雲が行くまで待とう

音楽(8割がたクラシック音楽)と本を中心にしたブログです。あらすじの紹介はあまりしていません。 なお、以前に別のブログから引っ越して来たり最近ブログのURLを変更したりしたため古い記事内のリンク先URLがエラーになってしまいます。申し訳ありません。

楽器を持って集まろう、とIwさんにお誘いいただいた。

特に何かの演奏会のための練習ではなく、場所が確保できたから一緒に音を出そう、クラリネット3人とファゴット2人が来る、と言う。その編成でどう言う曲を吹くのかと行ってみたら、楽譜を持ってきていただいたうちの1曲が"A Song for Japan"だった。

この曲についてはご存知の方が多いと思う。オランダ人のトロンボーン奏者S.フェルヘルストが2011年の東日本大震災のあと、犠牲者を悼み関係者を励ますために作曲した。フェルヘルスト自身によるものを含めてさまざまな編成への編曲があり、楽譜は自由にダウンロードできる。演奏した人には演奏を録画してユーチューブなどで公開するよう促している。

私は楽譜を見たことがあったが音を聞くのも演奏するのも初めてだった。金管五重奏(トランペット2本、ホルン、トロンボーン、チューバ)用の編曲を前述の5人で吹いた。

このところ楽器とご無沙汰だったので、まるっきり音が出なくて往生した。誇張でも謙遜でもなく、本当に音にならない。あんなに情けない音を出したのは何十年ぶりだろう。ほかの皆さんに全部聞かれて恥ずかしいことこの上ない。

でも同時に、とても楽しかった。A Song for Japanが希望に満ちた音楽だったので。より正確に言えば、この曲は希望を持とうと呼びかけている音楽だ。とても肯定的な精神に支えられている。久しぶりに楽器を持って吹いたのがこの曲でなかったら、この練習は私にとって苦痛に満ちた時間になったかもしれない。

自分の出す音がまったくへなちょこで逃げ出したいと思うほどの恥ずかしさと、良い音楽に接しその一部をグループの中で受け持っていると言う充実感。この二つの感情は極めてアンビヴァレントだった。その、自分が分裂するような感覚の中で思った。やはり音楽は人と一緒に演奏することが大切なのだ。そして、「作品」に向かい合うことが大切なのだ。

一人で吹いていたら、同じ曲であっても単に「さらう」対象になってしまっていただろう。意識面では人と一緒に音楽づくりに参画して行くこと、技術面では人と一緒に吹き、合奏の中で溶け合う音を求めてゆくこと、これがどちらも欠かせない。

そして、「作品」と言うものは教則本や練習曲とは全く違う。作品には表現したいものがある。音楽をするということは結局のところ、作品と対峙し対話してその表現しているものに耳を傾け、作品に叱咤され、作品に鼓舞され、作品に慰められ、作品に勇気づけられるプロセスなのだ。だからこそ、200年も前の人が書いた楽譜のあそこが難しいここができないと繰り返し繰り返し練習することに積極的な意味がある。

A Song for Japanのウエブサイトはこちら




井伏鱒二の「黒い雨」を読む。

このところあまり活きが良い日本語に接していなかったので、一種のリハビリテーションと思って読んだ。

ここでの井伏鱒二は、軽妙さやちょっと辛子のきいた表現などに目もくれず、ひたすらに、でも淡々と語る。それがかえって真に迫る。

ことに後半、姪の矢須子の状況が変わって以降の描写にすごみがある。

アジア・太平洋戦争を題材にとった文学作品は列挙にいとまがない。すぐ思いつくものを挙げても、「野火」も野間宏の「真空地帯」もそして井伏自身の「遥拝隊長」も、戦時の状況から生まれてきた作品だ。また、戦後の作品だが福永武彦の「死の島」も、原爆を抜きにしては語れない。

「黒い雨」は徹頭徹尾等身大の人間を描いている点で素晴らしい。閑間重松はどこまでも市井の人である。彼は被爆日記と言う形で原爆を記録するとき、自分の目にはどう映った、周囲の人はどう感じたと言う観点に常に立脚する。それがかえって、あるいはそれだからこそ、この恐るべき体験と巻き込まれた個人の無力さがはっきりと浮かび上がり、読んでいて背筋が寒くなるような思いをする。

エリン・メイヤーの"The Culture Map"を読む。

人のビジネス行動がその人の文化的背景に大きく影響されると言う前提に立ち、異なる文化的出自を持つ人たちが共に働くことが当たり前になった今日のビジネスで、チームワークや人間関係を円滑に進めるためには自分の文化を理解しビジネスパートナーたちの文化を理解することが必要だと説く。著者は国際的なビジネススクールINSEADの教授をつとめるフランス在住のアメリカ人。

以下の八つの軸を設定し、それぞれの軸の上で各国がどこに位置するかをビジネスパーソンたちへのインタビューや彼らと仕事を共にした経験から説明する。
  • コミュニケーション(低コンテクストか高コンテクストか)
  • 評価(ネガティブな評価をはっきり伝えるか)
  • 説得(解を原理原則から導くか、応用中心で事例から導くか)
  • リーダーシップ(平等主義的か階層を重んじるか)
  • 決定(合意形成を重んじるかトップダウンか)
  • 信頼(タスクに基礎を置くか人間関係に基礎を置くか)
  • 見解の相違(対立を厭わないか避けるか)
  • スケジュール(時間が直線的か柔軟か)
エドワード・ホールが提唱した「低コンテクスト文化」「高コンテクスト文化」などの概念にのっとって、文化を多角的に捉えようとする。

私にとって、これまでの自分の体験を裏付けあるいは補い、広い視野に導いてくれる本だった。特に二つの点でとても面白かった。

一つは、世界各国が上記の八つの軸のどこに置かれるかを考えるときに相対的な位置が大切だと筆者が力説している点である。例えばスケジュールの指標では、もっとも「直線的」(前もって決められた予定通りに時間厳守で物事が進む)とされるのはドイツであり、ついでイギリスがきて、フランスはそれよりも「柔軟」(状況に応じて予定がどんどん変わってゆく)の側に位置し、インドは一番柔軟な側にいる。フランス人はイギリス人からは「いい加減」「時間を守らない」「会議で脇道にそれてばかりいる」と見なされるのに、インド人から見ると「杓子定規」「柔軟性に欠ける」と思われるのだ。すなわち、異なる文化的背景をもつ人たちは自分の文化との相対的比較で他の文化を見る。

もう一つは、この八つの軸を独立したものとして捉える考え方である。例えばアメリカはコミュニケーションの軸でもっとも低コンテクスト(全体の文脈や言外の含みに頼らず、メッセージを明確に言葉に出して伝える)の側に位置するが、評価の軸ではネガティブな評価をあからさまに伝えない傾向が強いとされる。フランスはアメリカよりもずっと高コンテクストな文化を持つが、悪い評価をあからさまにはっきりと伝えるとされる。

ここから、著者が例として挙げている、「アメリカ人は率直な意思疎通をよしとする」と考えるフランス人が人事考課の際にアメリカ人上司からまず自分の良い点を説明されて頭がいっぱいになってしまい、その後で上司が言及する改善点や問題点は全く耳に入らないと言う食い違いが生じる。このアメリカ人上司にとって本当に言いたいのは部下の仕事ぶりに問題があるということだったのだ。メッセージを明確に伝えると言うこととネガティブな評価を歯に衣着せずに指摘すると言うことは別物であり別の指標で測定すべきことだ、と言うのが著者の考えだ。

この本は「異文化理解力」の題で翻訳が出ている。訳書はきちんとした作りの本で出版元が力を入れて取り組んでいることが伝わってくるし、訳者は語彙の豊かな方とお見受けする。日本で出版されているビジネス書の翻訳の平均的水準を上回っているが、それでも、日本語がこなれていなくて「翻訳用日本語」になってしまっている感は否めない。もうちょっと磨きをかければかなり違うと思うので残念だ。




大岩 俊之の「セミナー講師 超入門」を読む。

セミナーの人気講師が書いた、セミナー講師を上手にするコツを伝授する本である。

著者は特定の専門分野があってその分野でのセミナーをしている人というよりは、まずセミナー講師であって、その取り上げる分野が様々に広がっている人らしい。

この本は徹頭徹尾プラクティカルな視点で書かれていて、とても具体的なヒントが多く参考になるのだが、ただのノウハウ本ではない。こうするとセミナーがうまく行くという話よりも、「こうしないとうまく行かない」、さらに言えば「こうしないといけない」と、セミナー講師のあるべき姿を説いている。

セミナーの講師をつとめるのは厳しいことなのだ、自分に厳しくないとプロのセミナー講師はできないのだ、と言う筆者の認識が伝わってくる。受講者のアンケート結果(とても良いを5点としとても悪いを1点とした5点法での点数)が平均4.2点を下回ったら次の講師の口はかからないと思えと言う一節にそれを強く感じた。5点法で平均4.2点と言うのは、ほとんどの人が5をつけないと達成できない数字だ。大変なものだなあ、と思った。



浅葉雅子の個展を見る(10月30日から11月4日まで、銀座コバヤシ画廊にて)。

鳥居清長の春画をモチーフに、いわば「本歌取り」して描かれた作品が並んでいる。

どの作品も優しい線が印象的だった。鳥居清長の作品の線に魅せられて自分の作品に取り入れたのだと言うことが伝わってくる。展覧会の題"Lovers and Lines"がそれを集約的に表している。

ちくま日本文学全40巻の中から坂口安吾を読む。

この人の作品を読むのは41年ぶりだ。

「日本文化私観」「堕落論」「続堕落論」の3編が一番印象に残った。「日本文化私観」はブルーノ・タウトの日本文化論に対するアンチ・テーゼとして書かれている。坂口安吾はこう書く。
(前略)タウトが日本を発見し、その伝統の美を発見したことと、我々が日本の伝統を見失いながら、しかも現に日本人であることとの間には、タウトが全然思いもよらぬ距りがあった。すなわち、タウトは日本を発見しなければならなかったが、我々は日本を発見するまでもなく、現に日本人なのだ。我々は古代文化を見失っているかもしれぬが、日本を見失うはずはない。(175ページ)
これは戦前(昭和17年)の文章であり「堕落論」と「続堕落論」は戦後(昭和21年)の文章だが、いずれも共通しているのは筆者が「覚悟」を重んじていることだ。必要(坂口安吾はこの言葉をとても強い意味で使う)があれば法隆寺を取り壊して駅にしろと言う「日本文化私観」と、戦後の混乱した世相を踏まえて、人間は堕落する存在であり「堕ちる道を堕ちきることによって自分自身を発見し救わなければならない」と言う「堕落論」とは、それだけの覚悟を求めそれだけの覚悟を問うている点で共通している。

「パリ・グラフィック ロートレックとアートになったポスター展」を見る(三菱一号館美術館)。

題名の通り、ポスターが芸術としての地位を確立して行く過程に焦点を当てた展覧会。

かなり多くの作品が展示されているが、何と言ってもロートレックの作品が素晴らしい。有名な「ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ」(手前に大きく「骨なしヴァランシン」の異名をとった男のシルエットが描かれたポスター)の大胆な構図と生命感に圧倒された

貴種と転生四方田犬彦の「貴種と転生・中上健次」を読む。

泉鏡花、三島由紀夫、大江健三郎などの作品を引きながら、中上健次の作品の世界の広がりについて論じた評論集である。

四方田犬彦が中上健次の作品に魅了され圧倒され、なんとかその本質に迫ろうとしていることが伝わってくる。読んでいて、四方田が全力で弓を引いているのを目にするような印象を受ける。

そう言う力の入り具合は「補遺」を読むとはっきりする。ここでは著者は本文の7章に比べてはるかにリラックスして書いている。

四方田犬彦にとって中上健次を読むというのはのっぴきならぬ体験なのだ。

戯曲「アマデウス」を観る(9月27日、池袋サンシャイン劇場)。

配役は、サリエリが松本幸四郎、モーツァルトが桐山照史、コンスタンツェが大和田美帆、幸四郎は演出もつとめている。

いつもながら、幸四郎のサリエリが何と言ってもすごい。老いさらばえた老人から自信に満ちた壮年へと一瞬で声と身のこなしを変え(この場面では客席から拍手が起きた)、一挙手一投足にいたるまで磨かれた演技で舞台に君臨する。

現実の彼がどちらかと言うと冒頭の(つまり老いた)サリエリに近い年齢であることを考えると、動作にも台詞回しにもまったくゆるみのないのが奇跡のように思われる。彼によってサリエリの嫉妬が、絶望が、邪心が、明確な形を取り拡大されて客席に届く。劇場全体が完全に彼の世界になる。

私は2011年にもこの戯曲を観た(モーツァルトは武田真治だった)。市川染五郎のモーツァルトと親子で共演した1990年代の上演も観た。どちらも幸四郎に圧倒された。

幸四郎は、優れた役者というものが常ならぬ存在であることを身をもって示してくれる。私にとって彼は役者とはかくあるべきと言う模範である。彼と同じ時代に生き彼の演技を目の前で観ることができるというのは何と幸せなことだろう。


IMG_0634NUNO Jazz Festaを聴く(9月9日、沼袋氷川神社)。

これは沼袋と野方と言う二つの地域で毎年行われるジャズフェスティバルで、今年は沼袋氷川神社の境内での開催だった。

私は初めて行ってみたが、ステージ前には聴衆がぎっしり座りあるいは立ち、「ご当地グルメ」の出店も数多く、かなりの人出で、皆さん飲み物を片手に楽しんでいた。

何団体も出演し朝から夜まで続く。私が聴いたのは上田晴信オルガントリオと高島みほGroupの2団体だった。音楽が生き生きしていて、聞き手も楽しんでいることが伝わってきて、とても楽しかった。

神社のお祭りをこのような形で行うこともできるわけだ。この催しは神社が主催している訳ではなく祭礼でもなくあくまでも実行委員会が運営しているのだが、お祭りと同じようなイベントをこう言う風に実現することができると言うのは私にとって発見だった。お囃子の代わりにジャズがあり、テキヤの代わりに地元のレストランやバーが店を出す。面白い。

Dave Urlichの"Human Resource Champions"を読む。企業の人事部門が置かれている状況、直面している課題、果たすべき役割を論じた本である。人事と言う部門が何を目指し何を重んじ何をもたらすべきかと言う点について学びたくて手に取った。

しかし読み始めてすぐに、これは困ったぞと思った。例として登場する企業名がことごとく古いのだ。序文を見るとこの本が書かれたのは1990年代後半だと思う。20年少ししか経っていないのに、ここに名前が挙がっている会社は今注目を集めてはいないし、それどころか、多くはもう存在していない。そのことが、読む上で思いもよらないほどひっかかる。

冒頭で著者は現代の企業が直面しているチャレンジを列挙する。そのひとつが「テクノロジー」で、どんどん進化する技術が大きなチャレンジになっていることを述べているのだが、例として示されているテクノロジーもそれを推進している企業も、古いせいで心に響いてこない。書かれている内容は正鵠を射ているのに。

歴史を学ぶのであれば過去の事例でも過去の大企業でもよかったのだ。「現代の企業にとっての課題」と言うことに焦点を当てた本だから古臭く感じてしまう。

ここで考える。ではどう言う本なら良かったのか?今株式市場を牽引している企業や新しいビジネスモデルで話題を集めている会社を例に取っていれば抵抗なく読めたのだろうか?それは結局、書店に平積みされたベストセラーのビジネス書を追いかけると言うことなのではないだろうか?3ヶ月経てば積んである本が全部入れ替わるなかで次々と「旬」の本を求めてゆくことになるのか。

そもそも、30年も経たないうちに花形企業がすっかり入れ替わってしまうと言うのは何と言う時代なのだろう。

そう言う時代に飲み込まれて視野が狭くなっている自分のことを改めて考える。

20170809_053613475_iOS国立新美術館でのジャコメッティ展を見る。

彫刻ばかりでなく素描なども展示されていて、かなり網羅的な展覧会だった。

かつて私はこの人の彫刻がどれも細長いことに「外界との緊張関係に耐えかねて我と我が身を削って行った結果」を見ていた。このブログに書いたこともある。

しかし今回は違う意見を持った。ジャコメッティの作品は常に「視る」と言う行為からまっすぐに導き出されている。目に映るものをどう描くか、どう形として表現するかが中心的な関心で、その難しさがああ言う形態を取るのだと思う。

以前は分かっていなかった。

水準の高い展覧会を実現させた皆さんに敬意を表します。勉強になりました。ありがとうございました。


劇作家で俳優のサム・シェパードが亡くなった。73歳。ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患っていたのだそうだ。

この人が脚本を担当した「パリ、テキサス」と脚本を書き主演もした「アメリカ、家族のいる風景」はどちらも私にとって忘れがたい作品だ。

ご冥福をお祈りします。

コリン・デイヴィスがバイエルン放送交響楽団を指揮したブラームスの2番のディスクを聴く。

この人の音楽づくりは、スコアから読み取った音楽の論理展開と響きとを追求することを片時も離れることがない。表現が勢いに流されてしまうことが決してない。この人の演奏でオケがきつい響きを出したり急いたりしたら、それはスコアにそう書いてあるのだ。

この指揮者の演奏を聞いていると「身を委ねていればブラームスのところに連れて行ってくれる」という安心感をおぼえる。聴き終えた時には、ああこれは本当にいい音楽だ、と心から思うのだ。

実に素晴らしい指揮者だ。

「ある作家の日記」を読む。ヴァージニア・ウルフの日記を夫君レナードが編んだもの(神谷恵美子訳、みすず書房)。1918年から1941年までの日記が収められている。

彼女の多くの作品の成立過程を知ることができるし、彼女が自分の作品に対する批評に傷つきあるいは気を良くした記述からは、作品の評判に無関心ではいられず心が揺れ動くありさまが伝わってくる。

そしてまた後半では、ドイツ軍による爆撃に翻弄される第二次世界大戦真っ只中のイギリス人の生活と心理を知ることができる。

フォースターやジョイスなど同時代の他の作家についての言及も興味深い。私にとって一番印象的だったのは次の言葉だった。

今私はプルーストに埋没しているのだけれど、プルーストの特徴というのは、極度の感受性が極度の根気づよさに結びついているところにある。彼はこれらの移ろい行く色の最後の一点まで追求する。(101ページ)

なるほどなあ、と感じ入ってしまった。プルーストの本質をこんなに鮮やかに切り取った文章に出会ったことはなかった。

編集者である夫君レナードの序文も勉強になった。例えば次の一節。

最善の場合、そして全然削除されていない場合でさえ、日記というものは筆者の肖像をゆがめるか、またはその一部を描き出すにすぎない。ヴァージニア・ウルフみずからこの日記のどこかで記しているように、或るとくべつの気分-たとえばいらいらとかみじめさとか-だけを記録するという習慣におちいり、その反対の気分であるときには日記を書かない、ということになりやすいからである。こうしてできあがった肖像は従って初めからバランスのとれないものであって、もしだれかがさらにその上、もう一つべつの特徴を意図的に取りのぞくとすれば、それはおそらく単なる漫画になってしまうであろう。(viページ)

言われてみればもっとも至極なのだが、私は今までこう考えたことがなかった。日記を読む時の基本的なアプローチを教えてもらった。

シューマンの交響曲第2番をバーンスタインの指揮するウィーン・フィルのDVDで聴く。1985年の収録。

バーンスタインのシューマン2番と言うと、私にはPMFオーケストラを指揮した「バーンスタイン最後のメッセージ」のディスクでの演奏がまず思い出されるのだが、ここでのウィーン・フィルとの演奏も凄い。第1楽章序奏のソステヌートが既にただならぬものがある。

第3楽章のアダージョ・エスプレッシーヴォに特に圧倒された。この音楽はロマン派の作曲家が書いた最も美しい緩徐楽章の一つだと思うが、バーンスタインのなみなみならぬ感情移入のおかげで、凄絶さすら感じさせる深い表現になっている。

尋常でない曲の尋常でない演奏だ。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第31番変イ長調をグールドの演奏で聴く。1956年の録音。

ここでグールドはこの曲の巨大さと距離を取って明晰な表現を目指していると感じる。第1楽章の分散和音の楽句のクリアーさが、清冽と言いたいような印象を与える。

「『ない仕事』の作り方」と言うみうらじゅんの本を読む。

この本はAm氏に薦めてもらった。私はみうらじゅんが作り出した「マイブーム」と言う言葉を使ったことがないし「ゆるキャラ」についても没交渉なのだが、思いもよらなかった発想があるからと、忠告の意味も兼ねて推薦してもらったからにはきちんと読まねばならない。もちろんこの人の本は初めてで、どこの売り場にあるのか本屋で店員に聞かないといけない有様だった。「サブカル」の棚にあると教えてもらって、そう言えばサブカルチャーと言うものにもとんと縁がないなあ、と思うくらいの門外漢と言うか場違いと言うか別世界と言うか、要するに何も知らずに読み始めた。

そうすると、この人がとても真っ当な考え方を持った人であることがよくわかった。誰もしていないことを仕事として創り出しているからと言って非常識な人では全くない。していることは突拍子もないのだけれど、突拍子もないことをする理由を説明するときの論理は筋が通っている。

「私が」では考えないのだ、自分なくしが大切なのだ、と言う一節(131ページ)を読んで、村上春樹が対談集で語っていた「今、世界の人がどうしてこんなに苦しむかというと、自己表現をしなくてはいけないという強迫観念があるからですよ。」と言う言葉を思い出した。(この本については以前このブログに書いた。)

本を読んだからと言ってみうらじゅんのようにはなれないし同じことはできない。当たり前である。本人も、「私はみうらさんみたいな仕事がしたいと言われるといちばん困る」と書いている(132ページ)。「私は一人で十分。二人いるとうるさいくらいです」と言う。(こう言う発言を、自分を特別視していると受け取るか自分を突き放して見ていると受け取るかでこの人に対する評価が決まってくるのだろう。)

私にとってこの本は、全く知らない世界を垣間見させてくれて刺激になったし、自分の行動や価値観を検証する手がかりになったのでありがたかった。このところ色々とうまく行かないことが多くてどうしたものかと思ってきたのだが、自分が自分がと考えていたからなのかな。

ハーゲン弦楽四重奏団の演奏会を聴く(7月4日、トッパンホール)。

ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第14番嬰ヘ長調作品142とシューベルトの弦楽四重奏曲第14番ニ短調D810「死と乙女」の2曲。

いつもながら緊密な演奏で、目の詰まった音楽を楽しんだと言う印象が残る。ショスタコーヴィッチの終楽章のソット・ヴォーチェでの表現と、シューベルトの終楽章の水も漏らさぬと言いたくなるような高精度のアンサンブルが忘れがたい。

アンコールにハイドンの弦楽四重奏曲 変ロ長調 Op.76-4から第2楽章アダージョが演奏された。

ハンフリー・バートンによるバーンスタインの伝記を、ようやくなかばまで読んだ。

1957年の「ウエスト・サイド・ストーリー」初演をめぐる記述は、この本の前半の山場のひとつだと思う。やはりこれはバーンスタインにとってとても大きな出来事だったのだ。ちょうどこのころ、ニューヨーク・フィルの常任指揮者就任が決まり、いろいろな面で彼のキャリアが花咲こうとしていた。

読んでいても、作品になじみがあるので面白い。「ウエスト・サイド・ストーリー」はこのしばらく前に初演された「キャンディード」と並行して作曲され、二つの舞台作品の間で曲が入れ替わったりしたのだそうだ。"One Hand, One Heart"がもともとは「キャンディード」のために作曲されたと言うのを読むとびっくりしてしまう。私はあの曲を、マリアが働くブライダルショップに閉店後トニーがやってきてふたりで結婚式のまねをして愛を確かめ合う場面と切り離しては考えられないのだ。

さらに、"Something's Coming"が初演の何日か前に急遽作曲され挿入されたと言う話も驚きだ。あの曲はトニーの「何かが起こりそうだ」と言う予感を歌って、ミュージカル全体の方向性を決め聴き手の期待を高める重要なナンバーだ。これがない形で「ウエスト・サイド・ストーリー」が着想されたということが信じられない。

他にも驚くべきエピソードがたくさんあって興奮するが、初演のてんまつを読み終えて思うのは、大切なのは「秘話」のたぐいではなくやはり作品そのものだということだ。緊密な台本、息を呑むほどすばらしい音楽、切れがあって躍動感に満ちたダンスが、このミュージカルを価値のある舞台作品にしている。

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