木田元氏は、中央大学の名誉教授で、我が国のハイデガー研究の第一人者だ。別にハイデガーに興味がある訳ではないのだが、私と同じように北森鴻のファンであることを偶然に知ってから、何となく一方的に親近感を抱いている。ところで、大学教授は、定年退職に当たって最終講義などをする慣習があるようで、木田氏が行った最終講義「ハイデガーを読む」と最終講演「哲学と文学」、そして最終講義・補講として「「存在と時間」をめぐる思想史」を収録したものが本書「木田元の最終講義 反哲学としての哲学」(木田元:角川書店)である。


木田元の最終講義 反哲学としての哲学 (角川ソフィア文庫)
  • 木田元
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 まず「ハイデガーを読む」についてである。ハイデガーの「存在と時間」は、私のような門外漢もその名前を知っているくらい有名な、現代思想に大きな影響を与えた書である。木田氏は、この「存在と時間」が読みたい一心で、山形県の鶴岡にある農業専門学校から東北大学文学部哲学科に入学したという異色の存在だ。

 氏によれば、「存在と時間」は未完の書ということらしい。元々上下巻の構成となっており、本来の構想としては、「存在一般の意味の究明を行う」ことになっていたようだが、出版されたのは、その準備段階に当たる「人間存在の分析」について書かれた序論部分だけだそうだ。この書は、1927年に出版されて以来、20世紀を通じて、広く持続的な影響を与え続けて来たが、未完の書と言うことで、従来様々な解釈が行われてきたようだ。しかし、1927年にハイデガーの行った「現象学の根本問題」の講義や「存在と時間」の最初の下書きだという「ナトルプ報告」などにより、ハイデガーが何をしようとしていたが分かってきたらしい。ハイデガーのやろうとしていたのは、存在概念が何らかの時間的意味を含むことに目を留めることにより、西洋哲学の隠れた本性を暴きだし、西洋哲学を根本的に見直すことだったようである。すなわち、「哲学」を批判する「反哲学」がハイデガーの狙いだっとということだ。何とも壮大な試みであり、正直ハイデガーの思想が、我々の暮らしにどのような影響を与えているかはよく分からないのだが、ここに氏の勉強の方法と言うことで、非常に興味深いことが書かれていた。

 氏は、大学に入って哲学の原典を読むために初めてドイツ語を勉強し始めたのだが、同級生の大半は旧制高校出身のため、3年間独語や仏語を学んで来ている。しかし、集中して勉強することにより、夏休みが終わるころには彼らより読めるようになっていたという。これは、自分が高一の夏休みに英語を集中学習して、普通の科目から得意科目に変えた体験からも納得ができることである。何かを学ぼうとすれば、ある期間は集中して勉強することが一番効果的なのである。

 次に、「「存在と時間」をめぐる思想史」であるが、これはマッハについて述べたものである。マッハとは、ジェット機などの速度を表す際に使う単位である「マッハ」の語源となった物理学者だ。彼は、当時の熱力学や電磁気学、光学などの物理の諸分野をすべて力学に従属させるという「力学主義的物理学」に反発して、物理学の仕事は、「現象相互間の関数的従属関係」を記述することに限られるという「現象学的物理学」を提唱した。一般的には必ずしもよく知られている存在とは言い難いが、実は彼の仕事は物理学のみならず、科学史、生理学、心理学、哲学など多くの分野に渡り、その影響の大きさは計り知れない。あのアインシュタインが、マッハの「力学史」に大きな影響を受けた話は有名であるが、物理学のみならずこれほどまでに色々な分野に渡っての影響力の大きさには驚かされる。

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