孫さんのあれこれ雑記

孫右衛門運営、「郷愁小路」シリーズ 一番アウトサイドに位置するこちらまで ようこそおいでくださいました。 郷愁小路本編で受けるイメージとは 随分違うと思いますが、 むしろこれが私の本来の姿に近いと思います。 こちらでは、古い町並の話は一切なしにします。 私の興味あるさまざまなことを取扱います。

2015年08月

昨日何気なく午後9時のNHKニュースを見始めたときのことである。
首都圏の私鉄でトラブルがあり、帰宅時間の乗客が多く立往生している、という映像からスタートした。
いきなり映像からということでニュースとして緊急性があることと判断したのだろうし、そのこと自体は私は特に思うことは無い。
しかし、昨日に関しては、何でこのニュースをトップにと、強い違和感を感じざるを得なかった。
そしてそれは不快感へと変わり、それはしばらく尾をひき色々考えさせられた。

その一番の原因は、一方で大型台風が西日本を直撃し、特に九州では大規模停電等大きな被害が生じていたからである。
そんな事態になっているのに、正直なところ通勤電車のトラブルごときを何でそれに先立って取り上げるのか。
民放のニュースならまだよいが、NHKの9時のニュースである。

もちろん首都圏でのこと、利用者が多い鉄道のトラブルは人的影響が大きくなるので、全国ニュースで取り上げること自体が悪いとまでは言わない。
問題は順番である。報道に裂かれる時間がたとえ2番目のニュースより短くても、トップニュースは重みのあるものだ。
新聞でも1面の大見出しを飾る記事というのは、相応の重みのある話題である。

恐らく、首都圏の人、関東地方の人はそれを感じた人は少ないだろうし、もしかして私がこのように書いたことに関して違和感を持たれるのかもしれない。
なぜなら、現在NHKもそうだが、民放局も全て東京を拠点に放送しているからだ。
例えば、阪急電車、近鉄電車で同様の事態が発生したとして、ではNHKのトップニュースになるだろうかというと、それは絶対にないといってよいだろう。

そういうこともあり、ある程度は仕方ないこととはいえるのだが、昨日のトップニュースは、客観的に考えると首都圏のローカルニュースであり、全国ニュースのトップで取り上げるべきものではないといえる。

私は以前から、このような一極集中偏重的なメディアの体制になっていることで、色々構造的な問題が生じる結果につながっていると思っている。
それが今回、顕著に感じられたことから、思わずこの記事を起こした次第である。

今書きながら思い起こしても、昨日のトップニュースがなぜあれだったのだろうかと再度不審な気持になる。
私だけだろうか。

昨年の8月19日の夜、私は人に誘われ店で飲み食いしていたところ、外から大きな雨音が聞こえた。
それから間を空けずして、店内が時折一時的に停電した。雷鳴も聞こえた。
その時は一旦収まり、帰宅したのだが、翌朝テレビをつけた私は愕然とした。
市内北部の丘陵に接する住宅地が、泥流に呑み込まれているではないか。
広島市北部で発生した未曾有の土砂災害の日である。

当日、大気が不安定で局地的な雨や雷雨の予報は出ていたように思う。
ただ、このような大きな災害につながる集中豪雨は想定されていなかった。
暖かく湿った気流が一点で合流して、山脈のように積乱雲が連続して流れ込んだのだそうだ。

天気図や上空の気流の流れなどから、おおよその天気傾向は予報できても、このような局地的な激しい現象については現在のところ予報技術の限界がある。
そうしたものをカバーするのは、個々の用心する心はもちろんだが、その土地に古くから根ざした災害の言い伝えなども役立つものである。地名からでもそれが読み取れ、この土砂災害発生箇所でもそれをにおわす地名が残存していたと聞く。

繰返すが災害の予測は、難しいものがある。

今年春には、箱根地区で火山活動が活発になったことで一部地域に入山規制が敷かれた。
幸い、今のところは大きな被害を伴う事態にはなっていないが、メディアでも大袈裟に報道されたこともあり、風評被害に遭っただけとの考えもある。
しかし、大規模な災害が発生していたら、どうなっていただろうか。

折しも、桜島でも大規模な噴火の可能性のある変状が観測され、一部の住民に避難勧告が出されている。
それから数日経過しているが現在のところ大噴火は発生していない。これも、このまま日時が過ぎると、騒がれただけ損だった、迷惑事のように考えられるのだろうか。
結果的に目立った被害が生じなくても、万一住民の生活を脅かすほどの災害が発生した場合とを天秤にかければ、どちらが良いといえるだろうか。
予測されている災害は、それだけでまだ幸いといえるのではないだろうか。

身近なところで発生した災害から1年ということで、そのようなことを考えていた。

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昨年の土砂災害時に出現した「たる募金」

先日、JR北海道のローカル線・留萌本線のうち留萌-増毛間の廃止について、JRより地元自治体に説明がなされたという記事を眼にした。
この段階まで来ると廃線は決定的で、何しろこの区間の1列車あたりの平均乗客数が3名というのだから、やむをえないことだろうと思う。実際私も一度この路線に乗ったことがあるが、留萌より先は極端に乗客が少なかった記憶がある。
赤字ローカル線の廃止は国鉄末期に盛んに行われ、とりわけ北海道では相当数の路線が廃線となった。
頻繁に鉄道を使っての旅を始めた頃は、赤字各線の廃線も終盤になっており、乗りそびれた路線も多い。

一方で、来年には新幹線がついに北海道に上陸するという情報も最近具体的な日にちとともに知らされた。
この2つのニュースは、今の鉄道事情を象徴するものとして感慨深いものがあった。
それは私の個人的な感想では、どちらかといえばマイナスの方向性が強いものだ。

簡単に言えば、国内の鉄道は中央からの移動手段としては日々利便性が高まっている一方で、地方交通としての役割は縮小、または消滅の方向に向っているということだ。その中央というのは首都圏であり、突き詰めて言えば東京である。新幹線をはじめとした新線開通は、ほぼ全て東京からの時間短縮を目的としたもので、その他の地域は大都市を起点とした移動であっても、必ずしもプラスになるものとは限らない。

新幹線の計画や開業に伴って、「中央との時間距離短縮により地域の活性化」ということが叫ばれるが、実際は逆の結果となることが少なくないのではないか。一時的には活気付くかもしれないが、その反動的影響として、中央に人間が吸い取られることになっているのでは。まして人口減少時代の折である。

北海道の例を出したが、これは全国に及ぶ問題だ。事実国鉄から引継いだ各社のローカル線の中には、乗客の極端に減少した路線も少なくないからだ。それを加速させたのが新幹線の整備と断言するのは言いすぎとしても、原因の一端はあるはずである。国鉄末期に徹底的に整理されたはずのローカル線が、また単独では経営が立ち行かなくなるほど乗客が減っている、それに拍車をかけていはしないだろうか。



※2015.08.14文章一部修正

IMGP0098-1
留萌本線増毛駅(2008撮影)


http://ayanews.blog129.fc2.com/
(興味ある方は、上記URLをコピー&ペーストをしてご覧ください。以下同様)

このサイト、一時熱心に閲覧していたことがあったが、いつの間にか忘れてしまって、最近また思い出したように見返している。
2004年頃からの松浦亜弥さんのネット記事などが、細かく拾い上げられまとめてあるものだ。

これを見るだけでも、TVやライブ活動等大活躍だった時代を含め、おおよその活動状況が把握できる貴重なサイトだ。
ブログサービスを利用したものでコメントなども受け付けているが、ほとんどレスポンスがないことを考えると、ファンの間でも余り知られていないサイトだったのではないか。
そのような状態でずっと今に至るまで保たれているということは、逆にとても貴重なもののように思う。あくまで客観的にネットの話題だけを拾い上げるだけのもの。それが見るものには、あたかも新鮮な情報のように感じるのは、私だけだろうか。

以前も触れたように、今ではYouTube内の過去のライブ映像等で、活動していなくても新たなファンを獲得するチャンスは多い。従来なら、CDショップ、そこまでではなくてもせめてブックオフ等に足を向けるという能動的な動きがない限りはありえないことだったのだから。
YouTube等で視聴できるのがアーカイブ映像であれば、このサイトで閲覧できるのも、それは貴重なアーカイブデータである。

今後彼女の活動が再開されるまで更新されることは無くとも、この存在価値は十分なものがある。何卒、消えることなく残ってほしい。

色々読んでいく中でこんな記事があった。
http://ayanews.blog129.fc2.com/blog-date-200806.html

2008年の記事。前向きな正直な気持がつづられている。
もう一つの大きなプライベート的な目標がある程度の達成を見ると、またその思いが再燃することを今は静かに祈るのみである。

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1990年に発表された槇原敬之氏の1stアルバムである。
私は発売当時にジャストでは鑑賞していなくて、手にしたのは、その後の初期のヒット曲が出た後だから、数年後だろう。

私は当時、特に槇原氏のファンというわけでなく、何気なく手にしたアルバムに過ぎなかったと記憶している。

その後しばらく氏の楽曲を追いかけていていつの間にかやめてしまっていたが、最近になってまた意識するようになった。

きっかけはやはりYouTube動画だ。
但し、氏の特にライブ映像はネット上にUPされているものは非常に少ない。UPしたところで、抹消されることが多いのだろう。なので、CD音源を中心とした静止画が主なのだが、それらを見て何ともいえぬ感触に捉われた。
一言で言うと、「懐かしくいたたまれない昔の情景を思い起こした」「郷愁を感じた」といってもいいだろう。

槇原氏は、優秀な楽曲提供者、実力者であることは良く知られるところであり、またその楽曲は、どちらかというと明るいポップな感じのものがイメージされるのではないかと思う。

ところがこのアルバムに収録された楽曲群の多くはそうではない。
1曲目の「ANSWER」からして非常に陰影に富んでいる。デビューアルバムの初っ端の曲なのに。


氏の曲で特に言われるのが、歌詞が情景を具体的に思い浮かばせる独特のものという点である。
それは特に、このような陰りのある曲で研ぎ澄まされ発揮されるように思う。
繊細な神経、感受性がないと、このような楽曲は作製しえないと。
私が引き込まれるのは、それが表現された部分なのだろう。

このアルバムの収録曲がネット映像になっているものはとても少ない。
その中からもう一つ。




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