孫さんのあれこれ雑記

孫右衛門運営、「郷愁小路」シリーズ 一番アウトサイドに位置するこちらまで ようこそおいでくださいました。 郷愁小路本編で受けるイメージとは 随分違うと思いますが、 むしろこれが私の本来の姿に近いと思います。 こちらでは、古い町並の話は一切なしにします。 私の興味あるさまざまなことを取扱います。

カテゴリ: メディアの話題

以前、「NHKアーカイブス」という番組を日曜日の深夜にやっていた。
その名の通り、以前放送した番組からピックアップして、解説を挟みながら再放送するというものだった。多くの視聴者は望めない曜日と時間帯で、あえてこの時間にやるという裏番組的なところも好きだった。
時には白黒時代の古い番組が取り上げられることもあり、そのような回は興味深く見た。

この番組自体は昼間放送に移行し存続しているが、以前のものとは随分内容が変ってしまった。
しかし先日、ネット動画でふとであった映像に、久々に深夜に見ていた頃のような感銘を受けた。



私自身が興味のある鉄道をテーマにした番組という事もあるが、それよりも強烈に伝わってくるのが厳かさを感じるナレーションと大袈裟な効果音。
武骨さが露わで、今見るとある意味滑稽にも思えるのだが、それだけに当時の最新の社会事象を一生懸命伝えようという一身で制作しただろうことが伝わってくる。
しかしこれが昭和のドキュメンタリー番組。
最近の軟弱な番組ばかりを見ていると、事実を伝えるとはこういうことなのだと改めて思わされる。
こんな番組・映像を見ていると、直截ということばを思い起こす。
簡潔にずばりと伝えるという意味だ。

今回の西日本を中心とした大雨・土砂災害。
私の住んでいる地域も大きな被害を受け、実際特に交通面で影響を受けている。

ネットの反応を見ると、以下のようなコメントが目立つ。

「民放の番組などノウノウとバラエティーなどをやっていて、全く他人事」
「これが東京だったらどれだけ大騒ぎすることだろう。」

私も実に同感である。

まあ百歩譲って各局のことを少し思って見ると、キー局はすべて東京都内にあり、西日本は取材するには遠く、まして交通網が麻痺状態の中である。
ただ、ある民放番組でタイで洞窟内に取り残された少年たちの話題を、半ば面白おかしくやっていたのにはさすがに腹が立った。
もちろん、この話題が報道されること自体が悪いというのではない。
しかし結局のところ、大きく取り上げるかどうかは特に民放の情報番組の場合、ワイドショー的価値が見出せるかどうかということにも重きが置かれているのだろう、と思わざるを得ない。

とはいえ、今回の災害のことを各局が特番を組んで終始やるべきかというと、わたしはそうではないと感じる。そうすることで妙な自粛ムードなどが醸成されるのは逆効果だし、特に被害が無かった地方の方々の通常の生活まで妨げる必要なない。

なぜもっと取り上げないのかというよりは、東京や関東地方ローカルでよいような話題を、トップニュースで各局一斉に報道するという方に問題があるように思う。
私が一番違和感を覚えたのは、以前記事にもしたように首都圏の在来線各路線で停電が起き混乱しているという情報を、NHK夜のトップニュースで取扱ったことだ(2015.08.26「

東京・関東の話題はそのまま全国区だと思い込んでいることに、根本的に問題があると感じる。

大相撲九州場所が終盤を迎えているが、どうも土俵の内外が騒がしい。

小学生の頃祖父の影響でファンになって以来、最近は熱も低いものになったとはいえ少なくとも本場所が始まると毎日中継は見られなくとも上位の結果や話題に耳を傾け続けて35年にはなる。
なので、少々嘆かわしく情けない気分で今場所中の事態の推移を見送っている。

その中心である横綱による暴行事件。

「かわいがり」ではないか?
元力士旭鷲山は、今日出演した民放のワイドショー番組でそのように発言しているのを見た。

相撲は、国技とはいえ格闘技である。稽古の場その他に荒々しい部分が存在するのは仕方ない部分もあるだろう。
親方や先輩力士にしごかれて成長する、根性論的な部分に支えられる部分も大きかっただろう。
しかし、かわいがりか暴力かという境界線は、年々下っているのではないか。
旭鷲山が現役の頃ともまた年月が経っている。
世間の認識の変化に、相撲界も追従するべきだろう。

メディアの話題は、相撲協会内の諸問題に関する内輪的な憶測に終始しているような向きがあって、余り見る気もしないのだが、
少なくともこのことは、改革途中であるのならぜひとも遂行してほしいものだ。

もうひとつ。
昨日の結びの取組で起こった、横綱白鵬による自分の取り組みに対する自らの「待った」には私も残念な気持だ。

行司と審判しか立会いの成否を判定することはできない。
ハッケヨイの行司の声がかかると立会い成立である。
白鵬は犯しては成らない部分に踏み込んでしまったわけだ。

しかし、以前も触れたことがあるが、日本に生れたものにしか理解しがたい独特の精神的なものがあり、それを外国人力士に理解せよといっても、やはりどうしても無理な部分があるのではと思う。

私などが思いを書き連ねたところで解決するわけがないが、大相撲がその精神的な部分も含む伝統を重んじたものであり続けるべきである一方、変えないといけない部分も山積みだと、今場所の様々な事態を見るに付け思うところである。

先日、佐渡島を探訪したときにあちこちで眼についたのが、佐渡を世界遺産にというフレーズだ。
佐渡島に残る金山の遺跡を中心とした文化遺産を、世界遺産に登録させようというもので、既に暫定リストにも挙っている。

折しも、帰ってから間もなく福岡県沖の離島が世界遺産登録かということで揺れている。
これも、本土の部分と離島とで一体化した遺産と考える地元と、離島のみを切り離して登録しようとするユネスコ側との摩擦が発生し、一部では辞退かといった動きも生じているらしい。
認識・思想の違いというのがその大部分を占めるが、一般の人は容易に訪ねられない島だけが登録されても、メリットが少ないというのもあるらしい。

世界遺産への登録。
それは他には類を見ない歴史的・文化的な遺産、または自然造形遺産の保護がその目的だ。

しかし、わが国の世界遺産登録地を見ていると、登録を機にその貴重さを世の中に周知させようとするというよりは、観光客を誘致しよう、登録を観光の起爆剤に、という動きが前面に出ているように感じられる。

世界でもそうなのだろうか、と疑問をいだいてしまうほどだ。少なくともそれは、副次的なものであるべきだ。

しかも登録されることが継続的にそのような恩恵をもたらすかというと、必ずしもそうとは限らない。

島根県の大森銀山(石見銀山)の例が思い起こされる。
登録当初、余りの訪問客の急増で車で銀山に近づくことは一切できず、10km以上離れた大田市街地からバスでピストン輸送されるような状況だった。
私も数年間、再訪することを敬遠せざるを得なくなった。

ところがどうだろう、いつの間にか大森銀山の話題を聞かなくなって、少しは落着いたかなという頃訪ねてみると、ほぼ登録前の静かな状態に戻っているではないか。
むろん車は直接町並の駐車場に置けるし、その増設した駐車場もガラガラであった。
流石に大森の町並内は重要伝統的建造物群保存地区だけあって、世界遺産登録に合わせて訪問客におもねるような施設や店舗は設けられていない。
こうであるべきだ、とほっとしたのが本音のところだが、一方で大森銀山が世界遺産であるという認識は、もはや世間一般で薄らいでしまって、すっかり関心外になってしまっているらしいことを感じた。

佐渡島も、鉱山遺跡であること、大都市圏からの利便性など大森銀山と似た条件だ。
登録されたところで一時はその熱気に乗じた訪問客が増えると思われるが、数年後には潮が引くように元通りになることが予測される。
金山のお膝元だった相川地区の旅館にも泊ったので、そのへんを婉曲に聞いてもみた。
昔はシーズンになると連日満室だったのに、と大型連休中なのに客の少ない現状を嘆いてもおられたが、今や内外装ともにひと昔前といったその旅荘が、現代の旅行者に敬遠されているからなのか、実際佐渡島を訪ねる客が減少しているからか、本当の理由はわからない。
登録されれば、この旅館にも世界遺産効果はもたらされるだろう。しかしそれは限定的なものに終わってしまうのではないだろうか。

金山の麓、町につながる街路沿いを探訪しているとき、偶然家の前におられた年配女性と色々お話することができた。この女性はかなり話好きらしく行程にも影響しかねないほど話し込んでしまったのだが、その内容を要約すると、昔からの住民は、金山で繁栄していた当時の賑やかさを懐かしく思い当時に戻りたいという本音の気持はあるものの、かといって世界遺産登録に向けて外部の訪問客に迎合するために、行政その他によって外向きの町にされることには耐えられないというものだった。

佐渡金山の場合は世界遺産登録に向けて既に大きく舵を切っているので今更なんともいえない。しかし現地を訪ねて地元の人の言葉を少し耳にして思ったのは、晴れて登録成った場合でも、さまざまな功罪はありそうなので、そのあたりも細かく予測しておく必要があるということだ。

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金山の史跡のひとつ、精錬所跡

今日ついに、稀勢の里が久々の日本人横綱に昇進した。

特にわたしはファンではなかったのだが、中卒からのたたき上げ、まさに相撲しかないここまでの半生を送った末での優勝そして昇進。
ここ数年にわたって外国人力士全盛のなか孤軍奮闘と言ってよい安定感を誇りながらなかなか頂点に登りつけない悔しさやいらだち、そして何より重圧もものすごかっただろう。

大器晩成型という点では、師匠の元横綱隆の里に通じるものもある。

その技術面・精神面、そして今日の口上の内容に至るまで、師匠隆の里の思いが伝承されてのものだろうが、実際土俵上で見るその風貌や表情は、子供の頃に見た北の湖を思い起こさせる。
勝っても表情を変えないどころかますます憎たらしいような風情を漂わせるのだ。それは今場所千秋楽の白鵬との取組後にも感じられた。

勝っても負けても、感情を表に表さないのが相撲道であるということを体現してくれる横綱。
格下の力士を父親のように正面から受け止め、勝負が決まると状況によっては力を抜いて土俵下に叩き落したりするのを極力避ける横綱。
力強さのなかに思いやりを秘めた横綱本来の姿を、存分に見たいものである。

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