孫さんのあれこれ雑記

孫右衛門運営、「郷愁小路」シリーズ 一番アウトサイドに位置するこちらまで ようこそおいでくださいました。 郷愁小路本編で受けるイメージとは 随分違うと思いますが、 むしろこれが私の本来の姿に近いと思います。 こちらでは、古い町並の話は一切なしにします。 私の興味あるさまざまなことを取扱います。

2015年09月

このアルバムは、初めて手にした彼女の作品だ。

YouTubeで彼女の歌声に魅了されて約半年、映像だけでも十分堪能できるものがあったが、ライブでの生の歌声は無理としても、せめて作品を鑑賞してみたい。
当時そのような気持だった。当然の欲求といえる。
2010年秋に発売されたこのアルバムはオリジナルアルバムというよりは、カバー曲や以前アルバムに収録された曲の再収録も含んだ企画盤という位置づけだったようだ。
既に最新のシングル発売から1年以上経っての発売で、当時の活動状況もアイドルとしての全盛期から比べると細々としていたこともあって、売上は芳しくなかったらしい。

しかしこの後、10代の全盛期の頃に発売されたアルバムなどを逆行して鑑賞することになるのだが、やはり私としてはこのアルバムを含む20代になってからの作品に魅力を感じ、それは今でも変らない。

このアルバムは聞くところによると、力を抜いて望んだということで、前作・前々作を網羅した後の身からすると、悪く言えば素っ気無いものに感じる。
ただ聞こえてくる歌声が遮ることなく深く浸透してくるといった彼女の歌唱独特の感触は変わらず、映像が無いだけに余計にそれが感じられる名盤だ。

この頃の作品、ライブでの歌唱などは、当時のファンの人以外は知られていない、知る機会もなかなか得られないものではなかったのではないか。
彼女の古くからのファンのうち、いわゆるアイドルオタクとよばれた層の多くが離れていったとのことで、一方それとは反比例して歌唱力表現力が増して評価すべきものになっていたのだから、このアルバムの曲を聴きながらもそれを思うと焦燥感もどかしさで一杯になる。
もし彼女がその事実を一身に受けて、歌よりも家庭という方向にシフトせざるを得なかったというのなら、これほど理不尽なことはないと。聴いていて、時にはそんなことも思い及ばせるアルバムでもある。

最近になって、このアルバム発売を記念して行われたライブの映像がネット上に存在しているのを知り驚いた。映像の中から紹介したいのだが、勝手にアップロードしていることに気が引けるし、画像も悪いので、アルバム収録曲から公式動画にもなっているこの映像を。 
  

日中線と言っても、何のことか知らない人がほとんどだろう。

磐越西線の喜多方駅(福島県)から会津盆地の北端にある熱塩駅までのわずかな区間を結んでいたローカル線で、国鉄の典型的な赤字線に指定され1984年に廃止されている。
この路線のことを知ったのは、以前触れた宮脇俊三氏の『時刻表2万キロ』で触れていたからだ。
この著作を読んだのが既に廃止になるかならないかの時期だったので、もちろん私が日中線に乗る機会は訪れなかった。

この日中線乗車記での宮脇氏の記述は当時の零細なローカル線の実態を表したものだった。

「日中は一本も運転されないのに日中線とは、などと言われる線である」

「熱塩の駅舎の大きなシルエットは北欧のそれに似ていて、二段になった屋根の裾の曲線が美しい。
しかし、無人駅となって久しいのであろう、無残に荒れている」

「上り列車の客は一人もいなかった。車掌が駅灯を消すと、熱塩駅は化物屋敷のようになった」

といった記述があり、その晩は会津若松駅前の飲食店で、滅入った気分を払うためにいつもより余計に酒を飲んだとある。
南会津を走る会津線(現在の会津鉄道)とを訪ねる旅であったが、「ぱっとしない会津行」という言葉でこの編をくくっている。

この一節が心の奥に妙に澱んでいたようで、本来の目的を外れてこの旧熱塩駅に立寄ったのだった。

P1150427-1

旧駅舎とホーム、駅名標

P1150429-1
構内には運用されていた客車が保存されている

レールも撤去された構内、ホームも改札の跡も現役の痕跡は淡かったが、駅舎内は訪ねる人に備えた新しい装いが。
日中線の歴史が写真とともに紹介され、コーヒーコーナーもある。廃線駅という寂れた雰囲気はここからは感じられない。
『近代化産業遺産 平成20年』という掲示を見つけた。
私が訪ねていた間にも、数組の探訪者があったので、そこそこ知られた施設となっているらしい。

喜多方と熱塩を零細に結ぶだけだったこの路線、実は栃木県側の日光から北は米沢とを結ぶ縦貫線の構想があったという。鉄道需要が高かった頃に全通していたら、また今の姿は違ったものになっていたのではないか。
事実、南半分では東武鉄道との直通列車が走り、なかば実現しているともいえる。

惜しくも時代の悪戯か、あるいはやはり当然のことか、この洒落た駅舎だけが語継ぐものとなっているのだが、ずっと歴史を語るものでありつづけてほしいものだ。

そして、ここを訪ねるきっかけを与えて下さった宮脇さんに感謝をしたい。

「近所に買い物に行く」と言って、実際どこに行くだろうか。
恐らく今は、車に乗って広い駐車場のある複合施設に行くことが多いのではないか。
そこではありとあらゆる店舗が集まり、食事、そして映画などの娯楽も楽しめるところもある。
自家用車で乗りつけるので、多くの商品を一度に買っても全く問題ない。
車での来店が原則になっているから、公共交通の利便性が高い場所にあることは重要でない。
町の中心部ではなく、土地の余裕がある郊外地に計画・立地することになる。
ここ最近は、このような買い物の形がすっかり定着した。

その一方で従来型の小売店、特に昔ながらの商店街と呼ばれるものの衰退振りはすさまじいものがある。
アーケードの中の商店街。この形が今でも健全とした姿で残っている確率は非常に低いといわざるを得ない。
常にそれに着目していたわけではないが、全国各地の町を歩いていて痛切に感じる。
特に地方都市では客の流れが複合型商業施設へ明確に、顕著にシフトしてしまった。
多くの商店が閉店し、わずかに残った店舗も訪れる客は少なく、アーケード下は閑散としている。
極端な例になると、半ばゴーストタウンのような雰囲気を感じるものもある。

最近思うことだが、このような活気が失われた商店街では、思い切ってアーケードを撤去すべきである。
アーケードがあることで昼間も薄暗く、店舗が閉っていることでその界隈全体が非常に陰気なイメージとなることが避けられないし、また場合によっては犯罪が発生する要因にもなりはしないだろうか。
また歴史ある商家町を踏襲している場合も少なくなく、伝統的で立派な建物が埋もれている場合もある。
事実(寂れた商店街という意味からは少し外れるが)、福島県喜多方市では蔵の街を標榜しながらもその多くがアーケードの為に見え辛い状態であったため、最近全て撤去したそうである。

P1140986-1
 ある地方都市のアーケード商店街

アーケードの意義は、雨天時などでも店を訪ね歩くのに便利なように、また商品を表に陳列するのに支障のないようにするためのものである。
そしてそれらの多くは、主婦の買い物を想定していたものといえよう。
例えば大阪市の鶴橋商店街、金沢の近江町市場のように知名度が高く観光要素の強いもの、若者などに支持を得た一部の商店街は今でも活気を示しているが、ほとんどのアーケード商店街は、「昭和の遺物」とも言うべき状態になっている。
買い物客も激減し、そのような機能性も持て余しているのであれば、無くして開放的な明るい町並としたほうが、私は断然よいと思う。
そこから新たなヒントも生まれてくるのではないかと。

彼女のファンになってから最も理解しがたかったことというか、不思議に思ったのが、「アーティスト路線を打ち出してからファンが減った」という現象である。

納得できるまで、本当にかなりの時間を要した。

何故だろうか。

思い出してみると、中学生の頃はおニャン子クラブというアイドルグループの全盛期だった。
メンバー、そしてファン層も、当時我々より少し年長の高校生・大学生辺りを中心とした年代が中心ではあったが、我々もよく仲間内で話題に上がっていた。
私ももちろん興味はあったが、だが好きなのは渡辺満里奈さんだけで、ではメンバー全員の歌唱曲を好んで聴いたかというとそうではなかった。当時からガヤガヤした曲は余り好きでなかったようだ。

高校生の頃には既にアーティスト系の楽曲を好み、聴かせる系の曲を好むことになっていた。

やはり私は音楽にはいわゆるノリや盛り上がりといったものとは正反対の、癒しや共感というものを自然のうちに求めていて、それが知らない内に身に染み付いていたのだろう。

ではここまで書いて、ではなぜ松浦亜弥さんなのかというのが多分、多くの人から湧き上がってくるところだろうが、その件についてはこれまで何度か触れてきたので、私推薦の映像の一つをここに。




こういう歌い方、歌唱表現が出来るのが彼女なのである。
アイドル時代のヒット曲、そして当時の歌唱については、世間一般にも広く知れ渡り彼女の代名詞のような形まで認識されている一方、深い表現力を発揮したこのような部分については全く知られていない。
これは私の中では残念な現状であり、苛立たしい部分でもある。

古いファンの人の意見などを見ていると、また大型の会場でのアクティブなステージをしてほしいという思いが強い方も少なくないように感じているが、そのような理由で、私個人的には今のところその思いは消極的だ。
もちろん私が参加したのが小さなステージだけなので、思い入れがないというのもあるのだろう。
上の動画のような歌声、染み入るような歌唱表現を、もっときわめてほしいというのが本音のところだし、それ以上も以下もない。

ただ、ヒット曲を余興として披露するのは良いと思う。彼女の一時代を築いた楽曲群をずっと封印したままにするのは、それはそれでよくない気もするし、そのことで古いファンには懐かしさ一杯になるだろうし、新たなファンには全盛期とのつながりが感じられることだろう。

実際、古いファンの人とはともすると、「指向の乖離」があるように思えても、共通のベースがあるのを感じる。
実際何人かの人とお話したことがあるが、そういった思いが払拭されるように話が盛り上がる。
そして、一体感が味わえる。
歌唱力パフォーマンス性が突出し安定しているからこそ、お互いそこに彼女の一番の魅力を見出しているのだろう。
古くからのファンでも、今も彼女を応援できている人というのは、ホールツアーなどに参加した記憶を懐かしみながらも、その部分にも魅力を感じているからではないだろうかと思う。

新しいファンとの共通のプラットフォーム・・・。

このインターバルは逆にチャンスであるかもしれない。

これまでは、ヒット曲の印象が強すぎたこともあって、認められる機会がなかっただけかも。

このページのトップヘ