孫さんのあれこれ雑記

孫右衛門運営、「郷愁小路」シリーズ 一番アウトサイドに位置するこちらまで ようこそおいでくださいました。 郷愁小路本編で受けるイメージとは 随分違うと思いますが、 むしろこれが私の本来の姿に近いと思います。 こちらでは、古い町並の話は一切なしにします。 私の興味あるさまざまなことを取扱います。

カテゴリ: 読書など

先日、宮脇俊三氏の「最長片道切符の旅」を久々に取り出してさらっと読み返していたところ、ある場面でふと立ち止まった。
高山本線の車窓に見える「うだつ」を備えた商家を見て、「余計なものがくっついているから屋根の美しさを損じている」と説くところだ。

この紀行文を読んだ当初は特に感想もなく、そのまま読み進めていたのだろう。

うだつは瓦屋根の両側を一段持ち上げて立派に見せることで、うだつが上らぬという言葉を生んだように富の象徴ともいえる。うだつを掲げた商家の姿は凛々しく、美しく荘厳なものだと思っている。
初読から長い年月を経た今回はそのように感じて読み進めるのを止めたわけだ。

氏の紀行文の内容を思い起こしてみると、中山道の妻籠宿を訪れた際には、最初に宿場街に足を踏み入れ思わず足を止めたとあるが、すぐに「時代劇映画のセットに見えてきた」との感想を述べている。
高山に宿を取り、日暮れた古い町並を歩いた時にも、「観光客の視線と応対しているうちに見られる意識が芽生えたようで、ここが高山の有名な上三之町ですよ、といった構えも感じられる」とある。

でもこれが、一般の人の古い町並に対する感想だろう。

古い町並を見る目は、一般の人と全く同じであったようだ。いやしかし、町並に限らず食や観光地その他を手広く触れていては、宮脇作品らしさは全く発揮されないものになる。単なる旅行レポに成り下がっていただろう。

宮脇氏の影響で鉄道旅行趣味をしばらく続け、それが形を変えて結果的に今は町並探訪がメインになっているとはいえ、その根底には氏の著書群、特に「時刻表2万キロ」や「最長片道切符の旅」などの純度の高い初期鉄道紀行作品にあったことは間違いない。ふと読み返したことがきっかけで、その思いを再び強くした。

そういえば思い出したのだが、「ローカルバスの終点へ」の中では、岡山県吹屋をバスで訪ねた折に随分感動された様子だった。そうだったとまた読み返す。

そういうわけで、今この文章を打っている手元には5冊くらいの宮脇作品が山積みになっている。

宮脇氏は、ご存命であれば90歳を超えられている。時がいつの間にか経過した事も改めて感じた。

鉄道紀行作家というジャンルを打ち立てた先駆者である宮脇俊三氏。

氏の詳細については以前触れたので今回は省略する。

当時の国鉄全路線乗車するという、その過程を描いた「時刻表2万キロ」を少年時代に愛読したのだが、その中でどうしても理解できない場面があった。

その目的の途次、北海道の全線を完乗した後の記述である。

「考えてみれば、これこそ正気というべきだろうが、私はのみたくなってきた、やけ酒とも祝酒ともつかぬものが」

祝・完乗!と自分の中で噛み締めるべき瞬間なのに、え?何でやけ酒を?と。

当時中学生の私は理解できる筈もなかった。
まあ酒を知らないのだから当然だが、同じくだりにはこうも記述されている。

「とうとう北海道はおしまいだ、という思いとともに虚無感のようなものがこみあげてきた。(中略)空しく馬鹿馬鹿しい気がしてならない。」

このあたりのくだりは、その後段々とわかってきた。そしていつしか「痛いほどよくわかる」に変ってきた。

鉄道の全線乗車という目的。
これは他人に全く利益を還元しない行為、自己満足以外の何物でもない目的である。

いや待てよ、私のやっている町並集落探訪も似たようなものではないかと、この一節を思い出す度にわだかまってくるわけである。

男性脳は、ジャンルを問わずある意味オタク脳だ。
何かを追求する、果てない頂点を極めなくてはいけないという一種の強迫観念にも縛られ兼ねないものがある。私の場合、うまい具合にバランスが取れているとは思っている。
しかし、鉄道完全乗車の場合は果てがあるが、町並集落は対象を広げれば、それこそ果てないわけだ。

いや、食や文化、観光資源、温泉といったことに関心が拡散してきているので、そんなことはないよと自問自答する。

そうするとこれまで行ったところでも、別の角度で何度も訪ねたいと思うわけだ。

それがある限り虚無感、やけ酒を飲みたい気分に苛まれることはないのではと思っている。

ふと先日、「ブックオフ」に入った時、吉村昭著の「わたしの流儀」という随筆集が眼に入った。

読書しなくなって久しくその点が悔やまれてならないが、氏の小説・随筆集などは高校時代から当分の間かなり読み込んでいた。

音楽などもそうだが、読書の趣味もその好みは人それぞれで誰一人同一ということはない。
吉村氏の著作は、高校の図書館にあった「蜜蜂乱舞」という小説を文庫本で読んだのがきっかけだった。
読書は私の趣味と言えるものでは今も昔もなく、有名な作家もほとんど知らないままだ。そんな中で氏の小説には、なんと言うんだろうか、無駄な装飾をそぎ落とした平滑でありながら鋭い描写が、読むものに臨場感を与えるといった独特な感触があり、私は好んで読んでいた。

さてその「私の流儀」という随筆集は、今もハードカバーの単行本で持っている。それを改めて久々に手に取り懐かしみながらページをめくっていて、あることを思った。

幾つかのセクションに分かれた中に、「言葉を選ぶ」という一文がある。
その中の「鳥肌」という一文では、「鳥肌が立つ」という言葉を、テレビの芸人の影響で深い感動を表す言葉と思い込む人もいるだろうと心配し、そして「テレビの影響力は大きく、それが日常語として使われるようになるかもしれない。そうなったら、それこそ鳥肌が立つ思いだ」と締めくくっている。

吉村氏は昭和2年生れの戦前世代で、既に故人ではあるが、この言葉の「誤用」がメディアで話題になる前に、既にエッセイで指摘している。

氏の随筆を読んでいると、日本語の本来の奥ゆかしさを掘り起こし、読むものに感銘を与える力を持っていて、それは文章の内容に関わらず伝わってくる。それは正しい日本語にこだわり、その変化に敏感であるからだろう。
「言葉を選ぶ」シリーズに収録された文章を読み返すと、私がとても影響を受けていることに気付く。
運営しているサイトの文章などを目にして、吉村氏の表現を真似している!と苦笑することもある。

それは私が流行、特に流行語といったものに自然と拒否反応を示すこととも、氏が文面に著したものに触れたことで形成された、またはもともとその傾向があってそれが強まったように感じる。

吉村昭氏のことは、また機会があれば記事にしたいと思う。

この連休を利用して読んでおきたいと思った一冊、予定通り最終日に読了した。

「見えない巨大水脈 地下水の科学」(講談社ブルーバックス)というもので、新書版の250ページほどのもの。比較的わかりやすい解説で読みやすかった。

きっかけは、先日来の熊本県を中心とする地震の影響で、熊本市内にある湧水を水源とする名所の池が干からびてしまったというニュースを見たことだ。

私は水のある風景、特に綺麗な湧水のある風景が好きだ。私の探訪先でも様々な風景に接することがある。ある町では、市街地に多数の湧水ポイントがあり、飲料水用・炊事用・洗濯用などに水槽が分けられ、生活に根ざした水場があった。また他では、町中の湧水池で水需要の全てが賄われ、上水道が全く無い町もあった。湧き水そのものが観光資源となっているところも数多い。

河川や湖などと違い眼につきにくいが、陸上にある淡水の8割は地下水という形で存在すること。そして絶海の孤島のようなところにも何故淡水による地下水が存在し、井戸などでそれが得られるかなどのメカニズムなどを、本書は新たに教えてくれた。
しかしそれは、地下水としての水の供給(涵養という)と汲み上げなどによる消費が非常に繊細なバランスの上に成り立っていること。ひとたび崩れると、また有害物質などで汚染されると、その回復は容易ではないこと。非常にデリケートな資源であること。
そういうことを本書は語りかける。

日本のように水道水がそのまま飲用に適する国は少なく、それだけに我々は水そして地下水に関する意識が低く、普通に生活していると当り前に感じて貴重なものとは思いにくい。

この本を読むと、水は化石燃料などと同様、貴重な資源なのだということがわかる。


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市街地の湧水地の例(盛岡市)


災害報道から奇しくも水の貴重さを再認識することになった形だが、そういうきっかけは大切なものだ。
そして最後に、災害に遭われた地域が日常を早く取り戻し、そしてもとどおり湧水の豊かな町への復活を祈りたい。

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