随想

2018年01月14日

三江線に有終の美を・・・

三次と江津を結ぶローカル線・三江線。

知らない方がほとんどと思われるこの路線、通常は1両での運行であるところを、昨年は3両編成としても週末などは満員の乗客があるという。
その理由は、この3月に廃線が予定されているため名残惜しむ鉄道ファンが殺到しているからだ。
わたしは残念という思いはあるが、乗りに行く事はせず、動向を静観しているのみだ。

しかし、今日ネットで今の三江線の状況を聞いて、少し感情の高まりを覚えた。

先日来の雪の影響で運休になっているのに加え、トンネルの一部が崩落している箇所があるとのこと。このまま運用終了か?とのコメントが。
ネットの情報なので確実性はどうかわからないが、もし本当にそうなってしまうなら、無念極まりない終わり方ではないか。

わたしは既に鉄道に乗ること自体を目的とした旅をしなくなって久しいが、この三江線には思い出がある。
相当以前のことである。
朝一番の列車で三次に向かい、三江線の列車に乗り継いで、その後江津から山陰本線、宍道から木次線と乗継を重ね、日帰りで帰ってきたことがある。
乗継ぎ待ち以外は列車に乗るだけのものだった。
冬晴れの穏やかな日で、江の川の悠然とした流れを車窓にローカル線の旅を満喫した。
江津に近づくにつれ少し乗客は増えていったように記憶しているが、車内は地元のお年寄り他数人の客がちらほら程度であった。

廃線を惜しんで乗りに来た客が大半を占める今の状態は、既に三江線ではないといってよいだろう。
しかし、
地元の方々にしても今やほとんどが自家用車での移動だろうが、かつては地域の念願かなっての開通を祝っただけあり、廃線に何らかの感慨を抱く人も少なくないはずだ。
何とか運行最終日まで運行を全うして、有終の美を飾ってほしいと、少し離れたところからだが願いたい。

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mago_emon at 22:07|PermalinkComments(0)

2017年09月09日

一言に秘められた旅の郷愁

1月に「今年京都を訪ねる理由」という記事を書いた。
そのきっかけは、バイト先のホテルが10月にリニューアル工事を始めるというものだった。

それで機会を探っていたのだが、せっかくなら1泊して、それも住んでいた付近にないかと探していた。旧市街には最近空き家になった町家建築を利用した宿泊施設が増えていると聞く。ぎりぎりの9月に入ってからではあるが予約可能だったので、先日実行してきた。

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出身大学構内も久々に歩いたし、件のホテルも外観をしかと眺め写真に記録し、1Fロビーのコーヒーショップに入って余韻に浸った。しかし、当時の社員はほとんどいないだろうし、ましてアルバイトの分際である。
フロントで何か依頼しても、いまや何にも成果は得られないだろう。
そのようなことで、それだけに留めて後にした。

それよりもやはり印象に強く残り、また郷愁感を覚えたのは暮らしていた界隈のことである。
狭い路地に町家建築の連なる西陣界隈だ。

宿に荷物を置き、自転車で界隈を走っていると、良いこと悪いことを含め、様々なことがふと思い起こされてくる。

町家や町並に関心が向いがちな私の探訪、しかしここではさすがに趣の異なるものになった。

西陣滞在中の初日夜と翌昼食は、当時よく行っていた店に行こうと決めていた。
前者は自転車で5分ほどにあった大衆中華料理屋。後者は歩いて3分ほどの小路にある洋食の店に決めた。
とはいえ学生食堂やアルバイト先での賄いがほとんどだったので、そう頻繁に行っていたわけではない。

洋食の店。腰を下ろしたカウンター内には60年配に見えるご主人と20歳前後の若者が。ご主人の顔は何となく見覚えがあるような。
私が強い郷愁を感じたのは、注文した「とんかつ定食B」を受けて、その後主人が小声でつぶやいた「とんB」という一語。

今回の再訪で最も印象的な一場面ともなった。
訪ねるきっかけになったホテルでもなく、町家・町並でもなかった。

この店はとんかつを中心とした洋食の店で、看板のとんかつ定食は、豚肉のボリュームに応じてAからCまでがあって、Bが標準的な量のとんかつとサラダ、味噌汁と米飯が付いて比較的手ごろな値段なので、注文する客も多いのだろう。
私自身、実際この洋食屋に行って、「とんB」を何度か注文したのだろう。
耳に残っていて懐かしいと感じたのだ。

この「とんB」、ずっと意識外にあったのだ。大袈裟に言えばそれからそのとんBを味わって店を出るまで、学生時代に戻ったような感触になった。

ただ、泊った町家宿や夕食に寄った中華料理屋その他で、学生時代良く来ていた(近くに住んでいた)、懐かしい有難うと、思わず打ち明けずに居られなかったのに、この店ではそれが出なかった。思わぬ懐かしいフレーズを聞き、ある意味放心状態になっていたのか。

ゆかりのあるところを再訪する旅の醍醐味は、実はこのような些細な体験なのだろうと、一週間経った今噛み締めている。

暫く間の空いていた京都探訪だったが、これからは定期的に訪ねようかと思う。

懐かしさももちろんだが、まだ知らないことだらけである。

mago_emon at 21:37|PermalinkComments(0)

2017年08月26日

中学生の夏休みの記憶

先日、ふと中学時代の夏休みのことが思い起こされた。

当時運動部に属していて、日曜も含め連日練習があり、時間は午後3時から日没近くまでと決まっていた。
思い出したというのは、具体的にはその練習のことではなく、当時昼過ぎにTVでやっていたドラマ、そしてその主題歌のことだ。
時間的には昼食を終え、今日も暑い中練習に行かなくてはいけないとやや気が滅入る頃合である。

そのドラマは、当時夏休み期間中毎年シリーズ物で毎年放映されていたもので、ごく一般的な家族の中で、様々な困難に見舞われながらも立ち向い乗り越える姿を描いたドラマだった。
「わが子よ」という題名で、6年間に渡って連続して放映されていたようだ。
主に子供が難病や事故に遭うと言った内容が多かったように思う。
わたしと同じような年代の子の話題であったからか、熱心に見ていた年もあったようだ。

ストーリーは今や余り記憶にないのだが、主題歌は良く覚えていた。けだるい気持で聴いていた、特にこの曲。メロディーラインが美しい。これは連続5年目の「わが子よV」の主題歌だ。



そして歌っているのが荻野目洋子さんだったことは、今回初めて知った。
まだ無名の頃だったと思ったが、この曲の次にリリースされたシングル曲はその名を広く知られるきっかけとなった「ダンシング・ヒーロー」とのこと。
この曲、もっと後になって、高校生の頃リリースされたのではいう感触なのだが、調べるとリリースされたのはやはりこの年だ。
何しろ中学生の時、32年前の記憶である。それらが前後するのは不思議でない。

こういう手の話題は、ほぼ自己満足の域を出ないと思われる。ドラマのことを知らない人や覚えてない人は何ら興味は湧かないし、この記事を読み進める気もしないだろう。

しかし、少年時代の夏の一情景を思い出したことにはじまり、当時のドラマや主題歌、そして歌っていた歌手へと、せっかく関心がささやかながらも発展していったので、それは書き留めておこうかということで・・・。


mago_emon at 21:55|PermalinkComments(0)

2017年01月15日

今年京都を再訪する理由

先日ふとネット上で、私が学生時代のバイト先で4年間お世話になったホテルの話題を眼にした。

非常に懐かしい思いだった。

その思いを強くしたのは、投稿された料理の写真に、見覚えのある皿が写っていたからだ。
私はそのホテルの厨房で働いていたのだ。

そのホテルは、修学旅行生などの客単価が安い大口団体が主体だった。
多い日は一晩で800人もの修学旅行生をさばいていた。

ホテルは今年の秋に建て替え工事が始まり、2年ほど休業するのだという。

修学旅行先に京都を選ぶ学校は相変わらず多いと思われるが、少子化で私が働いていた頃に比べると絶対数は少なくなっているだろう。しかし一方で、近年急増した外国人旅行客によって、都市部のホテルは室数不足で料金も高騰している。
京都は中でも特に需要が逼迫していると聞く。
最近ではもしかしたら宿泊客に外国人旅行客も増えていたのかもしれない。

しかし、施設は今考えてみると、外観も館内の設備も、一般の観光客には古めかしいイメージが拭えない。
しかも市街の一等地にある旅館だ。そんな状況に胡坐をかいていてはいけないと思ったのか。

祇園祭の山鉾巡航を屋上から見下ろしたのも懐かしい思い出だ。
当時一緒に働いていた大人の人は、何人残っているだろうか。多分ほとんど居ないのだろう。

今の姿を留めているうちに、もう一度外観を眼にしておきたい。
ここ数年京都市街地は訪ねていないが、今年再訪する理由がこれで出来たのかな、と思った。

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(ホテル名を記すのは少々憚られるので、そのホテル裏にある寺の写真を載せておきます)


mago_emon at 20:51|PermalinkComments(0)

2016年12月05日

「たばこは心の日曜日」

ふとこのようなフレーズを、撮っていた写真の中に見つけ、また最近SNS上である方がこの標語の見える煙草販売店の店先画像を投稿されているのを見た。

さらに、「贈り物にたばこ」というのも良く見た気がする。

私は、学生時代のアルバイト先のホテル厨房に働いていた大人の人の影響で、成人直後から当分の間立派な喫煙者として長らく経過してしまうことになった。
実際、周りの学生も煙草を吸う者が少なくなかった。大学の構内を煙草を手に歩いたりする光景は全く自然なものだった。

当時は、まだ公然と喫煙できる環境だった。

今では信じられないだろうが、子供の頃は近くを走る普通電車でも座席の間に灰皿があり、非冷房車ならまだよかったが夏の冷房車に乗ったとたんに煙草がシートに染み付いたようなの独特の香気に包まれる感触を、今でも鮮明に覚えている。

当然公の場で喫煙できる場所はほとんどない今の状況を、愛煙家は「迫害されている」とまで表現する。
私は今は煙草は吸わないが、喫煙者の気持はもと愛煙家としてよくわかる。
ふと手持ち無沙汰な感じになるとうずうずといたたまれない気分になるもので、それを一時的に紛らわすに過ぎないのだが、まさにその時の心を表すと、「心の日曜日」というのが一番的確なのだ。

ただ私はもう、何度か失敗はしているが基本的に煙草を手放している。
心の日曜日の感触は思い出さないように努めたい。

mago_emon at 23:09|PermalinkComments(0)