風竜胆の書評

コミックスから専門書まで、あらゆる本を読みます。元エネルギー企業の専任部長。現在は、ライター・書評家を標榜する自由人w 時に書評が過激になるのは、長州人の血? 現在「シミルボン」と「本が好き!」でも活動中。 執筆依頼、献本等歓迎します。右欄のメッセージ機能にてご連絡ください。 旧ブログ名:本の宇宙(そら)

京都

はんなりギロリの頼子さん1,24


・はんなりギロリの頼子さん1,2
・あさのゆきこ
・ノース・スターズ・ピクチャーズ

 主人公は新堂頼子という、生粋の京美人。ちなみに、バツイチ。そして煙草屋の看板娘(私は煙草を全く吸わない(むしろ嫌煙)ので、あまり気をつけてはいないのだが、まだ煙草屋ってあるんだ。)。

 でも京都人特有の「イケズ」とは全く無縁だ。むしろそういう京都人を嫌っている。なかなか親切でお人よし。目つきが悪いのが球に傷。ギロリとされると、たいていの人は怯む。ちなみに、目つきがそっくりの兄がいる。この作品はそんな頼子さんの日常を描いたものだ。もちろん京都の見どころも織り込まれている。

 大学・大学院と六年も京都にいたのだが、実はあまり京都人というのを知らない。知っていたのは、住んでいた学生アパートの大家と同級生(電気系だけで120人くらいいるはずだ)が一人くらいだ。これは外国からの留学生よりも少ない。

 大学の同級生にも殆ど京都人はおらず、大阪や名古屋の人間が多かった。なんでも、学力の関係で私の大学には京都の高校からは進学できなかったらしい。どうも「十五の春は泣かせない」と言った某革新知事の影響のようだ。

 しかし、こんな京都を舞台にした作品を読むと、また京都に行きたくなってくる。なんとなく青春のノスタルジーが刺激されるのだろうか。そのうち機会をみて訪れようと思う。

京都烏丸御池のお祓い本舗4


・京都烏丸御池のお祓い本舗
・望月麻衣
・双葉文庫

 主人公の木崎朋美は、静岡出身。京都で就職してたったの1年でリストラされ、城之内隆一の探偵事務所に拾われることになった。城之内は東京で弁護士事務所を開いていたが、経営に失敗して地元京都に舞い戻り、今は探偵事務所を開いている。

 ところがこの事務所に来る依頼は、迷子の動物探し程度。しかし、不思議になぜだか経理的には余裕がある。実は探偵事務所というのは表の顔。その実態は、魔界都市京都らしい怪異の関連する事件を請け負っているお祓い事務所なのである。

 朋美は自分は霊感に縁がないと思っていたが、実はいるだけで怪異の方から避けていくという強力な防護体質。ちなみに所長の城之内は霊を感じることができる人。そして高校生アルバイトの高橋海斗は、霊が見える人だ。

 この凸凹トリオが、魔界都市京都に起こる怪奇な事件に挑むというのが基本的なストーリーである。

 笑ったのは、このトリオが現場に踏み込むときに、朋美が先頭を歩かされるところだ。もちろん、朋美の防御力を期待してのことだが、後の二人曰く、レディファーストらしいが、ちょっとなんだかなあ・・・。

 ところで、集まった怪異を退ける呪文だが、朋美は「アビラウンケンソワカ」をアラビアンナイトみないな呪文だとうろ覚えで、「アラビアンソワカ」と言っている。でもそれでちゃんと効果を発揮しているのだから面白い。

 同じ作者の人気シリーズである「京都寺町三条のホームズ」の登場人物も少し登場しており、この辺りは人気シリーズを持っている作者の強みか。また、海斗には何か謎があるようだ(本人はまったく記憶していないようだが)が、これがどのようにこれからの展開に影響してくるのか気になる。
 

「一見さんお断り」の勝ち残り経営 ~京都花街お茶屋を350年繁栄させてきた手法に学ぶ~3


・「一見さんお断り」の勝ち残り経営 ~京都花街お茶屋を350年繁栄させてきた手法に学ぶ~
・高橋秀彰
・ぱる出版

 京都のいやなところを挙げろと言われれば、おそらくワーストスリーには入るだろうと思われる「一見さんお断り」という商法。「一見さんお断り」というのは、なじみの客かその人の紹介がない人は入店を断るという、今でも京都のお茶屋などで行われている風習だ。

 私も、大学、大学院修士と6年間京都で過ごしたのだが、貧乏学生だったので、そんな場所とは無縁だった。しかし、実際にそんな目に遭ったら、たぶん怒り狂って二度とそんなところには足を運ばなかっただろう。

 ところが、著者は、この「一見さんお断り」のシステムこそ理想であるかのように褒めちぎっている。「一見さんお断り」とは、一種の受注生産で、その顧客に最適のサービスを提供し、貸し倒れリスクを減らし、価格競争を回避するというのだ。しかし本当にそうだろうか。

 貸し倒れリスクを減らすのなら、「いつもニコニコ現金払い」にすれば済むことだし、何でもこのシステムから外れそうなものは「無粋」で片づけてしまうような論調も気になる。そもそも「無粋」か「粋」かなど、個々の人間が判断すればいい話であり、店に決めてもらう必要はない。

 著者は価格設定はリーズナブルであるというが、実際の数字が示されていないので、本当にそうかは判断できない。実際の数字を示すことは、著者の感覚では「無粋」というのだろうか。

 良くも悪くも、このシステムは京都ならではといったところだろう。京のお茶屋のシステムという、自分の知らない世界(自分とはおそらく縁のない世界)を覗けたことは興味深かったが、このシステムが汎用的かと問われれば、おそらく他の土地で同じようにやっても、よほど名の売れたようなところでないと通用しないことが多いように思う。

 なお、本書は、レビュープラスさまからのいただきものです。ありがとうございます。 

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京都人は変わらない2



・京都人は変わらない
・村田吉弘
・光文社新書

 著者は、京料理屋「菊乃井」3代目主人だという。そんな著者が描く京都人のしたたかさ。

 京都では、老舗でも時代に合わせて商売の内容を変えているらしい。決して伝統にしがみついているわけではないというのだ。著書の家も4代前は乾物屋だったようである。

 京都の老舗は、地元密着型で、末席に座っている人、子供を大事にするらしい。なぜなら、将来のお得意さん候補だから。このあたりはちゃっかりしているというのかどうか・・・。

 京都では、客が押し寄せることを良しとしないようだ。商売を企業ではなく、家業と考えており、存続することを、なにより重要視するというのがその理由だ。ということは、観光客などはなから相手にしていないということだろうか?

 京都は、端から見れば観光と学生の街以外の何者でもない。こういったことを言われると、中の論理ばかり主張されているようで違和感を感じざるを得ない。京文化の優越感のようなものが感じられるのは、果たして気のせいだろうか。

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京都ぎらい3


・京都ぎらい
・井上章一
・朝日新書

 京都には中華思想が根付いているような話はよく聞く。なににつけても、「洛中サイコー!」と見なして、同じ京都市内でも、洛中でない場所を低く見るというものだ。本当にそんな考え方が今でも根深いのだろうか。

 私は、大学、大学院修士と京都大学で学んだが、実はあまり京都人を知らない。なにしろ、私が入学した当時は、京都の高校からは、京都大学にはなかなか入学できず、友人はほとんど大阪人や名古屋人だったからだ。

 だから、あまり京都人の京都中華主義を見聞きしたことはないし、たとえ見聞きしたとしても、鼻で笑ってやっただろう。我々長州人には、近代日本の礎を作ったという自負がある。明治維新前後の動乱期、京都人はいったい何をやったのかと考えれば、いくら京都人が中華思想を披露したとしても、遠吠えにしか聞こえない。

 ところが、嵯峨育ちだという著者の場合は少し違うようだ。もちろん嵯峨は、京都市の一部である。嵯峨野には何度も行ったし、我々他県出身の者から見れば、嵯峨は立派な京都だろう。だから京都観光の人々も、大勢嵯峨を訪れるのだ。しかし、洛中以外の周辺部は、田舎扱いされて洛中の人々からは京都扱いされてこなかったそうだ。

 例えば、下京にある古民家に調査の挨拶に訪れた際に、著者が嵯峨育ちだというと、その家の主人は、嵯峨からは、農家がよく肥くみにきていたのでなつかしいと言いながらも、そこには揶揄の含みがあったという。中京の老舗の令嬢は、山科の男性との見合い話があった際に、東山が西の方に見えるからと言って、嫌がったそうだ。著者が現在住んでいる宇治なども、京都扱いはされないらしい。

 本書に書かれているのは、そんな「京都」に対する怨み節といったところか。しかしその一方では、「七」は京都では「しち」ではなくて「ひち」なのだから、上七軒の読みは「かみひちけん」だと言ったり、最近では「五山の送り火」が正しいと言われているが、自分たちは「大文字焼き」と言っていた主張したりと、京都の人間としてのアンビバレントな面も伺え、なかなか面白い。

 なお、「七」の読み方については、朝日新聞社とちょっとしたバトルがあったようで、あとがきにそのことが書かれていたが、結局本書では「上七軒」のルビを「かみひちけん(ママ)」(p69)と振ってあった。いやはや・・・。


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一澤信三郎帆布物語4




 少し前に、大塚家具で、父と娘が経営権を巡る骨肉の争いが、連日のようにマスコミで報道されていた。そして、ひと昔前にも、静かな京都の街を、同じような事件が騒がせたことがある。一澤帆布の相続権をめぐる騒動だ。こちらは親子ではなく、兄弟の争いだが、当時は相当話題なったと記憶している。本書「一澤信三郎帆布物語」(菅聖子:朝日新書)は、その顛末を描いたものだ。

 一澤帆布は、京都東山の地で、布製かばんの製造・販売を行っており、多くの人に親しまれてきた。信三郎氏は、社長として、この一澤帆布を切り盛りしていたが、父親の信夫氏の死により、事態は一変する。

 顧問弁護士に預けられていた父親の遺言書は、いっしょに会社を経営してきた信三郎氏に一澤帆布の株式のほとんどを譲る一方で、他の家族にも、その立場に配慮して、なんらかのものを相続させるという、ごく妥当とも思えるものだった。

 ところが、信三郎氏の長兄が、自分は別の遺書を預かっていると言いだす。この遺書は、日付こそ新しいものの、それまで一澤帆布の経営に関わってこなかった長兄に株式の大部分を譲るといった驚くような内容で、印鑑も実印でなく認印、筆跡もおかしい、使われた筆記用具も愛用の万年筆ではなくボールペンと、不自然な点が多かったという。

 信三郎氏は、京都地裁に第2の遺言書の無効確認の訴訟を起こすも、まさかの敗訴。高裁も上告を棄却し、信三郎氏は一澤帆布を追われる。しかし、職人も顧客も信三郎側に付く。そして、信三郎氏は、一澤帆布の眼と鼻の先に、一澤信三郎帆布を設立した。

 私は、遺言書の真贋をどうこう言う立場にはないが、戦い自体は、信三郎氏のワンサイドゲームと言ってもよかった。この騒動を、ニュースで聞いていた私は、2006年の11月に京都を訪れた際、野次馬根性で近くを通ってみたが、一澤信三郎帆布側の盛況ぶりと、土日休業を余儀なくされていた一澤帆布側とのあまりの差に驚いたものだ。

 現在は、信三郎氏が一澤帆布に帰り咲いているが、これは、奥さんを原告にして、2回目の裁判を起こすことができたことによる。1通目の遺書には、信三郎氏の奥さんへの遺贈が記されていたのに対して、2通目の遺書には記されていなかったからだ。これを根拠に、奥さんが原告となって起こした裁判は、前の判決を完全にひっくり返す。本書の記載は、信三郎氏側の勝訴のところまでで終わっているが、調べてみると、どうもまだ、この後にいろいろあったようだ。相続問題というのは、拗れると泥沼に嵌ってしまうということが、この件でもよくわかる。

 ところで、本書から読みとれるのは、こういった商売に大切なのは、ものづくりに対する情熱、周りからの信用、自分たちの作る製品に対するプライドと愛着といったことだ。どれも、長年、地道に商売をやっていく過程で蓄積されていくものだらろう。いきなり、落下傘で空から降ってきて、そのようなもの無しに、伝統ある会社を経営しようとしても、無理とはいえないまでも、かなり難しいということは言えるだろう。


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東京育ちの京都探訪 火水さまの都4




 京都観光住人歴、丸12年(執筆時)という著者が京都の魅力を描いた、「東京育ちの京都探訪」(麻生圭子:文春文庫)。

 著者夫婦は、2005年5月から、2件目の町屋に引っ越しをした。前の家が間取りに欠陥があったということで、契約が切れたのを契機に引っ越したらしい。新しい家は、なんと2百坪の敷地に茶室付。しかし、空き家になって数年とは思えないような荒みぶりだった。なにしろ、雨漏りも半端じゃない。滝のようなと形容されるくらいなのだからすさまじい。著者夫婦は、修復工事、植栽の剪定、家の掃除と、住めるようになるまでに、膨大な費用と労力を費やす。この奮闘記を描いたのが、第一章の「「町屋」の物語」。

 普通は、住めるようにするのは、大家の責任だと思うのだが、1件目の家もだいぶ手を入れたようなので、京都の風習は違うのだろうか。人件費節約のため、自分たちでできるところは自分たちでやったということだが、おかげで、ご主人は、激やせしたらしい。皆さんも、一度試してはどうだろうか。「京都の町屋復元ダイエット」(笑)。

 ところで、本書は、第一章をプロローグとした後、第二章「「掌」の物語」、第三章「「火」の物語」、第四章「「水」の物語」と続いていく。しかし、このような章建てになっていても、各章に収められているエッセイが、きちんとタイトルに従って、分離されているわけではない。確かに、第三章は、「火」に関する話題が中心になっているし、第四章は、「水」に関する話題が中心となっている。しかし、第二章にも、「水」の話と「火」の話が入り込んでいるし、第三章、第四章にも、それぞれ、「水」や「火」に触れている部分もあるのだ。

 副題の「火水さまの都」というのは、言い得て妙だ。この「火水さま」というのは、著者が下鴨神社の宮司から、「ここでは神さんのことを火水とも書くんです」と聞いたことからきているようだが、まさに京都は、火と水の都。一般的には、水と火とは一般には並び立たない、二律背反のような存在として描かれることが多い。しかし、京都では、火と水が調和を保ってこそ京都らしさが生まれてくるのだろう。それにしても、京都観光住人という著者の立場はうらやましい。私も、また、京都へ行きたくなってきた。ほんと、宝くじでも当たらないものか(笑)。


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H25.10.26発売の図書新聞(3132号、2013年11月2日号)に「泥棒は几帳面であるべし」の書評掲載

H26.6,28発売の図書新聞(3165号、2014年7月5日号)に、「市場主義のたそがれ―新自由主義の光と影」の書評掲載

H28.8頃より「シミルボン」への投稿開始

H29.7.4「彗星パンスペルミア」の書評が「新刊JP]に掲載

H29.10.19「ハンナ・アーレント - 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者」の書評が「新刊JP」に掲載

H29.11.24「ペンギン・ハイウエィ」の書評が「新刊JP」に掲載

H29.12.26.「ニッポンの奇祭」の書評が「新刊JP」に掲載

H30.1.18.「問題解決大全――ビジネスや人生のハードルを乗り越える37のツール」の書評が「新刊JP」に掲載

H30.4.26.「メゾン刻の湯」の書評が「新刊JP」に掲載

H30.7.20.「極道ピンポン」の書評が「新刊JP」に掲載

H30.7.26.「シミルボン」にインタビュー記事掲載

2019.2.23.「本が好き!」×「書店フェア」で「あなたの街で本と出会う Vol.2」に「こころを彩る徒然草」のレビュー掲載

2019.04.28.【本が好き!×カドブン】コラボレビュー!第4回『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。』の書評が掲載

2020.01.24.「貧乏大名“やりくり”物語 たった五千石! 名門・喜連川藩の奮闘」が「新刊JP」に掲載

2020.02.04.『どんなことからも立ち直れる人』の書評が「新刊JP」に掲載
本が好き!免許皆伝レビュアー風竜胆
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