孫さんのあれこれ雑記

カテゴリ: 日常雑感

映画など長らく鑑賞したこともない。一時映画館に足を運んでいた時期もあって、今でも観たい気はなくはないのだが、日常の業務趣味些事を差し引くと映画鑑賞などに時間を割く余地などなくDVDなどでの鑑賞も含めてずっと観ていない。

珍しくも先週末、ふとしたきっかけから1本の邦画をネット鑑賞することになった。
昼間、偶然ホームセンターの1コーナーで安売りの映画DVDを手にとったことが、きっかけだった。
映画など本当に永く観てないなと。

「大いなる旅路」という昭和のモノクロ映画。1960年というからもう相当昔の作品である。
蒸気機関車列車を中心とした当時の国鉄の情景の描写があるので観る気になったものだが、いち国鉄マンの若手時代から退職するまでを、家族に焦点を当てて辿った内容だった。
実際心に残ったのは家族そして人間愛の部分ばかりだった。何度か目頭が熱くもなった。

良い映画に出会うと、人間らしい感性を取り戻したり、ふと我を振り返るきっかけにもなる。

このネット鑑賞、さいわいネットの特典で沢山無料で見られるので、また少し時間を作って何本か見てみようか。

「イオン」というと、今や大型商業施設の代名詞となっている。

良く言えば車社会でのショッピングとエンターテインメントが融合した拠点施設であり、悪く言えば大都市部を除くほぼ日本全国で、買い物の形をほぼ全国画一の形にさせた張本人である。その反動は地場の商店街、そして各種小売店の衰退、もっといえば地方文化の磨耗を招いた。

私は後者のイメージしか持っていないが、しかしもはやあえて実名を伏せる必要もないだろう。
幹線道路沿い、区画整理し拡幅・改修された沿道沿いに、広大な駐車場と複合型の店舗群。それらが展開してくる景色すら全国何処でもほぼ同じ形となった。

もはやわざわざ言うまでもないことなのだが、この話を出したのは、私の地元にあるこの「イオン」が、今月末で閉店となってしまうからだ。
店名が何回か変わって、最近イオンが買収して今に至っているこの店舗、しかし外見上は一般にイメージする複合商業施設ではなく、狭い立体駐車場のある、一昔前のスーパーである。
私が小学生の頃にオープンしたこのスーパー、当時はかなりの話題性を持って迎えられた。
私は良く覚えていないのだが、当初アイドル歌手のイベントも行われたのだそうだ。
当時は複合商業施設などはもちろんのこと、テナントが入るような形式のものは皆無で、日常足を向けるのはせいぜい平屋建ての小さな地場のスーパー、それ未満の小売店群、「八百屋」といった言葉も生きていたと思う。
我が家も、このスーパーには当分の間お世話になった。食料品だけでなく衣料品も小さな専門店も、食事どころもある。
今日、そのスーパー内にある眼鏡店を訪ねた。眼鏡をかけるようになってからずっとその店に通っている。
店の方とお話していると、閉店理由として耐震性の問題などもあるとのことだったが、大型商業施設の台頭で、自ら苦しくしていた、そんな状況も背後にあったのではないか。

イオンなのに閉店。もはやそんな時代なのである。

昭和の雰囲気が残る商店街が元気な姿を見せる例など、今や文化財的価値があるといえるだろうし、地場のスーパーが現役であるだけでも、応援していきたいものだ。

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先日、ある町を歩いていて不意に遭遇したのがこの2枚の看板だ。

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「こんにちは」
「おはよう」
この挨拶の文字が大書された鋼鉄製の看板で、部分的とはいえ腐食しているから設置から結構な期間が経過しているものと思われる。地区の子供たちに挨拶をすることを促すために設置されたものなのだろうが、なかなか珍しく滑稽な看板だと思う。

私は全国のあらゆる町を訪ね歩いているので、これを見て色々と思うことがある。
多くの町では、特にすれ違っても通りかかっても自然体の知らん振りだが、ある一定の町では、すれ違う子供たち、小中学生さらに高校生くらいに掛けてもすべて挨拶をしてくる。

逆にこのご時勢だから、知らない人には声をかけるなと教えられている所もあるだろうに、こんな町もあるのかと清々しい気持になる。もちろん私もそれに応える。

しかし実際は、彼らが純朴で礼儀正しいのではなく、「町で大人を見たら全て挨拶をしなさい」と刷り込まれているのだなと私は思う。

挨拶は、もちろん物心つかない子供の時は教えられて身につけるものだが、強制されてするものではない。
この看板が設置された町を歩いている間は子供とすれ違わなかったので、ここの子供たちが「町で大人を見たら全て挨拶をしなさい」と教えられているかどうかは判らなかったが、こういわれて育った子供は、もちろん挨拶することの大切さは理解するかもしれないが、大人になってからはどうなんだろう。
都会の若者のように擦れていくのだろうか。

もちろん都会の子供たちはこのような形での挨拶教育は行われないだろう。訪ねた先で時折聞く子供たちの挨拶に接して、せめてそう教えられた子達は、社会に出てからもその礼儀正しさを失わないで模範になってほしいものと願いたい。

地元の町では、毎年体育の日がらみの連休に神社の秋祭りが開催される。

以前は体育の日が固定されていたので10月10日と決まっていて、前日夕方から神社下の通りに出店が並ぶことから祭が始まっていた。そのためその日は平日である事も多く、学校を終えて駆けつけていたのを思い出す。

以来しばらくこの祭から疎遠になっていた時期が続いた。学生時代から社会人になって数年の間は地元から離れていたし、その後町並探訪を趣味としだしてからは、気候の良い連休だから遠征を計画する事が多かった。
しかしここ5年余りだろうか、なるべくこの連休は遠征を企てず祭に足を向けるように心がけている。

そのことで新たな発見もあった。
祭の日は、各町内会ごとに数基の神輿が街を練り歩くのだが、そのうち一基が参道内での際どい切り回しを披露している。
子供の頃にはこのようなパフォーマンスをする神輿があることは知らなかった。聞くところによると10年前にこの切り回しを復活させたそうで、それこそ以前は私の生れる以前にしか行われていなかったものなのかもしれない。

今年も慌しい時間の狭間だったが、何とかその切り回しの時間に足を向けることが出来た。この動画はデジカメの動画機能で適当に撮影したものをつなぎ合わせただけのものだが、雰囲気は味わえると思う。

 

地元には近年になって新しい住宅団地もでき、人口は増えたものの、それらの地区の人々はこの祭に参加することは無い。出店の数も子供の頃からすると随分減って、寂しさを感じるものの、再び祭に懐かしさを持って接するようになって、やはり地元に根ざしたものはよいものだと思うようになった。

昨日のことだ。

ふと私のサイトを通じて、以前よりネット上のお付き合いのあったあるサイトにお邪魔し、掲示板を覗いた。
レスポンスのない投稿が続いている。
その投稿内容を見ると、お悔やみ申し上げますなどと書かれているではないか。
これはどうしたことかと少し書き込みを遡ってみると、1年以上前の日付で、掲示板の管理者(サイト主)の息子と名乗る方からのお知らせ記事があった。
しかも過去記事を辿ってみると、そのお知らせ記事からわずか数日前には、投稿記事に対するサイト主の返事が書き込んである。

急逝だったようだ。

実際、ネットの垣根を越えて実際お会いしていた方の一人も、急逝されブログだけがまだ最後の更新のままの状態で存在し続けている。もう8年も前のことだ。
実は、ほかにも私が以前良く情報交換させていただいていて、ある時期を境に長らく更新されないままになっているサイトを知っている。

余り想像したくないのだが、そういう例はかなりの数に上っているに違いない。

運営されているのが全くの個人の場合が多く、身近な家族もパスワードなどがわからず、編集する術を知らないため、サイト主の存亡にかかわらず外部から見た姿はずっとそのままになってしまうわけだ。
無料のサーバーを利用されていたりすると、それこそ何年も更新されないままの状態で残ってしまう。
今回の場合、まだ息子さんが掲示板に書き込んでくださっていたからよかった。

さきほど実際のお付き合いがあった方というのも、まだ50代であったし、昨日のサイト主もそんなに高年齢ではなさそうな方だった。

人間いつそのような事態に陥る可能性があるかわからないということ、そして健康であることのありがたさを改めて思い知る。

そして、主無きあともずっと生き続けるサイトは、ネット社会の一つの象徴的な姿であると思う。

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