2017年04月23日

松浦亜弥という接点

松浦亜弥という接点。

そういう言い方をしたくなる、文章を書きたくなるのは、彼女のパフォーマンスの全てを未だに理解できていないであろう後ろめたさから来るものなのかもしれない。

古くからのファンの方の多くは、基本的にアイドルパフォーマンスとしての彼女がベースになっている。
しかし私はというと、彼女のいわゆるアイドルとしての全盛期といわれる時代。その頃に出たオリジナルアルバムの2・3枚目辺りには、曲名を言われてメロディーがすぐに出てこない曲が幾つかある。

一方で、私と同じように表立った活動をしなくなって以後に主にネット動画を通してファンになった後発的ファンの中にも、彼女をポータルとして主に同じ事務所に属するアイドルグループ群に関心を広げている人もいる。
とても器用だなと思う。ある意味羨ましいとも思う。新たな分野に抵抗なく接して世界を広げることができている。

しかし私は、以前から好んで聴いていたアーティストさんに、彼女が(強烈に)割って入ったという感じでファンになったこともあり、そういう方面に全く関心が広がっていかない。
それだけでなく、彼女のファンであるにも関わらず、その全盛期を別物と見てしまうわけだ。
私は、松浦亜弥さんのファンとしてどこに重心があるかというと、極端にいえば将来にあるのだと思う。
再び活動を始めるであろうそのときから、アーティストとしてどのような形でその才能が発揮されるか。そしてそれが世間にどれだけ知れ渡るか・・・。

私の音楽趣向からしてどうしようもないとはいえ、片手落ちのような後ろめたさを感じたこともあった。

しかし、と思いなおした。
応援の方法、ファンとしての好み一つにしても完全に一致する人は一人もいないわけで、それが正しいもの間違っているものという基準は無い。
アーティストさんに伝わるものも、ファン一人ひとりの様々な思いが結集されて反映された形でよいわけだ。

そこで思うのは、古くからのファンを含め、ファンの方は私にとって全て松浦亜弥という接点というわけだ。

さらに、彼女には著名な方々から歌唱力が評価されている。そういったベテランのアーティストさんへの接点でもある。小さなものに過ぎないかもしれないが、動画映像などを見、その良さに気付くことにもつながった。

そしてさらに、松浦亜弥さんをきっかけに、それまで好んで聴いてきて少しご無沙汰していた他のアーティストさんの曲を聴きなおし良さを再発見できたので、それらの接点にも。

彼女を要に、たくさんの接点が生れた。

それは非常に大きな収穫であると思う。

そして、再活動を考えているという彼女の次の動きから、更なる新たな接点が生れることを楽しみにしたいものだ。


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mago_emon at 21:33|PermalinkComments(0)松浦亜弥 

2017年04月15日

晩酌にメスを入れる

余り言いたくないことだが、私は普通の人の平均より体重が多めだ。

そのこともあってか、健康診断でしばしば指摘を受ける。

一部は治療も受けているのだが、さすがにこの歳で本格的な成人病にはなりたくないので、私なりに気にしている。この1年、それなりに意識してきた。

具体的には、

・職場からJRの駅までバスなどを使わず早足で30分かけて歩く。少なくとも週3回。
・それに加えて、休日は時間が取れる限り近場を最低60分歩く。
・夕食時は、米の飯を食べない。そのかわり水溶性食物繊維を摂取する。

この3項目はこの1年間、ほぼ守ることができた。
しかし、体重は多少の増減はあっても、平均的にはほぼ水平移動。

まあこれは意識していなかったら、どんどんメタボ、中年太りが進行していたのかもしれないと慰めることにする。

やはり、禁断の一手に手を加える必要が出てきたようだ。
それはずばり、「晩酌」にメスを入れるということだ。

わたしは典型的な「辛党」だ。

辛党という言葉の意味は、単に甘党の反対で辛い食べ物が好きというのではなく、酒好きという意味合いの方が強いようだ。
辛いもの好きという意味に誤解していたのだが、私は実際どちらの意味でも当てはまるので、そういう意味でも典型的と思っているわけだ。
私は個人的には、いや最近は飲み会などの機会があっても大量の飲酒はしないし、二日酔などとも長らく無縁な身ではあるのだけど、ほぼ連日酒を欠かしたことがない。
実際今も酒を帯びた状態で書いているので、少々乱筆かもしれない。

昨日は、意識してアルコール類を1滴を飲まなかった。そしてPCにも向わなかった。
どうも一旦酒を飲んでしまうと、TV画面、PC画面を眺めながら漫然と過してしまいがちで、その時間は確かにもったいない。もっと有効なことに使えないかなと。最初は週1回でよいが、できれば3回くらいまでに増やせないかな、と。

そうなると、恐らく体重も落着いて、体の動きも良くなって、健康診断で指摘される事も少なくなるかな、と。

ここに書くことによって、自戒の機会としたい。


mago_emon at 21:45|PermalinkComments(0)食と酒 

2017年04月04日

今年の新入社員は・・型?

新入社員には、毎年決まった型があるのだという。そういえば前にもこういう話題を聞いたことがあると思ったら、どうも毎年発表されているものらしい。

今年は「キャラクター捕獲ゲーム型」なのだそうだ。

この命名は日本生産性本部という、何とも朦朧とした名の団体によって行われているのだが、解説を読むとどうも新入社員の特徴というよりもブームや流行語にかこつけて、何々型とこじつけているだけのように感じる。

キャラクター(就職先)は数多くあり、比較的容易に捕獲(内定)出来たようだ。一方で、レアキャラ(優良企業)を捕まえるのはやはり難しい。すばやく(採用活動の前倒し)捕獲するためにはネット・SNS を駆使して情報収集し、スマホを片手に東奔西走しなければならない。・・・(以下略)

そういうものに無理に当てはめられて、カテゴライズされてしまっては当の新社会人たちもたまったものではないだろう。
そういった一時の流行物や風潮には、私は自然に背を向けてしまう性格なので、尚更そう思う。
少し前には、ゆとり型とかゆとり世代などという造語も流行ったが、それも一連の命名の一つだったのだろうか。

しかし、と私はそこまで感じた後思った。
ネットをやSNSを駆使しての就職活動。私には全く縁のなかったことで、今彼らに混じってやれといわれても戸惑うばかりだろう。
大学卒で1995年生れくらいだろうか、物心付いたころには既に携帯電話全盛期。コミュニケーション手段はネット中心が当り前の世代だ。

毎年くだらぬ命名を下すのは、元役人のお偉いさん方だと思われるが、わたし自身も実際新入社員の若者たちよりも、嫌われる命名者のほうに年齢が近くなっているではないか。

まあそれはともかく、この命名は余り意味がないと思うので止めた方がよいと、最後に提言したい。

mago_emon at 21:50|PermalinkComments(0)たわごと 

2017年03月26日

今井美樹「Bewith」

このアルバムは、今井美樹さんの3枚目のオリジナルアルバムで1988年発売。

それより前、中学から高校のはじめにかけては、空前のおニャン子ブームといったものが巻き起こっていた。
ブームの核心世代は5歳くらい上だったのだろうけど、私も例に漏れず夕方の番組を見、クラスの仲間とは誰が好みやらどうやらといった話題が頻繁に湧き起こった。
今の数々の一大アイドル集団と、形は違えど内容は似ている所も少なくないように感じる。
何せ仕掛けは同じ秋元康氏だ。

なので、私の初めて購入した楽曲というのも、メンバーの一人だった渡辺満里奈さんのアルバムだった。
CDが普及し始めた頃で、最初はカセット版で買い、後にCDで買いなおした。そのCDは今でも手元にある。
しかし今思い出すと、渡辺満里奈さんは大好きだったのだが、ではグループ全体の歌はどうだったかというと、正直余り興味なかったようだ。

おニャン子ブームが去った頃、私は部屋にいるときにはずっとFMラジオを聴いていた。あの時代にネットがあれば私はどうしていただろうか。部屋にTVを置かせてもらえなかったのでラジオが唯一の娯楽だった。
FMラジオからはさまざまなアーティストさんの楽曲が流れてきた。

渡辺満里奈さんの場合はもちろん明確な理由があったのだが、今井美樹さんをはじめこの頃手にしたアルバムというのは、そのきっかけが思い出せないものが多い。
恐らくFMラジオで歌声を聴いて興味を持ったからだろう。

さてこの「Bewith」、私が買った初めての今井さんのアルバムであり、またアーティスト系の歌手のアルバムだった。今聴き直しても若々しく綺麗な声に魅了されるのだが、歌詞やタイトルに再婚とかいった当時20代半ばである今井さんが歌う内容としてもなかなか大人びているものが含まれていた。もちろん当時の私にはそのような歌詞を文字としては理解しても、真意を理解できるはずもなかった。しかしとにかくその声の美しさは陶酔するようでもあり、そしてその歌声が自然に体に浸透してくる感触はそれまでに味わうことの無かったものだった。しっとりと歌い上げる曲が多いのも私の好みにあっていたのかもしれない。
渡辺満里奈さんの歌唱力についてはここでは言わないが、本当の歌手の歌声に始めて身近に接した気がした。

このアルバムを手にしたことが、私の好んで聴く音楽のジャンルというのを位置づけたような気がする。

今井美樹さんのライブ映像等は、第三者による動画掲載が相当規制されているようで、このアルバム曲のものがほとんど存在しない。

このアルバムのものではないが、今井さんの代表曲の映像を一つ置くことにする。


mago_emon at 21:39|PermalinkComments(0)音楽など 

2017年03月23日

「やばい」の用例の広まりに思う

最近、先月だったか、ある中学校で「やばい」という言葉の使用が禁止されるといった話題を眼にした。

この言葉自体、私も自然に使うが、もちろん「悪い結果(が予想されるとき)」に使う。
これが本来の用法で、このほかに無いはずだ。
過去形で「やばかった」という場合は、その悪い結果が回避されて、安堵した時に使う。
もちろん口語、もっというと俗語に近い単語であり、文章では使用しないという認識だ。

こう書いて、私もちょっと自信がない。そのような使い方をする人が、今何割いるのだろうかと。
肯定的な意味で使うことに抵抗のない人が、もはや何割かいるように思う。
中学校で禁止されるように若年層で顕著な現象なのだろうけど、その広まりはどうも若い人だけでないようにも感じる。

TV番組などでも、例えばグルメレポートのレポーターなどがこの言葉を頻発する。
この場合、噂どおり、または期待以上の美味しさであることを示す言葉で、もちろんマイナス要素を示すものではない。
しかし、やはり嬉々とした表情で口にする言葉ではないというのが私の感覚だ。

この単語をプラスの内容でも自然に発言する人の感覚とは、どのようなものなのか。
恐らく、本人の尺度で「日常の平凡さの範囲内」を逸脱する振れ幅を示すと、それらはすべて「やばいもの」という認識なのではないか?と考える。
こういう用例が横行している影響で、もはや耳にすることは違和感を覚えなくなったともいえるが、少なくとも私は使わない。使いたくない。
「やばい」などという表現に代用されて語彙が貧しくなりたくない。

もっと的確で美しい表現があるはずだ。

mago_emon at 22:44|PermalinkComments(0)言葉のはなし