孫さんのあれこれ雑記

孫右衛門運営、「郷愁小路」シリーズ 一番アウトサイドに位置するこちらまで ようこそおいでくださいました。 郷愁小路本編で受けるイメージとは 随分違うと思いますが、 むしろこれが私の本来の姿に近いと思います。 こちらでは、古い町並の話は一切なしにします。 私の興味あるさまざまなことを取扱います。

2016年09月

9月10・11日と私は奈良に身を置いていた。奈良県を訪ねるのは久しぶりで、訪ねたことのある幾つかの町並と「久闊を叙す」ではないが、新規探訪を含めてそんな週末だった。

この機会をくれたのは、奈良公園内の春日大社で行われたライブ「Misia Candle Night」だった。

このライブは、不定期ながらこれまで全国各地で開催されていて、今回は春日大社の敷地内で「世界遺産劇場」と銘打ったライブの一つとして開催されたもの。参加者一人ひとりに渡されたキャンドルが無数に灯る中での屋外ライブだ。
以前行われた模様をDVDや動画映像で見ていて、一度絶対参加してみたいライブという思いを強くした。
もともとライブ鑑賞が趣味といえない私としては、そのように感じたものはこれまで数本しかない。

ライブから10日以上過ぎたが、昨日ラジオのレギュラー番組で彼女本人がこのライブのことに触れたことから、記事にしてみようかと思った。

実際のところ、期待していた通り素晴らしいライブだった。特にこのライブシリーズのハイライトである歌に合わせて参加者がキャンドルを手にとって穏やかに揺らしながら翳すというシーンが続きだしてから、その歌唱パフォーマンスはさらに迫真に迫るものがあった。

会場入口で渡された配布物の中には、このようなことが記されていた。
『2011年3月11日に起こった東日本大震災。改めて人と人とのつながりの大切さ、そしてこの大量消費社会の在り方が問われたのではないでしょうか?キャンドルを灯して、物質的社会から少し距離をおいたところで、私達の幸せをもう一度見直すきっかけになればという想いのもと、2012年8月26日、第1回目となる「Misia Candle Night」はスタート。』

さらに、ラジオの中で心に残った言葉があった。
「歌(を聴く)というのは、心の一番柔らかいところまで入り込んで来るもの」
心の奥深くで感じ、日常では見過ごしがちの人とのつながりの暖かさを再発見するというのは、まさに歌が持つ一番の魅力なのかもしれない。

そういえばこのライブのある曲で、
「もう一度最初から歌わせて! ・・・大切な歌なので・・・・・・・」
と、歌い出しの数フレーズでやり直した曲があった。
納得行かない何かがあったのだろうけど、私には気付かなかった。
「心を込めて歌いたい」と前もって言っていた通り、一切妥協を許さない姿を見た気がする。

プロとしては当然のこととはいえるのだろうけど、このライブパフォーマンスやMCの内容、そしてラジオで話を聞くにつれ、何かとても一貫したものを強く感じた。

さらに、ライブの最後に彼女が少し涙ぐむ場面があって、数ヶ月前に被災地に赴き歌ったことを告げた。
ラジオでのお話、そして配布物の文章を読み返すことでその意味が良く理解できた。

以前彼女のことを一度取り上げた時も書いたと思うが、デビュー数年後からしばらくの間は熱心に聴きこんでいたものの、その後少し距離を置いてしまったことで、すぐにその涙の意味を気付くことが出来なかったのだろう。


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  何だか上手くまとまりませんね。もう少しライブに通い、CDの以前の曲を聞きなおせば違ってくるでしょうか。
ライブの雰囲気は、この映像のイメージと思って貰えばそれほど間違いはありません。
この曲は当日も歌っています。

 




現在台風16号が九州南部に向けて接近中で、今日のトップニュースはこの話題だ。

上陸が予想されるものとしては今シーズンでは最も勢力が強く、影響が大きくなりそうなので、接近・上陸が予想される地方の方は厳重な警戒をしていただきたい。

そう云いながら、こういうときいつも感じることがある。主に二つだ。

台風が本土に接近してくると、上陸するかどうかが一番の関心事となり、その確率の高い地域にレポーターが続々と向い、ヘルメットを装着し危険を冒して中継をするという姿が映し出されることになる。
この段階になると、台風の勢力などは度外視され、上陸の可能性があるかどうかでニュースでの取り上げ方が大きく違ってくる。弱い台風でもいざ上陸の可能性があるとなると、その取り扱い方は大変なものである。大騒ぎである。

上陸するかどうかというのが、そんなに重要なことなのだろうか?

台風の中心が陸上に上がってしまえば、台風のエネルギー源である水蒸気の供給が少なくなり、台風は衰弱する。
むしろ海上をそのまま進んだ方が被害が大きくなる場合もあるともいえるのだ。

後一つは、台風であるということに滑稽なほど過敏なこと。「台風は熱帯低気圧となった」といういいまわしを聞くと思うが、そうなると一気に気象情報はトーンダウンする。
台風と熱帯低気圧は性質は全く同じもので、熱帯低気圧のうち中心付近の最大風速がある一定の基準以上のものを台風と言うだけだ。「熱帯低気圧」でも発達した雨雲を持ち大雨をもたらすことも少なくない。

また「温帯低気圧」に変ったと報道される事もあるが、この場合も同様に安心してください的な予報になる。
ただこれは低気圧としての構造が変ったことを示す。熱帯低気圧は暖湿気の塊で水蒸気の供給により発達するが、温帯低気圧は、暖気と寒気のぶつかり合いで発達する。なので温帯低気圧になると、寒気に触れることにより再発達することがある。
しかも、同じ中心気圧の場合、熱帯低気圧よりも温帯低気圧の方が強風の範囲が拡大するため、より荒天に注意しなくてはならない。また、前線を伴って広い範囲に大雨をもたらす事もある。

災害を未然に防ぐために注意喚起をすることは大切だ。台風関連の場合、その切り札が台風、上陸という単語なのだろうけど、そればかりに捉われた予報や報道を行うと、それに隠された危険に足をすくわれることもあることを、一言添えておきたい。

とはいえ、今はさしあたり目前に接近した16号に対しての万全の対策を・・。

四半世紀ぶりの優勝!

地元の雰囲気が変っているのを感じる。

10日の決定時、私は他所にいたので実感できなかったのだが、市内は尋常でない状況だったようだ。

そして今日、優勝後初の地元での試合で、終了後のセレモニーもTV放映されたのでその様子を見た。

全員が最大の功労者だが、もし一人挙げよというのなら、やはり黒田投手だろう。
数字的にはもっと挙がっている投手はいるが、精神的支柱としての重みは計り知れない。
その原点は、シーズン始まって間もない頃に実現した、完封試合にあると私は思っている。

一方で、ある一つの思いが沸々と再燃している。弾けた感じで行きたいこの記事なのに、ちょっと心の底に澱のように淀んでいるのを吐き出してしまうのは何だか気が引けるものだが、こういう機会でないとなかなかないとも思うので。

それは、「クライマックス・シリーズ(CS)」という日本シリーズへの出場権を争う対戦のことだ。
「当事者」になったことで強く感じているというわけだ。

このCS制度というのは今後も続けるつもりなのか。

シーズンの日程も、このCSがあるがために繰り上げになっていて、昔は10月に入って優勝が決定するのが普通だったのだが、今では10月CSから日本シリーズへの日程になっていて、それがために3月後半から早くもシーズンが始まる。

リーグ優勝が早々に決まると、それ以後は消化試合になってしまい試合にファンが遠のくので、2位以下のチームにも楽しみを残そうという意図もあって、MLBの例にもならって始まった制度だが、これがどうも私にはしっくり来ない。
セパの頂点に立つ争いである戦いに出る権利を得ることは、嬉しいに違いはない。しかし、2位以下のチームが運よく出場権を得てしまうと、「日本一」の意味がぼやけてしまうではないか。
それに選手にしても、優勝チーム以外が日本シリーズに出場するとなると10試合近くも戦い続けなくてはいけないし、もし念願かなって出場しても、何だか優勝チームに後ろめたさを感じないだろうか。

実際、3位でのCS進出に向けて必死になっていたシーズンもあった。でも正直レギュラーシーズンの順位が確定した時点で興味を失ったし、もうやめなさいという気分だった。
その戦いの間に、故障者が出たらどうするのだろう。来季にも影を落としかねないし。
人にもよるだろうけど、私はレギュラーシーズンで優勝していないのに日本シリーズに出るということにどうしても納得いかないものを感じる。

・・・こういうCSならば、私はまだしぶしぶ納得する。
3位チームがレギュラーシーズンで負け越した場合、俗に言う借金状態の場合、そのチームは参加資格なし。よって自動的にファイナルステージからのスタートだ。
そして、そのファイナルステージも、2位と10ゲーム以上の差がある場合は不戦勝といいたいところだが、せめて先手2勝としませんか。
それこそ不公平というものではないだろうかな・・。

何よりも、リーグ優勝の重みというのは何物にも代え難いものがあるはずなので。

新興住宅地など、最近になって建設された町を除き、ほとんどの町にはその町本来の機能していた顔を伺わせる遺物を何かしら持っている。(中略)都市近郊の町では、それらは次第に時代の流れに対応できなくなり、「再開発」により急速に姿を消した。新しい建物の間に稀に見かける古い建物はいかにも肩身が狭そうで、既に取壊しが約束されたかのようにくすみ、やつれている。

これは、私が学生時代に書いた文章。

「古い町並考」という何だかえらい高尚な題名が付いている。
当時、私の旅行は鉄道に乗ることが目的の晩年期で、ローカル線の旅から地方の魅力を感じることの興味深さを感じ出した頃で、その一つの要素に古い町並があった。

このくだりに続き、私が当時探訪していた幾つかの保存地区の町並の感想を書き述べている。そしてそれに続く文では、以下のように私見を書きなぐっている。

私の訪れた「古い町並」はまだほんの僅かである。余り偉そうなことを云々できる身分ではないが、もう一つ言いたいことは、保存の在り方である。今挙げた奈良井や今井のように旧来からほとんど手を加えずに保っている町並はよいが、「復元」する場合、何を基準に手掛けているのだろうか。全国の有名観光地化した「古い町並」は、はっきり言って、個性が全くない。どこも小京都と名乗ったりして客の誘致を図ろうとしているが、外見はどこも余り変らないような印象を受ける。

文だけ見ると、当時の方がまだまともなものを書けているのかといえばまあそうかとは思うが、この文章を書 いたとき、訪ねた町並というと文中に挙がっている奈良県橿原市今井町、長野県の中山道沿いの旧奈良井・妻籠宿、秋田県角館くらいしかなかったのだ。そんな中でもこんな題目で文章を書けると いうのは、まさに若さゆえの「てらい」、世間知らず以外の何物でもないものといえる。

古い町並を本格的に訪ねだすのはこの文章をしたためてから10年近く経過してからだ。
こうして記事にしたくなったのも、当時の私への反発心か?

もっとも、今でも学術的に探訪しているわけではないので、その点は誤解ないように願いたい。
懐かしさ郷愁、その一方である意味の新鮮さを求めて訪ねているだけなので・・。

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