2017年09月28日

主なきあとも

昨日のことだ。

ふと私のサイトを通じて、以前よりネット上のお付き合いのあったあるサイトにお邪魔し、掲示板を覗いた。
レスポンスのない投稿が続いている。
その投稿内容を見ると、お悔やみ申し上げますなどと書かれているではないか。
これはどうしたことかと少し書き込みを遡ってみると、1年以上前の日付で、掲示板の管理者(サイト主)の息子と名乗る方からのお知らせ記事があった。
しかも過去記事を辿ってみると、そのお知らせ記事からわずか数日前には、投稿記事に対するサイト主の返事が書き込んである。

急逝だったようだ。

実際、ネットの垣根を越えて実際お会いしていた方の一人も、急逝されブログだけがまだ最後の更新のままの状態で存在し続けている。もう8年も前のことだ。
実は、ほかにも私が以前良く情報交換させていただいていて、ある時期を境に長らく更新されないままになっているサイトを知っている。

余り想像したくないのだが、そういう例はかなりの数に上っているに違いない。

運営されているのが全くの個人の場合が多く、身近な家族もパスワードなどがわからず、編集する術を知らないため、サイト主の存亡にかかわらず外部から見た姿はずっとそのままになってしまうわけだ。
無料のサーバーを利用されていたりすると、それこそ何年も更新されないままの状態で残ってしまう。
今回の場合、まだ息子さんが掲示板に書き込んでくださっていたからよかった。

さきほど実際のお付き合いがあった方というのも、まだ50代であったし、昨日のサイト主もそんなに高年齢ではなさそうな方だった。

人間いつそのような事態に陥る可能性があるかわからないということ、そして健康であることのありがたさを改めて思い知る。

そして、主無きあともずっと生き続けるサイトは、ネット社会の一つの象徴的な姿であると思う。

mago_emon at 22:44│Comments(0)日常雑感 

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