風竜胆の書評

コミックスから専門書まで、あらゆる本を読みます。元エネルギー企業の専任部長。現在は、ライター・書評家を標榜する自由人w 時に書評が過激になるのは、長州人の血? 現在「シミルボン」と「本が好き!」でも活動中。 執筆依頼、献本等歓迎します。右欄のメッセージ機能にてご連絡ください。 旧ブログ名:本の宇宙(そら)

数学

数学ガール フェルマーの最終定理 1,23


・数学ガール フェルマーの最終定理 1,2
・(原作)結城浩、(絵)春日旬
・MFコミックス

 同名小説のコミカライズ版の1,2巻。この作品は数学好きな高校2年の「僕」が、同じクラスの数学女子ミルカや1年下のテトラ、従妹のユーリといっしょに数学をしまくるというものだ。なお、数学の問題は村木先生という数学教師から出されることが多いようだ。

 数学にあまり縁がない人にも興味を持ってもらおうという著者の狙いは分かるのだが、どうして、数学がテーマというと、数論とか数学基礎論的な話題が多いのだろう。私も分類すれば理系なのだろうが、色々と理工分野で使われているものには興味がある半面、あまりこの作品で取り上げられた分野には感心がない。まあ、こういうことに興味が湧くかどうかで、真の数学好きかどうかが分かるんだろうが。

 ところで、数学女子たちの名前が変わっているので、その由来を色々調べたのだが、結局分からなかった。原作を読めば分かるのだろうか。

 それにしても、数学好きの「僕」が数学好きの可愛らしい娘に囲まれてということが、まず実際にはあり得ないと思うのだが。それとも結構数学好きの女子っているのかなあ。

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浜村渚の計算ノート 9さつめ 恋人たちの必勝法3


・浜村渚の計算ノート 9さつめ 恋人たちの必勝法
・青柳碧人
・講談社

 数学を始めとする理系教育が迫害される社会。数学テロ組織「黒い三角定規」と戦う警視庁「黒い三角定規・特別対策本部」所属の刑事たっちと、千葉の中学生で、天才数学少女浜村渚の物語。今回も短編集で収められているのは以下の4編。 

〇1を並べよ、並べよ1を
 現状に不満をもつ民衆をあおって暴動を起こそうとする黒い三角定規のジェネラル・レピュニっト。民衆をあやつる25マスの数表のからくりとは。出てくる数学はレピュニット数。レピュニット数とは「1」を並べた数だ。

〇私と彼氏の不等式
 眼科医で都議の平畑武彦が毒入りのマシュマロで殺された。殺人事件現場に残るのは、jn>mjという不等式。

 ところで、この平畑氏、目の悪い中学生の好きな科目は数学だということで、数学の好きな子ほど目が悪くなる傾向があると主張していたらしい。でも一応数学をテーマにした小説なら、それは相関関係であった因果関係じゃないとツッコメよと思ってしまう。

〇新宿恐竜大戦争
 恐竜(ロボット)大決戦。出てくる数学は順列、組み合わせ。

〇恋人たちの赤と黒
 ルーレットで出てくる数字により人質が強酸の水槽に落とされる。出てくる数学は確率。犯人を捕まえる代わりに、せっかく捕まえていた黒い三角定規の幹部キューティ・オイラーを逃がしてしまった。
 
 ここまでこのシリーズを読んでくると、紹介される数学がかなり偏っているのを感じる。どうも数学基礎論や数論のいかにも数学好きな人が興味を持ちそうなことに重点が置かれているのである。私も理系(電気工学)で学んだが、実はこのような方面にはあまり興味が持てない。解析学などもっと実用的な分野ならともかく。

 また「正しい理科知識普及委員会(自称)」からも一つ指摘したい。この本にも「高圧電流」なる表現があった。(p196)。こういった表現を目にすると作者は本当に理系の学問に詳しいのだろうかと疑って、読み進める気が失せてしまう。

 まあ、私の考えでは、数学は理系というより、すべての学問の基礎となるもので、理系と呼ばれる分野では高度なものを使うことが多いということで、本来は理系に区分されるものではないと思うのだが。ただ、理系方面に数学の得意な人が多いことは事実だ。

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数学する人生4


・数学する人生
・岡清、(編)森田真生
・新潮社

 本書は、数学の天才と言われた岡潔さんのエッセイを集めたものだ。岡さんは、奈良女子大を定年退職後に京都産業大の教授となり教養科目の「日本民族」を担当した。本書の第1章「最終講義」は、この京都産業大で行われた講義を編者の森田さんがテープから起こしたものだ。通常は最終講義と言えば、定年を迎える大学教授が通常の講義とは別に、自らの研究人生を振り返って講義するものだ。しかし、この最終講義の章は9年に及んだ講義の最初の1年の内容を纏めたものだという。そういった意味で普通の最終講義とは異なるものの、岡さんが何を考えていたかが分かるだろう。

 第二章の「学んだ日々」は彼のフランス留学時代を綴ったもの。そして、第三章の「情緒とはなにか」、第四章の「数学と人生」に続く。岡さんといえばもちろん我が国を代表する数学者なのだが、本書には、彼の数学的な業績を解説するような記述はない。すべて色々なところに発表したエッセイなのだ。

 これは知らなかったのだが、岡さんは一時広島文理科大(今の広島大学)に助教授として勤めていたという。しかし40前にここを辞職し、故郷の和歌山で数学研究と畑仕事の日々。彼の年表を眺めているとおかしなことに気が付く。広島文理大の助教授となったとき、その前に京都帝国大学の助教授だったのだ。広島文理大に行くことも岡さんがフランス留学から完全に日本に帰りつく前に決まっていた。今ならまず考えられないような人事だが、当時はそれが普通だったのだろうか。

 岡夫人のエッセイも本書に入っているが、お金のことでは色々な苦労があったらしい。しかしそれだからこそ岡さんの生き方は私たちの胸を打つのだろう。




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ミクロ経済学の力4


・ミクロ経済学の力
・神取道宏
・日本評論社

 本書はタイトルの通り、ミクロ経済学の教科書である。対象は大学2回生程度であるというが、学部の中・上級から大学院の初級レベルまでをカバーしているという。

 現代の経済学は、数学モデルをつくって、本来は定性的なことをいかにも定量的であるかのような錯覚を持たせて説明するというのが大きな特徴であり、本書にも、数式を使った説明があふれている。しかし、経済学的な概念はさておき、使われている数学はそう高度なものではなく、高校生でも理系に属している生徒なら理解できるレベルだろう。もっとも、経済学の慣例で、単なるラグランジュの未定乗数法の式をラグランジアンと記しているのは違和感がある。多分物理学を少しでも学んだ者なら、ラグランジアンというと別のものをイメージするのではないだろうか。

 私たちの頃は文系に進んだ人間でも数B(普通高校の場合)までは履修していた。だから、経済学が文系だといってもそう違和感はなかったのかもしれない。しかし今はどうだろう。高校のときに数学をほとんど勉強しなかったのに、大学の経済学部に進学した者は、その内容に少し面食らうのではないかと思う。

 最近は、ゲーム理論を経済学のツールとして使うことが流行しているようだ。本書にもゲーム理論に関する部分に多くのページが割かれている。ゲーム理論そのものは大昔からあり、私が学生のころは、難しい数式がたくさん並んだ専門書が売られていたものだが、経済学の教科書にゲーム理論に関する話題が載っていた覚えはない。しかし、今ではミクロ経済学にはかなり重要なツールらしい。

 経済学を学ぶ目的は、経済学者に騙されないためと言ったのは、異端の女性経済学者であるジョーン・ロビンソンだが、私たちも本書に書かれていることくらいは知っておいたうえで、彼らの言論をうっかり信じないように気を付けたいものである。


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国語、数学、理科、誘拐3


・国語、数学、理科、誘拐
・青柳碧人
・文春文庫

 「浜村渚の計算ノート」などで知られる著者による、とある進学塾を舞台に起こった、ヘンな誘拐事件を扱った本書。

 舞台になるのは、JSS進学塾という個人塾。塾長の加賀見成一が30年以上も前に立ち上げた、地域密着型でアットホームな雰囲気が売りである。ある日、この塾に通う生徒である山下愛子が誘拐された。なぜかその脅迫状が、親や学校ではなく、塾のPCに送られてきて、身代金はなぜかたったの5千円。

 5千万円ではなく只の5千円である。そしてそれを全部1円玉で5つに分けて用意し、塾の5人の学生講師たちが、犯人が用意した問題を解いて、所定の受け渡し場所に持っていくのである。いやいや、そんなヘンな誘拐事件なんてないだろうと思ってはいけない。これにはちゃんとオチがあるのだ。

 塾講師たちが問題を解いて、身代金5千円を犯人に渡して一件落着と思ったら、今度は、1円玉5千枚を用意してくれた塾生の近衛美郷が誘拐される。身代金の額も上がるが、それでも2万円。いったい犯人の目的は何か。

 実は、この事件の裏には、ある優しさが隠されていた。本書の説く、「勉強ができることは、心に余裕が生まれ、誰よりも優しくなれる」という考え方には賛成だ。世の中には、運動で一番になると褒めたたえるくせに、勉強で一番になると貶めるという風潮があるように思える。もっと、勉強ができることに価値を持たせても良いのではないか。どうして世間は、甲子園に感動しても(私は興味がないので、まったく視ないのだが)、数学オリンピックの結果には感動しないのだろう。

 ところで、この作品もそうなのだが、近年は塾に通って当たり前のような風潮が感じられる。田舎育ちで、塾なんかとはまったく縁の無かった(そもそも塾なんてものが存在しなかった(笑))我が身を思うと、少し複雑な気持ちになってしまう。

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独学の精神2


・独学の精神
・前田英樹
・ちくま新書

 タイトルが気になって買ってみた本書。私自身も、常々、本当に大事なことは、学校で教えられるようなものではなく、自分で学ばなくてはならないものだと思っている。

 しかし、今は、何でもかんでも人から「習う」時代だ。お勉強は塾で教わり、会社に入っても、やれ研修だの訓練だのと、手取り足取り、至れり尽くせりで、それが当たり前のようになっている。しかし、それで本当に教えられたことが、血肉になるのだろうか。

 教えてもらうという受け身の学びと、独学という主体的な学びでは、気構えが違うことは確かだろう。それが、学びの質に影響を与える。私は、何か本質的なことを学ぼうとすれば、結局独学しかないのだと思っている。

 だから、独学を重視するということについては異論がないが、全体的に本書を流れているトーンにはかなりの違和感を感じる。

 まず納得がいかないのは、いわゆる文系知識人の間によく見られる古典至上主義が強く出ていることだ。だから論語の類を勧めても、マッハの力学、アインシュタインの相対論などは出てきようがない。結局自分が読める狭い世界で判断しているだけではないのか。

 全体的に精神論的なお説教が続いているようだし、科学否定、手仕事礼賛的な雰囲気が濃厚なのもいただけない。昔自分が数学ができなかったていうことを、わざわざベルクソンなんかを引き合いにだしてまで開き直っている気もするのだが、どうなんだろう。

<数学がより有効なのは、狩猟、牧畜的な生活行動においてである。西洋近代の自然科学は、こうした行動パターンを数学によりさらに効率化させ、洗練させていったときに生まれた。>(p182)

 これは本当だろうか。いったい何を根拠にこんな主張をしているのだろう。西洋でも、数学者たちは、別に狩猟や牧畜をしていた訳ではないし、逆に狩猟や牧畜をしている人は、数学なんかに関心はなかったろう。また、日本でも和算のように高度な数学が発達していたことも指摘しておきたい。

 読んでためになったという感覚はまったくないが、一つだけ賛同したいところがある。著者が、欧米の大学でよく行われているディスカッション方式の授業には否定的だというところだ。

<そういう議論から出てくるのは、めいめいが持っているありふれた知識や考え方の競い合いだけではないか>(p034)。

 会社の研修などでは、グループ討議といったものが行われることが多いが、あれが大嫌いで時間の無駄(講師の時間稼ぎ?)としか思えなかった私には、この部分に限り著者の主張がよく分かる。

※本記事は、「シミルボン」に掲載したものです。

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お任せ!数学屋さん 24


・お任せ!数学屋さん 2
・向井湘吾
・ポプラ文庫

 本書は、数学をモチーフにした学園小説の第二弾だ。主人公の天野遥は、数学が大の苦手な中2の少女。前巻では、学校で「数学屋」を開いた神之内宙という転校生と遥の、数学を仲立ちにした、ボーイ・ミーツ・ガール的な物語が中心だった。ここでいう「数学屋」とは、数学により、色々な悩みを解決しようという、一種のお助け屋のようなものだ。

 遥も数学に少しずつ興味を持っていき、仲間もできて、なかなかいい感じになっていたのだが、肝心の宙が父親の仕事の都合でアメリカに行ってしまった。この巻は残された遥が、店長代理として、数学屋を引き継いだところから話は始まる。

 夏休み中、一生懸命数学と格闘していた遥だが、元々数学は大の苦手。それでもけなげに、宙の残した言葉

<数学と関係ない問題なんて、この世にない。『数学の力』を使えば、どんな問題だって必ず解ける>

を守って、店長代理として数学屋を継続させようとしている姿はなんともいじらしい。

この巻を通した大きなテーマは、なぜか不登校になってしまった聡美という少女を「数学の力」を使ってどうやって登校させるかということ。恋愛方程式だの登校したい気持ちに関する漸化式だのといった、ちょっと強引な感じのものも出てくるが、数学を使って身の回りの困ったことを解決していこうというアイディアはなかなか面白い。

 この大きな幹に対して、学校の文化祭に出し物を何にするかとか、文化祭のアーチをどうつくるかといったものに数学をどのように使うかといった、小ネタの枝がついてくる。学べるのは、三角関数、黄金比、数値を集めて問題を定量的に検討することなど。そしてメインイベントは、宙との実況中継による月までの距離の算出。こちらは、最後にちょっとした種明かしのようなものがあるが、月が地球の2点でどのような方向に見えるかということを利用した、一種の三角測量の応用について知ることができる。

 多少こじつけ的なところもなくはないが、それでも数学の意外な面白さを教えてくれる作品だろう。もちろん、この本をきっかけに、数学の楽しさに目覚めた人は、もっと進んだものを読めばいい。大切なのは、数学を最初から毛嫌いしないことだ。数学は、私たちの生活の至る所で役立っているのだから。

(余談)
 文化祭の出し物で、遥たちクラスの女子が、チャイナドレスで模擬店の接客をしているが、みんな中二なんだよなあ。チャイナドレスはやはり、大人の女性でないと・・(以下略)(笑) 

※本記事は「シミルボン」に掲載したものです。

〇関連過去記事
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H25.10.26発売の図書新聞(3132号、2013年11月2日号)に「泥棒は几帳面であるべし」の書評掲載

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H28.8頃より「シミルボン」への投稿開始

H29.7.4「彗星パンスペルミア」の書評が「新刊JP]に掲載

H29.10.19「ハンナ・アーレント - 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者」の書評が「新刊JP」に掲載

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H30.7.26.「シミルボン」にインタビュー記事掲載

2019.2.23.「本が好き!」×「書店フェア」で「あなたの街で本と出会う Vol.2」に「こころを彩る徒然草」のレビュー掲載

2019.04.28.【本が好き!×カドブン】コラボレビュー!第4回『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。』掲載

2020.01.24.「貧乏大名“やりくり”物語 たった五千石! 名門・喜連川藩の奮闘」が「新刊JP」に掲載
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