2018年11月05日

いつからでもいくつからでも・・・・

火曜日担当のカウンセラーの小林です



僕の最愛の母が昨年の春に天国で見守る人になって
残された家族の為に、母は、寂しくならないように、沈むこまないように元気で生きてほしいと
イロイロと天国で策を練ったようです。

まず、母が天国にいった その夏に弟が出張先の北海道で くも膜下で倒れました。
かなり危ない状態で、もう助からないかもしれない・・・と深刻な状況が続きましたが
神の手を持つといわれるお医者さんが現れ、弟の命を救いました。
三途の川を渡らせないようにしたのも、そのお医者さんを連れてきたのも
僕には母の力だとわかりました。何度も手術を重ね、後遺症が最も残りやすいと
いわれるクモ膜下ですが、1年以上経った今は、どこにも後遺症が出ず、仕事にも
復帰しました。これは、誰に聞いても、「奇跡」といわれます。

そして、姉には、孫が今年の2月に生まれました。
とても、とても可愛い女の子で、僕も、姉も、夢中です。
父と母が暮らしていた実家に、今は、その可愛い赤ちゃんと姉の息子夫婦が暮らしています。
ですから、実家に行くたびに、母も ひ孫を見ているのだろうなと思います。

そして、今は、自立型の施設に入っている父親には
「落語」はどうかなと考えたようです。
もともと、落語は好きな父でしたから。

あるとき、「落語を学ぼう」という教室にふと参加したらしく
父は、落語の正しい聞き方 みたいな 落語のウンチクを聴く会だと思って参加したら
実は 落語を演じる 為の教室だったのです。

父もビックリして、まさか やるほうだとは!と思ったものの
元来、人前で話すことが得意な人間なので 血が騒いだのか やる気満々になりました。
あっという間に、何回も通い、なんと、師匠から芸名(高座にあがるときの名前)まで
もらうことに! 若い仲間たちに混じって稽古を重ね
飲み会にまで参加し、父は師匠より年上で仲間の中でも一番年上・・・・


父に会うたびに、与えられた演目を覚えるために ほんとに まぁ、これだけの台詞を
覚えられるのか?とおもうくらいの量の言葉の数々でしたが、
人前で披露したい、着物を着て高座にあがってみたいという好奇心と願望で・・・・・

あれよあれよという間に
ついに、この9月に 上野の寄席で 初高座にあがりました。
100人くらい入ればいっぱいの部屋の、(僕としては、ちょっと気恥ずかしい思いがあったので)
少し遠めの目立たないところで、その瞬間を待ちました。
2番手で本格的に黒子さんみたいな人が日めくりみたいなものをぺらっとめくると
父の芸名が! 音に合わせて着物姿で登場した父は、ちょっとヨタっとしながらも
座布団に座り・・・ 

僕は正座を20分近くできるのか
台詞がパニックになって飛んだり黙り込んでしまうのではないか、と、ソワソワ落ち着かなかったですが
なんのその、父は 立派に枕詞まで上手に話をし、最後まで身振り手振りを交えて
やり遂げました。初高座にあがる為に声をかけた父の友人が何人も来てくれて
大きな声で「よ!待ってました!」だの「たいしたもんだ」だの・・・ 声をかけてくれ
僕も、父のことは、子どもの頃から好きになれず、むしろ嫌いでしたが、大人になったり、
カウンセラーという仕事についたり、客観的に見つめることができるようになってからは
嫌いという次元で父を見つめることはなくなりましたが、この初高座の姿は 心から
尊敬と素晴らしさに拍手しました。終わってから、正座から立つまでに時間がかかりましたが
すぐに若い人がやってきて父をサポートしてくれました。

終わってから父親の元へ行き、思わず 握手して「よく頑張ったね、上手だったよ」と
僕の人生の中で一番 父に対して優しい言葉をかけたのではないかと思うほど素直に
そう言葉にしていました。

84歳で落語教室に通い、自分よりもうんと若い人に混じって、自分よりも年下の師匠の元で落語を学び
長台詞を覚え、何度も人前で練習をし 初高座にあがった父を見て

僕は、父と同じ84歳まで生きているかわからないけれど
もしも、生きていたとしたら、父のように新しいことに挑戦できるかな?
と思うと同時に、いつからでも いくつからでも 始めることはできると確信しました。

母は、やっぱり、あれこれ考えて父が夢中になれるものを 与えてくれました。

いつか母に天国で再会するとき
「やっぱり すごかったよね 綾ちゃん(僕は母をこう呼んでいたので)」
ときっと言うでしょう。

そのときに、母は きっとこういいます。

「だから 言ったでしょ?アタシはすごいんだって」 と。





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2018年10月17日

イライラのメカニズムと解消法

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こんにちは。カウンセラーの池亀です。
10月も半ばになりようやく秋らしくなってきましたね。

さて、今日は「イライラ」についてお話しさせていただきます。

皆さんは「イライラ」している時、どのようにそのイライラの感情を解消してますか?

誰かに聞いてもらって吐き出す
誰かにその感情をぶつける
物に当たって解消する
運動してその感情を発散する
ひたすら我慢する

等々と、いろいろなやり方でイライラの感情を、解消しているのではないでしょうか?

確かにこのように「吐き出す」「我慢」の方法で、一旦イライラの感情は和らぎますが、またその感情が沸き上がりそのうち解消しきれずに爆発してしまうくらいに溜まってしまうこともあるかもしれません。

■イライラのメカニズム

では、「イライラ」の感情はどのような時に沸き上がってくるのでしょうか?
実は、この感情の発生元には、二つのパターンがあります。

1、「~のに」のパターン

・私はこんなに頑張っているのに
・私は文句も言わずにやっているのに
・私はこんなに、我慢しているのに
・私は貴方の為を思ってやっているのに
                等々

このように「のに」がつく言葉の先には、反対の思いが受け取れます。

これは、人間が人との関わりの中で必要とされる4つの第一次欲求
・わかってほしい
・理解してほしい
・思いやってほしい
・優しくしてほしい
が満たされない状態となり「イライラ」が発生してしまうのです。

2、「~べき」「~しなければいけない」のパターン

これは、人が生まれてから育っていく環境によって、教えられ身に付けてきた、自分にとっては当たり前と思っている規則(ルール)です。

人によって生まれも育ちも違うことから、それぞれ異なる規則(ルール)を持っていて当然なのですが、このルールの違いが生じたときに、イライラが発生してしまうのです。

・物を使ったらきちんと片付けるべき
・挨拶はちゃんとするべき
・ミスをしたら反省するべき
・交通ルールは必ず守るべき
・宿題はちゃんとするべき
・授業中、仕事中は私語はつつしむべき
・人の話はちゃんと聞くべき  
               
等々と、たくさんの自分なりの規則(ルール)がありますね。

しかし、この自分にとっては、当たり前のルールを相手の人が、簡単に無視して平気でやっているときに「イライラ」が発生するのです。

■イライラの解消法

このようなメカニズムで起こった「イライラ」を、最初に書いた方法「吐き出す」「我慢」だけで消化するのは、なかなか難しいですね。

そこで、もうひとつ、この「イライラ」を解消する方法として「受け止める」という方法を、取り入れてみてください。

とても簡単です。

まずイライラの感情を感じたときに、
「あ、私はいまイライラしているぞ!」
このイライラは、「のに」から発生しているのか?「べき」から発生しているのか?と考えてみてください。

そして、その答えが「のに」の場合は、
「そっか、私は頑張っていることをわかってもらいたいから、イライラしているんだ
」とその感情を受け止めてください。

また、その答えが「べき」の場合は、
「そっか、私だったら当たり前にやらないことなのに、相手が平気でやっているからイライラしてるんだ」と、そのイライラの感情を受け止めてください。

すると、私と相手が分離されます。
私と相手とは考えもルールも違うんだ。
そして、相手が悪いのではなく、私は相手の行動が、許せないと思っているのだと認識できるのです。

実は、これ、私もやっています。
かなり、スッキリしますよ。

このストレス社会では、誰でもイライラすることはたくさんあります。
でも、自分ではない他人の行動ややり方まで責任持てませんね。イライラして自分が犠牲になるのは、おかしいですね。

自分を大切にするためにも、少しでもイライラが軽減して、皆さんの心が元気になれたらいいな?と思ってお話しさせていただきました。

長くなりましたが、ここまでお読みいただきましてありがとうございました。

カウンセラー 池亀


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2018年09月30日

映画「若おかみは小学生!」

秋も近し、ですね。

臨床心理士、畑(はた)です。

芸術の秋、ということで、
最近公開になった映画
「若おかみは小学生!」を紹介します。

両親の喪失というテーマを抱えた6年生の織子(おりこ)ちゃん(通称「おっこ」)が、
新しい環境で適応、新しい役割を模索・再構築していく成長の物語。

子どもしか見えない姿がある。
それが時に心の支えにもなり、時に勇気ももらいつつ、一歩ずつ進める。
心理学的には、補助自我とも言える存在に近いでしょうか。
(のび太くんにとっての「ドラえもん」や、自転車で言えば、補助輪の役割など)。

それも、永遠ではなく、あるときに卒業を迎えるという、切なく寂しくも、晴れやかさもある瞬間が・・・
(続きは作品で)。

ヒロインと対照的な「ピンフリ」(ピンク色のフリフリ)のキャラも濃く、その濃さがまた、劇中では絶妙な引き立つ内容です。

日本の四季の美しさ、
日本の食の美しさ、
親世代祖父母世代から受け継いだものを、
どんな形でつなげていくか、主人公の試行錯誤も写し出されます。
小学生ならでは「あるある!」も、いくつも描かれており、くすっと笑える部分もあります。

喪失を体験した時、人はどんなプロセスをたどるのか。
「実感がわかない」(否認ともいえる)時期、
過剰適応気味に新しい環境に前を見て進む時期、
あるとき、フラッシュバックするシーンには普段意識しにくい形で悲しみが存在していることがわかる時期、
直面せざるをえない現実がやってきた時期の動揺など、
心の機微が、ほっこりするDSC_2560かわいいアニメーションの中に鮮やかに、丁寧に描かれています。
ゆえに、いろいろ考えさせられます。

かつて小学生だった方も、今小学生も、それぞれ味わえる作品ではないかと思います。

どうぞ、今年の秋も、みなさんの日常に、ほっこりする出会いがありますように。








magokoroclinic at 14:27|PermalinkComments(0)