孫さんのあれこれ雑記

孫右衛門運営、「郷愁小路」シリーズ 一番アウトサイドに位置するこちらまで ようこそおいでくださいました。 郷愁小路本編で受けるイメージとは 随分違うと思いますが、 むしろこれが私の本来の姿に近いと思います。 こちらでは、古い町並の話は一切なしにします。 私の興味あるさまざまなことを取扱います。

「平成最後の・・」というフレーズ。

昨年後半から急激に眼にする頻度が増し、年末は「今年最後」というべきところ、それを差し置いて多用されていたようにも感じられた。
ある日など、新聞の番組欄を見ていてふと数えてみたら番組タイトルをはじめ6つもこのフレーズを発見した。私は毎年発表される流行語大賞というのは全く興味ないが、昨年後半以降に限って言うと、間違いなく大賞レベルだろう。

私が「言葉のはなし」のジャンルで記事を書くのは、その言葉に対して違和感や嫌悪感を持ったことが発端であることが多く、「平成最後の~」についても安易な潮流に流されているようで、何でもかんでもそう呼べばよいというものではない、といった思いが先に立つ。

余りに多用されるので、こんなことにもなっているようだ。SNSでちらりと見た話題。
大晦日での夫婦の会話、奥さんが平成最後のお風呂に入ろう、といって姿を消したことで、
では年明けからは春まで一切風呂に入らないのか?と旦那さんが返した、という呟きである。
今年最後の入浴というべきところを平成最後と言い間違えたわけで、それほどこの言葉が奥さんの耳に残っていたのだろう。

とはいえ、平成最後平成最後とメディアなどで煽られてもまだ割と世間一般は冷静で、今のところ普段どおりの年末年始といった風情だ。
そして暫くはその状態が続くだろう。

旬でキャッチーな言い回しなので安易に、そしてさらに今後は濫用といえるほどの使い方になることだろうが、それに振り回されてはならぬ、と自戒したい。

今年の印象を思い起こしてみると、とにかく災害年間とでもいうように次々と災禍の続いた1年ということで、それ以外にないようにも感じる。
私の地元の町も水害・土砂災害に見舞われることになるとは、それまで想像もしていなかったことだ。
近所の町中を歩いても、まだその傷跡も露に残されている箇所が少なくない。
柱だけが残され、内部の畳などを全て外して年跨ぎで修復中の家々もある。
その余波か、被災した方々に配慮してか神社の秋の例祭も中止となった。

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平穏な生活が確保されているだけでも、有難いと思わなくてはいけないだろう。
来年は、まずは災害の少ない1年であってほしいと願いたいものだ。

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批判的な記事は余り書かないように気をつけているが、
今回は少し書かせてもらいたい。

その気分にさせるのは、やはり先日来の丸選手に関する移籍問題のことだ。

本人の宣言・決断は一選手の思いとしてわかるし、
球団の動きも協約に反しているわけではないから、
本来はそれに文句をいうのもどうかと思うわけだが、
移籍先が読売ジャイアンツとなると、やはり心中穏やかではない。
他球団に行った選手、ましてや読売に移籍してしまった選手のことなど
はっきり言えばどうでもよいわけだが、
老婆心ながらちょっと心配なのは、色々なことが障壁となって
今シーズンのような成績が残せないのではないかということである。
何かとメディアに注目され、のびのびとプレーできないのではないかと思う。
実際のところ、他選手との年俸的不釣合いも生じるだろうし、
チーム環境は相当に異なったものになる。
その中でこれまで以上の成績を残すには、
年俸に照らし合わせてもかなりリスクが高いと言わざるをえない。
しかし、本人が環境を変えてといっていたように、刺激が欲しかったのかもしれない。
まあ、好成績を挙げられると今や困る存在であるが。

しかし、あの球団の傾向からして、獲得する時は財力に任せて一生懸命になって動くが、
いざ少し成績が落ちると、すぐに使ってもらえなくなり、
挙句にはまた再び別の好選手に食指を伸ばす。
だから補強というより他球団の戦力を削ぐのが目的などと揶揄されるわけである。
実際、これまでにもそういう事例が数多く見られたではないか。
具体例は差し控えるが。

そのようにだけはなってほしくない。

まだ補強は途中段階とのことなので、どのようなオールスターチームが形成されるか。
こうなると楽しみだ。
万一、それでもリーグ優勝できないとしたら、それこそ大変な批判を浴びることになる。
それだけの覚悟を決めて動いているのだろうし、そうでないと動けないはずだから、
その確信あってのことだろう。

強力球団になりカープを真っ先に脅かす存在になることを、期待したいものである。

先日出張の帰りに、ふと新社会人時代数年過した町を足早に歩いた。

隣県にあるのだが、町歩きという観点では離れて以来ほとんど訪ねていない。

古い町並がないから歩く機会が少なかったという、私の趣味に照らして実に単純な理由だ。

勤務先であった昭和的なビルは当時アーケード街にあった。
さすがに何度かは再訪していたのだが、今回、アーケードが外れていた。
前面と側面が露になった姿となったそれは既に、古い町並の要素になりつつあるようにすら感じられた。

歩を商店街の中心方向に進めると、商店街の一角から派生した小さな地下街。これは懐かしさとして甦った。昼食時によくその地下街に足を向けていたからである。一方、商店街南側に平行し展開する小路的な商店の連なりがあって、小売店が続いている。当時私も足を踏み入れていたはずなのに記憶には残っていなかった。
それは今の私の基準だと、明らかに昭和レトロ商店街に該当するものだ。勤務時間中であることの後ろめたさから躊躇されたが、思わず数枚カメラにその情景を収めた。

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曲りなりにも2年は過したところであるのに、町の風景、建物、町並といった類のことに全て今より興味関心が低かったことが災いして、記憶の底にも残っていなかったのだろう。もうすこしは覚えておけよというのが率直な感想だったが、既に20年以上前の情景である。改築されたりして商店街全体の雰囲気も変化していることで既視感すら湧かなかったのか。それも或る意味では無理からぬことなのだろうか。

経過した年月の長さを実感するとともに、町を見る目が変ると、これほど新たな発見だらけになるのかということを実感するひとときであった。
そして再訪すると新たな発見がある。特にこの町のように長いブランクがあると、大袈裟に言えばあたかも新規訪問の町であるかのごとくその割合が大きくなる。

そういう意味でも、再訪は大切だと痛感した束の間の町歩きであった。

近所を歩いていると、「鎮魂祭」と大きく書かれた貼紙を見かけた。
毎年10月上旬に行われる地域の氏神の祭に関するもので、今年はその名の下、神事のみでイベント等は全て中止と添書きしてある。
貼紙には理由は書かれていないものの、それは明白だ。7月上旬の大雨による災害を蒙ったことに配慮してのことである。

例年この祭では神社下の通りに多くの出店が並び、地元の人で賑わう。しかしその地区は災害時に河川の氾濫で泥水に覆われ、床上・床下浸水となった家もあった。
また町内全体では土砂災害により死者も出るなど大きな被害を受けた。

今年の夏はこの豪雨災害の影響で、花火大会をはじめ多くのイベントや祭が中止になった。
中止か開催かの話題が出るごとに、ネットなどでは賛否両論の意見が渦巻いた。
賛成派は、自粛ムードが高まることで地元民の復興にむけての士気も下ってしまい、いつもどおりであることを示すことで活気付けようとする意見。
一方の反対派は、家屋を失った方もいる傍らでそのような催しを行うべきでないという被災者心理に立った意見。
今回の災害でもそうだが、同じ地域でも大きな被害に遭った家と全く無事だった家が近くに存在し、その対比が激しいことが、事態を複雑にさせているように思う。

どちらに決まっても全員一致の意見など出るはずもないことだろう。ただ結果としては中止の方向になる例が多かったように思う。強行すると被害者感情を逆撫でにするという声が必ず上るし、それよりも賛成派が「まあ仕方ないか」という形で折れるのが、無難な着地点であるというところなのだろうか。

それはいわゆる自粛ムードという形ということなのだが、私はこういう時、何でもかんでも中止の方向に向かうのはいかがなものかと思う方だ。

しかし災害被害者の当事者になったら、実際どう感じるか。
その辺を考えると、どちらが正解かはだれにも解らない問題のように思える。


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