風竜胆の書評

コミックスから専門書まで、あらゆる本を読みます。元エネルギー企業の専任部長。現在は、ライター・書評家を標榜する自由人w 時に書評が過激になるのは、長州人の血? 現在「シミルボン」と「本が好き!」でも活動中。 執筆依頼、献本等歓迎します。右欄のメッセージ機能にてご連絡ください。 旧ブログ名:本の宇宙(そら)

2010年09月

ぼっけえ、きょうてえ4

 私も昔、倉敷市民だった時期もあり、岡山弁を聞くと懐かしい思いがする。「ぼっけえ、きょうてえ」(岩井志麻子:角川書店)は、岡山を舞台にしたホラー短編集である。




 「ぼっけえ、きょうてえ」は岡山弁で「とても、怖い」という意味。表題に岡山弁を持ってくるだけあって、作品の語り口も岡山弁であり、退廃的な内容とも相まって、この作品に独特のどろどろとした雰囲気を与えている。掲載されているのは、次の4作品。

○ぼっけえ、きょうてえ
 岡山の遊郭で、遊女が問わず語りに客に語る壮絶な身の上話。彼女の「姉」の身の毛もよだつような正体とは。

○密告箱
 虎列刺(コレラ)蔓延を防ぐために村役場裏に備え付けられた、感染者を密告するための「密告箱」の管理を押し付けられた役人の悲劇。

○あまぞわい
 岡山市から、辺鄙な漁村に嫁いだ女の禁じられた恋の悲劇。

○依って件の如し
 村人たちに虐げられていた兄妹の秘密と復讐劇。

 どの作品もゾクゾクッと来るような怖さを秘めている。しかし、通常のホラー小説のようなオカルティックな怖さではない。本当に怖いのは、幽霊や妖怪ではなく人間の情念、怨念だ。そんなことを思わせてくれる一冊だった。


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二筋縄。

秋の七草検定の合格証




 上の画像は、なんなんだと思われる方もあるかもしれないが、gooブログの方でやっている「文理両道」の記事に貼り付けようとしたのだが、仕様の関係でできなかったため、こちらに掲示したものである。

 それにしても、gooの糞ブログ(失礼)は、制約が多すぎて使いにくい。それでもやっているのは、引越しがめんどくさいというそれだけの理由なのだが。gooメールの改悪事件のこともあるし、考えなくてはいけないかな。


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あんじゅう 三島屋変調百物語続4

 「おそろし」に続く、宮部みゆきの三島屋シリーズ第2弾「あんじゅう」(中央公論新社)。前作では、ある事件をきっかけに心を閉ざしたていた少女・おちかが、神田三島町に袋物屋「三島屋」を構える叔父夫婦の許で、客から不可思議な話を聞くうちに、次第に心を開いていった。しかし、百物語と名乗りながら、前作ではたったの5話しか語られていない。さすがに、これでは百物語というのは誇大広告(笑)じゃないかと思っていたら、「あんじゅう」じゃなく「あんのじょう」、続編が発表された。(すまん。オヤジギャグを使ってしまった。)




 中は、連作短編集になっており、収録されているのは、次の4編。

・逃げ水
・藪から千本
・暗獣
・吼える仏

 宮部みゆきの時代ものは、江戸の下町の人情がよくでていて、人の心をほっこりほかほかにするものが多い。たとえ対象が人外の者であってさえそれは変わらない。「逃げ水」では少年に取りついたお旱さんという蛇神に対して、「暗獣」では、屋敷に住む真っ黒い妖に対してもいかんなく、人の心の優しさが発揮されている。

 しかし、「藪から千本」「吼える仏」では、一転、人の情念の恐ろしさを描いている。これもまた、宮部みゆきらしさが良く出ているといえよう。この作品の魅力は、人の心の優しさと恐ろしさのバランスがよく取れているところであろうか。

 ところで、「おそろし」のレビューの際に、最後はRPGのようだと書いたが、この「あんじゅう」では、ますますその性質が強くなったように思える。もちろん主人公たる勇者はおちかなのであるが、RPGには旅の仲間がつきものである。この作品で登場したのは、おちかの守り役のお勝、浪人で剣の達人である青野利一郎、偽坊主の行然坊。通常のRPGの登場人物に例えれば、それぞれ、魔道師、剣士、僧侶といったところか。しかし、今回のラスボス登場ともいえるとも言えるエピローグは、百物語にしては、当たり前すぎるように思える。

 ともあれ、まだ百物語のうち、9物語しか語られていない。これからも、宮部さんには、しっかりと続きを書いて欲しいものだ。おちかと青野利一郎、ちょっとこれからの発展が気になる感じだし。


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終身雇用制と日本文化 ゲーム論的アプローチ4




 長引く不況を背景に、労働市場の自由化など、市場のメカニズムに過大な期待を寄せる論調をよく目にするようになった。日本経済が絶好調だった頃はあれだけもてはやされた、「終身雇用制度」を背景とする「日本的経営」は、、今や日本企業の競争力を阻害している元凶のように言われることも多い。

 しかし、それでは、自由市場に一番信奉を置いているアメリカの場合はどうだろう。クーリエ・ジャポンの2010年3月号は、「『貧困大国』の真実」として、アメリカの病める姿を鋭く描き出していた。この実態を見れば、市場というものは、決して諸手を挙げて礼讃できるようなものでもないのだろう。もちろん、昔の社会主義諸国のような計画経済などは論外であり、解は、自由市場に近いところにはあるのだろうが、市場は必ずしも安定ではなく、そこになんらかのコントロールというものは必要なのである。

 市場に信頼を置くのは、「新古典派経済学」の考え方なのだが、私自身、安易な自由競争への期待に対して、ずっと懐疑的な気持ちを持ち続けて来たのだが、先般「終身雇用制と日本文化 ゲーム論的アプローチ」(荒井一博:中央公論新社)を読んで驚いた。まさに、私が感じている疑問に対して真っ向から論じていたのだ。発行は、1997年だからもう10年以上も前である。大抵のことは、既に誰かが考えて、論じているということのよい事例であろうか。

 要点をごく簡単にまとめてみよう。

 日本は伝統的に信頼を非常に重視した社会であり、そのような文化のもとでは、終身雇用制は、協力を促進するので、企業にも労働者にもメリットが大きい。

 反面、終身雇用制は、インフォーマルグループというものが組織内に形成されやすく、組織全体のためではなく、自分たちの利益のために動きがちである。信頼を非常に重視していた日本社会自体も急激に劣化が進行している。

 日本的システムは欠陥が露呈しているものの、歴史や文化を無視して、そのままアメリカの真似をしてもアメリカ以下にしかなれない。何よりアメリカ人の大多数が日本人より幸福という訳ではない。結局は、倫理的側面と制度的側面から日本的システムを改善してやっていくしかない。

 最近の経済学関係者たちの論調に少し辟易していた身には、いちいちうなずけることばかりである。ところで、本書には、経済学徒について、面白い実験結果が紹介されている。経済学徒は(もちろん平均的な話で個々には例外があるのはもちろんだが)、一般の人と比べて、「合理的」に行動したり非協力であったりする傾向が優位に現れるというのだ。ここでの「合理的」とは、「経済人」の持つ合理性ということで、つまりは自己の利益を最大にするように行動するということだ。経済の専門家の主張することが、時に違和感を持ってしまうのも、案外このあたりの感覚のずれから来るのかもしれない。


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永遠虹路3


 表紙イラストに描かれている、不思議な感じの美女が目を惹く「永遠虹路」(綾崎隼:アスキー・メディアワークス)





 主人公の舞原七虹(なな)は、誰もが振り向くような美貌の持ち主である。音楽の才能に恵まれながら、メジャーデビューを目前に、ぷっつりと音楽の世界から去っていく。

 「もう謳う意味がなくなったんです。届けたい人がこの世界に一人もいないのに、こんな辛いこと、もう私は続けられない」

 いったい七虹に何が起こったのか。この作品は、七虹のOL時代から、大学、高校、中学、小学校時代へと語り手を変えながら遡っていき、彼女の物語を綴っていく。そして、最終章で再び現代に戻る。

 上の台詞からは、七虹にどんな悲しい出来事があったのだろうと思ったのだが、結末は、想像していたものとはだいぶ違っていた。裏表紙に、「青春恋愛ミステリー」と書かれていたが、あまりミステリーらしさはない。不器用で、一途で、臆病な七虹。そんな七虹の、とっても遠回りなラブストーリーを描いた作品だった。


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黄衣の王2

 20世紀初頭に活躍したロバート・W・チェイムバーズの怪奇幻想小説を集めた「黄衣の王」(東京創元社)。「黄衣の王」というのは、作中に出てくる戯曲で、読んだ者に恐怖と災厄をもたらすと言う設定だ。本書は、この「黄衣の王」に関する短編が4編と、心霊能力を駆使した、サイキックバトル小説とも言える長編、「魂を屠る者」から構成されている。


黄衣の王
  • ロバート・W・チェイムバーズ
  • 東京創元社
  • 1260円
Amazonで購入
書評



 正直、短編の方は、私の好みに合わないようで、あまりこの世界に入り込めなかった。欧米人との感覚の違いなのだろうか、もちろん帯に書かれているような「宇宙的恐怖」など感じられなかった。

 一方長編の「魂を屠る者」の方は、まあまあ楽しめた。悪魔崇拝のイェーズィーディ族に囚われ、エルリク(悪魔)神殿の巫女となっていたトレッサ・ノートンという若い女性(もちろん美人)が、祖国アメリカに帰り、諜報部員であるクリーブスらと、アメリカを混乱に陥れようとする8人のイェーズィーディ族の妖術士たちと戦うというのが大まかな筋である。基本的には、トレッサ・ノートンと8名の妖術士たちのサイキックバトルなのであるが、「幻魔大戦」や近年の超能力ものの作品に馴染んだ目からは、どうにも地味な戦いに見えてしまう。

 この作品が、書かれた時期もあるのだろうが、悪魔崇拝で暗殺者の教団がアジアから世界中に広がっているという設定には、一体どんなアジア観を持っているんだと問い詰めてみたい気がする。もっとも、当時のキリスト教的世界観から見れば、異教徒はみんな悪魔だということなんだろうが。更に発表されたのが1921年と第一次世界大戦やロシア革命の直後ということもあり、当時のロシアや、ドイツ、ボルシェビキやアナキストといったものが、この悪魔崇拝教団といっしょくたに扱われているのが、時代を感じさせて、極めて興味深い。

 また、トレッサには、神殿の巫女仲間でユルンとサンサという仲良し(どちらも美女)がおり、彼女たちも心霊能力を使って、トレッサ達を助けてくれるのだが、面白いのは、二人とも、クリーブスの同僚たちと一目で恋に落ちていることだ。これも、アジアには良い男はおらず、アメリカ人の男は最高だという意識があったのだろうか(笑)。それにしても、悪魔崇拝の神殿の巫女が、簡単にキリスト教側に寝返って、トレッサ達に力を貸すというのは、宗教の束縛力を軽視し過ぎているような気がする。また、肝心のトレッサとクリーブスの方は、お互いに惹かれあっているのだが、まるで昔の日本の高校生の恋愛を見ているうような感じで、なかなか本心を打ち明けられず、傍から見ていると、じれったくてしょうがない。

 
 ところで、「黄衣の王」(おういのおう)というタイトルは、語呂が悪く言いにくい。

 「黄衣の王」→「おういのおう」→「オーイのオー」 

「えっ!? 駄洒落になっているじゃないか!」などと、つまらないことに気づいてしまった。まあ、狙って付けている訳ではないのだろうが。

 なお、この本は、「本が好き!」さまを通じて献本していただいたものです。お礼申し上げます。


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蜻蛉始末4

 維新の激動がまだ収まらない明治初期、政府を揺るがすような偽札事件が発生した。その犯人として、逮捕されたのは、明治期の関西財界の大立者として知られている藤田傳三郎であった。しかしそれは冤罪であり、約3カ月に渡る拘留の後に、彼は釈放されている。1879年(明治12)に起こった「藤田組贋札事件」である。この事件をモチーフに、贋札事件の裏に潜んでいる人間模様を描いた歴史ミステリーが、「蜻蛉始末」(北森鴻:文芸春秋社)だ。




 傳三郎は、萩出身であり、高杉晋作、井上馨、伊藤博文などの維新の大立者と交流があった。時に彼らに利用されながらも、その才覚で、着実に政商への道を歩いていく。作者は、彼に「とんぼ(蜻蛉)」とあだ名されている宇三郎という男を、影のように付き添わせている。宇三郎は、ぎょろ目で手足ばかりひょろ長く、小狡いうえに、虚言癖もあり、幼いころから人にからかわれていた。それをいつもかばっていたのが傳三郎である。もっとも、傳三郎も宇三郎にいらつき、しょっちゅう彼に拳を振るまっていたのだが、それでも宇三郎は、傳三郎に付きまとう。二人の間は、奇妙だが強い絆で結ばれていたのである。この作品は、そんな二人の愛憎の物語だ。

 実は、宇三郎は、愚鈍な見かけにも関わらず、六尺棒を使った棒術の達人で、傳三郎の影守りだった。彼の思考法は常人とは異なっている。自分や傳三郎にとっての脅威となりそうな者に対して、「いざとなったら殺してしまえばいい」と躊躇なく考えてしまうのだ。そんな宇三郎も、妻を迎え、娘が生まれると別人のように変わってしまうのだが、幸せもつかの間、彼を悲劇が襲う。そして、その悲劇が、傳三郎への恨みとなってしまうのだ。

 作者の北森鴻は山口県の出身だけに、志半ばで亡くなった長州藩の志士たちに対する思い入れは特に強いのだろう。高杉晋作や久坂玄瑞が、非常に魅力的に描かれている。生き残った井上馨や山縣有朋があまり好意的に書かれていないように思えるのとは対照的だ。

 維新前から明治政府がその基礎を固めていく時代の様子が活き活きと表現されており、フィクションの部分だけでなく、余り知られていない歴史秘話というようなものも知ることができる。歴史とミステリーの好きな人にはお勧めの1冊だろう。



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(本記事は、「時空の流離人」と共通掲載です。)

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