2017年09月17日

久々に松浦亜弥さんの情報が

昨日、久々に松浦亜弥さんの情報がネット上に。
現在の所属事務所を移籍するとの話題。
SNS上で他のファンからの情報で知った。
それにつれてファンの間での様々な思いが垣間見られた。

3月頃、某週刊誌で再活動を匂わせる記事があったが、それとの関連性も感じられるし、何時かは別として再び歌が聴ける日が来ることは間違いないと見て良さそうだ。

実際、これまで所属していた事務所を離れると言うこと自体は、メリットあると思う。
余り批判的なことは書くつもりないけど、その事務所は全般的に、所属している人の扱い、ファンや一般に向けてのアピールなどは余り得意でないと感じている。
それに私の場合、それまで好んで聞いていた歌手の人と並んで、彼女のファンであるという位置づけだったので、その事務所に所属している他のグループ等への関心はなかったし、逆に復帰しても何だか内輪的なものに終始してしまうのではないかという心配もあった。
わたしはあくまで、復帰するのならイメージチェンジした1歌手としての姿を見たい。既に活動後期にはその片鱗がうかがえていたが、その姿は世間にはほとんど知られていない。そこに私の彼女を応援するエネルギーの多くが注がれているといってよい。再デビューするなら改名してもよいとまで思っているほどだ。
なので、復活ライブだけとか、焼き直しのような活動だけではもったいないし、意味がない。
一時的な一般受けはよいだろうが、それだけで終わってしまう。

古くからのファンの人たちを中心として、彼女へのアプローチはハロー系やアイドルとしてが多いと思うし、このニュースに寂しさを感じている人も少なくないだろうが、私はそのようなことでファンとして毛色の違う少数派?なので、事務所脱退自体は良い方向だと思っている。

では、移籍先はどうか。旦那さんグループの「個人事務所」ということだが、そこにもすこし不安が淀む。間違いなくここで復帰となれば、イメージチェンジにはなるだろうが、完全に旦那さんの傘下でのプロデュースなどとなれば、個人的には、どうも抵抗を感じてしまう。
それはもっと先であるべきではないか?
こんなことを思ってしまうのは、私はまだまだだということだろうか。

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何だか以前も書いた気がするが、活動休止期間が長引くにつれ、一時のがむしゃらさは落着いてきた代わりに復帰後の要求が高くなって、頑固なファンになってしまったきらいがある。

でも実際出てきた時には、どんな形にせよ、全てに寛容になって受け入れてしまうのか?
そんな気もしている。

期待半分危惧半分で、どんな姿になるのか、しばらく楽しみにしておくとするか。


mago_emon at 12:48|PermalinkComments(6)松浦亜弥 

2017年09月09日

一言に秘められた旅の郷愁

1月に「今年京都を訪ねる理由」という記事を書いた。
そのきっかけは、バイト先のホテルが10月にリニューアル工事を始めるというものだった。

それで機会を探っていたのだが、せっかくなら1泊して、それも住んでいた付近にないかと探していた。旧市街には最近空き家になった町家建築を利用した宿泊施設が増えていると聞く。ぎりぎりの9月に入ってからではあるが予約可能だったので、先日実行してきた。

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出身大学構内も久々に歩いたし、件のホテルも外観をしかと眺め写真に記録し、1Fロビーのコーヒーショップに入って余韻に浸った。しかし、当時の社員はほとんどいないだろうし、ましてアルバイトの分際である。
フロントで何か依頼しても、いまや何にも成果は得られないだろう。
そのようなことで、それだけに留めて後にした。

それよりもやはり印象に強く残り、また郷愁感を覚えたのは暮らしていた界隈のことである。
狭い路地に町家建築の連なる西陣界隈だ。

宿に荷物を置き、自転車で界隈を走っていると、良いこと悪いことを含め、様々なことがふと思い起こされてくる。

町家や町並に関心が向いがちな私の探訪、しかしここではさすがに趣の異なるものになった。

西陣滞在中の初日夜と翌昼食は、当時よく行っていた店に行こうと決めていた。
前者は自転車で5分ほどにあった大衆中華料理屋。後者は歩いて3分ほどの小路にある洋食の店に決めた。
とはいえ学生食堂やアルバイト先での賄いがほとんどだったので、そう頻繁に行っていたわけではない。

洋食の店。腰を下ろしたカウンター内には60年配に見えるご主人と20歳前後の若者が。ご主人の顔は何となく見覚えがあるような。
私が強い郷愁を感じたのは、注文した「とんかつ定食B」を受けて、その後主人が小声でつぶやいた「とんB」という一語。

今回の再訪で最も印象的な一場面ともなった。
訪ねるきっかけになったホテルでもなく、町家・町並でもなかった。

この店はとんかつを中心とした洋食の店で、看板のとんかつ定食は、豚肉のボリュームに応じてAからCまでがあって、Bが標準的な量のとんかつとサラダ、味噌汁と米飯が付いて比較的手ごろな値段なので、注文する客も多いのだろう。
私自身、実際この洋食屋に行って、「とんB」を何度か注文したのだろう。
耳に残っていて懐かしいと感じたのだ。

この「とんB」、ずっと意識外にあったのだ。大袈裟に言えばそれからそのとんBを味わって店を出るまで、学生時代に戻ったような感触になった。

ただ、泊った町家宿や夕食に寄った中華料理屋その他で、学生時代良く来ていた(近くに住んでいた)、懐かしい有難うと、思わず打ち明けずに居られなかったのに、この店ではそれが出なかった。思わぬ懐かしいフレーズを聞き、ある意味放心状態になっていたのか。

ゆかりのあるところを再訪する旅の醍醐味は、実はこのような些細な体験なのだろうと、一週間経った今噛み締めている。

暫く間の空いていた京都探訪だったが、これからは定期的に訪ねようかと思う。

懐かしさももちろんだが、まだ知らないことだらけである。

mago_emon at 21:37|PermalinkComments(0)旅と鉄道 | 随想

2017年08月26日

中学生の夏休みの記憶

先日、ふと中学時代の夏休みのことが思い起こされた。

当時運動部に属していて、日曜も含め連日練習があり、時間は午後3時から日没近くまでと決まっていた。
思い出したというのは、具体的にはその練習のことではなく、当時昼過ぎにTVでやっていたドラマ、そしてその主題歌のことだ。
時間的には昼食を終え、今日も暑い中練習に行かなくてはいけないとやや気が滅入る頃合である。

そのドラマは、当時夏休み期間中毎年シリーズ物で毎年放映されていたもので、ごく一般的な家族の中で、様々な困難に見舞われながらも立ち向い乗り越える姿を描いたドラマだった。
「わが子よ」という題名で、6年間に渡って連続して放映されていたようだ。
主に子供が難病や事故に遭うと言った内容が多かったように思う。
わたしと同じような年代の子の話題であったからか、熱心に見ていた年もあったようだ。

ストーリーは今や余り記憶にないのだが、主題歌は良く覚えていた。けだるい気持で聴いていた、特にこの曲。メロディーラインが美しい。これは連続5年目の「わが子よV」の主題歌だ。



そして歌っているのが荻野目洋子さんだったことは、今回初めて知った。
まだ無名の頃だったと思ったが、この曲の次にリリースされたシングル曲はその名を広く知られるきっかけとなった「ダンシング・ヒーロー」とのこと。
この曲、もっと後になって、高校生の頃リリースされたのではいう感触なのだが、調べるとリリースされたのはやはりこの年だ。
何しろ中学生の時、32年前の記憶である。それらが前後するのは不思議でない。

こういう手の話題は、ほぼ自己満足の域を出ないと思われる。ドラマのことを知らない人や覚えてない人は何ら興味は湧かないし、この記事を読み進める気もしないだろう。

しかし、少年時代の夏の一情景を思い出したことにはじまり、当時のドラマや主題歌、そして歌っていた歌手へと、せっかく関心がささやかながらも発展していったので、それは書き留めておこうかということで・・・。


mago_emon at 21:55|PermalinkComments(0)随想 

2017年08月16日

心のふるさとの町

先日、仕事で外出中に不意にメールが入った。
見ると新社会時代、同じ会社に入社し、配属先は別だったが色々愚痴を聞きあった仲間である。
現在はお互い勤め先も変り、彼は東京住まいになっている。そうなって20年近くもなるのにこうして会う機会があるというのは、非常にありがたいことである。

彼と会うのはほぼ10年ぶり、来ていると言う呉に急行した。呑みながら待っているよと言ってきた店は、地場の居酒屋らしい地味なたたずまいの構えだった。
聞くと、実はこのところ毎年呉を訪ねているのだそうだ。
彼は、最初に赴任したこの町のことに興味を持つ余裕もなく、無機質に働いた新社会人時代を懐かしく思い、離れてからその良さを来るたびに感じていると、繰り返し語った。

後になって調べると、BSの番組「酒場放浪記」でも紹介されたことのある、ある程度有名な居酒屋らしい。
まさに灯台下暗しで、呉に飲みに行くなど普段考えもしないから、店の知識など全くないのである。
料理・酒とも実に旨かった。私が逆に新鮮な感動を得たようなものだった。

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彼と別れてから思ったのが、私にはそのような心のふるさとのような町はあるのだろうかと。
来月頭に京都を訪ねる。過したのは学生時代だから、彼の呉とは様子は異なるものの、第一候補の町である。
あれから私も京都は何度か訪ねる機会はあっても、町並目当てであることが多く、訪問理由が偏っていた。
彼と同じように、懐かしむだけでなくそれまで気付かなかったものを探す旅にできれば、より実り多いものになるのではないだろうか。
京都の場合は、なおのことそういったものが無限に出てくる要素に満ちているはずだ。

毎年訪ねるとまでは行かなくても、懐かしさと、私の望むところの新発見を求めて定期的に訪ねられる心のふるさとになれば、そしてそのきっかけになる訪問になれば、いうことはない。


mago_emon at 21:34|PermalinkComments(0)日常雑感 

2017年07月13日

ヤクルトと稀勢の里

今シーズンのプロ野球もオールスターを挟んで後半戦に突入する。
カープのことは、今年も今のところ去年同様安定した成績が残せているので、主力に大きな故障もなく連敗をしなければよいということで、大きな心配事はない。
むしろ心配というと、順位表の一番下の方にある球団の事だ。
古くは土橋監督時代、余りの弱体球団ぶりに同情に似た感覚を抱いて、しばらく注目していた。
今でも2番目に応援したい球団はというと、やはりヤクルトと言うだろう。
その後何度か日本一にもなるほど戦力が整えられて、カープにとっては逆に敵になってしまったことで興味が薄らいでいたのだが、去年くらいからまたその頃のような状況になったわけだ。
特に6月以降の惨状は、土橋監督時代以上の事態ともいえる。ことしはもう浮上のきっかけすらないのかもしれないが、多数の故障者を速く復帰させ、また新たな怪我人を出さないようにして何とか普通に戦える状態にしてほしいものだ。
私個人的には、ペナントレースの展開として一番面白いと思うのは、ヤクルトとの優勝争いなのだ。

大相撲でも、大きな心配ごとがある。稀勢の里のことだ。
今日も一度は攻め込む体勢にはなったが脆くも小手に振られて土俵を割り、早くも3敗目を喫している。
先々場所での強行出場が、やはり影を落としているのか。
思い出されるのが、元横綱貴乃花のことだ。
膝の故障を押して優勝を勝ち取ったが、そのことで力士としての生命を縮めてしまった。
しかも貴乃花はそれまでに横綱として十分な績をのこしていたが、横綱としての稀勢の里はまだ始まったばかりだ。
私個人的な感想としては外国人力士とか言うより前に、最近の横綱としては珍しい正攻法、昭和の横綱を匂わせる力士であるだけに、長く息づいてほしいのだが・・・。


mago_emon at 20:12|PermalinkComments(0)プロ野球