雲が行くまで待とう

音楽(8割がたクラシック音楽)と本を中心にしたブログです。あらすじの紹介はあまりしていません。 なお、以前に別のブログから引っ越して来たり最近ブログのURLを変更したりしたため古い記事内のリンク先URLがエラーになってしまいます。申し訳ありません。

雲が行くまで待とう イメージ画像

更新情報

ガードルストーンの「モーツァルトのピアノ協奏曲」を読んでいる。著者は1895年に生まれ1975年に没したイギリスの音楽学者で、ケンブリッジとソルボンヌに学んだ。この本はまず1939年にフランス語で刊行され、その後1960年代に英語版が出版された。私はアインシュタインのモ

Iwさんからヴィキングル・オラフソン(Vikingur Olafsson)と言うピアニストを教えていただいた。1984年生まれのアイスランド人だそうだ。ディスクを聴いてみる。バッハの作品の一枚と、ラモー及びドビュッシーの一枚。一聴して、これまでのピアニストと相当違う人だということ

メイナード・ソロモンのベートーヴェンの伝記を読み終えた。「ハイリゲンシュタットの遺書」と「不滅の恋人への手紙」についての考察がとても面白い。後者では、不滅の恋人が誰なのかについていくつかの側面から考えて回答を提示する。また、甥カールとその母ヨハンナとの関

メイナード・ソロモンによるベートーヴェンの伝記を読んでいる。ボンからウィーンに移ってきたあたりにさしかかった。1800年から1802年までベートーヴェンがとても旺盛に創作したことを書いた一節に驚いた。1800年だけでも、ベートーヴェンは6曲の弦楽四重奏曲作品18、交響曲

この連休はいろいろな曲を聴こうと思ったのが発端だった。どこかに出かけることができるわけでもないので、読書とディスク鑑賞と料理と家事にたっぷり時間を使おうと考えた。今日で3日目、ブルックナーの交響曲とかグリンカの「悲愴トリオ」とかブラームスのバラードとか、普

アインシュタインの「シューベルト」をいったん終了する。この本の言っていることを理解するには、シューベルトの歌曲をもっと聴かないといけない。今の私では全く不十分だ。とりあえず彼の生涯をたどり、交響曲については読んだので、あとは後日ということにする。この本で

宮沢淳一「グレン・グールド論」をさらに読む。今日はバッハのトッカータについての記述に目が止まった。グールドの演奏スタイルは1960年代に録音された「平均律クラヴィーア曲集」と70年代後半に録音されたトッカータとでは違ってきていると言う岡田敦子の説を引用して検討

アインシュタインの「シューベルト」を読む(浅井真男訳、白水社)。同じ著者の「モーツァルト」を読むが一段落したので、シューベルトについてもこの人の本で勉強したいと思った。やはり面白い。今まで読んだシューベルトの伝記ではどうもこの作曲家の姿をつかみかねていた

ポール・オースター「ムーン・パレス」を読む(柴田元幸訳、新潮文庫)。かなり長い小説で、次から次へと思いもよらぬ出来事が起きる。驚くべき体験をしながら登場人物たちは思弁的になっているようでありながら、実はとても感覚的あるいは感傷的に思いを巡らす。この、感傷

宮澤淳一の「グレン・グールド論」を拾い読みする。今日は第2章のゴールドベルク変奏曲に関する部分を。グールドは「ゴールドベルク」について「要するにこれは、始まりも終わりもない、真のクライマックスも真の解決もない音楽、ボードレールの恋人たちのように、”御しがた

前田健太郎「女性のいない民主主義」を読む。岩波新書。世界の、特に日本の民主主義から女性が排除されているという認識に基づいて、政治の現状を考え直し、あわせて、政治学の教科書を考え直そうとした本である。ジェンダーを政治的争点の一つとしてではなく普遍的かつ基礎

ブローフィの「雪の舞踏会」を丸谷才一の大和書房刊の訳で読む。雪になった大晦日の仮面舞踏会を舞台に、ドン・ジョヴァンニとドンナ・アンナ、その養父母(仮面舞踏会が行われている屋敷の持ち主)、ケルビーノとカサノヴァという3組の男女を軸に話が進む。これはあからさま

アインシュタインの「モーツァルト」をさらに読む。1784年の冬に書かれた3曲のピアノ協奏曲の最後の作品、ト長調K.453(第17番)が全く独特だと書いている。第1楽章で感情が絶え間なく玉虫色にかがやく様子やあるいは第2楽章の情熱に満ちた優しさはどんな言葉でも言い表すこ

ルシア・ベルリンの短編集"A Manual for Cleaning Women"を読んでいる。人に勧められて、まず表題作から読み始めた。夫を亡くし掃除婦として毎日違う家に行って仕事をする女性が一人称で書いている。掃除婦を雇うのは裕福な女性で、掃除婦として働く「私」は貧しい。車を持っ

シューマンの「音楽と音楽家」を読む。彼が発行した「音楽新報」と言う雑誌に掲載した評論をまとめている。シューベルトの「グレイト」について「天国的な長さ」と書いたり、新しい才能としてブラームスを紹介したりした文章をシューマンの書いたもので直接読んでおきたかっ

ヘンリー・ジェイ・プリスビローの"Counting Backwards"を読む。麻酔科医が、麻酔とは何か、麻酔科の役割とは何かを、これまでの患者との出会いを交えて語った本である。著者はアメリカ人で、子供の麻酔を専門にしている(小児麻酔科と言う診療科名はないのだろうが)。私は

大宮眞琴先生の 「スタイル・アナリシス 綜合的様式分析-方法と範例」を読んでいる。先生はこの本を、楽曲分析の包括的な枠組みを提供するためにアメリカの音楽学者ヤン・ラルーとの共同作業によって生み出した。二人の音楽学者はそれまでの楽曲分析の考え方に飽き足らず、

ユーディ・メニューインの生涯をたどるBBC制作のドキュメンタリー"Who's Yehudi?”を観る。ここで焦点が当たっているのは大きく言って2点、彼の才能を信じた両親のもとでメニューインがとても「制御された」少年時代を送ったことと、彼がいろいろな人と話す気持ちを強く持っ

上原彩子のピアノ・リサイタルを聴く(10月6日、中野ZEROホール)。「3台ピアノの響きとともに」と題され、このホールが所有するベーゼンドルファー、ヤマハ、スタインウエイの3種類のピアノを弾き分ける。2017年にこのホールが改修工事を経て再開されたときに仲道郁代の演奏

↑このページのトップヘ