孫さんのあれこれ雑記

2017年05月

最近手にした一冊の新書本。興味深く本編を読み終え、あとがきのページを開いたのだが、今回はそこにも読みどころ、感じどころがあった。

京都市出身の著者が、「七」の発音に関して疑問を呈されているという内容だ。

『七五三という言葉を、私は「ひちごさん」と読む。「しちごさん」とは、まず言わない。私にとって、七は「ひち」であり、「しち」は不快にひびく』
というくだりから始まり、「七面鳥」「七福神」「上七軒(京都市の地名)」などと次々に例を挙げて「シチ」という発音に違和感を抱くことを述べている。

私も全くとはいわないが、かなり同感だ。
イチ・ニ・サン、と数字を数えていって、ロクまで数えた時、次は確かに発音的には「ヒチ」だと私も思う。
実際そう言っている。もちろん、文字にすると「シチ」であることは知っているが、幼少のころから自然とヒチと発音していて身についてしまっているようだ。
「七」のみならず、「質屋」なども「ヒチヤ」と発音する。町を歩くと「ひち」という仮名遣いが行われている物件を眼にすることすらある。

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「ひちや」と表記された例(呉市にて)

近畿地方を中心とした地域では「七」を代表として、「シ」が「ヒ」と発音される傾向があることが一般的ということを、聞いたことがある。その広がりがどこまでなのか、九州あたりまで影響があるのかはよくわからないし、岐阜県にも「七宗(ひちそう)」町という自治体があるのだから、西日本限定と言うわけでもなさそうだ。
(七宗町については、「しちそう」ではなく、「ひちそう」と打った場合のみ変換されるので間違いない。自治体のかな表記も「ひちそう」が正式のようだ)

その辺りまで考えて、唐突に思い出されたのが、小学校の卒業文集で、あるクラスメイトが書いた一節だ。
今手元にはないのだが、それは
「ふとんを引いたら、畳が見えなくなるほど狭い部屋」
というくだりである。修学旅行時の部屋での一風景を書いたものだ。

すこし古い言い方で、「床を延べる」と言い換えられるその動作、布団を「引く」ではなく「敷く」と表現するのが普通のような気がする。
私も、その点実を言うと少し自信がないのだが、布団を「引く」という表現でもOKであれば、あえて取り上げる必要もない。しかしこれはどうも本来「敷く」という語句を「ヒク」と普段から発音しているために、文章にする時に「引く」と書き間違えたのではないか。床を延べる動作は「引く」でも、表現自体はそれほど間違いではない感じがするわけだし。
そういえば、「紙を敷く」も「ヒク」と発音しているように思う。

どうでもよいようなことだが、私の中で少し引っかかる。

まずはいきなり映像から。

「卒業写真」この曲についてはもう説明するまでも無く、松任谷由実さんが荒井由実時代にリリースした、いわずと知れた名曲中の名曲である。



この映像では、1コーラス目は徳永英明さんが歌い、その後松浦亜弥さんと「いきものがかり」の吉岡聖恵さんが交互に歌っている。

松浦亜弥さんの他のアーティストさんとのコラボレーション動画も、私は結構好んで見ている。
中には絶妙の調和を見せる珠玉のコラボ物もある。

しかし、ここでの彼女の歌唱についての私の率直な感想を言うと、実は余り来るものが無いというのが正直なところだ。
共演者がどうとかいうより、アレンジが少し合っていないようにも感じる。

動画を挙げておいてこう書くのも妙だが、この映像を引き合いに出したのは、コラボ物について書くためではなく、単に「卒業写真」を彼女がソロで歌った映像がないからだ。実際どこかで歌った場面はあったのかもしれないが、映像としてネットで得られる限りは存在しない。

そもそも何故「卒業写真」のことから切り出そうとしたかというと、この曲の今井美樹さんのソロ歌唱を耳にしたことがきっかけだ。
最近のことではなく1年ほどにはなるのだが、その歌声を聴くと、荒井(松任谷)由実さんのオリジナルとの大きな違いを感じることができるのだ。

そのオリジナル音源を直接ここに挙げるのは、はばかられるので、公式映像を貼付しておく。
(フルコーラスではありません)



なんと言う優しい歌声だろう。荒井(松任谷)由実さんの歌声が頭に刻まれている方が多いと思うし、詩の内容からも本来はその方が相応しいと思うのだが、こんな「卒業写真」もあるのだと。

そしてやはり次に思ったのが、これを松浦亜弥さんが歌うとどんな感じになるかというところだ。

コラボで歌ったのはやはり私個人的に気に入らない。もっと本人に合ったアレンジでソロで通しで歌ったら、どんな曲になるかを見たいのだ。
比較的シンプルなメロディーラインであるので、歌唱力よりも表現力で勝負する部分が多いかに思われる。私は彼女の歌の魅力は、歌唱力もさることながらその比類ない表現力と思っているので、ぜひともこの曲の真正面からのカバーを見たい。


松浦亜弥さんのカバーという面では、ぜひとも聴きたいと思うのがもう1曲ある。

河合奈保子 「けんかをやめて」

 https://youtu.be/ecyatQfHvqs
(状況によって抹消する可能性があります)。

この曲は、わたしが小学校高学年の時に流行った曲だ。
子供心に、いい曲だと思ってTVなどで流れると耳を傾けたのを思い出す。

「卒業写真」とは違い、表現力はもちろん歌唱力もかなり要求されるメロディーラインと思う。

この「けんかをやめて」、作詞作曲は竹内まりやさんだ。
竹内さんは彼女に楽曲提供もしているし、また色々な面で接点も多かったのだから、カバー集などを出すという機会があれば、ぜひともこの曲を歌ってほしいとずっと思っている。
それもアルバムの1曲目がいい。
松浦亜弥さんの生れる前に発表された曲だが、この曲は多分竹内まりやさんつながりで知っている?はず。

追伸
今聴き直して、河合奈保子さんの歌唱力の高さを改めて感じる。
河合奈保子さんは当時アイドル歌手という括りだったと思うけど、今の認識なら間違いなく本格的歌手だ。
今のジャンル分けに当てはめると、どちらかというと歌謡曲に近いかもしれない。
こういうタイプの歌手が今ほとんど存在しない、いや存在していても注目されないことは、寂しいことだ。
以上、ちょっと余談。

先日、佐渡島を探訪したときにあちこちで眼についたのが、佐渡を世界遺産にというフレーズだ。
佐渡島に残る金山の遺跡を中心とした文化遺産を、世界遺産に登録させようというもので、既に暫定リストにも挙っている。

折しも、帰ってから間もなく福岡県沖の離島が世界遺産登録かということで揺れている。
これも、本土の部分と離島とで一体化した遺産と考える地元と、離島のみを切り離して登録しようとするユネスコ側との摩擦が発生し、一部では辞退かといった動きも生じているらしい。
認識・思想の違いというのがその大部分を占めるが、一般の人は容易に訪ねられない島だけが登録されても、メリットが少ないというのもあるらしい。

世界遺産への登録。
それは他には類を見ない歴史的・文化的な遺産、または自然造形遺産の保護がその目的だ。

しかし、わが国の世界遺産登録地を見ていると、登録を機にその貴重さを世の中に周知させようとするというよりは、観光客を誘致しよう、登録を観光の起爆剤に、という動きが前面に出ているように感じられる。

世界でもそうなのだろうか、と疑問をいだいてしまうほどだ。少なくともそれは、副次的なものであるべきだ。

しかも登録されることが継続的にそのような恩恵をもたらすかというと、必ずしもそうとは限らない。

島根県の大森銀山(石見銀山)の例が思い起こされる。
登録当初、余りの訪問客の急増で車で銀山に近づくことは一切できず、10km以上離れた大田市街地からバスでピストン輸送されるような状況だった。
私も数年間、再訪することを敬遠せざるを得なくなった。

ところがどうだろう、いつの間にか大森銀山の話題を聞かなくなって、少しは落着いたかなという頃訪ねてみると、ほぼ登録前の静かな状態に戻っているではないか。
むろん車は直接町並の駐車場に置けるし、その増設した駐車場もガラガラであった。
流石に大森の町並内は重要伝統的建造物群保存地区だけあって、世界遺産登録に合わせて訪問客におもねるような施設や店舗は設けられていない。
こうであるべきだ、とほっとしたのが本音のところだが、一方で大森銀山が世界遺産であるという認識は、もはや世間一般で薄らいでしまって、すっかり関心外になってしまっているらしいことを感じた。

佐渡島も、鉱山遺跡であること、大都市圏からの利便性など大森銀山と似た条件だ。
登録されたところで一時はその熱気に乗じた訪問客が増えると思われるが、数年後には潮が引くように元通りになることが予測される。
金山のお膝元だった相川地区の旅館にも泊ったので、そのへんを婉曲に聞いてもみた。
昔はシーズンになると連日満室だったのに、と大型連休中なのに客の少ない現状を嘆いてもおられたが、今や内外装ともにひと昔前といったその旅荘が、現代の旅行者に敬遠されているからなのか、実際佐渡島を訪ねる客が減少しているからか、本当の理由はわからない。
登録されれば、この旅館にも世界遺産効果はもたらされるだろう。しかしそれは限定的なものに終わってしまうのではないだろうか。

金山の麓、町につながる街路沿いを探訪しているとき、偶然家の前におられた年配女性と色々お話することができた。この女性はかなり話好きらしく行程にも影響しかねないほど話し込んでしまったのだが、その内容を要約すると、昔からの住民は、金山で繁栄していた当時の賑やかさを懐かしく思い当時に戻りたいという本音の気持はあるものの、かといって世界遺産登録に向けて外部の訪問客に迎合するために、行政その他によって外向きの町にされることには耐えられないというものだった。

佐渡金山の場合は世界遺産登録に向けて既に大きく舵を切っているので今更なんともいえない。しかし現地を訪ねて地元の人の言葉を少し耳にして思ったのは、晴れて登録成った場合でも、さまざまな功罪はありそうなので、そのあたりも細かく予測しておく必要があるということだ。

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金山の史跡のひとつ、精錬所跡

鉄道紀行作家というジャンルを打ち立てた先駆者である宮脇俊三氏。

氏の詳細については以前触れたので今回は省略する。

当時の国鉄全路線乗車するという、その過程を描いた「時刻表2万キロ」を少年時代に愛読したのだが、その中でどうしても理解できない場面があった。

その目的の途次、北海道の全線を完乗した後の記述である。

「考えてみれば、これこそ正気というべきだろうが、私はのみたくなってきた、やけ酒とも祝酒ともつかぬものが」

祝・完乗!と自分の中で噛み締めるべき瞬間なのに、え?何でやけ酒を?と。

当時中学生の私は理解できる筈もなかった。
まあ酒を知らないのだから当然だが、同じくだりにはこうも記述されている。

「とうとう北海道はおしまいだ、という思いとともに虚無感のようなものがこみあげてきた。(中略)空しく馬鹿馬鹿しい気がしてならない。」

このあたりのくだりは、その後段々とわかってきた。そしていつしか「痛いほどよくわかる」に変ってきた。

鉄道の全線乗車という目的。
これは他人に全く利益を還元しない行為、自己満足以外の何物でもない目的である。

いや待てよ、私のやっている町並集落探訪も似たようなものではないかと、この一節を思い出す度にわだかまってくるわけである。

男性脳は、ジャンルを問わずある意味オタク脳だ。
何かを追求する、果てない頂点を極めなくてはいけないという一種の強迫観念にも縛られ兼ねないものがある。私の場合、うまい具合にバランスが取れているとは思っている。
しかし、鉄道完全乗車の場合は果てがあるが、町並集落は対象を広げれば、それこそ果てないわけだ。

いや、食や文化、観光資源、温泉といったことに関心が拡散してきているので、そんなことはないよと自問自答する。

そうするとこれまで行ったところでも、別の角度で何度も訪ねたいと思うわけだ。

それがある限り虚無感、やけ酒を飲みたい気分に苛まれることはないのではと思っている。

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