「現場からのネット敗北宣言」という副題のついた「ウェブはバカと暇人のもの 」(中川淳一郎/光文社)。かなり物議をかもしだしそうなタイトルである。世間では、やれWeb2.0だとかクラウドコンピューティングだとか、ネットに関する夢や希望が語られがちである。しかし、それに対し本書は真っ向から意義を唱えている。




 確かに出てくる事例を読めば、著者のいうことにも一理あるような気がする。例えば、寝るとき以外に1ヶ月間携帯で動画をつけっぱなしにして、通信量が1億2000万パケットにも達した話や、芸能人への批判を書いたブログがくだらないコメントで炎上した話など、ばかばかしいとしか言いようがないような話が多く紹介されている。私のブログのような辺境ブログにも、スパム的なものならず、かなり失礼なコメントがつくこともある。

 これに対して、小飼弾氏は、彼のブログ「404 Blog Not Found」で、「ネットはだれのものでもない。」と反論している。彼は、「ネットが本当にすごいのは、本当は「だれのものでもない」はずなのに「だれかのもの」だったものごとばかりのこの世界で、本当に「だれのものでもない」を実現したことだ。」と言っているが、この辺りの彼の主張ははっきりいって理解し難い。しかし、彼が直感的にネットを「パブリック」と言ったのは当たっていると思う。そう、ネットは公共財の一つなのである。もっとも、ネットが公共財であるという概念は、別に新しいことでもなんでもないのだが。

 通常は、ネット自体もその上で展開されているサービスにも管理者はちゃんと存在するが、それらの利用者は管理者の意思とは関係ないところでネットを使う。管理者は利用者の一人ひとりの情報について熟知できないため、あまり好ましくない使い方をするものが、ネット上を跋扈しやすいのである。

 この問題の本質は、情報の非対称性から生じるモラルハザードである。ネットは公共財ゆえに、色々な人々が利用する。そこには高度な利用をする人間もいるが、残念ながら、情報に非対称性があるためにモラルハザードが発生し、好ましくない使い方をするものが多くなるということなのである。だから、ネットはそのようなものであると認識して使わなければならないし、著書が主張するように過大すぎる期待をすべきではないのだが、著者や小飼氏のように。電話や新幹線とどちらがすごいなどと比較をしても始まらない。

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