風竜胆の書評

コミックスから専門書まで、あらゆる本を読みます。最近、ちょっとフリーライターを気取っていますw 現在「シミルボン」と「本が好き!」でも活動中。 執筆依頼、献本等歓迎します。右欄のメッセージ機能にてご連絡ください。 旧ブログ名:本の宇宙(そら)

古文書に見る江戸犯罪考4


・古文書に見る江戸犯罪考
・氏家幹人
・祥伝社新書

 花のお江戸はワンダーランド。現在の常識で計り知れないようなことがいっぱいだ。これは、江戸時代を、罪と罰という視点で見た場合も同様である。本書は、信ぴょう性の高い史料に基づき、江戸時代の犯罪と刑罰について纏めたものだという。

 江戸時代の刑罰は、現在の刑罰に比べてかなり厳しい。よく時代劇などで「十両盗れば首が飛ぶ」という言葉が出てくる。死刑になるかどうかの境目が十両ということだが、今の刑法では、さすがに窃盗で死刑になることはないだろう。

 この死刑にも色々な種類があった。最高ランクは磔や火罪だが、その下に更に死罪、斬罪、下手人といったランクがある。いずれにしても首を切られることに変わりはないのだが、死罪と下手人は庶民用の刑であり、死罪になった場合は、その死体が試し切り用に使われ、膾のように切り刻まれるらしい。斬罪は武士用の死刑である。その下に遠島だとか所払いなどといった刑罰が続くのである。

 江戸時代は、容疑者を拷問により自白させるというのが一般的な犯罪捜査の方法だ。だから冤罪も多かったに違いない。しかし、中には、取り調べを行った役人が自白を鵜呑みにせず、犯罪捜査のための実験までして真犯人を洗い出した例もあったというから驚きだ。(もっとも仕上げは、やっぱり拷問だったらしいが)

 笑ったのは、曲淵甲斐守という旗本が大坂町奉行時代に巾着切(スリ)対策で行ったこと。巾着切に、今後は浅黄色(水色)の木綿の頭巾を被って稼業を行うように申し渡すとともに、町々には、浅黄色の頭巾を被った奴はスリだから注意するようにとの触れを出したらしい。

 もっとも江戸では、巾着切は、一目でそれと分かるような服装をしていたとのことだ。よくそれで商売?になるなと思うのだが、江戸にはお上りさんが多かったから獲物には困らなかったようだ。

 また鼠小僧は江戸の怪盗として有名だが、この他にも「田舎小僧」という何とも小物な名前の盗人もいたというからお江戸はやっぱり面白い。江戸時代のワンダーランドぶりの一端を味わいたい人には外せない一冊だろう。

※本記事は「シミルボン」に掲載したものです。

○姉妹ブログ
文理両道
時空の流離人

 

わかる現代経済学4


・わかる現代経済学
・根井 雅弘
・朝日新書

 現代の経済学は、一般の人には敷居が高いだろう。それは、数学を駆使することにより、いかにも深淵な学問であるかのように、装っているからだ。

 元々、現代の経済学は、物理学をモデルにして、科学的体裁をつけようと、数学で武装を進めたものだ。しかし、物理学と違って、扱っているのは、普遍的な法則が成り立ちうる自然ではない。時代や社会構造によって変化する人間の営みなのだ。

 社会科学の常として、そこには必ず、価値判断というものが入ってくる。それは、一歩間違えれば、イデオロギーとなって、我々を思考停止に追い込む。このことは、世界を混乱させたマルクス経済学の例を挙げれば十分だろう。

 だからこそ、経済学を学ぶに当たっては、現在主流派となっているものだけでなく、幅広くいろいろな考え方に触れたうえで、自分の頭で、何が納得性が高いのかといったようなことを考えていく必要があるのだ。もともと経済学とは、多様性を持った学問なのだから。

 本書は、ケインズ革命以降の経済学の発展を鳥瞰し、その背後にある思考法がどのように変化をしたのか、主流派経済学以外にどのような経済学があり、どのような思考法の違いに基づいて対立が生じているのかを解説したものである。

 本書の構成は以下のようになっている。
・第一章 ケインズ革命
・第二章 ワルラスの一般均衡理論
・第三章 ポスト・ケインズ派経済学
・第四章 マクロ経済学のミクロ的基礎
・第五章 ニュー・ケインジアンの経済学
・第六章 制度と進化の経済学
・第七章 反主流の経済学

 ここでいう主流派とは、「新古典派」経済学のことだと思えばよい。ケインズは、新古典派の支持する「セーの法則」に挑戦して、失業は社会全体の有効需要が不足してるために生み出されるという「有効需要の原理」を唱えた。これがケインズ革命のキモだ。

 ワルラスは新古典派経済学者の一人であるが、彼の唱えた一般均衡理論とは、すべてのモノの価格は、市場メカニズムにより、それぞれの需要と供給が等しくなるように同時に決まるというもの。

 一時は隆盛を誇ったケインズ経済学だが、最近は新古典派経済学に押され気味のようだ。それは、ルーカス批判により、経済学者の中に、マクロ経済学はミクロで基礎づけされなければならないという強迫観念が蔓延しているかららしい。

 確かに物理学の世界では、熱力学などのマクロを扱う物理学は、統計力学のようなミクロを扱う物理学で基礎づけられる。しかし、普遍的な法則に基づく物理学と社会システムにより変化する人間の営みからモデルを抽出してくる経済学を同じように扱えるかは疑問である。

 しかし、ケインズ派の経済学者たちは、なんとかケインズ経済学にミクロ的な基礎づけをしようとしたようだ。そこから、ポスト・ケインズ派経済学やニュー・ケインジアンの経済学といったようなものが生まれて来る。

 経済学のもう一つの流れは、ヴェブレンらによって提唱された制度と進化の経済学だ。これも一旦は力を失ったものの、主流派の中から再発見されることになる。

 このように、本書からは現代経済学全体の見通しは得られるものの、その一方で、読めば読むほど、経済学というものに疑問符が付いてくるのはどういうわけだろう。

 これが、一般相対論なんかの専門書なら、単にこちらの理解力が不足しているだけとおもえるのだが、経済学の場合はあながちそうでもないように見える。経済学で主張されている理論は、その後ろに必ず何らかの人為的なモデルが仮定されていることは認識しておくべきだろう。しかし、そのモデルが絶対普遍性を持っているわけではない。

 だから、我々は、その時折の社会情勢に当てはまるようなモデルを選び取っていかなくてはならないのだ。教科書に書かれていることが無批判に妄信するのではなく、柔軟な心で、経済を見るということが求められるのだろう。

※本記事は、「シミルボン」に掲載したものです。


○姉妹ブログ
文理両道
時空の流離人

中世都市鎌倉を歩く4


・中世都市鎌倉を歩く
・松尾剛次
・中公新書

 本書は、古都鎌倉の歴史を、「源氏の時代」、「北条氏の時代」、「足利氏の時代」、「上杉氏の時代」の4つに区分して、神社仏閣や旧跡なども絡めながら解説したものである。

 鎌倉といえば源頼朝が鎌倉幕府を開いた地として有名だが、それではなぜ彼はこの地に幕府を開いたのか。この理由としてよくあげられるのは、<ヽ倉は交通の要衝の地である、鎌倉は源氏ゆかりの地である、3倉は要害の地である>という3つの理由がよく挙げられるが、最近では△陵由が重要と考えられているようだ。

 頼朝といえば平家とは敵同士と思われているが、実は彼にも平家の血が入っているというのは意外だった。源氏も平家も天皇の子孫だから、元々は遠い血縁関係にはあるのだが、ここで言うのは、それよりもっと近いものである。頼朝の5代前の頼義が、鎌倉を領地としていた平直方に気に入られて、その娘を妻にしたのだ。要するに頼朝は源氏の嫡流だが、平家の末裔でもある。これ以来、鎌倉は源氏の拠点となったという。

 源氏の氏神と言えば鶴丘八幡宮だが、ここは明治の神仏分離令で独立した神社で、本来は鶴丘八幡宮寺と表記される神宮寺だったそうだ。源氏は3代で滅亡したが、鶴丘八幡宮はその後も鎌倉幕府鎮守の寺として位置づけられたという。

 ところで、鎌倉3代将軍実朝が甥の公暁に殺害されたことは有名だが、その後の将軍職がどうなったかというのは、それほど知られてはいないのではないだろうか。北条氏が執権として権力を持ったというのは歴史の教科書にも書いてあるが、少なくとも私のころは、中高の教科書にその後の将軍について触れられていた覚えがない。

 実は、実朝亡き後、最初は摂関家である九条家から将軍が招かれ、次に皇子を将軍とする皇族将軍制となったのだ。もちろん、お飾りの将軍で、実権は北条氏が握っていた。

 北条氏が滅んだ後は、足利氏によって鎌倉府がおかれた。足利尊氏は、京都の室町に幕府を開いたが、鎌倉府は、室町の単なる出先機関ではなく、ミニ幕府のようなものとして、東国を支配し、しばしば室町幕府と対立していたのである。つまり、鎌倉幕府が滅んだ後も、鎌倉は政治の拠点として機能していたということだ。

 しかし鎌倉府の主であった足利氏はその補佐役であった関東管領上杉氏との対立を深め、ついに茨城県の古川に逃れる。それ以来、鎌倉の主は上杉氏となった。上杉氏が、後北条氏によって、越後に追われるまで。この上杉氏が例の越後の虎・上杉謙信に繋がるのである。謙信は、長尾景虎と言って、そもそもは、上杉家の家臣であり越後の守護代を務める家系だったが、越後に逃れた上杉憲政の養子となって家督を継いだのである。

 本書は、このように教科書では学べないような鎌倉の歴史を知ることができ、読んでいると時空を超えて鎌倉を旅している気になる。私も昔何度か鎌倉を訪れたことがあるが、そのときにこんな本があったら、もっと鎌倉を楽しめたかもしれないと思う。

※本記事は、「シミルボン」に掲載したものです。

○姉妹ブログ
文理両道
時空の流離人

 



降りてくる思考法 世界一クレイジーでクリエイティブな問題解決スキル3


・降りてくる思考法 世界一クレイジーでクリエイティブな問題解決スキル
・江上隆夫
・SB Creative

 タイトルからは、若干アブナそうなものを思ってしまいそうだが、要するに、何かについて考えた後は、一度そこから離れて、無意識領域のなかで熟成させろということだ。そうすれば、素晴らしいアイデアが「降りてくる」というのである。つまりは、無意識の活用ということだ。

 なにしろ人間は、意識の領域よりは、無意識の領域の方がはるかに広い。ある問題が、意識から離れても、意識の中で徹底的に考えられたものは、無意識領域の中で更に考え続けらていくのである。これは特に目新しい考えかたではなく、かなり前から言われていることだ。

 本書は以下の3つのパートに分かれている。

Part1.あなたの可能性を最大化する思考法
Part2.脳を小さく使う48のスキル
Part3.降りてきたアイデアを育てて世に出すコツ

 まずPart1で述べられているのは、考える際にはこれまでの「ワク組み」を外すことが重要で、考え抜いた後は、無意識を活用せよということだ。Part2は、そのための具体的な考え方の視点が示されている。そしてPart3は、考えたアイデアを、どのようにして世に出していくかということだ。ただし、内容の大部分はPart2で占められているため、本書は、アイデアを考えるための視点を纏めたものといった観がある。

 発想法の世界では、古くからオズボーンのチェックリストというのがある。詳細は各自で調べて欲しいが、要するにアイデア出しをする場合には、‥祥僉↓応用、J儿后↓こ搬隋↓ソ名、β緲僉↓Ш栃埓、┻嫖勝↓結合といった9つの視点から考えると良い。というものだ。

 ところで、本書の副題には「世界一クレイジーでクリエイティブな問題解決スキル」とあるが、Part2の前半の「1.変える」、「2.なくす」、「3.くっつける」、「4.盗む」で解説される24のスキルは、オズボーンのチェックリストの中の項目と対応可能なので、特に「クレージー」という訳でもない。各項目を具体的にどのように使ったら良いかについて解説したものだと思えば良いだろう。

 後半の5項目、24のスキルは、前半とは少しフェーズが違うように思える。「5.〜だとすると」は、アイデアを考えるための心構え、「6.見えるようにする」は、アイデアを考えるに当たっての方法、「7.調べる」は、アイデアを考えるための調査の方法、「8.捨てる」は、アイデアに行き詰ったときに打開する方法、「9.ちょっとだけをちょっとだけ」は、スモールステップで行きなさいということだろう。

 本書の内容が画期的かと問われれば、「否」と言わざるを得ない。アイディアを寝かせることや本書に記されたアイディア出しの視点も、これまで色々な場所で聞いたようなことだからである。ただ、それらを一冊に纏めたハンドブックのようにしたことには価値があると思う。ブレーンストーミングを行う際などには、本書に書かれた視点を使ってやれば、やりやすくなるのではないかと思う。

 なお、本書は、レビュープラスさまからのいただきものです。ありがとうございます。 

○姉妹ブログ
文理両道
時空の流離人



お任せ!数学屋さん 24


・お任せ!数学屋さん 2
・向井湘吾
・ポプラ文庫

 本書は、数学をモチーフにした学園小説の第二弾だ。主人公の天野遥は、数学が大の苦手な中2の少女。前巻では、学校で「数学屋」を開いた神之内宙という転校生と遥の、数学を仲立ちにした、ボーイ・ミーツ・ガール的な物語が中心だった。ここでいう「数学屋」とは、数学により、色々な悩みを解決しようという、一種のお助け屋のようなものだ。

 遥も数学に少しずつ興味を持っていき、仲間もできて、なかなかいい感じになっていたのだが、肝心の宙が父親の仕事の都合でアメリカに行ってしまった。この巻は残された遥が、店長代理として、数学屋を引き継いだところから話は始まる。

 夏休み中、一生懸命数学と格闘していた遥だが、元々数学は大の苦手。それでもけなげに、宙の残した言葉

<数学と関係ない問題なんて、この世にない。『数学の力』を使えば、どんな問題だって必ず解ける>

を守って、店長代理として数学屋を継続させようとしている姿はなんともいじらしい。

この巻を通した大きなテーマは、なぜか不登校になってしまった聡美という少女を「数学の力」を使ってどうやって登校させるかということ。恋愛方程式だの登校したい気持ちに関する漸化式だのといった、ちょっと強引な感じのものも出てくるが、数学を使って身の回りの困ったことを解決していこうというアイディアはなかなか面白い。

 この大きな幹に対して、学校の文化祭に出し物を何にするかとか、文化祭のアーチをどうつくるかといったものに数学をどのように使うかといった、小ネタの枝がついてくる。学べるのは、三角関数、黄金比、数値を集めて問題を定量的に検討することなど。そしてメインイベントは、宙との実況中継による月までの距離の算出。こちらは、最後にちょっとした種明かしのようなものがあるが、月が地球の2点でどのような方向に見えるかということを利用した、一種の三角測量の応用について知ることができる。

 多少こじつけ的なところもなくはないが、それでも数学の意外な面白さを教えてくれる作品だろう。もちろん、この本をきっかけに、数学の楽しさに目覚めた人は、もっと進んだものを読めばいい。大切なのは、数学を最初から毛嫌いしないことだ。数学は、私たちの生活の至る所で役立っているのだから。

(余談)
 文化祭の出し物で、遥たちクラスの女子が、チャイナドレスで模擬店の接客をしているが、みんな中二なんだよなあ。チャイナドレスはやはり、大人の女性でないと・・(以下略)(笑) 

※本記事は「シミルボン」に掲載したものです。

〇関連過去記事
お任せ!数学屋さん

○姉妹ブログ
文理両道
時空の流離人

 



天空の標的2 惑星ラランド2降下作戦3


・天空の標的2 惑星ラランド2降下作戦
・ギャビン・スミス
・創元SF文庫

 本書は「帰還兵の戦場シリーズ」(全3巻)に続く「天空の標的シリーズ」(全4巻)の2巻目となる。

 敵は秘密結社(カバル)。この巻では、主人公のジェイコブ(ジェイク)・ダグラスたちが集められ、敵の前線基地がある高重力惑星ラウンド2への軌道降下低高度開傘(OILO)による侵入を行うまでが描かれている。

 作品世界では、人間は過酷な宇宙でも生存できるようにするためか、体中を改造している。ジェイクにしても、全身をサイボーグ化した帰還兵という設定だ。

 全身サイボーグというと、よくこの手のマンガに見られるように、脳みそ以外は全部機械になっているのかと思ったら、どうも違うようだ。あくまで肉体をベースにして、それに色々なものを追加していくらしい。だから、全身サイボーグでも、女の子とにゃんにゃん(古い?)可能。おまけに、ネット上のバーチャル世界をプレイの場にすることもできるらしい(そんなん、楽しいのか?)。

 ジェイクたちのチームは、なかなか多彩だ。ジェイクは、元娼婦でハッカーのモラグという少女にメロメロなのだが、このモラグの悋気がすごい。ジェイコブが他の女と寝ている写真がネットにバラまかれているのを見て、怒りのあまり、ジェイコブに何発も銃弾を撃ち込むというアブナイ人なのだ。(もっともジェイクは全身サイボーグなので、ショックは受けても、死ぬようなことはないのだが。)

 この作品世界では、人もシステムの一部のような存在なので、ネット上でのバーチャルな戦いもある。だから、ハッカーというものが戦闘チームにとっては重要なようだ。チームにはもう一人、ベイガン(異教徒)という年配のハッカーがいる。変わり者ぞろいのチームの中で、この男は比較的まともなようだ。

 そして、ハワード・マッジー(マッジ)というジェイコブの戦友のジャーナリスト。彼はかなりの薬中のうえ、女よりは男の方が好きなようだ(この辺り、腐女子を狙った設定?)。

 作戦には、もっと銃を撃てる人間が必要だということで仲間にしたのがキャット・サマージョイとマーリー(マール)・サマージョイというきょうだい。キャットは女性だが、スキンヘッド。マールの方は、マッジのセフレ(もちろん♂×♂)になったようだ。

 そしてもう一人ミチヒサ・ヌイコという日本人らしい女性。彼らが、OILO作戦に使う快速艇<テツノ・チョウ>のパイロットなのだが、体が不自由なので、船にある生命維持装置の中におり、キメラとして船と一体化しているため、ネットにより意思疎通を行う。ネット上のバーチャル世界で、茶会も開くのである。彼女も、ヘイガンに口説かれて、あんなことやこんなことをする仲に。ただし、上のような事情があるので、場所はネット上の世界。

 彼らが、OILO作戦を決行するまでには、小惑星帯を事実上支配している小惑星帯探鉱産業会社(BPIC)の奴隷にされそうになったり、友人だったヴカリ(人狼)の部隊に襲われたりと波瀾万丈。まさに手に汗握るといったところか。

 しかし、いくつかツッコミどころもある。彼らは、現実のみならず、ネットの中のバーチャル世界でも戦いを行うのだが、バイオフィードバックという機能により、バーチャル世界でやられると、本体の方もズタボロになるのである。毒コードというものも存在しており、バーチャル世界で毒を飲むと、現実の人間も本当に死んでしまうらしい。そんなソフト、あらかじめアンインストールしておけよと思うのだが。

 また人間にもジャックが付いており、そこにプラグを差し込んで、データをやり取りして意思疎通を行ったりしているのだが、これを使って、行動を制限したり、奴隷にしたり、コンピュータウィルスを送り込んだりもできるのである。なぜ、わざわざそんなアブナイ仕様にしているのだろう。 この世界のサイボーグには、統一された仕様が存在しているのか? 本書を読む限り、サイボーグ内では情報系と制御系が混在しているような仕様のようだ。そんなもん、ちゃんと分けてセキュリティを確保しておけと言いたい。

 また、バーチャル世界での登場人物を表すのにアイコンという言葉が盛んに出てくるが、これはアバターといった方が正確だろう。アイコンとは、普通は絵で表されたアプリのメニューのことを指す。

 最後に、前の巻を読めば分かるのだろうが、この巻から読み始めると、作品世界にとって重要な概念が、説明なしに出てくるのも読者には不親切だ。例えば、<神>とデミウルゴスと言う言葉が何度も出てくる。この2つの闘いも、本書の重要な要素だと思うのだが、それがどんなものかは読んでいるうちになんとなく分かってはくるものの、100%の確証とはならない。せめて重要なキーとなる用語には一覧表をつけてほしいと思う。

○姉妹ブログ
文理両道
時空の流離人

ロートケプシェン、こっちにおいで4


・ロートケプシェン、こっちにおいで
・相沢沙呼
・創元推理文庫

名探偵「初」の活躍する学園ミステリー

 本書は、「午前零時のサンドリヨン」の続編に当たる。ヒロインは、前作と同じく酉乃初。ニックネームは、「初」からきた「おニュー」。教室では不愛想で、無口で、人と関わりたがらない。しかし本当は寂しがり屋の美少女だ。特技はマジックと推理。

 この作品は、初のことが好きな須川という男の子が、彼女といっしょに学校で起こった謎を解くという(といっても解いているのはもっぱら初の方なのだが)学園ミステリーである。

 なお、タイトルにある「ロートケプシェン(Rotkappchen)」とは、ドイツ語で「赤ずきん」のことだ。もっとも読みは、「ロートケプヒェン」という方が一般的なのだが、これを「ロートケプシェン」と読ませるところにも、ちょっとした伏線が潜んでいる。

 この作品は、いくつかのエピソードに分かれており、その中で小さな謎が提示されている。その謎というのは、どれもそれほど重いものではない。いつもは快活な織田さんが、カラオケの最中に、急に機嫌が悪くなり帰ってしまった理由は何かとか、須川が持っていた「水着写真集」を入れた封筒が、同じクラスの女子である笹本の封筒と入れ替わってしまったはずなのに、どうして入れ替わってなかったのかとか、バレンタインのチョコが教卓に積み上げられていたのはどうしてかといったような、些細なものばかりである。

 しかし、全体を流れる謎は、かなり重い。クラスで特定の人間をのけ者にするといった、中高生の幼稚な残酷さをテーマとしているからだ。井上という女子が、そんな低俗ないじめのために、「赤ずきんは、狼に食べられた」(p109)と黒板に書き残して、次の日から学校に来なくなったのである。本書は、そういった幼稚さに対して、これでいいのかという問いを突き付けているように思える。

 そこかしこに挿入されるトモとユカの話。本書を読んでいるとユカというのは井上のことだと分かるのだが、トモとは誰なのか。また井上の方も、イノウエトモコという名前が出てきたりする。なぜ彼女がユカと呼ばれるのか。どうして、学校に来なくなったのか。初がこの謎を解き明かしていくのであるが、待っていたのは意外な結末。まあ、バッドエンドではないからいいだろう。

 ところで、一見すると初と犬猿の仲のようだが、実は初のことを溺愛している八反丸芹華という美少女。初のことが好きな須川は、芹華からバレンタインにカレールー入りのチョコを贈られるような意地悪をされている。実は、あれはジョロキア(激辛の唐辛子)を入れるはずだったと言われて、ジョロキアのことが分からずに、納得している須川がちょっと不憫だ。いったいこの変則的な三角関係はどうなっていくのだろと思うと、この続きが早く出て欲しいと思ってしまう。


※本記事は、「シミルボン」に掲載したものです。

○姉妹ブログ
文理両道
時空の流離人
livedoor プロフィール
ブログランキング
br_decobanner_20101123214358



記事検索
訪問者数
  • 累計:

メッセージ
Recent Comments
Blogチャート
メディア掲載等

H23.3:書評コミュニティ「本が好き!」より「免許皆伝」称号を受ける

H23.3.16:読売新聞朝刊“読者のホンネ”に「カラスと髑髏―世界史の「闇」のとびらを開く」の100字書評掲載

H25.10.26発売の図書新聞(3132号、2013年11月2日号)に「泥棒は几帳面であるべし」の書評掲載

H26.6,28発売の図書新聞(3165号、2014年7月5日号)に、「市場主義のたそがれ―新自由主義の光と影」の書評掲載
本が好き!免許皆伝レビュアー風竜胆
  • ライブドアブログ