孫さんのあれこれ雑記

2016年01月

ここ数年、探訪先ではなるべく旅館に宿泊するようにしている。
たいていは温泉つきの小さな旅館である。
気軽に手配できるようになったのは、ネットで簡単に予約できるからだ。
電話予約しかできなかった頃は、特に一人での宿泊の場合、ほとんどビジネスホテル以外選択肢はなかったものだ。

私のネットの知人で、旧旅籠などの伝統的な旅館に泊まるのを趣味とされている人がいるが、一人だと断られる場合が未だ多いという。
私はビジネスホテルより旅館の方が探訪の主目的と合致しているし、後々にも印象に残るので選択肢の上位に入れるのだが、もちろんネットに出てこない旅館も多くある。それらの多くは一人客を原則受け入れないのだろう。客室が多人数の宿泊に対応した構造になっていること、食事も一人の客には手間が掛かること、その辺りが理由なのだろう。私も実際、北陸地方の駅前旅館的な小さな旅館を予約したとき、食事を頼むと煩わしそうな応対を受けたことがある。
泊まる側からしても、小さな旅館では、部屋にバス・トイレの設備がないのが普通だし、また部屋鍵さえない場合もある。旧来の旅館というと、隣室間を襖一枚で仕切られただけのものが主流だった。

ホテルをはじめとした現代の宿泊施設では、プライバシーとセキュリティー性が常識的に備わっているものとの前提で一般の客は宿選びをする。
このような様態の旅館は、世間の指向からすると時代遅れになっているのは間違いない。

私が好んで選んでいると書いた小さな温泉旅館にしても、確かに温泉自体は根強い人気が続いているとはいえ、私がここ最近宿泊した旅館は例外なく宿泊客が少なく、商用客や常連客、長期連泊客が少々というケースも多かった。お客が多い旅館もあったが、たまたまシーズンの連休だったからだろう。その旅館のご主人も、「以前はこの旅館の前も夜、散策客で一杯だった」「設備が古いけどなかなか改修できるだけの費用がない」とこぼされていた。
また他の旅館では、後継者もなく私の代で終了されるとのこと。かつては旅館前の旧道に多数の旅館があったが、この旅館が最後、なくなると新国道沿いにある大型の観光旅館1軒のみの温泉地になる。「泉質はいいのに、さびしいことです」と言われていたのが印象的だった。この旅館の近くに日帰り温泉施設があったが、そちらは車が頻繁に出入りしていた。

温泉とはいっても観光客に受けるのは、アメニティー性なども整った大型旅館、そして温泉街自体が確固たる地位と新しい個性を打ち出し、世間に周知されている所だけのようだ。そして後一つは日帰り温泉施設である。こちらの方は、どこに行っても盛況のようだ。
その他のほとんどの温泉地においては、小規模な伝統的な旅館が連なった、昔ながらの風情ある温泉街という町の構造は急速に失われているといってよいだろう。もちろん私の探訪は温泉自体が目的ではないが、時折温泉街を町並として歩いたり、こうした小さな宿に泊ったりしているので、その思いは確定的なものになっている。

温泉街のホテル・旅館も、徐々にビル型の画一化された建物にまとまっていくのだろう。零細なところは旅館が廃れ、名ばかりになってしまうか、あるいは日帰り施設があるだけの状態になるところもあるかもしれない。
これはある意味古い町並にも通じる現象と思う。寂しいことではある。

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昔ながらの温泉街の例(長野県渋温泉・2012撮影)

以前も(ここではないと思う)書いたことがあるが、私は大相撲が好きである。

もっとも、長らくTV中継を眼にするのは一場所に数日のみで、多くはネットや新聞の情報のみなのだが、子供の頃、相撲好きだった祖父の影響を受けて以来のことだからファン歴は相当長いものがある。

今回の初場所の動向も時折チェックしており、今日は休日出勤が早めに引けて後半戦を自宅で見ていたのだが、ちょっと気になることがあった。
二人の力士が、インフルエンザに感染したという理由で休場していることだ。

私がこれまで眼にしてきた中で、休場の理由は、ほぼ全て大きな怪我や故障によるものであるというのが常識だった。今年に入って、特にインフルエンザが例年に比べて猛威を振っているという情報もない。
確かにインフルエンザは感染力の強い厄介な伝染病であることは間違いなく、学校での集団感染による学級閉鎖、また会社であっても感染した者は他の者への感染を防ぐ目的からも、数日間出勤を禁じられるといった例を聞く。

本場所を休場するということは、休んだ日数は全て負けとカウントされ、幕内下位にいる力士は即座に翌場所十両への転落につながるなど、力士生命にもかかわる大変な事態である。
力士とはいえ人間である。インフルエンザを罹患することもあるだろう。しかし、私はこれまでそういう情報にたまたま触れなかったのかもしれないが、インフルエンザでの休場例は今場所が初耳だった。

そこでさてはと思ったのだが、相撲界は、発熱を伴う疾患ごときで本場所を休むなどということは許されない世界なのでは(だったのでは)ないかということである。
1日でも休むことが即、その場所の成績の悪化に直結する。何より興行的意味合いも持つ本場所である。その力士の取組を楽しみに待っているファンも多いだろう。

もちろんこれは怪我の場合も同様だ。今日も、横綱日馬富士と対戦した小結勢が、敗戦後引き上げてくる姿は痛々しかった。引きずる足に大きなサポーターが巻かれ、足首付近まで内出血が生じていると報じられていた。そのような状態でも相撲を取らないといけないというのは、強行出場を続けると以後の力士生命にも影響を及ぼしかねない事態である。

伝統を重んじる相撲界であるから、まだ昭和的根性論が存在するのだろうか。いやそれはプロスポーツ界では広く一般にまだ美学として重んじられているのだろうか。
でも一方でインフルエンザで休場する力士が出始めたということは、現代社会の常識とはいえ、ようやく相撲界にもそれが浸透し始めたのではないかという思いを抱くとともに、いささかの違和感を覚える出来事でもあった。

今日は役所などは仕事始めだが、わが職場は明日からだ。
しかし、私は半日ほど出社して、持ち帰っていた宿題の仕上げに掛かっていた。
また明日から慌しい日常が再開するのか、しかも年度末の超繁忙期が、とやや憂鬱な思いで最低限の残務をこなしていたのだが、ふと入口に訪問者が。

「すみませんが・・ちょっと車を前に出して貰えませんでしょうか」
少々たどたどしい若い男性の声だ。
今日は表向きは休日なので、私のほかに出社している社員はおらず、駐車場が空いていることもあり車で来ていた。その駐車場の構造は、2列に縦列駐車する形になっており1列ごとにわが社と他社が共有している。
他社の後列に止めている彼の車が、私が駐車していることにより出せなくなっていたようだ。
見るとまだ20歳そこそこに見える若者である。
私が車を移動させ無事彼の車は駐車場を出ることができたが、私が車を元に戻すまで、彼は車を道路脇に置き駐車場の入口に立っている。
もういいよ、わざわざ礼を言って貰わなくて良いのに、と思っていると、
「どうも済みませんでした、これで飲み物でも買ってください。動かして貰ったので」
見ると130円が握られていた。
私は断ることもできず、遠慮しながらも受け取った。自動販売機で缶コーヒーでも買ってほしいという彼の思いなのだ。ささやかながらもお金をもらうとは思っても見なかったので、少々びっくりしながらも、こころが温かくなる思いだった。

少々不器用そうなその青年。
私からすると既にかなり年齢が離れてしまって、彼らの年代のトレンドなどに対しては斜に構え、排除の精神が働くようにもなっている。これはある程度仕方ないことだろう。
でも、彼のように素朴で感謝の精神を持った青年もいることを再認識し、それはよくない、偏見なのだと思った。
彼としては、勤務中の人間を引っ張り出して動かして貰ったことに対して後ろめたさを感じ、何らかの形でお礼をしないといけないという念に駆られたのだろう。

その130円を、ありがたく財布の中に入れさせて貰った。

些細な事ながら、この新年で一番心に残った出来事となった。

この新年は、珍しく「遠征」のない正月を迎えている。

私は長い休みが取りづらい職場に勤めているので、年末年始は貴重な探訪機会としてほぼ毎年遠方への計画を立てていた。北海道探訪や沖縄探訪を仕掛けたのもこの時期だった。
ただし、それらは全て年が明けてからのものだった。
今年は年末年始休暇が少し前倒しだったので、それを年末に実施し年明けが空いただけのことではある。
ただ、年末の探訪と年明け早々の探訪では、その風情が大きく異なるものと今回実感した。

今回の探訪では、訪ねた町の人々は、「良いお年を」「今年もお世話になりました」といった年末の通り一遍の挨拶をあちこちで耳にした。まあ、当然のことではあるが、その慌しさ、年の瀬の活気付く町の風を感じながら町歩きすることに小気味よさに似たものを感じた。

しかし、例年の年明け早々の探訪ではそうではない。
地元の皆様は帰省され、年に何度とない団欒の場を満喫している。あるいは、初詣など一連の家族行事を行っているのを眼にする。新年を静かに噛み締めているような雰囲気が町に漂っている。
そのような状況の町を、私はよそ者としてカメラを片手に歩いて取材している。
他の時期では一切感じることはないが、私はこの年始での探訪のとき、後ろめたさを幾度となく感じている。
都市部ではともかく、地方の小さな町ではよそ者を受入れ難い雰囲気を感じるのだ。

私が師と仰ぐ宮脇俊三氏の「汽車旅12ヶ月」のなかでも、氏はこのようなことを書かれている。

「旅行日としての年末と年始を比較してみると、どちらも悪条件に満ちているが、とりわけ年始がわるい。一年中でもっともわるい」
「(年始旅行の悪条件の)第三は、食べ物屋が開いていないことである。「食」は旅の楽しみの大きな部分を占めるけれど、魚市場が休み、従業員が休みではしかたない。正月料理が保存食品で成り立っていることを、あらためて噛みしめることになる」

実際、地元の食べ物を味わおうと思っても、小さな町ではチェーン店以外はほぼやってない。最近ではなるべくホテルではなく旅館に泊るようにはしているが、それでも年始に探訪をして地物を満足に味わえた記憶がない。
やむなくコンビニで調達せざるを得ない事も多い。
そうしたとき、なんだかわびしい気分を味わうのである。

私といえども正月は、家族親族の結束を再認識すべき貴重なときという認識がある。だから年を跨いでの探訪はほとんど組んでこなかったのだが、この何ともいえぬ正月探訪の雰囲気は後ろめたさを覚えるに十分なものがある。それをいやというほど毎年味わってきた。

年度末に向けて異様に忙しくなる職場のこと、ここを逃すと探訪の機会は当面ないといつも焦ることもあり、ここで押さえておかないとという気は、今後も変わらないことだろう。
しかし、それを年末に実施するか年始に実施するかで、かなりその印象が異なるものになることを今回実感した。
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2012年正月探訪より(長野市)

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