「閉じた本」(ギルバート・アデア/青木純子:東京創元社)、かなり変わった趣向を凝らしたミステリーである。なにしろ、全編が台詞のやりとりだけで構成されているのだから。

 この作品の主人公はポールという大作家。4年前にスリランカで交通事故に遭い、眼球を失って盲目となった。ポールの立場からは、視覚で世界を感じることができないので、すべてを言葉、すなわち台詞を通じて表さざるを得ないとうことだ。だから、作品中には、台詞以外の情景描写と言ったようなものは存在しないのである。

 視力を亡くしたポールは、世間から隔絶した暮らしをしていたが、自伝を書こうとして、筆耕者を募集する。ポールが口述したものを実際の文字に落としてもらうためだ。応募してきたのは、ジョン・ライダーという青年。口述筆記は順調に進みだしたように見えたが、ジョンの語る世界はなにかがおかしい。ポールの中で、疑惑は次第に膨らみ、そして驚くべき結末が待ちうける。

 「閉じた本」(A Closed Book)という題名は、極めて象徴的なタイトルだ。訳者の後書きによれば、「閉じた本」には、「すでに決着したこと・終わった話・・」と言う意味と「不可解なこと・わけのわからないこと・・」という2つの意味があるそうだ。そして、この作品のタイトルでもあり、ポールが作品の中で書こうとしていた自伝のタイトルである。そして、もうひとつ、すべてが終わったように見えたとき、ポールの引き出しから発見された用箋に書かれた日記。正確には本ではないが、優に1冊分の分量があり、これも「閉じた本」の一つと見なしていいだろう。つまりはポールの物語が閉じられたと思われたときに、ジョンにとっては、何が書かれているかわけの分からない「閉じた本」が出てくるという訳である。

 最後の方で明らかになるポールとジョンの本性。これがあまり、いやかなり良くないので、読後感は必ずしも良くないが、ミステリーとしてはなかなか面白く読ませる作品であった。

 なお、この本は、「本が好き!プロジェクト」を通じて献本していただいたものです。お礼申し上げます。

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