少し前に、本ブログで樋口有介の「誰もわたしを愛さない」を紹介した。樋口有介の作品はこれが初めてであったが、テンポの良い会話の面白さにすっかり引きまれてしまった。そんなわけで、同じ作者による「木野塚探偵事務所だ」(樋口有介:東京創元社)も読んでみた。これがまた、予想以上に面白かった。


木野塚探偵事務所だ
  • 樋口有介
  • 東京創元社
  • 672円
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書評



 この物語の主人公木野塚佐平氏は警視庁を定年退職して、あこがれていたフィリップマーロウのような私立探偵となるべく、へそくりをはたいて探偵事務所を開設する。へそくりをはたいてというのが、少しいじましい気もするのだが、何しろ彼は、警視庁在職37年、おまけに警視総監賞も一度もらっているのだ。ただし、在職中は経理課一筋であり、警視総監賞も、コンピュータ導入の業績によるものなのだが。ひたすら電卓の操作と帳簿の整理という裏方の仕事に徹しながら、それゆえに私立探偵の活躍するハードボイルドの世界にあこがれをつのらせる。このあたりの気持ちも分からなくはないが、多少妄想の気もあるようで、有名になって、週刊誌に載ったりワイドショーに出たり、ついでにワイドショーの美人キャスターとの不倫まで夢見たりしている。

 そんな夢をかなえるべく、開いた探偵事務所であるが、ここでも妄想癖を発揮し、美人秘書との恋愛を夢見て、若くて肉感的な秘書を募集するが誰も応募してこない。結局秘書兼助手に収まったのは、事務所の表札を運んできた女の子梅谷桃世。彼女が木野塚氏の事務所を訪れたのも、たまたま隣でパチンコをやっていた男がスリーセブンを出して手が離せないからということで、頼まれたからなのである。残念なことに、桃世は痩せぎすの高校生と間違えそうな色気に欠ける女の子であった。(ただし、よく見れば美人)

 木野塚氏が妄想たっぷりに始めた探偵事務所だが、現実はなかなか厳しく、依頼はなかなか来ない。来た依頼も変なものばかり。ところが、この桃世嬢、鋭い推理力で、依頼が解決するのも、実質はほとんど彼女の力なのだ。

 この作品は連作短編となっており、収録されているのは以下の5編である。

○名探偵誕生
 木野塚氏が探偵事務所を開設し桃世嬢が秘書兼助手に雇われるまでのいきさつ。

○木野塚氏誘拐事件を解決する
 誘拐は誘拐でも金魚の誘拐事件。ただし、江戸錦という1000万円の金魚だそうだ。

○男はみんな恋をする
 飼い犬が近所の犬に恋をしたので、なんとかかなえさせて欲しいという依頼。

○菊花刺殺事件
 菊の盆栽づくりをめちゃめちゃにした犯人探し。

○木野塚氏初恋の思い出に慟哭する
 猫が行方不明に。依頼人は、木野塚氏の初恋の人。しかし、歳月は残酷にも彼女を大きく変えていた。

 いずれも、木野塚氏の妄想ぶりと桃世の鋭どい推理が面白い。木野塚氏も、徐々に進化し、次第に探偵ぶりがどこか板についていっているような気がする。 この二人いいコンビだと思っていたのに、最後には、意外な別れのシーンが・・・。

 ユーモアあふれる文章の中に、どこか老いに差し掛かってなお、ひと花咲かせたいという男のペーソスを感じさせてくれる。そんな読後感のする作品であった。


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