孫さんのあれこれ雑記

2015年04月

この春に仄聞したネットの記事の中でふと眼を留めたものの一つに、「北近畿タンゴ鉄道、京都丹後鉄道に改名す」というのがあった。

この鉄道は、山陰本線の福知山から宮津への自線と、旧国鉄宮津線だった西舞鶴から豊岡までの路線を引き取って運営していたものだが、私はこの鉄道名が当初から気が食わなかった。北近畿はまだ良いにしても、なぜ丹後をカタカナに崩すのか。

このような命名傾向は、その頃からずっと今まで一貫性をもって伝統的?に踏襲されているともいえる。

つい最近、北陸新幹線が開通した折、旧北陸本線・信越本線がJRの管掌から離脱したが、それらの新鉄道名称がまたか!と思わせるものであった。
世間的にはダメだと断言するほどではないのかもしれない。その命名に至ったのは、地元のひとにも身近な密着した鉄道というイメージを持たせたいという狙い、そして他地域の旅好きの人にも乗ってみたいという人が出てくるとの期待による結果なのだろう。
ただ私は、その名称がたとえば50年後、むしろ陳腐化していないのかなとも思う。もちろん時期を経るうちに浸透し、定着して違和感無くなるものかもしれないが。

キラキラネームといわれる私の常識からするととても人名とは思えない命名や、平成の大合併によるとても地名とは思えないような自治体名、そういうものにも通じるものがあると思う。

「北近畿タンゴ鉄道」改め「京都丹後鉄道」というのは、地味ではあるが地元にどっしりと根ざしたといった、安心感と言うか堂々としたというか、そういったものを感じないだろうか。

私の考え方が硬いだけなのかな・・・・・??

つい最近、野沢雅子さんの話題をネットで見た。
私にとっては、アニメ「銀河鉄道999」の主人公・星野鉄郎役の声優として認識している。
何やら懐かしさに似たものを覚え、調べると999よりさらに有名な各種アニメも担当されていた大アニメ声優だった。
999の時代から現役だからご年配であられるが、今でもメディアで話題を振りまくその姿に驚いた。

以後もずっと活躍されていたのに懐かしさを感じたのは、私が幼少のころからそれほどアニメに親しむことが無かったからなのだろう。
そして唯一濃厚な接点があったのが「銀河鉄道999」だったからだろう。
30年以上前のアニメなので覚えていないか、知らない方もあるだろうから物語を簡単にいうと、母を失った星野鉄郎が、謎の美女メーテルに連れられ「機械体をタダでくれる星」まで銀河超特急999で旅をし、経由する星々で数々の試練を積み重ねながら成長する姿を描いたものである。
999は蒸気機関車の牽引する旧型列車だが、未来の設定だ。

先日、今に至る趣味の原点は宮脇俊三氏ということを書いたが、もしかすると、その底辺に幼き頃見た銀河鉄道999の残像が澱んでいたのではないかとふと思う。

社会人になってから、一時期999のをDVDで見返していた時期があるが、ストーリーはもちろん、旅の情けといった当時では感じ得ないこともわかり新鮮に感じたし、全体を通して伝わってくる鉄郎の心優しさも身にしみた。

アニメにはまり込む人の気持も、この999を通してだけ、少しだけ理解する事もできると思っている。

この曲はもともと、1993年に発表された森高千里さんの曲。
この曲が森高さんの曲との認識ある人は、おそらく30代後半以降と思われるが、
2004年に松浦亜弥さんがそのカバー曲として15枚目のシングル曲として発表している。
だから、若い人は彼女の曲として覚えている人も少なくない。

私は、この曲は基本的には森高さんの曲としての認識だが、
当時初めて森高曲の渡良瀬橋を知って、渡良瀬川というと、その音から受けるイメージはともかく、
社会科で習っていた鉱山による公害の川というイメージがあり、当時よくそれを楽曲それも曲名に
取り入れたのかという意外性を感じた。

私は正直森高さんに特別ひかれていたわけでもなく、むしろ少々金属的な声と奇抜なタイトルや
詩の内容には嫌悪感を抱いていたといっても良いかもしれない。
そんな中で、この曲は詩やメロディーが叙情豊かなこともあり、多少私の中に引っ掛かりがあったともいえる。

私が高校時代から緩やかでもずっと確実なファンであった鈴木雄大さん、
(氏のことはまた別途、ここで触れたいと思う)
氏の楽曲が動画サイトで色々UPされていることを知り、懐かしいのやら初めて聴く旧曲やら、
しばらく入り浸っていた。
そんな中、ふと枠外の推薦動画の中に、「松浦亜弥 渡良瀬橋」というのを眼にした。
お勧め動画には、時々何の脈略の無い映像が表示されることがあるが、
これもその一つだったのだろう。

ああ、そういえばカバーしとったよね。
そういう気軽な感じでその渡良瀬橋に寄り道してみることにした。本当に何とも思わずに。
それで最初に見たのがこのPV動画だった。



この映像を見ると、推薦動画には他の渡良瀬橋の映像が出てきていて、いろんな人が歌っているのを知った。
色々聴きくらべても見たが、やはり彼女の渡良瀬橋が何だか一番しみこんでくる歌声と感じた。
でもまだこの映像だけでは何ともというところだったが、そういえば最近見ないけど・・コメントにもそんな内容も
あって少々気にはなった。

もう3年近く前のことである。

私は、子供の頃から外出一般は人一倍好きである。
ただ、その目的はかなり偏っていて、少年時代から学生時代までは鉄道の旅、社会人になってしばらくはドライブ旅行、そして30歳あたりからは古い町並探訪と言った具合だ。
世間一般でいう旅行の概念とは随分かけ離れたもので、その証拠に日光や箱根といった超有名観光地が未訪問である(箱根の方は新社会人時代、研修で缶詰になったので訪問だけはしているが・・)。

そのような私の旅好き外出好きを形成したのは、間違いなく宮脇俊三氏著「時刻表2万キロ」を中学校の図書館で読んだことがきっかけだったと断言できる。さらにいうと、東北出身の祖父が持っていた時刻表を小学校の頃見て、色々祖父に質問したりしたことにルーツを求めることが出来るかもしれない。

この「時刻表2万キロ」は、当時の国鉄路線全線に乗車するという目標を達成した記録が綴られているのだが、随所に見るローカル線の描写をはじめとして、鉄道の醍醐味、機微を見、それが私に旅に出たいという感情を煽り立てた。
当時中学2年だったと思う。そして3年になって、実際机上の時刻表を駆使して鉄道旅行を実施することになる・・・・・

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松浦亜弥さん

昨日でデビュー14周年、今日から15年目ですね。

今は新しい家族の中で、幸せな日々を過されているのでしょうね・・・

あなたが「ドッキドキLOVEメール」で華やかにデビューを飾り、その後数年間の輝かしい活動は、よくTV等で拝見していました。
残念ながら私にはそれを受け止めるスイッチを持っていなかったようですが、その後当分経って、アコースティックな感じのライブをやるようになった頃からの姿を見て強烈に引き込まれましたね。

何度か生で歌を聴かせてもらいましたし、あなたのおかげで、ライブで歌を聴く素晴らしさを再認識しました。
とても感謝しています。

でも私は、こういう後発的なファンであるゆえ、あなたの歌声をまだ十分に味わえていませんし、それに何より、色々事情があったとは察しますが、これからもっと素晴らしくなるという段階になって、歌うことをやめてしまったことを正直とても残念に思っています。

今はクリスマスライブの時に「また歌うから・・・」という断片的な言葉と、昨年秋にネットであなたの話題がひとしきり湧き起こった際、「一生歌い続けたいという思いがある」との意向を事務所の方から伝え聞いた・・・とのある方の記事の文言を信じて、その日を心待ちにしています。

お子さんもまだ付きっ切りの時期で、こんなことを言うのもどうかと思うのですが、一度しか言いませんので、本音のところを今日はいわせてください。

仮にあなたが子育て等が一段落と判断し、再びわれわれの前に出てくるとして、その姿が例えば、デビュー何周年かの区切りの時だけの単発ライブだけとか、昔からのファンへの顔見せ程度にしか考えていないのであれば、はっきり言って出てきてくれなくていいです。
そのような形での「復帰」は、少なくとも私は望んでいません。いやそれでは活動しているともいえませんね。
何故ならあなたは、老若男女問わず感動し共感できる歌声、表現力歌唱力を持ち合わせているからです。
ベテラン歌手の多くの方々にも支持されているので、それはもう認識されているでしょうから素人の私が言うべきでないですが、私も実際あなたほど歌声が「来る」人を他に知りません。
思う存分それを広く解き放ってほしいのです。
現状のまま、ほとんど世間に知られないまま忘れられていくには、余りにもったいなさ過ぎます。

もちろん10代の頃のような活発な活動を望んでいるのではありません。
家庭を大切にしながら、その何割かを新しい活動に振り向けて貰えばそれでいいのです。
ただ今度はリハーサルをほとんどしないで望んだりとかいうのは許されませんよ。
プロとして歌い続けることのできる能力才能があるのだから、やるなら天職として全うしてほしい。
そう考えられないのなら、残念ながら私は、あなたはそこまでの人だったと思うしかありません。

こんなことを言うのは早すぎることも、僭越すぎることもわかっています。
ただ15年目を迎える節目ということで、あえて書かせてもらいました。

「ひこうき雲」の件も、まわりまわって情報が入ってきたくらいだから、ネットは余り見ることが無いのかな?
逆に私のこのストレートな思いが、ファンの間で静かに回りまわって、何年か?後にあなたがこれを眼にされて、何らかの心の動きに繋がるとすれば、これほど嬉しいことはありません。

それまでは、ここで時々、あなたの魅力を細々と発信していこうかと思っています。

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