昨年の8月19日の夜、私は人に誘われ店で飲み食いしていたところ、外から大きな雨音が聞こえた。
それから間を空けずして、店内が時折一時的に停電した。雷鳴も聞こえた。
その時は一旦収まり、帰宅したのだが、翌朝テレビをつけた私は愕然とした。
市内北部の丘陵に接する住宅地が、泥流に呑み込まれているではないか。
広島市北部で発生した未曾有の土砂災害の日である。

当日、大気が不安定で局地的な雨や雷雨の予報は出ていたように思う。
ただ、このような大きな災害につながる集中豪雨は想定されていなかった。
暖かく湿った気流が一点で合流して、山脈のように積乱雲が連続して流れ込んだのだそうだ。

天気図や上空の気流の流れなどから、おおよその天気傾向は予報できても、このような局地的な激しい現象については現在のところ予報技術の限界がある。
そうしたものをカバーするのは、個々の用心する心はもちろんだが、その土地に古くから根ざした災害の言い伝えなども役立つものである。地名からでもそれが読み取れ、この土砂災害発生箇所でもそれをにおわす地名が残存していたと聞く。

繰返すが災害の予測は、難しいものがある。

今年春には、箱根地区で火山活動が活発になったことで一部地域に入山規制が敷かれた。
幸い、今のところは大きな被害を伴う事態にはなっていないが、メディアでも大袈裟に報道されたこともあり、風評被害に遭っただけとの考えもある。
しかし、大規模な災害が発生していたら、どうなっていただろうか。

折しも、桜島でも大規模な噴火の可能性のある変状が観測され、一部の住民に避難勧告が出されている。
それから数日経過しているが現在のところ大噴火は発生していない。これも、このまま日時が過ぎると、騒がれただけ損だった、迷惑事のように考えられるのだろうか。
結果的に目立った被害が生じなくても、万一住民の生活を脅かすほどの災害が発生した場合とを天秤にかければ、どちらが良いといえるだろうか。
予測されている災害は、それだけでまだ幸いといえるのではないだろうか。

身近なところで発生した災害から1年ということで、そのようなことを考えていた。

P1100479
昨年の土砂災害時に出現した「たる募金」