、特殊な花色、菊咲きなどのサクラが、品種名をあげて紹介されている。「山の桜」とは、自生種のこと。ここでは、先に書いた10種の桜についての特徴、分布、楽しみ方などが述べられている。そして最後に桜のこれからを展望して終わる。

 本書を読めば、桜に関する一通りの知識が身に付き、一層花見を楽しめるようになるのではないだろうか。花も見ないで桜の下でどんちゃんさわぎをするのとは、一味違った桜の楽しみ方ができることは請負だ。口絵に収められている、様々な桜の写真も美しい。自生種はすべて入っているので、本書を熟読し、写真をよく目に焼き付けておけば、桜を見た際に、これは何の桜かといったような蘊蓄も披露できるようになるかもしれない。

※本記事はシミルボンに掲載したものです。


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