風竜胆の書評

コミックスから専門書まで、あらゆる本を読みます。元エネルギー企業の専任部長。現在は、ライター・書評家を標榜する自由人w 時に書評が過激になるのは、長州人の血? 現在「シミルボン」と「本が好き!」でも活動中。 執筆依頼、献本等歓迎します。右欄のメッセージ機能にてご連絡ください。 旧ブログ名:本の宇宙(そら)

宗教

暗黒女子4


・暗黒女子
・秋吉理香子
・双葉文庫

 映画化もされた本書。主演女優が宗教生活に入ることを発表したということでも話題となったことは記憶に新しい。

 ストーリーは新会長・澄川小百合が主催する、聖母女子高等学院文学サークルの定例会の場面から始まる。この会はなぜか闇鍋形式で行われ、サークルのメンバーはそれぞれ作成してきた小説を読み上げるというものだ。
 いつもは自由にテーマを選んでもいいのだが、今回はテーマが決められている。それは「前会長白石いつみの死」。彼女は、女学院の経営者の娘であり、美しく聡明な大金持ちのご令嬢。学院の女王様的存在で、全校生徒のあこがれの的でもあったが、先般謎の死を遂げていたのだ。いったい誰がいつみの死に関わっていたのか。

 ところがメンバーの朗読する小説は、それぞれサークルメンバーの誰かを犯人として告発するような内容だったが、すべて違う人間を名指ししており、互いに矛盾するようなものだった。しかし、明らかになるのは、美しき女の園と思われたものの実情が、いかにどろどろとした暗黒で満ちていたかということだろう。

 そして、最後に小百合よって意外な真実が明らかにされる。いつみが死んだ際ににぎりしめていたという「すずらん」、そして闇鍋。こういったものが伏線となっていて、最後の一気に回収されるのだ。

 しかし、種が明かされたとき、世の中の男子諸君は、きっとこのように思うに違いない。

「女って、怖い!!」

 この作品は、女子とは「可愛らしい」ものだなどという男子の幻想を徹底的に打ち砕いてくれるだろう。端的に言えば、「イヤミス」の決定版ともいえるような作品かもしれない。でも、こんな話、男が書くと非難が殺到するかも。作者が女性だから書けたような気もしないことはないのだが・・・。

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時空の流離人

カルト脱出記: エホバの証人元信者が語る25年間の記録4


・カルト脱出記: エホバの証人元信者が語る25年間の記録
・佐藤典雅
・河出文庫

 本書は、東京ガールズコレクションを手掛けた著者が、どのようにエホバの証人の信者として育ち、どうして決別することになったかを描いた手記である。

 外の人間が取材によって書いたようなものではなく、どっぷりと教団の中に浸かっていた人間が、自らの体験を元に書き上げたものなので、その分リアリティはある。しかし、教団をカルトと断じながらも、なんだかまだ愛着のようなものを持っているなと感じられるのは私の気のせいだろうか。

 妻がまず洗脳されて信者になるケースが多いということは興味深い。これは、男女の特徴が反映されるのかなと思ったが、あまりここに突っ込むとまずいかもしれないので、やめておこう(笑)。そんな場合、夫の方はどうするのか。付き合いで信者になるか、それとも、とても一緒には暮らせないと離婚に至るかのどちらかのようだ。 離婚にまで発展した場合は、家庭は崩壊するし、どちらのケースでも一番被害を受けるのは子供たちである。なにしろ、教団活動を優先するために、大学など行かずに新聞配達でもやって生活していけと、母親から大真面目に言われるのだから。

 もちろん、そんなことをしてまともな生活ができるはずがない。手に職もなく、学歴もなく気が付いたら歳だけとっているということになってしまうのだ。待っているのは極貧の生活。そうなるともう教団から足を抜くこともできなくなってしまう。

 もっとも、宗教には多かれ少なかれカルト的な要素があるというのが私の見解だ。既存宗教も例外ではない。要は程度の問題だろう。この本で扱われているのはキリスト教系の話なのだでそこに限っていうと、聖書には多くの矛盾があるし、これまで積み重ねられてきた科学的な知見とも食い違っていることも事実だろう。それらを無視して、ただ信じろというのはどうなんだろう。

 それなのに、議論はすべて、経典の中の聖句に基づいてやらねばならない。要するに経典の絶対化だ。かって、マルクス教が大流行りだったころ、多くの人が洗脳されていたが、これも議論はすべてマルクス教から見てどうかということだったらしい。聖典へ疑問を持つことは許されなかったのだ。考えてみると空恐ろしいことだが、かぶれていた人は大まじめだったのだろう。宗教もすべて、これに似たところがある。

 私自身は、宗教には全く関心がないのだが、世の中には私が想像もできないような、こんな世界もあるのかということを知ることができ、勉強にはなった。しかし、あまり関わり合いになりたいとは思わない世界ではある。

なお、本書は「アップルシード・エージェンシー」さまを通じてのいただきものです。ありがとうございました。

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時空の流離人

琵琶法師 −<異界>を語る人びと4


・琵琶法師 −<異界>を語る人びと
・兵藤裕己
・岩波新書

 ハーンの「怪談」に収められている「耳無し芳一」の話からも分かるように、琵琶を持ち、物語を弾き語る琵琶法師は、中世における物語・語り物伝承の担い手だった。本書は、この琵琶法師について歴史的な沿革をたどりながら、その芸能と宗教の面についても考察したものだ。

 楽器としての琵琶自体はペルシャ周辺で発生したものが、中国で改良され日本に渡来したものだという。また盲人が琵琶を弾いて芸能や宗教活動に関わるのも、同じように大陸渡来と推測されるとのこと。琵琶法師が文献にあらわれるのは平安時代中期のことらしい。ここでは琵琶法師は、琵琶を弾いて歌謡や物語を演唱する芸能民であると同時に、寺院に付属する下級の宗教民として描かれているという。彼らはかまど祓いで、五竜王や堅牢地神を称えた「地神経」(地心経)を唱えた。

 冒頭でも触れたように、琵琶法師と平家物語との関係は切っても切れないものだ。本書はこの「平家物語」の成立過程や、どのようにして琵琶法師が平家物語を語るようになったのか、そして彼らが権力の中でどのように位置づけられてきたかなどに関して、多くのページを使い詳細な考察を行っている。それらは、この方面に興味がある方にはぜひとも熟読して欲しいような内容だと思える。

 残念なことに、現代において、琵琶法師というものは消え去ってしまった民俗のひとつだ。それでも、中国地方西部から九州一円にかけては、琵琶演奏が民間宗教儀式と結びついていたこともあり、近代まで琵琶法師が存在していたようである。1996年に亡くなった山鹿良之という方は、最後の琵琶法師と呼ばれていた。

 このような民俗的なものは、放っておけばどんどん忘れ去られてしまうだろう。我が国にこのような文化があったことを、本書のように誰でも読みやすいかたちで残した意義は大きいのではないかと思う。同じ岩波新書の「瞽女うた」(ジェラルド・グローマー)と併せて読みたい。


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愛の裏側は闇(3)4




 政治的、宗教的に混乱を極めるシリアを舞台にした、現代のロミオとジュリエットの物語、「愛の裏側は闇」(ラフィク・シャミ/酒寄進一:東京創元社)の完結編。

 前巻では、修道院に入れられたファリードの受難を中心に描かれていた。神の使途を養成するはずの修道院は、閉ざされた空間の中の虚飾と欺瞞、対立と暴力が支配する世界だった。母クレアにより、修道院から救い出されたファリードだが、この3巻でも、彼の受難は続く。

 政治犯として、収容所に入れられ、釈放されて教師になるも、校長と衝突して、国境近くの戦闘地区に飛ばされる。そして、再び、収容所での囚われの生活。そこは、拷問と虐待がはびこる場所。特に、新しい所長が着任してからは、ファリードにとっては、この世の地獄。殺されるのを待つだけの毎日。驚いたことに、こんなところにも、ムシュターク家とシャヒーン家の因縁が絡んでいたのである。一方、ラナーにも受難が降りかかる。家族の企みにより、いとこのラーミに犯され、無理やり結婚させられてしまった。精神に変調をきたしたラナーは、精神病院に入れられてしまうのだ。

 ファリードの家族とラナーの家族の態度が正反対なのがすごい。ファリードが地獄の収容所から生きて帰れたのは、彼の両親が手を回してくれたためだし、母親のクレアは、昔から彼とラナーの理解者であった。父親のエリアスとは、昔は必ずしも上手く行っていなかったが、今はファリードを助けるためなら何でもするような勢いだ。しかし、ラナーの家族は、彼女を不幸させるようなことしかしてこなかった。一体、何のための家族か。

 二人の物語の結末は、第1巻から予想されたような最悪のシナリオではなかったことには安堵した。ファリードが、彼を逮捕しようとする、マフディの裏をかいたこと、ラナーが最後にラーミに最高の仕返しをしたことは、全体に陰鬱なトーンで流れるこの作品において、初めて胸がすくような思いを味わせてくれる。

 なお本書は、「本が好き!」さまを通じて献本いただいたものです。お礼申し上げます。

○関連過去記事
愛の裏側は闇(1)
愛の裏側は闇(2)

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私だけの仏教4






 芥川賞作家にして、臨済宗寺院の住職である玄侑宗久氏による「私だけの仏教」(PHP文庫)

 本書の説くところを一言で表わせば、ヴァイキング方式で、自分だけの仏教を作ってみないかということだ。ヴァイキング方式とは、仏教各宗派から、自分にあったものを取り出して、自分専用にアレンジするというものである。

 著者は言う。我が国の仏教各宗派のなかに、<正統の仏教というのが存在するわけではない。いずれも独自の切り口で仏教の一部を強調しながら、ある種の奇形として発展し、結果的には現在まで「八百万」状態で共存してきたのである> 

 そのうえ、我が国の仏教は、中国、朝鮮半島経由で入って来たので、道教や儒教の影響も受けており、そもそも純粋の仏教とも言えない。 だから、各宗派のいいところを自分なりにチョイスして、自分独自の仏教を作り上げても、構わないだろう。本書では、仏教で使われる様々な概念や各宗派の特徴についてヴァイキングのメニューになぞらえて解説するとともに、学ぶ際の心構えなどについても説かれている。

 元々仏教は、他の宗教の神々を取り込むほどの度量を持った宗教である。諸天は、ヒンドゥー教の神々だったし、日本では八百万の神々と混合した。キリスト教が禁止されていた時代には、隠れキリシタンの間でマリア観音が信仰された。

 だから、仏教に限らず、ギリシア神話の神々やキリスト教の天使たちを崇拝したり、色々な宗教のいいとこ取りをしてもいいのではないか。人間とは、何か心の拠り所のようなものが必要な存在なのだろう。本書を参考に、そんなことを模索してみるのも良いと思う。


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ダ・ヴィンチ・コード4



 例によって、うちの子供の本棚から拝借した「ダ・ヴィンチ・コード」(ダン・ブラウン/越前敏弥訳:角川書店)。映画にもなり、一時かなり世間を賑わせた作品だ。

 簡単に内容を紹介しよう。ルーブル美術館館長のジャック・ソニエールが殺される。殺したのは、シラスという、オプス・デイという宗教団体の修道僧だ。ソニエールは、最後の力を振り絞って奇妙なメッセージを残す。宗教象徴学者ロバート・ラングトンは、犯人として逮捕されそうになるものの、ソニエールの孫娘ソフィーの手助けでり逃亡する。聖杯の隠し場所の鍵となるキー・ストーンを手に入れた二人は、聖杯を求めてイギリスに渡るが・・。

 この本が騒がれたのは、イエスが結婚して子供までいたという内容からのようだ。これが公になると、イエスが人間であるということになり、いまのカトリックの教義を根底から揺るがしかねないということらしい。しかし、わが国にいます八百万の神々だってギリシア神話の神々だって、たくさん子供をつくっている。お釈迦様だって、出家前は結婚していた。イエスに子供がいたら神性が否定されるっていう理屈は、日本人の感覚からはピンとこないだろう。しかし、小説としては、なかなか楽しめる。かなりの長編だけど、一気に読んでしまった。



本記事は、2006年04月02日付で「時空の流離人」に掲載したものに加筆修正したものです。

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仏教・神道・儒教集中講座4



 日本人の多くは、自分の家の宗教は仏教であると思っていることと思う。もちろん、キリスト教や神道の家もあるが、やはり葬式などの際には、お寺に来てもらう家が圧倒的に多いのではないか。この個人ではなく家がというのも不思議なところであるが、それ以上に不可解なところが多い。

  例えば葬式や法事で坊さんにお経をあげてもらうこと。阿弥陀仏系の経典によると、阿弥陀仏の本願により、人間は死ねば、極楽浄土に生まれ変わるという。そして、そこで修行して、成仏して仏になり、輪廻転生の苦しみから開放されるのである。別に、お経を上げてもらったから、成仏できる訳でもないだろう。また、お墓や仏壇をつくって先祖を奉るというのも、阿弥陀如来の教えとはそぐわないのではないか。実は、これは、儒教の先祖崇拝の考え方がかなり入っているのである。また、仏教徒のはずなのに、何かにつけ神社にお参りをするし、キリスト教にゆかりのクリスマスやバレンタインデーには、国中が大騒ぎする。

 これらの疑問を解き明かしてくれるのが、「仏教・神道・儒教集中講座」(井沢元彦:徳間書店)だ。八百万の神々の住むわが国は、宗教に対して非常にフレキシブルであり、外来の神々をも、自らの中に取り込んで、日本独特のものに変換してしまうのだ。仏教しかり、儒教しかりである。

 井沢氏の宗教についての考え方は、これまで、「逆説の日本史」シリーズなど、いろいろなところで騙られていたが、この本は、それらを一冊にまとめたような書である。「逆説の日本史」シリーズを読まれていた方には、それほど新しいことは見当たらないも知れないが、題名に「集中講座」とあるように、日本人の宗教観というものを再認識するには、最適の1冊であろう。


本記事は、2008年03月04日付で「時空の流離人」に掲載したものに加筆修正したものです。


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