風竜胆の書評

コミックスから専門書まで、あらゆる本を読みます。元エネルギー企業の専任部長。現在は、ライター・書評家を標榜する自由人w 時に書評が過激になるのは、長州人の血? 現在「シミルボン」と「本が好き!」でも活動中。 執筆依頼、献本等歓迎します。右欄のメッセージ機能にてご連絡ください。 旧ブログ名:本の宇宙(そら)

2015年03月

ガロア―天才数学者の生涯5




 数学の世界にも、きら星のように輝く多くの天才たちが存在するが、その中でも天才中の天才と呼べるのは、ガロアを置いてないだろう。その後の数学に、大きな影響を与えるような理論を提唱しながらも、生前は正当に評価されず、わずか20歳で、決闘により命を落とした。そんな哀しき天才の生涯を描いたのが、この「ガロア―天才数学者の生涯」(加藤文元:中公新書)である。

 ガロアは、1811年、パリ近郊の小さな村で生まれ、11歳で、パリのリセ(高等中学校)、「ルイ・ル・グラン」に入学した。当初は優秀な成績だったガロア少年だが、校長の偏った教育理念により、第二学級を2回やることになってしまう。それも一旦は、上の修辞学級に上がってからのことで、つまりは、高校3年生が、学年の途中から2年生にされたようなものだから、いわゆる落第よりもひどい処置だ。

 しかし、「人間万事塞翁が馬」という諺もあるように、何が幸いするか分からない。学校側のこの処置は、ガロア少年の心を大きく傷つけたのは想像に難くないが、彼はこの2回目の第二学級で、数学に出会い、その才能を一気に開花させたのである。ガロア15歳のときのことだ。それまでは、数学に興味を持っているようでもなかった彼が、その後の数年で、数学史を塗り替えるような業績を残すのだから、数学の世界では、いかに才能というものが物を言うかということが分かる。

 彼は、理工系のエリート養成のための高等教育機関である、エコール・ポリテクニークの入学試験に二度失敗しているが、最初の試験に不合格となって、リセにもどったとき、今度は、彼を正当に評価してくれるリシャールという有能な教師に出会ったのだ。やはり、「人間万事塞翁が馬」、彼にとっては不本意だったろうが、数学の世界にとっては、大きな僥倖だったと言えよう。

 彼はルシャールの励ましにより、この時期に最初の論文を数学の専門雑誌に発表した。これが17歳のころで、日本ならまだ高校2年生である。高校2年生の書いた論文が専門誌に掲載されるなど、現代の日本ではまず考えられない。天才少年ガロアのデビューとしては、華々しいものだったと言えるだろう。しかし、その後の彼の人生は、挫折の連続だった。

 本書には、ガロアがどのような業績を残したのかについても詳しく説明されている。2次方程式は、根の公式を使えば解けることはご存じだろう。この公式には、平方根と言うものが出てくる。同じように3次方程式の解法には、立方根というものが出てくるのだ。このようにべき根を使って4次方程式までは代数的方法により解くことができるのである。しかし、これが5次方程式になると、一般的には代数的方法では解くことができない。これを証明したのが、ガロアと同時代を生き、やはり天才と呼ばれながらも夭逝した、アーベルであった。

 しかし、全ての5次以上の方程式が、代数的方法で解けない訳ではない。ガロアの目指したのは、「与えられた任意次数の代数方程式が代数的方法で解けるための必要条件を見つける」ということであった。これが成し遂げられれば、アーベルの業績は、そのひとつの応用でしかなくなってしまう。

 ガロアは、この論文をアカデミーに提出した。このとき彼の論文を査読したのがコーシーであったという。コーシーは、かなり気難しい人物だったようだが、著者は、彼はガロアの論文を十分に理解し、評価していたと推測している。だが、コーシーの勧めにより、書きなおしてアカデミー大賞に応募した論文も、査読者であったフーリエの突然の死によって散失してしまう。そして、ガロアの最大の理解者であったと思われるだが、コーシーも、当時の政治的混乱の影響で亡命を余儀なくされる。

 そして、エコール・ポリテクニークを再受験するも失敗し、不本意ながらエコール・プレパラトワール(高等準備学校:現在のエコール・ノルマル)に進学するも、共和主義に耽溺していた彼は、その言動の過激さにより放校されてしまう。そして、3度目の正直としてアカデミーに提出した論文も、査読者であるポアソンとラクロアに理解されず、リジェクトされてしまったのである。天才とは他人から理解されず、不遇をかこつものであるというのは、よくある話ではあるが、彼の生涯は、それを地で行っているといえるだろう。

 ところで、彼の伝説は、その早すぎる死という悲劇によって彩られている。一般には、決闘によって死んだとされているが、本書によれば、その死には様々な疑問があるという。一体彼は、なぜ死ななければならなかったのか。僅か20歳で死んだにも関わらず、その後の数学の歴史を一変させたような大天才である。if の世界をいくら考えても、所詮は詮無いことだが、もし彼がこのとき死ななかったらその後の数学の歴史はどうなっていたのかと、どうしても考えてしまう。

 まさに、ガロアの前にガロアなく、ガロアの後にガロアなし。激動の時代のフランスを彗星のように通り抜けた、稀代の天才数学少年ガロアの生涯の物語は、読者の心に大きな余韻を残すだろう。特に数学に関する詳しい知識がなくとも、十分に読むことができるので、数学の苦手な方にも、ぜひ勧めたい一冊である。

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奇跡を起こすスローリーディング4




 読書は、速読するだけが能ではない。ゆっくり味わうことでのみ味わえるようなものもあると説くのが、この「奇跡を起こすスローリーディング」(伊藤氏貴:日文新書)である。

 本書は3つの章からなっており、まず第1章では、スローリーディングとは、何かについて説明している。ここで大切なのは、どんな本でもスローリーディングに向くわけではないということだ。著者は、フランシス・ベーコンの言葉を引用して、本を「味わい本」、「鵜呑みにする本」、「咀嚼される本」に分けている。それぞれ、文学作品、情報収集のための本、自ら思考するための本を考えればよい。この中で、スローリーディングに向くのは、「味わい本」、「咀嚼される本」に分類されるものである。

 ただし、著者も言っているように、一つの本が、どの分類に含まれるかが変化することもある。著者は、「ある程度はその本自体のジャンルや質によっても決まってきます」(P29)と書いている一方で、「同じ本であっても読む人によって「鵜呑み本」にも「咀嚼本」にもなりうる本がある」(P64)とも書いている。読書とは、読み手と本の相互作用なのだ。だから、読み手の持っている知識、理解力、本を読む目的によっても変わってくるということだろう。

 例えは、一般のビジネス本のように中身がスカスカのもの(もちろん、例外はある)は、ただ速読すれば良い。情報収集できれば、それでよいからだ。著者も、いつもスローリーディングを行っている訳ではなく、必要な場合は速く読んでいるという。しかし、思考力、想像力を養うためには、ゆっくり読む必要がある。このあたりは、著者の意見に賛成だ。

 次に、第2章では、スローリーディングの方法論を述べている。例えば、「少し背伸びした本をえらんだ方がよい」、「アクセルとブレーキを使い分ける」、「筆者の意図とは別の可能性を考える」等、スローリーディングということにこだわらなくても、本の読み方として色々と参考になる。いくつかは、私も心掛けてはいることだがが、改めて教えられたことも多い。

 そして第3章は、本書のまとめである。スローリーディングを行うことによる効用が色々と述べられている。人は、単に本を読んで情報を詰め込むだけでは成長しない。本を基に、自ら考えることによってこそ成長があるのだ。そのためには、じっくりと本と対峙し、対話して、対決しなければならないのだろう。

 ところで、私だが、色々と忙しいので、この本は速読してしまった(スマン!)。しかし、折に触れて、ためになりそうなところをスローリーディングで読み返してみよう。


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新しい物性物理―物質の起源からナノ・極限物性まで4




 著名な数理物理学者であるヘルマン・ワイルの名著に、「SPACE TIME MATTER」というものがあり、これを日本語に直せば、「空間 時間 物質」となる。この本自体は、一般相対論を扱ったものだが、このタイトルは、物理学で扱われる対象を端的に表していると言えるだろう。

 本書のタイトルにある「物性物理学」とは、その名が示す通り、物質を取り扱う物理学である。これが、ものづくりに応用されると、物性工学となり、現代の様々なハイテク製品が生まれたのは、この科学のおかげだといっても過言ではない。

 実は、物性工学は、電子工学のなかの一分野としても扱われており、私の専攻が電気・電子工学だったため、学生時代は、かなり勉強した。ただ、この「物性」という用語は、日本独自のもので、英語では、「固体物理学」または、「凝縮体物理学」と呼ぶようだ。

 本書は、量子論、素粒子論の基礎的な話から始まり、電子、原子や物質の構造について説明した後、電気伝導、磁気などの応用面に移り、更に新しい応用法についても展望しており、カバーする範囲はかなり広い。最初は、基礎的な話なので、量子論などについてある程度の知識がある人は、3章くらいまでは飛ばしてもよいだろう。

 一般書なので、数式はなく、定性的な説明のみとはいえ、物性物理学を勉強していくための基本となる諸概念は沢山詰まっている。将来、この分野を目指す人は、熟読して、頭の中にイメージを作っておけば、専門書を読んで勉強する際に、大いに役立つだろう。そうでない人にとっても、本書により、現代の物理学についてのざっくりした知識を持っておくことは、いわゆるエセ科学に騙されないためにも、有効だと思う。

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萌空姫様のスノボ道3




 寒がりで、ウィンタースポーツなんてするよりは、こたつで丸くなっている方がいいという私が、なぜか読んでみようと思った「萌空姫様のスノボ道」(末長薫:風詠社)。そのわけは、ひとえに、表紙イラストが可愛らしくて楽しそうだったからだ。何しろ、基本的に、可愛いもの大好きというこの私。初めての作家さんの作品を手に取らせるには、表紙イラストがかなりものを言う。

 いかし、ウィンタースポーツ全般が苦手な私のこと。もちろんスノボのことなど全く分からない。例えば、「ハープパイプ」なんて言葉がよく出てくるが、「それいったい何?」という感じなのだ。ある程度の用語解説は、巻末についてはいるのだが、私の場合、もうそれ以前の問題。用語解説にも、例として挙げた「ハーフパイプ」なんて基本中の基本のような用語は出てこないので、こういったものは、ググッて調べてみる。グーグル先生と用語集の助けを借りて読んでいるうちに、どういうことを言っているのかは、なんとか想像できるようにはなった(と思う)。

 さて、本書の内容を一言でいえば、安藤萌空という、気まぐれで、わがままお気楽娘が、スノボ道を突っ走るというもの。萌空は、「すーさん」こと行板滑という友人(だよね。それとも保護者?どう考えても、彼氏じゃやないよね)から4年越しで誘われていたスノボに行って、すっかりその魅力にハマってしまう。才能もあったようで、びっくりするくらいのスピードで、テクニックを身につけていった。やがて、舞台も日本からオーストラリアに移り、金メダリストのノーラから教えを受けて、ついには、オリンピックの代表にまでなってしまう。

 私の好みとしては、もっと、主人公に山あり谷ありといったようなことも欲しかったのだが、この作品は、とにかく上り調子一直線の出世物語。萌空が悩んだり、心の闇を抱えていたりなんてことは全然ない(普段、いったいどんな小説を読んどるんや!?)。例えてみれば、スノボ太閤記といったところか。ストーリーにひねりはないが、萌空のルックスは、AKBの島崎遥香そっくりだということだ。それ誰やと思って、こちらもググッてみたら、「かっ、可愛いやないかい!」。これなら許す!(何を?)

 ところで、気になるのは、表紙イラストで萌空が来ているウェア。ロリータブランドを思わせるピンクのフリルがついているとウェアという設定だから、こんな感じなのだろうが、これって、空気抵抗が結構大きくなるんじゃないかな。普通のスポーツでは、空気抵抗(水泳なら水の抵抗)はできるだけ少ない方が良いと思うのだが、スノボの競技は、空気抵抗が大きくても、不利にはならないのだろうか?いかん、最近は、すっかり文学青年に化けてはいるが、元々理系育ちの私としては、変なところにこだわってしまう。

 もうひとつ気になったのは、萌空の話す言葉だ。彼女のホームグラウンドは大阪ということなのに、大阪弁が使われないどころか、時々「〜みたいに」というのを「〜みたく」と言っている。これは、東京方面の若者が使う言葉のようで、大阪人は使わないと思うのだが。作者も大阪に暮らしていると書かれているが、出身も大阪なのだろうか。TV番組の「秘密のケンミンショー」に、客の話す言葉で出身地を当てるバーのマスターが出てくるが、私も、彼の真似をして、「あんた、元々関東の人間だね!」と推理してみよう。

 そうは言っても、色々と知らないことを覚えることができたのは楽しかった。私のような、スノボド素人ではなく、ある程度その方面の知識がある人なら、もっと楽しめるだろう。

 なお本書は、「本が好き!」さまを通じて献本いただいたものです。お礼申し上げます。

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幻獣の書 (パラディスの秘録)4




 退廃と背徳の都パラディスを舞台に繰り広げられるおぞましい物語。ダークファンタジーの名手、タニス・リーによるパラディスの秘録シリーズの最新巻「幻獣の書」(東京創元社)だ。この物語は、「緑の書 エメラルドの瞳」から始まり、「紫の書 紫水晶を出でて」に続き、また「緑の書 エメラルドの瞳」に戻るという作りになっている。描かれるのは、古代アッシリアを期限とする鳥の魔物ウトゥクの恐ろしい物語。

 「緑の書 エメラルドの瞳」の前半は、大学で勉学のため、パラディスにやって来たラウーランという若者の話だ。彼は、下宿先の没落貴族の屋敷で、いるはずのない若く美しい娘を目撃する。名は、エリーズ・デュスカレ。彼女の瞳は、まるで一対のエメラルド。壁に囲まれた庭園にある廟にその名が刻まれ、死者として扱われている。その原因は、かってこの館で起きた凄惨な事件。彼女が嫁いだエロス・デュスカレは、なぜかエリーズに触れようとしない。彼女が、夫に媚薬を飲ませ、無理やり関係を結んだ時に起こったおぞましい出来事。そして、エリーゼに誘惑されたラウーランが、彼女と交わった時に、再び恐怖が幕を開ける。

 怪物の物語の始まりとなる「紫の書 紫水晶を出でて」では、舞台ははるか昔、古代ローマガ支配していた辺境の地に飛ぶ。ローマ軍人のウスカが娶ったのは、キリスト教徒の乙女ラウィニア。宗教の違いが二人の溝をひろげていく。夫婦関係は冷え切り、ウスカは、娼婦リリラに夢中になる。神憑りとなったリリラから送られた紫水晶の護符。それは、最初のうちは、彼に運をもたらしてくれるように見えた。夫婦関係も改善し、ウスカも司令官に昇進。しかし、しだいに彼の活力は無くなり、護符に刻まれた魔物の影が身の回りにちらつくようになる。ウスカは、山の民の男の力を借りて、再び活力を取り戻すも、これが恐ろしい因縁の始まりだった。生まれた息子ペトルスがやがてルキアという娘を娶るも、彼女と関係を持とうとしない。ルキアが媚薬を使って、ペトルスと結ばれたが、その時起きたことが、彼女を狂気に陥れた。

 そして、「緑の書 エメラルドの瞳」の後半では、再びラウーランの話に戻る。ウトゥクにとりつかれたラウーランは、自殺を図るが、ユダヤ人学者ハニナとその娘のルケルに救われる。二人の力で、ラウーランは魔物の呪縛から逃れ、ルケルを妻にして、物語は終わる。

 この物語には、男と女の対立構造が見える。ここでは、男は、怪物の命運を終わらせようとする存在だ。怪物に変化するのは、男なのだが、自分が怪物になるのを防止するため、女と交わることを避けたり、自らの命を断とうとする。一方、女は怪物を伝える存在として描かれている。自分に触れようとしない夫に媚薬を飲ませて、無理やりに交わったり、死してもなお、体の内に怪物を潜ませ、その怪物を伝える男を待っているような存在なのだ。こういった男女の役割構造が、物語の中では大きなアイロニーとなっているのではないだろうか。なにしろ、パラディスは、両性具有の都、男と女の区別さえ定かではない都なのだ。男と女の区別にどのような意味があろうか。こういった対立構造からくるアイロニーの面白さがリーの魅力となっているのだろう。


 さらに、この魔物を封じるために重要な役割を果たしたルケルも、魔物を伝える役割を持っているはずの女性だ。ここに二重のアイロニーをも感じる。それにしても、ラウーランを救うための儀式で、ルケルの舞った舞いのなんともエロチックなこと。

 闇の女王リーの描くパラディスの物語は、どこまでも暗く、退廃に溢れ、そして淫猥だ。しかし、人間の心には誰しも闇の部分がある。だからこそ、この暗い物語が、読者の心に響き、そして魅了するのだろう。読者は、読み進むうちに、どんどんパラディスの闇に囚われていき、抜け出せなくなってしまうに違いない。

 なお本書は、「本が好き!」さまを通じて献本いただいたものです。お礼申し上げます。


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探偵の探偵5




 妹の咲良をストーカーに殺され、その死に関わった探偵を探し出すために「探偵を探偵する探偵」になった紗崎玲奈を描いた、バイオレントサスペンス。「探偵の探偵」(松岡圭祐:講談社文庫)の第3弾だ。この巻では、いよいよ、その因縁の相手と決着がつく。

 この作品に出てくる探偵は、決して明智小五郎や金田一 耕助のような、正義の名探偵ではない。不法行為は当たり前。描かれている探偵の仕事とは、まさに不法行為そのものなのだ。玲奈が対峙するのは、依頼者から、詐欺のような手段で高額報酬を巻き上げたり、犯罪者に加担するような悪徳探偵。玲奈は、傷だらけになりながらも、そんな悪徳探偵たちを狩っていくダーク・ヒロインである。

 作品の中で玲奈たちが使う手口は驚くべきものだ。ターゲットに関する情報を得るのに、何をどのように調べれば良いのか。どのように、標的のプライバシーを覆うベールを引きはがしていくのか。その手口は、現代社会の危うさを、これでもかというくらい見せつけてくれる。本当にこんなことをオープンにして良いのだろうか。考えてみれば、とてもこわい小説である。

 最初にひとつ前振りのような話が入っているのだが、本筋の話の方は、DV被害者の1人である市村凛が、刃物を振り回した夫の沼園賢治に追われて、スマ・リサーチに駆け込んできたことから始まる。凛は、玲奈が出した覚えのない手紙を持っており、送られてきたというブックボックスにはGPSが仕込まれていた。そして、同じものが、他のDV被害者にも。

 玲奈が追いかけてきた、妹の敵・澤柳菜々。その正体は意外な人物だった。ストーリーの驚くような展開ぶりに、読者は意表を突かれるだろう。菜々に拉致された峰森琴葉に迫られた究極の選択。それは、玲奈と琴葉の切ない決別となってしまう。玲奈の歩む道の先にあるのはただ破滅のみ。それでも、玲奈は、この道を歩み続ける。ひとりぼっちで。その姿は、あまりに哀しい。

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和歌とは何か4




 和歌とはなんだろう。この問いに対する答えは、意外に難しい。31文字で表すというような、形式的なことを抜きにすれば、多くの人は、詠み手の心を表現したものであるというように思っているだろう。しかし、著者は、その立場をとらない。和歌とは、人の心をそのまま表現したものではなく、そこには演技があるというのだ。本書、「和歌とは何か」(渡部泰明:岩波新書)は、そのような視点から、和歌の本質を解き明かそうとしたものである。

 和歌とは不思議なものだ。どうして、僅か31文字しかないのに、枕詞のように、意味のない言葉が織り込まれているのか。その他にも、和歌独特の多くのレトリックがあり、これがますます、和歌を訳の分からないものにしているという。本書は、こういったレトリック面と、和歌が実際に使われる場という観点から、それぞれ第1部の「和歌のレトリック」、第2部の「行為としての和歌」というパートに分けて考察を加えている。

 第1部の「和歌のレトリック」では、この枕詞、序詞、掛詞、縁語、本歌取りについて、実際にそれが使われている和歌を例にとり詳しく説明されている。ところどころ、クイズ形式になっているので、読者は楽しみながら、これらのレトリックについて学ぶことができるだろう。

 第2部の「行為としての和歌」では、贈答歌、歌合、屏風歌、人麻呂影供、古今伝授について解説し、和歌の周りにある様々な現実の儀礼空間をあらわにする。著者は、「さまざまな場で人の営みとともにあったのが和歌の正しい姿なのだろう」(p140)と書いているが、本書を読めばこのことが良く理解できる。

 ところで、本書を読んで、昔から疑問に思っていたことがひとつ解決したような気がした。それは、「防人歌」と呼ばれるものの存在である。防人とは、九州防衛のために東国から徴用された兵たちのことだ。防人歌とは、この防人が歌ったものと言われている。しかし、万葉集の昔に、東国の農民たちに、和歌を詠むような教養があったとはとても思えない。また、貴族のような暇人でない限り、和歌など読んでいる余裕もないだろう。しかし、本書の説くように、和歌には演技があるとすれば、防人歌は、貴族たちの誰かが、防人の気持ちになって詠んだものではなかったのか。(あくまで、私の仮説ではあるが)。

 本書には、例として多くの和歌が納められているが、これらを読んでみると、人間は文明的には発達してきたかもしれないが、文化という面ではあまり変わっていないのではないかと思える。現代短歌には、さほど興味のない私にとっても、古代の和歌は当意即妙の面白さを感じるものが多いのだ。本書を読んで、ますます和歌に対する興味が湧いた。新年度は、放送大学で「和歌文学の世界(’14)」という科目を受講する予定にしているが、今から楽しみである。

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H23.3.16:読売新聞朝刊“読者のホンネ”に「カラスと髑髏―世界史の「闇」のとびらを開く」の100字書評掲載

H25.10.26発売の図書新聞(3132号、2013年11月2日号)に「泥棒は几帳面であるべし」の書評掲載

H26.6,28発売の図書新聞(3165号、2014年7月5日号)に、「市場主義のたそがれ―新自由主義の光と影」の書評掲載

H28.8頃より「シミルボン」への投稿開始

H29.7.4「彗星パンスペルミア」の書評が「新刊JP]に掲載

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H29.11.24「ペンギン・ハイウエィ」の書評が「新刊JP」に掲載

H29.12.26.「ニッポンの奇祭」の書評が「新刊JP」に掲載

H30.1.18.「問題解決大全――ビジネスや人生のハードルを乗り越える37のツール」の書評が「新刊JP」に掲載

H30.4.26.「メゾン刻の湯」の書評が「新刊JP」に掲載

H30.7.20.「極道ピンポン」の書評が「新刊JP」に掲載

H30.7.26.「シミルボン」にインタビュー記事掲載

2019.2.23.「本が好き!」×「書店フェア」で「あなたの街で本と出会う Vol.2」に「こころを彩る徒然草」のレビュー掲載

2019.04.28.【本が好き!×カドブン】コラボレビュー!第4回『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。』掲載
本が好き!免許皆伝レビュアー風竜胆
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