大きな話題を呼んだ「ブラックスワン」だが、それに先立つタレブの著作「まぐれ」( ナシーム・ニコラス・タレブ/望月衛:ダイヤモンド社)。これは面白い。私が普段思っていることにも通じるところがあり、まさに「壺にはまった」ような感じのする著作である。




 この本での主張は、成功の多くは、結局は「まぐれ」だということである。昨日までの勝者は、明日の敗者なのだ。恐るべきは確率のなせる技である。たまたまの「まぐれ」を自分の実力と勘違いした者はいつかは確率に裏切られるのだ。副題に「投資家はなぜ運を実力と勘違いするのか」とあるように、タレブはトレーダーを例にとって、このことを説明しているが、これは、色々な分野でいえることだろう。しかし、このような勘違いは世の中に溢れているのではないだろうか。

 よく知られているように、論理を展開する方法には、演繹法と帰納法がある。演繹法は、厳密に形式論理を積み重ねていくもので、出発点となる原理が間違っていなければ、そこから得られる結論は正しい。一方、帰納法の場合は、たった一つの反例でひっくり返ってしまう恐れがある。タレブの言うように、人間の脳は、帰納的推論を行う機械なのだ。だから、実務的には色々な場面で帰納法的な推論が使われている。しかし、いつ「ブラックスワン」の出現で、根本から覆るか分からないのだ。よくビジネス本などで紹介されている著者の経験則だって、所詮は帰納法のひとつにすぎない。話半分くらいで聞いておいた方がよいのである。くれぐれも、ランダム性のもたらしたいたずらである可能性があることを忘れてはいけない。

 それでは、ランダム性にもてあそばれないためには、どうしたらよいのだろうか。吉田兼好の徒然草百十段に「双六の上手といひし人に、その手立を問ひ侍りしかば、『勝たんと打つべからず。負けじと打つべきなり。』」という一節がある。タレブの言うことも、これに繋がるのではないだろうか。「ブラックスワン」はどこにいるか分からないのだ。これまで、「まぐれ」によって勝ち続けたとしても、それが「吹き飛ぶリスク」をとっていることに気が付かなければ、いつかは足をすくわれてしまうということだ。そして、そんなリスクの確率は、決してベルカーブのような左右対称の綺麗な確率分布でなどで表すことはできないのである。だが、そんなブラックスワンの存在を考慮に入れて行動すれば、普段は勝てなくても、負けは小さく、その時が来れば大勝ちすることができるのだ。

 全体に、いかにもタレブらしいシニカルな文体で書かれているが、その内容は多くの警鐘に満ちている。100のビジネス本を読むよりは、まず読んでおくべき本だろうと思う。


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(本記事は、「時空の流離人」と同時掲載です。)


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