横山秀夫の「半落ち」(講談社)、これもまた、なかなか考えさせられる作品である。W県警現職警部の梶聡一郎が、アルツハイマーの妻を殺したとして自主してきた。梶は、その他の部分は素直に供述するのだが、殺害から自首するまでの2日間の行動だけはどうしても明かそうとしないのである。彼の書斎の座り机にあった「人間五十年」という書。どうも彼は50歳で死を覚悟しているようだ。

 この作品は、6つの章から成り立っており、各章は、それぞれ、担当刑事、担当検察官、新聞記者、担当弁護士、担当判事、刑務官の立場から書かれている。そして、全体で一つの物語を構成している。事件を巡る、それぞれの思惑。そして、いわゆる組織の論理との葛藤。なぜ、梶は、2日間の行動を明らかにしようとしないのか。最後に明かされた、梶の空白の2日間の真相には、ただ感動。

 ところで、この作品は、直木賞選考の際に、一部委員から「決定的な事実誤認」があるとして、受賞できなかったといういわくつきの作品だ。まあ、ケチを付けた者と、横山氏のどちらの力量が上かは、これまで発表された作品を見れば明らかだろう。それに、文芸作品は、事実がどうあれ、登場人物がそう思い込んでいたという設定だけで十分ではないのか。登場人物が何を思ってどのような行動をしたか。そこが一番大切な読むべきポイントだと思うのだが。 

○本記事は、2007年11月09日付けで「時空の流離人」に掲載した者に加筆訂正を加えたものです。

○読書ブログがたくさん集まっています
br_decobanner_20101123214358


○姉妹ブログ
文理両道
時空の流離人