雲が行くまで待とう

音楽(8割がたクラシック音楽)と本を中心にしたブログです。あらすじの紹介はあまりしていません。 なお、以前に別のブログから引っ越して来たり最近ブログのURLを変更したりしたため古い記事内のリンク先URLがエラーになってしまいます。申し訳ありません。

ダーグ・ソールスターの"Novel 11,  Book 18"(ノヴェル・イレブン、ブック・エイティーン)を再読する。

イプセンの「野鴨」との関連でもう一度読んで見ようと思った。より正確には、ソールスターの本の訳者あとがきをちらっと読み返したら村上春樹が「野鴨」とこの小説との気質的共通点に触れていて、そうだったイプセンを読まなくてはいけなかったんだ、と思い出し、「野鴨」のあとでソールスターに戻ってきたのだった。

"Novel 11, Book 18"では主人公ビョーン・ハンセンの所属するアマチュア劇団が「野鴨」を上演するのがとても大切な要素になっている。小説の登場人物たちの名前と彼らが「野鴨」で演じた役名とがしばし逆転して語られる。「ヤルマール・エクダル(別名ビョーン・ハンセン)」と言う具合に。小説の内容とイプセンの戯曲がそれだけ密接な関係にあると言うことだ。

「野鴨」を読んで、その点がよくわかった。ソールスターは「野鴨」の台詞を全く引用しないが、読者の心の中で小説の登場人物と戯曲の登場人物が交錯し小説の描写と戯曲の台本が響きあうことを狙って書いている。

前回は読み方が不十分でした。 

「我輩は猫である」を読んでいた。

「濹東綺譚」を翻訳で読んだのに味をしめ、同じ路線で漱石をと思ったのだった。私が手にした翻訳はJean Cholleyのもの。訳題は当然のごとく"Je suis un chat"。訳者は1940年生まれで、以前名古屋でフランス語を教えていたらしい。

ところが読んでいてだんだん辛くなってきた。登場人物たちと彼らが引き起こす事件にあまり心惹かれない。

新潮文庫の解説で伊藤整が書いている通り、「猫」はスターンの「トリストラム・シャンディ」などの系譜に連なる小説で、その面白さは構成や筋にあるよりは「雑談、珍談、色々な小事件」の連続にあるのだろう。

それは分かるのだが何せおかしな連中が登場して勝手なことを言うのでどうも困る。大変申し訳ないが中断させていただくことにした。スターンを読んでから出直すことにしよう。

私にとって収穫だったのは「ハードボイルドの文体」と誰かが称した「坊っちゃん」の文体は、漱石の最初の長編小説である「猫」にすでに発揮されていることが分かったことだった。猫が聞いた人間たちの会話を、地の文で簡潔かつひねりの効いたコメントを交えて紹介してゆくところでは、そのリズムと切れ味に「坊っちゃん」に通じるものがあるのを発見した。 

イプセンの戯曲「野鴨」を読む。

この戯曲の登場人物たちの間には、感情の通いあいが見られない。

友人グレーゲルスに突きつけられた事実に動揺するヤルマールは、グレーゲルスの告知の目的すなわち真実を知りそれに基づいて新たに真実の生活を送ると言うのとはまるで異なる方向に向かう。グレーゲルスの言葉はヤルマールにとってきっかけにはなったが、それは伝えられた事実を受け入れただけで、いわば上澄みをすくい取ったようなものだ。ヤルマールはグレーゲルスの求めるところを全く理解しない。

ヤルマールの妻ギーナはグレーゲルスと激しい言葉をやり取りするが、その言葉がお互いの心に届いているとはとても思えない。

それはヤルマールと父ヴェルレとの会話でも同じで、二人が話をするのはお互いの間にある埋めがたい溝を再認識し確認する以外の結果をもたらさない。

この戯曲の登場人物たちはかなり風変わりな考え方の持ち主で、この中の誰かに共感するのは難しい。

悲劇的な結末を読んで、ここからこの人たちは何を考えどう生きてゆくのかと、しばし考え込んでしまった。



 

ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調作品27の2「月光」を複数の演奏で続けて聴いた。

まずグールドの1967年の録音。

これはグールドがベートーヴェンを自分の世界に引き込んだ演奏だ。この曲にまつわるエピソードからくる物思わしげな要素をきれいさっぱり排除している。例によってノン・レガート奏法で、音楽が全くべとつかない。ただし、グールドの音色は明るくないので、音楽が「薄く」なることはない。

次にアシュケナージの1977年の録音。

この演奏では、第1楽章で全てがピアノすなわち弱音の領域で語られるのがとても印象的だ。アシュケナージはこの楽章を弱音の音楽という枠組みの中で表現する。

最後にグルダの、多分1967年前後の録音(ディスクに録音年月が記載されていない)。ピアノ・ソナタ全集の中から。 

この演奏は、いくつかの味が溶け合っている様な印象を与える。料理のソースを口にして、一つ一つの材料を言い当てられない様に。 グルダはフォルテになっても決して濁らないクリアーな響きを持っているが、そのクリアーさと複合的な味があいまって、この演奏に深みを与えている。

仲道郁代のピアノ・リサイタルを聴く(4月13日、中野ZERO)。

このホールは大規模改修工事の為にしばらく休館していたが、それが完了して4月1日から再び開館し、「オープニング♪なかのZERO2017」と銘打ったいくつかの公演を行う。仲道郁代の演奏会もその一つ。主旨を反映して冒頭に館長挨拶があり、その後にホール関係者から改修内容が説明された。

この演奏会のもう一つの特色は、ホールが所有する3台のピアノ全ての響きを聴かせようと考えたことで、演奏会に「~3台ピアノの響きとともに~」と副題が付いているのはそのためである。ヤマハ、スタインウェイ、ベーゼンドルファーの3台の響きの違いを仲道郁代が自分で解説し弾き比べる。

これはとても面白く、勉強になった。3台の中で異彩を放っていたのはベーゼンドルファーで、何しろ大きい。これは「インペリアル」と言うモデルで、通常のピアノが88鍵なのに対して96鍵ある。低音側に8つ鍵盤が追加されている。このキーは演奏にはほとんど使われない(何しろ作曲家は88鍵の楽器を念頭に書くから)が、演奏中に共鳴するし楽器全体も大きくなるから、響きに影響を与えずに置かない。この楽器については大宮先生の「ピアノの歴史」で読んでいて写真も目にしていたが、実物を見て音を聞くのは初めてだった。

ヤマハもスタインウェイもフルコンサートグランドだから大きいのだが、舞台上で並べてみるとベーゼンドルファーの大きさがひときわ目につく。この様に大きい楽器だから他を圧する様な音量でなるのかと思いきや全く違う。豊かな響きだが華麗であるよりは柔らかく、角がない。音質が他の2台と全く違うのが驚きだった。

仲道郁代はこの楽器の響きをウィーンのドイツ語との関連で「例えばハンブルクあたりの北ドイツのドイツ語の硬さと比べてウィーンで話されるドイツ語は柔らかい。この楽器の音を聞くとそれを思い出す」と言う風に説明していて、なるほどと思った。

さらに彼女は、スタインウェイやヤマハは「楽器と格闘して」弾かないといけないが、ベーゼンドルファーを同じ弾き方で演奏するとうまく行かないと言い、最初に他の2台でチャイコフスキーのピアノ協奏曲の第1楽章冒頭部を弾いたあとで、「ベーゼンドルファーを今の弾き方で弾くとこうなります」と言って同じ部分を演奏した。ちっとも良くない。違う弾き方で再度聴かせてもらうと、確かに響きがうるさくなく、音楽から変なかどが取れて演奏のスケールが大きくなるし豊かな音になる。

演奏家にホールで複数のピアノを弾き比べて解説してもらう機会は滅多にないので、とても勉強になった。

フリードリヒ・グルダが「グルダの真実」で次の様に書いていることも、実地に音の違いを聴いて得心がいった。

 いつも問題となるのは-モーツァルトの場合もまさにそうだけど-どの楽器で弾くかと言うことだ。俺の場合は、ウィーンのベーゼンドルファーのピアノの響きで育った。俺の両親がさんざん弾き込まれたベーゼンドルファーを家に入れてくれたとき、俺は子供ながらに本当に嬉しかったよ。(中略)ウィーン・フィルをウィーン・フィルたらしめている響きっていうのがあるだろう。(中略)もしピアノがウィーン・フィルの楽器のひとつとして使われるとしたら、まさにあのベーゼンドルファーみたいな楽器でなくちゃいけない。あれこそ、ウィーン・フィルのスタイルにぴったりだし、ウィーン・フィルの音によく調和する。豊かで、まろやかで、やわらかくて、そしてちょっぴり甘いんだ。まさにウィーンの音だよ。(中略)
 俺の場合、いつも問題なのは、スタインウェイを弾くかベーゼンドルファーを弾くか、っていうことだ。非常にウィーン的な性格の曲の場合、たとえば、ワルツのメドレーとか、ヨハン・シュトラウスの曲のピアノ編曲版とか、それにもちろんシューベルトとかの場合は、ベーゼンドルファーで弾かなくちゃいけない。もう少しインターナショナルな響きが欲しいときは、スタインウェイにする。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集はスタインウェイだ。(中略)
 ところが、モーツァルトの場合は、微妙なんだ。これまでさんざんいろいろと試してきたけど、自分でもどうするのがいいのかわからない。現在は、またスタインウェイにしようかと思っている。そう、また、なんだ。じつにやっかいな問題さ。(田辺秀樹訳、50−52ページ)
仲道郁代のリサイタルでは、休憩のあと、この3台のピアノを使って色々な曲を弾いた。ベートーヴェンの「月光」、シューマンの「アベッグ変奏曲」、ショパンのノクターンその他。私は彼女のショパンに最も心惹かれた。この人の居丈高なところがない優しい性格(マイクを使って解説しているその話しぶりに良く現れている、また、私は昔彼女のシューマンの協奏曲を伴奏したが、その時にも同じ印象を持った)は、ショパンの曲に込められた感情のひだや陰影に深い共感を覚える様だ。

こう言う演奏会を企画してくれたホール関係者と、ただ依頼されて出演するのではなく自分から進んでその企画の実現に努力してくれた演奏者に感謝したい。

最後に一点だけ。改修後新装開店(ホールの様な施設では開館か)するのを「リニューアルオープン」と呼ぶ習慣がいつの間にか定着した様だが、この変な和製英語を使うのはもうやめませんか? 

イーヴリン・ウォーの小説「スクープ」を読む(高儀進訳、白水社)。

ウォーの小説を読むのはこれが初めて。新聞の書評欄で見て、訳者が高儀先生なので手に取った。人違いでアフリカの某国に特派員として派遣された主人公の行動と物事の思いがけない展開を描いている。

訳者あとがきではこの小説を「笑劇(ファルス)の連続のような抱腹絶倒の風刺小説」と説明している。確かに、登場人物間の誤解が勘違いを生み勘違いがさらに誤解を招いてとんでもない方向にどんどん話が進んで行ってしまうのを読んでいると、こんなおかしな小説は滅多にないなあ、と思う。

かなり皮肉が効いている。イギリス人にはこう言うシニカルな一面があるのではないかと思う。人物の設定と会話の描き方にデイヴィッド・ロッジの作品に似たものを感じる。ロッジはイーヴリン・ウォー協会名誉会長をつとめているそうだから、敬愛する作家なのだろう。もっともロッジも作品によって作品のトーンは違うから、「スクープ」を読んで私が想起するのは「作者を出せ!」などではなく、「大英博物館が倒れる」や「交換教授」などのコミック・ノベルだ。

ウォーの他の作品もぜひ読んでみたい。「回想のブライズヘッド」あたりを。

 

ポール・ボウルズの短編集「真夜中のミサ」を読む(越川芳明訳、白水社)。ボウルズを読むのは「蜘蛛の家」に続いて2冊目。

この本に収められた作品はほとんどがかなり短いので、隙間時間を利用して一日一作づつ読んだ。

彼が後半生を過ごしたモロッコをはじめ、タイやサハラ砂漠やアメリカ中西部など様々な場所を舞台にした作品が収められている。

ほぼどの作品にも、狡猾だったりずる賢かったり、一筋縄では行かない人物が登場する。そう言うトリックスターたちが騙し騙され裏切り裏切られることが多くの作品の中心に据えられている。彼らは、人の裏をかきうまく立ち回ることができるかどうかで人生の成功度合いが決まるとでも言うかのように振る舞う。

ボウルズはそう言う人物たちに対して批判も評価も同情もせず突き放して書いている。この距離の取り方が作家としての彼の根っこにあると感じた。

 

「唱歌・童謡ものがたり」と言う本を拾い読みしている。これは読売新聞の連載記事を本にまとめたもの(岩波現代文庫)。

広く親しまれた唱歌や童謡の生い立ちなどを曲ごとに一つの文章として書いている。

「赤とんぼ」があり「ぞうさん」があり「早春賦」がある。作詞者の生い立ちや歌の生まれた経緯などに意外な点が多く面白い。私は、「いぬのおまわりさん」に一番びっくりした。

作詞者の佐藤義美は「サッちゃん」の作詞者阪田寛夫を「詩人を絵に描いたような風貌」で圧倒したのだそうだ。佐藤義美の言葉が紹介されている。

「日常性の連続の中じゃ、今の時代に童謡なんぞ書けないの」。ある日、詩人は嘆いた。だから酒に酔って、三日間バスに乗って、気分が高まったところで、やっと筆を執る。途中、邪魔が入れば最初の酒からやり直し……。安穏とした暮らしより、詩作に命を賭ける生粋の芸術家だった。(358ページ)

「こまってしまってわんわんわわん」のあの歌が、こんな「無頼派」の詩人から生み出されたとは全く知らなかった。

そして「故郷の空」。私は真っ先にこの曲についての文章を読んだ。スコッチ・スナップについてどう触れているか知りたかったので。

スコッチ・スナップとは、16分音符と付点8分音符の、跳ねるようなリズムだ。16分音符が先に来ることからこの躍動感が生まれる。「故郷の空」の原曲であるスコットランド民謡はこのリズムで書かれている。このリズムで書かれた楽譜がこちらのサイトにある。私はこのスコッチ・スナップと言う言葉を高校生のときに知った。その後、1980年代になってからキングズ・シンガーズの歌で原曲を聴き、なるほど日本の「故郷の空」とはずいぶん印象が違うと感じた。

スコッチスナップによらない楽譜は例えばこのサイトで見ることができる。

今日本で歌われているメロディーは、スコッチ・スナップによる原曲のキビキビしたリズム感に対して、おおらかな感じを与える。また、大和田建樹によると言う日本語の詩も、スコッチ・スナップにはうまく乗らない。このリズム変更は奥好義によると「唱歌・童謡ものがたり」では書かれている。

さすがにこの点を言葉だけで説明するのは難しい。楽譜を引用すれば一目瞭然だが、新聞記事としてそれは避けたのだろう。

よく知られた曲の生い立ちを探ろうと記者たちが取材を重ね短い文章にまとめている点に敬意を表したい。



 

プルーストの「失われた時を求めて」を読み始めた(吉川一義訳、岩波文庫)。

この小説はかつて井上究一郎訳で読んだのだが、内容をまるっきり覚えていない。何しろ、有名な「紅茶に浸したマドレーヌを食べて過去の記憶がまざまざと蘇った」と言う一節も覚えていなかったほどだ。

その本も手元にない。今回一念発起して、もう一度きちんと読んでみようと考えた。自分自身にとっての失われた時を求める試みである。あるいは、より正確に言えば「我が失いし時を求めて (À la recherche du temps que j'ai perdu)」と言うことになる。

長い道のりになるに違いないので、読んでいて気づいたことをつど書き留めておくことにする。

1. 口ゆすぎ

第1巻「スワン家の方へ I」に、寝る様にと寝室に追いやられた幼い日の「私」が食堂にいる母に手紙を渡して欲しいと使用人のフランソワーズに頼む一節がある。

フランソワーズはしばらくして戻ってくると、まだアイスクリームが出ているときなので、給仕頭としてもいま皆の前で手紙をわたすのは不可能だが、口ゆすぎの段階になれば渡す手立てもできるはずだと言う。(78ページ)

この「口ゆすぎ」に訳注がついている。

コップ状の容器に香りをつけたぬるま湯を入れて、食事の終わりに出した。フロベールの『ボヴァリー夫人』(1857)一部七章では、ヒロインが「口ゆすぎ」を買おうとするのが、田舎のブルジョワ趣味として皮肉に描かれている。

早速ボヴァリー夫人を読み返してみたが、1部7章に「口ゆすぎ」と言う言葉は出てこない。はてな。

これは原文に当たるしかない。幸い今は著作権の切れた古典作品がインターネット上に掲載されている。まず「失われた時を求めて」の原文が掲載されているサイトを見つけた。次に、「口ゆすぎ」と言う単語がどこに掲載されているか探す。フランス語でなんと言う単語なのか知らず、また、プルーストのフランス語は難しいので難儀したが、rince-boucheであることが分かった。今度は「ボヴァリー夫人」の原文が掲載されているサイトを探し、その中でrince-boucheを見つける。ブラウザの検索機能を使うから、これはさほど大変ではない。

そうしたら、伊吹武彦訳の以下の場所であることが判明した。

エンマはまた一方では家事の切りもりが上手にできた。(中略)デザート用にフィンガー・ボールを買う話までした。そういうことからボヴァリーの上にまで世間の非常な尊敬が及んだ。(上巻65-66ページ)

訳者は「口ゆすぎ」と言う日本人に馴染みのない言葉の代わりにフィンガー・ボール(フランス語ではrince-doigt)を当てたのだろう。

2. マンネングサ

同じく第1巻「スワン家の方へ I」に、ルグランダンが「私」をふたりきりの夕食に招待する時にこう語っていたとある。

いらしてください、サクラソウとともに、マメダオシとともに、キンポウゲとともに。いらしてください、バルザック博物誌で純愛の花となるマンネングサとともに、復活の日の花であるヒナギクと殿に、復活祭の氷雨にまじる最後の雪の玉がまだ溶けぬうちにお宅の大叔母さまの庭の小径に匂いはじめるオオデマリとともに。(279ページ)

ここの訳注にはこうある。

バルザックの小説では、『谷間の百合』の主人公フェリックス・ド・ヴァンドネスが、モルソフ夫人に恋心を伝えるため、「トゥーレーヌ地方のブドウ畑に生えるマンネングサ」を入れた花束を定期的に届ける。(後略)

これを宮崎嶺雄訳「谷間のゆり」に当たってみた。該当する箇所は以下の記述だと思う。

花瓶の広くなった口のまわりに、トゥーレーヌの浜景天草(はまべんけいそう)に特有な白いふさふさした花ばかりで作られた、豊かな縁取りを考えてみて下さい。(152ページ)

マンネングサ(宮崎訳では浜景天草)はフランス語ではsédumらしい。

3. オーヴェルニュ地方

第2巻「スワン家のほうへ II」の冒頭に、自分のサロンの常連が家にやってこないのではないかと言う不安を抱いているヴェルデュラン夫人が常連の一人ドクター・コタールとこう言う会話を交わす。

「聖金曜日には伺います……お暇乞いに。私ども、復活祭の休暇はオーヴェルニュ地方で過ごすことになっておりますので。」
「オーヴェルニュ地方ですって?ノミやナンキンムシに食べられるためですの?結構でございますこと!」(28ページ)

ここに訳注がある。

オーヴェルニュ地方は、フランス中部の中央山塊が占める一帯。当時も今も開発からとり残され、フランスでいちばん貧しい地方とされる。

キリ・テ・カナワ
ドーン・アップショウが歌う「オーヴェルニュの歌」でしかこの地方を知らない私に取ってはこの記述は驚きだった。そう言う風に受け取られているのか。(最近ネタニア・ダヴラツの演奏を知り、強く惹かれているが、このディスクについては別途書きたい。)

全14巻のうち、私はまだ第2巻「スワン家のほうへ II」にとりかかったばかりだ。読了するのはいつのことか。




 

磯田光一による永井荷風の評伝を読む(講談社文芸文庫)。

資料を丹念に読む中から荷風の生涯を浮かび上がらせる筆者の手法は大変なものである。また、荷風を神格化せず客観視して、時に極めて厳しい評価を下している点にも敬服した。

私は「濹東綺譚」についての記述に特に惹かれた。これは自分が最近読んで記憶に新しいためでもあるが、 登場人物の名前と高見順のつながりを解き明かす一節や、「濹東綺譚」の筋の展開と作中に登場する「失踪」と言う小説の筋の展開とからこの作品が綿密な計算に裏付けられている事を説明するくだりは、この作品が荷風の筆の勢いと感興の赴くままに書かれた様な印象を持っていた私にとって驚きだった。

この本を読んで、荷風は多面的な存在だったのだと言う感を強くした。彼と父との確執は誰もが知るところだが、荷風は父を単に反発と否定の対象としていたわけではないし、荷風の江戸趣味への執着が、近代人としての彼の精神と分かち難く結びついていることも注目に値する。近代日本の文化の軽薄さを嫌悪し江戸に自らの価値観の源を求めた彼の晩年の住処「偏奇館」が西洋建築だったと言うのは、彼の精神の複雑さの表れだろう。人と接するのを嫌い、床を板張りにすれば畳屋と顔を合わせなくてもすむからと言うのは、「洋館」を立てた理由の一部でしかないのだと思う。

私にはまだ荷風が全然わかっていない。これからもじっくり読むべき作家である。 

「外資系トップの思考力」と言う本を読む(ダイヤモンド社)。

外資系企業の日本法人のトップ10人について、一人に一章をあて、そのキャリア形成や価値観や決断の基準を人材紹介会社のISSコンサルティングがまとめた本。 

なかなか面白い本だった。成功した経営者の言葉を記した本はあまたあるが、その中でよく書かれた部類に入ると思う。

インタビューを元に書かれた本なのだろう。本全体のトーンが一貫しているので、かえって10人の違いが際立ち、また、共通点も分かる。 無駄なくまとめているのはライターの手腕のなせる業だと思う。(上阪徹さんという方の名前がクレジットされている。)

皆さんマネジメント手法も思考パターンもそれぞれ異なるが、強烈な個性の持ち主であり、何が重要なのかを簡潔に語るのが上手であることは共通している。これは、何が大切なのかいつも考え続けているからこそ可能になるのだろう。

コクトーの「恐るべき子供たち」を読む(鈴木力衛訳、岩波文庫)。

持った回ったところのない簡潔な記述で、恐ろしい結末に至るまでの過程が克明に描かれる。その過程は一直線ではなく、登場人物たちの心理はときに乱れるが、コクトーの筆は冷静に言葉にする。

読んでいて、先年マントンのコクトー美術館で彼の美術作品に接した時の、大胆で直裁な描線を思い出した。
 

モーツァルトのピアノ協奏曲第27番(変ロ長調K. 595)を色々聴いてみた。

きっかけはある人に、クララ・ハスキルとフリッチャイによるこの曲の演奏をすすめられたことだった。

ハスキルの演奏には馴染みがなかったが、くっきりした輪郭の音を持つ人だと感じた。さらに、速い楽章の独奏部で音楽を前に前にと進めるのが印象に残る。 

これを皮切りに、手元にある演奏を録音年の順に聴いた。

まずバックハウス独奏、ベーム指揮ウィーン・フィル。1955年の録音。

この演奏には、響きを取り巻く「空気」のようなものがあって、それが深みを与えている。独奏も伴奏も、その空気の中から生まれて来ている。これは文字に書き表すのが難しい事で、あたかも「演奏の雰囲気」と言う言葉を持ち出して誤魔化そうとしているかのような印象を与えかねないが、そういう事を言いたいのではない。

この演奏では音符が裸になることがない。いつも包んでいるものがある。それはある時には低音楽器の響きなのだが、何の支えもなくひとつの楽器だけが鳴っている時も含めて、曲のどの部分も一貫して同じものに包まれている。目には見えないが大気と言うものがあるように。その「演奏の大気」が統一感と安定感と深さを与えている。

続いてロベール・カザドシュの演奏を。セル指揮コロンビア交響楽団との1962年の録音。

これは推進力に満ちた演奏だ。きびきびとして折り目正しい。四分音符を短めに演奏することも、こう言う印象を与えるのに関連があると思う。同時に響きが豊かだと感じるのは、オケが良く鳴っていて(名人揃いなのだろう)さらに声部間のバランスが良いからだと思う。もう一点特筆すべきなのは声部間の均一性で、例えばピアノ独奏のフレーズをそのままファゴットが引き継ぐ時に段差や出っ張り引っ込みを感じさせない。

そしてブレンデル。マリナー指揮アカデミー室内管の1974年の録音。

ブレンデルのタッチは清潔だ。マリナーのつくりだすサウンドと共通した印象を与える。この二人はお互いが求める響きに共感して、それが何年もかけてモーツァルトのピアノ協奏曲全集を完成させる心理的土台になったのではないか。

ブレンデルは16分音符が連続する走句で音楽を追い込まない。駆り立てなくてもきちんと弾けば音楽はちゃんと前に進むと言っている。それがこの演奏に重さによらない安定感を与えている。


手元にあるこの曲の他の演奏についてはまた別途。

 

「セロニアス・モンクがいた風景」を読む。

モンクについて書かれた文章を村上春樹が訳してまとめた本。編者自身の文章と「私的レコード案内」も掲載されている。

ミュージシャン、レコード・プロデューサー、ジャズ評論家などがモンクの音楽と人となりについて語る。 そこに描かれているのは、比類のない音楽家の姿だ。

モンクと言う人はジャズの歴史の中で最もユニークな演奏家の一人だと思うが、この本は彼の音楽がどう形成され他のミュージシャンにどう理解され影響を与えていったか、そしてその過程にクラブでのジャム・セッションがどんなに大きな役割を果たしていたかと言う点について理解を深めてくれた。

読みながら、ジャズが真の意味で創造的だった時代に思いをはせる。 

(追記)巻末の年譜にモンクがハーヅデールのファーンクリフ墓地に埋葬されていると記されているので驚いた。 この墓地にはかつてバルトークの墓があり、私は1989年に訪れた。その時のことを書いた文章をこのブログに掲載した。この二人の音楽家が同じ墓地に埋葬されている(バルトークの墓はハンガリーに移されたが)と言うのはいかなる偶然のなせる技だろう。モンクが亡くなったのは1982年なので、私がファーンクリフ墓地に行った時にはそこに眠っていたのだ。当時の私はモンクの音楽を全く知らなかった。もう一度行く機会はあるだろうか。

ベネデッティ・ミケランジェリが弾くモーツァルトのピアノ協奏曲第13番(ハ長調K.415)と第15番(変ロ長調K.450)のライブ録音のディスクを聴く。伴奏はコルト・ガーベン指揮北ドイツ放送交響楽団。

ミケランジェリは怜悧な音を持ったピアニストだと思うが、ここでも透明感のある硬質な音で音楽を作る。それに加えて、小節の一拍めにはっきりとアクセントを置く(特にフレーズの始まりをこう処理することが多い)ので、 輪郭のはっきりした演奏になる。

ガーベンもこれに応えてしっかりした音をオケから引き出す。 これは「きちんと話す」モーツァルトだ。

ルネ・バリバールの「フランス文学の歴史」を読む(矢野正俊訳、白水社文庫クセジュ)。

842年の「ストラスブールの誓約」をもってフランス文学が誕生したと言う記述に始まるこの本は、エクリチュールと言う観点からフランス文学の歴史を語る。明確な視点を持った大胆な本だと思う。

読んでいると、フランス語とフランス文学とは、ラテン語及びギリシャ語との関係(それは影響であり緊張関係であり対抗意識であり、とても多面的だ)を考えないと理解できないと言うことが分かってくる。さらにそこにヨーロッパの他の言語が絡んでくるので、一国の文化や文学だけを切り取って考えても意味がないのだ。私は無論その様な視野を持っていないので、これから勉強しないといけないことの巨大さに頭がくらくらする思いだった。この様な「知的脳震盪」とでも呼ぶべきショックを受けることはとても大切なので、著者と訳者に感謝したい。

それにしても、フランス革命がフランス語とフランス文学に与えた影響の大きさには圧倒される。


 

外国語学習の科学」で紹介されていたThomas Sowellの"The Einstein Syndrome"と言う本を読む。

秀でた頭脳を持っているが話し始めるのが遅いこどもたちについての研究である。このような傾向のこどもは大人になってから数学やエンジニアリングなど分析的な職業で優れた業績をあげる人が多いことを述べている。また、音楽にも才能を発揮することが多いのだそうだ。近親者にもこれらの職業の人がいる割合が高いらしい。

こう言う人たちの中でもっとも有名なのが物理学者アインシュタインで、そこから「アインシュタイン症候群」と名づけられている。同じくノーベル賞物理学者のファインマンもこどものころ話し始めるのが遅かったと言う。

読んでいくうちに、私が期待していたのはオリバー・サックスの「妻を帽子とまちがえた男」のような語り口、すわなち個々の例についての「物語」だったことが分かってきた。"The Einstein Syndrome"はより包括的分析的な本である。

筆者はこのテーマで既に"Late-talking Children"と言う本を刊行しているそうなので、そちらはもっと症例集的なのかもしれない。

 

岩波文庫の「フランス名詩選」を読んでいたら、ボードレールの「旅へのさそい」と言う詩に「本篇にはデュパルクの名高い歌曲がある」と訳者安藤元雄の注が添えられていた。もしや、と思ってジェシー・ノーマンのフランス歌曲集のディスクをみたら、この曲がやはり入っていた。

入っていたどころではない。この曲を聴くたびに、その香り高くて精密な書き方に強い印象を受けていたのだ。いつも電車で通っている駅に思いもよらない史跡があったと教えられた様な気持ちである。

改めて詩を読みながらディスクを聴くと、ボードレールの世界をデュパルクが見事に表現しているのに今更ながらに気づく。歌曲はやはりテキストと一緒に聴かないといけない。その入り口にようやくたどり着いた。 

映画「世界最速のインディアン」を再び、今度はディスクで見る。

やはり胸が熱くなる。私のようにオートバイにも速度記録樹立にも興味がない者でも惹きつけられるのは、主人公バート・マンローの純粋さの故だろう。バートは良い意味で単純な人物であり、そうであるだけに観ていて思わず感情移入してしまう。

前回見た時よりも更にバートの考えと行動が迫って来た。自分が彼の年齢に近づいたからだろう。

負けてはいられない、と思う。バートにではない。もちろん。

ムッシュー・テスト」に触発されて、岩波文庫の「フランス名詩選」に収められたヴァレリーの詩を読む。「消えうせた葡萄酒」「足音」「海辺の墓地(抄)」の三編。

硬質で背筋の伸びた言葉から、豊かなイメージがほとばしり出てくる。

私には「消えうせた葡萄酒」の世界が特に印象深かった。

 

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