町田まごころクリニック 院長日記

  町田市の心療内科・神経科・精神科・メンタルクリニック 町田まごころクリニック院長 鹿島直之のブログです

町田まごころクリニックは小田急線、JR線町田駅より徒歩8分、町田市民ホールの斜め向かいにある心療内科・精神科です。
うつ病、パニック障害、不安障害、統合失調症、認知症などのこころの病気や問題に対する治療と相談を行います。

ご予約・お問合せはお電話で 042-851-7824  http://magokoro-clinic.info/

人生の意味は変わり続ける

少し寒くなってきました。人生の意味について考えるところをお伝えします。

 

ある患者さんからの質問

 少し前のことですが、ある慢性かつ進行性の身体疾患によって、長期に渡り、心身共に大変な苦しみを耐え忍んできた患者Aさんにとても真剣なご質問を投げかけられたことがありました。そのご質問とは、「どうしてもわからないことがあるんです。どうして私だけがこんなに苦しまなければならないんでしょうか?」というものだったのでした。

 

私も必死でした。

 命がけの問いには、こちらも命がけで答えなければならないものです。私は追い詰められた心境で、緊張しつつも答えました。「私にも人生の意味はわかりません。ただ、これだけは言えます。人生の意味は変わり続けるということです。」とお伝えしました。さらに、「つらいですが、Aさんが大変な苦しみの中でも生きる努力をし続けて来たことは、大変意義深いことだと思っています。私はAさんを尊敬しております。」と、私が感じるAさんの人生の意義をお伝えしました。

 

Aさんの苦悩

 詳しくは申せませんが、その身体疾患はAさんに計り知れないほど大変な苦痛をもたらしており、日常生活はもちろん、自宅でリラックスして休んでいることすら困難なことが多いのでした。私はAさんに精神科医として数年前より寄り添わせてもらうようになってから、実は一日としてAさんのことを忘れたことないのです。というより、Aさんのお姿は日々思い出されるのです。

 

私の人生も変わりました

私より遥かに若いAさんの苦闘を拝見するにつけ、私が健康に恵まれ、日々これといった苦痛がなく生活出来ていることが、実は非常に幸運なことであり、深く感謝すべきことであったと気づかされたのでした。いわば、Aさんは大変困難な人生を生き抜く勇気によって、私の人生のあり方も深くから変えてくれたのです。

 

私にもわかっていること

さらに、「今は辛いですが、必ず人生の意味は変わってきます。Aさんの苦しみもまた和らいでくると思います。」とお伝えしました。それだけは私にわかっている人生の意味だったからです。Aさんは必死で放たれた私の言葉に、いくぶん頬を緩めてくれたようでした。

 

自殺の不可能性

 生きている人間には、人生の意味は決定できないものです。なぜなら、少しでも長く生きることによって、過去の人生の意味は変わり続けるからです。過去に起こった物事についての事実は変わらないにせよ、その物事に我々が抱く意味付けは、人生が続く限り変わり続けます。限られた視野しか持ちえない人間が、どのような理由があろうと、人生が続く可能性がある状況で、自分の人生に終止符を打とうとすることは、無理があるのです。

 

今考えていることは、未来には必ず変化する

未来のことが分からない人間が作り出す、人生を終わらせようとする理由づけは、決して完璧なものにはならないからです。人間は人生の意味を誰からも与えられてはおらず、我々はどこから来たかわからないし、どこに行くのかもわかりません。

 

人間は生きる意味を作り続ける

生きている限り、意識的にせよ、無意識的にせよ、我々は誰でも固有の人生の意味を作り続けています。人間にとって人生の意味づけは不可欠なものだし、人間である以上、誰でもそうせざるを得ないのです。そしてその意味付けとそれに伴う人生の選択は、常に不完全で、変わり続けるものなのです。

 

息子の変貌

 今年大学に進学した息子は、4月より大学寮に入寮していました。二日前に数か月ぶりに自宅に戻ってきたのですが、息子の変貌ぶりには驚かされました。入学後、息子は大学のアイスホッケー部に入部していたのですが、上半身には隆々たる筋肉がつき、ぜい肉が目立たなくなっていたからです。

 

息子の鍛錬

そればかりか、帰宅しても日々のトレーニングを怠らないつもりか、居間を占領し、専用のマットを敷き、腹筋や鉄アレイを用いたトレーニングを1時間以上かけて行うのです。その迫力に気おされ、診療から帰宅した後、居間でゆっくり新聞を読もうとしていた私は、早々に退却したものでした。

 

最高の大学生活

 また、息子は今の大学生活について問うと、「最高!」といつもいってのけるのです。音楽好きの息子はアイスホッケー部に加え、ジャズ研究会にも顔を出しており、同年代との寮生活もとても楽しいようです。成績こそ大学から留年の可能性ありと注意をうけているものの、まことに充実したキャンパスライフを送っていると感じます。


自らの大学生活を振り返って

 振り返ってみれば、大学生活に余り馴染めず、友人も少なかったかつての私とは天と地の開きがあり、全く圧倒されてしまいました。思えば、あの時はこれしかないと、自分のあり方を頑なに正当化していたものでした。今から考えれば、そんなかつての自分のあり方というものは、我ながら微笑ましく、かつお気の毒な限りです。

 

結び

 最近の息子を見るにつけ、新たな生活におけるその意義深い充実した日々に目を見張る思いであり、少し羨ましくも思っています。かたや今の私と言えば8月のヨーロッパ旅行以来体重が4kgも増え、鋭い患者さんからは「すごい太りましたね。病気じゃないんですか」と肥満を指摘されることもある体たらくなのです。そろそろ私も自分の人生のあり方を見直さなければならないようです。


最近の愉しみ

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涼しくなってきました。上は畳んだ布団の上で喉をごろごろ鳴らしているひろりんの勇姿です。今回は私の最近の愉しみについてお伝えさせて頂きます。

 

ましな時間を教えてください
 診察の時に、私は患者さんから「少しでもましな時間は何をしている時間ですか?」ということをよく聞きます。私がそれを聞く理由は、悩める患者さんが自分の人生に多少とも楽しいことがあることを思い出してもらうためでもあり、患者さんの価値観を伺わせてもらうためでもあり、診察で楽しく話してもらうためでもあるのです。


それ面白そう 
 患者さんによって返ってくるお返事は千差万別です。「ましな時間はありません」と返されることも少なくありませんが、ご興味があることを伺えることもよくあります。そこで伺ったことに、診察している私自身が興味をかき立てられ、自分で体験してみることもよくあるのです。

 
名作は数知れず

 患者さんから聞き、作家森見登美彦さんの最近映画化された「ペンギン・ハイウェイ」という素晴らしい名作や乃南アサさんのような現代人の心の機微に触れる小説の名手、上田秀人さんという優れた時代小説家らを知ることが出来ました。少なくとも人生には、患者さんが話してくれることの数ほどに楽しいものがあるのです。


アマゾンオーディブル
 ところで、この半年ほどのことですが、私はアマゾンオーディブルという好きな本を聴けるスマホのアプリでいろいろな本を「聞く」ことが趣味になっているのです。私は診療から帰宅すると疲れ切っていることが多いのですが、身体は動くので、健康維持のために10時半ごろから30分程度、エアロバイクに8㎞乗って汗をかいています。カロリーを十分消費するためにも、エアロバイクは最強の負荷にしています。

 

運動時間を利用して
 私の毎日に行う習慣となっているバイク漕ぎの間に、スマホでいろいろな本を「聴いている」のです。アプリで聞く速度も調節できるのですが、たいていの本を私は2倍~2.5倍の速度で聞くので、小説一冊を3時間から4時間程度で「聴け」るのでした。ブログでお伝えしたように、運動習慣として以前は縄跳びをやっていたのですが、今のところ、縄跳びはお蔵入りとなってしまいました。なぜなら、縄跳びをやっている間に本を「聴く」ことは出来ないからです。


朗読は素晴らしい文化です

 私はアマゾンオーディブルというアプリで朗読を聞くことの楽しさを最近知ったのです。プロの朗読者のほとんどの方は、ため息が出るほど素晴らしく上手でした。私がその鍛えられた魅力的な声のファンになってしまった朗読者の方も少なくありません。また、疲れている時には難しい読書と異なり、耳から入る情報は疲れている時でもさほど抵抗なく頭に入ってくるのです。

 
小説よ、再び 

 そういうわけで、もともと読書好きで大学時代には小説もよく読んでいた私は、医師になってからは多忙さから遠ざかっていた小説というものに、スマホのアプリを利用して再び親しむことが出来ているのでした。患者さんから伺って興味を引かれた作品の数々は、例外なくそのアプリを使って聞いているのです。


巨匠乃南アサ
 また、乃南アサさんのシリーズものである「女刑事音無貴子」や、刑務所の刑期を終え出所した女性のその後の人生を描いた「いつか日の当たる場所で」はテレビでドラマ化されており、その動画をネットで覗いてみることもちょっとした愉しみなのです。


キャスティングを意識してしまいます 
 NHK
3年前に放映された「いつか日の当たる場所で」の主人公は上戸彩さんでしたが、頼りなさげな風情はぴったりなものの、ちょっと美人すぎるなとか、原作を知っているとそれはそれで興味深いものがあります。ちなみに主人公の刑務所以来の親友役となる、明るく屈託のない服役後の女性を演じた飯島直子さんはイメージにぴったりでした。


エンターテインメントの天才、池井戸潤
 なお、誰もが知る娯楽小説の巨匠といえる池井戸潤さんの、銀行員の奮闘を描いた「半沢直樹」シリーズや、曲がったことが許せない女子銀行員の「花咲舞」シリーズ、さらには優れた技術力を武器とする中小企業の「下町ロケット」シリーズ、これらも私は全巻アプリで聞いております。彼の作品は人を夢中にさせる力を持っており、
時に3倍に近い速度で聞き入ってしまうことがあります。

 

ほどほどの美人
 皆さんもご存じの通り、彼の作品はそのほとんどがドラマ化されているし、患者さんとの間で話題になることも少なくありません。「花咲舞」は去年ドラマ化されましたが、主人公を好演した杏さんは私のイメージに近く、思わずほくそ笑んでしまいました。

 

精神科医として
 ただ、「半沢直樹」「花咲舞」は娯楽作品として痛快なのですが、精神科医としてはその主人公のコミュニケーションのあり方に違和感を感じることがかなりあるのでした。特に「花咲舞」は相手の面子をつぶす批判をいつも言い切ってしまいますが、明らかに花咲舞が正しく、相手が間違っていることとはいえ、これでは相手が素直に反省するはずもありません。もっとも小説の中では、花崎舞からがつんと言われた相手は例外なく反省しているようです。ただ、申し訳ありませんが、現実にはあり得ないことでしょう。


花咲舞は黙っていた方がいい

 どんなことでも、相手に本当にわかってもらいたければ、伝えるべきことが伝わったら、相手の面子を立てて話を終えることが大切です。特に相手にとって辛いことを分かってもらう時にこそ、相手の心情を気遣う必要があるのです。私から言わせれば、「花咲舞が黙ってない」ではなく、「花崎舞は黙っていた方がいい」なのです。もっともこれでは、ドラマのタイトルとして不向きでしょうが。

 

むすび
 誰でも適切な気分転換は必要だし、気づかずにそれをしていることも少なくないものです。日々の自分にとっての「ましな時間」を振り返ることは、メンタルヘルスを保つ上で、貴重な気づきをもたらすことがあるように思います。


10代の頃の、ある同級生について

頻繁に来ていた台風もひと段落つき、過ごしやすい季節になってきています。この前の月曜日、新百合ヶ丘イオンシネマに「散り椿」という映画を見に行きました。その映画を鑑賞した時に、私にはたいへん感銘を受けたことがありました。それについてお伝えします。

 

散り椿

 今公開中の邦画、「散り椿」を見に行ったのは、私の妻は岡田准一さんのファンであり、私は時代小説を愛好しており、たまたま二人ともその日が空いていたからです。「散り椿」は休日であった月曜日の前日に私がネットで公開中の映画をチェックして、適当に選択しただけでした。余り期待せずに観に行ったのですが、江戸時代の雪深い地方にある小藩を舞台とする設定の、画面表現に抑制が効いた、味わいのあるいい映画でした。筋自体は勧善懲悪のカタルシスが味わえる、典型的なチャンバラ映画という印象でした。

 

西島秀俊君

 私がその映画の内容より遥かに、個人的に印象深かったことがありました。それは映画の主役である浪人の侍を演じる岡田准一さんと共演していた、準主役の役回りの侍を演じた西島君のことなのです。ここで西島さんではなく、西島君と呼ばせてもらっていることには理由があります。実は西島君は、私がかつて通っていた中高一貫の男子校で同級生だったのでした。

 

ほんのちょっとした印象

 西島君は、私は直接お話したことはなく、同じクラスになったこともなく、知り合いではありません。ただ、私と同じクラスだった私の友人と親しく、授業が終わった後にその友人と一緒に帰るため、私のクラスによく顔を見せていたのです。もう記憶は定かではありませんが、おそらく私が中学3年生、または高校1年生の頃であったと思います。

 

可愛らしい顔立ちの少年

 そういう印象でした。私と同じクラスの友人もそうだったのですが、軟派な印象で、中高一貫の男子校にあってはその可愛らしさが際立っていました。また、その頃から背は高かったと思いますが、線は細かったのです。しかし、そんな彼が硬派な日本映画で主役に近い役回りを演じ、凛々しさの権化のような姿でチャンバラの大立ち回りをやってくれるとは、全く想像を絶していました。

 

30年の月日

 当然ですが、彼は私と同じくらいの年齢です。しかし、高校卒業後の30年の月日が、彼を映画のスクリーンに上らせたことを思えば、感慨深いものがあります。今や彼は映画館の1観客に過ぎない私にとって、スクリーンの向こうの存在になったのでした。演技とはいえ、その堂々とした誰もが魅了されてしまうであろう鮮やかな男ぶりに、かつては同級生の一人であった私すら圧倒されてしまいました。

 

年を重ねるごとに、彼は輝きを増していきました。

 20年ぐらい前には、すでに俳優として世に出ていた彼が私の同級生ということを女性に打ち明けた時に、打ち明けられた女性の反応は様々でした。その頃の反応は、知られていないこともあり、あまり関心を持たれていないこともあり、時折ファンだといって目を輝かせてくれることもある、という感じでした。しかし、今は誰もが知る押しも押されぬ大俳優になっており、女性は知らぬ方なく、もちろん当院職員の中にも大ファンがおります。

 

ドラマや映画に詳しくなくても

 新百合ヶ丘のシネコンにある映画館の一つで「散り椿」を観た後、シネコンのあちらこちらに張られていた,これから封切られる映画のポスターが目に入りました。そうしたら、ポスターのあちらにも西島君、こちらにも西島君で、それにも絶句してしまいました。皆さんもご存じでしょうが、最近のいろいろな映画で彼は主役を張っているのです。芸能界というものにもともと余り興味がない私ですが、西島君の最近の活躍には、目を見張らされものがあります。

 

考えさせられました

 可憐な美少年であった彼が、このような日本的ともいえる自己実現を果たしているのを目にする時、もちろん羨望もありますが、何より天晴と思わされます。私が聞いた人の評判によれば、彼は大変ストイックで日々の筋トレを欠かしておらず、厳しい食事制限を自分に課し続けているとのことです。全く頭が下がる思いで、あの少年がこれほどまでに頑張り続けるとは、かつては同じ少年であった私にも全く思いもよらないことでした。全く人間とは、計り知れない可能性を秘めているものです。

 

むすび

 テレビや映画に出演している西島君の若々しさときたら、まったくあり得ないように私には感じられますが、それも彼が積み重ねている日々の努力の結果なのでしょう。西島君に出来ることなら、自分にも出来ないはずはないと無理やりに思い、最近増えてきた体重を減らすべく、まずは腹8分目の習慣を身につけようと決心した次第です。


患者さんに良くなってもらうために必要なこと

今回は精神科医療者として、患者さんの治療のために必要な心構えは何かということについてお伝えします。今現在、台風が接近しており、多摩川沿いにある我が自宅では、ちょっと多摩川の水量が気になっております。

 

大学病院の違和感

 私が大学病院にいた時のことですが、いつも私が違和感を感じることがありました。大学病院にいる臨床心理士の方には、「この人はカウンセリングに向かない」という言い方を、患者さんについてのスタッフ間における話し合いで、口にされる方が時折いました。私はそれを聞いた時に、最初はちょっと違和感を感じながらも、「そんなものかな」と思い、カウンセリングにも人によって向き不向きがあるのだろうと勝手に自分を納得させていたような気がします。

 

違和感には根拠があった

 しかし、私が精神科医として経験を積むにつれ、その違和感はある根拠があることに気づかされたのでした。その根拠は何であったかということですが、「この人はカウンセリングに向かない」と平然と口にする臨床心理士の方ほど、理論や理屈に頼りすぎており、かえって患者さんを治す力が乏しいことが私にはわかってきたのでした。

 

カウンセリングに向かない人って?

 患者さんにカウンセリングが必要な場合には、現今の精神医療にあっては、精神科医が同じ医療機関に勤務するカウンセラーに患者さんのカウンセリングを依頼するものです。私が公的医療機関に勤務していた時のことですが、私はカウンセリングの希望がある患者さんをカウンセラーに紹介する時に、「この方は本当にカウンセリングの適応でしょうか?」とあからさまに疑念を持たれたり、あるいはカウンセリングの開始直後に、「この方は向いていないと思います」とカウンセラーにあっさりと訴えられることが珍しくありませんでした。

 

向いていないのはあなたの方では?

精神科医として長い経験の果てに、申し訳ないのですが、私は患者さんの向き不向きより、むしろカウンセラーの技量や意欲の方を疑うようになってきました。カウンセリングを自ら希望する患者さんは大抵の場合、自分は話すことで気持ちが楽になるのではないか、自分が問題と思うことについて、何らかの役に立つアドバイスがもらえるのではないかと考えているのです。

 

患者さんのニーズに答えられないカウンセラー

そういった希望をあらかじめ抱いている患者さんに対して、全くその心理的なニーズに答えられないばかりか、「カウンセリングが向いていない」とは、よくも言ったものだ、とちょっと最近では呆れるようになっていました。患者さんがどういう人であれ、何とか目の前の患者さんを楽にしてあげようという気迫に欠いているように思われたからです。

 

カウンセリングとは何か?

ひょっとすると、私の想定する「カウンセリング」と、そういったカウンセラーが自分の仕事としている「カウンセリング」とはちょっと違ったものであったのかもしれません。私は基本的にカウンセリングとは、カウンセラーと話すことで、「患者さんの不安が和らぎ、安心でき、希望が持てる」ものだと考えています。しかし、そういったカウンセラーが大切にしているのは、目の前の患者さんの気持ちより、自分の技法や体面なのかもしれません。

 

それはひょっとして言い訳では?

患者さんが自分のカウンセリングに失望しても、「この人は向いていない」と言っていられれば、それほど楽なことはないでしょう。ただ、その先に来るのは、カウンセラーとしての技術の停滞であり、わざわざカウンセリングを希望してくれた患者さんの失望と徒労であり、医療資源の無駄遣いなのです。

 

当院では

別に宣伝するわけではありませんが、私のクリニックでは、患者さんのことを「カウンセリングには向いていません」なんて決めつける方は、ただの一人もいらっしゃいません。誰もが高度な技術を持っており、何よりも目の前の患者さんに奉仕しようという情熱に燃えている方々ばかりです。私はこのクリニックの院長として、あらゆる患者さんのどのような悩みに対しても、自分がもっているあらゆる技術や能力を駆使して、汗を流すことを厭わない人ばかりに集まってもらっています。

 

藪の証

 精神科医の中でも、口癖のように「この患者さんは難しい」と言い続ける先生がたまにいらっしゃいます。そういった先生の診療では、患者さんが望んでいないのに、診察に驚くほど余分な時間がかかることがあったり、患者さんは余り良くならなかったり、そもそも担当となった患者さんが通院したがらないことが多いのでした。

 

難しいのは先生の方でしょう

 そういった先生は患者さんが「良くならない理由」を探してばかりで、「良くしてあげるためには何をすべきか」を余り考えられないのです。その言い分は客観的な見立てというより、自信のなさを背景とする見苦しい自己正当化といった印象がありますが、それでは患者さんが良くなるはずがありません。もちろん精神科にいらっしゃる患者さんの悩みが「簡単」なわけもありませんが、やたらと「難しい」を連発する先生はプロの治療者として失格でしょう。

 

精神科医であれば

治療についての悲観的な言動や思い込みが、患者さんとの関係や治療に対して致命的といえる悪影響を与えるからです。また、その悪影響に気づけないこと自体が、精神科医としての基本的なセンスを欠いていると言えるでしょう。精神科医は自分の治療についての考えや言動が、どのように治療に影響を与えているかについて常に敏感でなくてはならないからです。

 

治療者に求められること

 治療者は、患者さんがどのような具合であろうと、患者さんは必ず良くなれると強く信じていることが大切です。患者さんは治療者が自分についてどのように思ってくれているかによって影響を受けます。自分のことを良くなると信じ続けてくれる治療者のもとでこそ、患者さんがとてつもない人生の困難を抱え、絶望に心打ちひしがれていたとしても、治療に希望を持てる可能性があるというものでしょう。

 

治療が難しいと感じれられることもあります。

ただ、それは患者さんの具合を客観的にきちんと把握し、それぞれの患者さんの治療に求められていることを冷静に判断したうえでのことです。治療で求められているのは、無鉄砲な楽天主義ではなく、あらゆる事実や困難を踏まえた上での、冷静な楽観主義なのです。実際には山あり谷ありの精神科医療の中で、その姿勢を堅持することは難しいことですが、それを常に念頭に置くからこそ、プロと言えるのです。

 

むすび

 私は院長として、信念に基づく情熱を持ち、治療のあらゆる状況で冷静に自分が出来ることを模索し続ける真のプロフェッショナルだけを求めてやみません。我こそはという方は、当院の職種別の応募要項をご覧の上、お会いさせて頂ければ幸いです。


ある日の食事会

 ブログが一か月ほども空いてしまいました。薬屋さん主催の講演会や、アルファ福祉専門学校の授業、医療サイト「いしゃまち」の原稿依頼が重なっていたこともありますが、申し訳ありませんでした。今回は当院の医師が集う食事会の様子についてお伝えします。

 

レストランにて

 当院の医師同士の顔見せや情報交換、友誼を深める目的で、私が主催して2か月に一回程度、クリニック付近にある町田のレストランで食事会をやっております。昨日も食事会を行い、とても愉しく、充実した時間を過ごせました。水曜日ご勤務の根路銘先生、水曜日、木曜日ご勤務の小林先生にお付き合い頂きました。我々は患者さんの診察、すなわち患者さんと話させてもらうことが大好きなので、どうしても話題はそういうことになります。

 

精神科医は謙虚であるべし

 小林先生は会社員としてご勤務された経験をお持ちの上で、医学部に入り直し、精神科医になられた方です。ですので、仕事の心理的負担からうつ状態になる患者さんのお気持ちはわかるような気がする、しかし、いろいろな会社があり、全てわかるわけではないから、それを自覚しなければならないという意味のことを話されておられました。患者さんに対する深い理解と謙虚さがある、素晴らしいご意見だと私は感銘を受けました。

 

必要なことですが、心苦しいものです

 それと関係して普段から私が思っていることをお伝えします。私は心身の調子を崩された患者さんに休養をお勧めし、診断書を書かせて頂く立場です。しかし、診断書を書かせて頂くのは、あくまでも私が職業上それを書かざるを得ないからです。患者さんの人生に全くの他人である精神科医ごときが介入するのは、本当は大変心苦しいものです。

 

精神科医より患者さんの方が大変です。

はっきり言って、具合を悪くなさった一般の患者さんの置かれている環境の方が精神科医の置かれている環境より遥かに過酷であることが多いのです。それを思えば、休養の診断書を必要とするに至るまでの患者さんの苦労や努力に、ひたすら頭が下がるものだし、精神科医は何ら偉そうなことを言える立場にはありません。

 

自分の意見はあっても

 また、我々は、患者さんの考えが患者さん自身にとって不利益となるように見える場合に、精神科医としてどうするか、ということを話し合いました。我がクリニックの若き俊秀といえる根路銘先生は、「それについての自分の考えは持っておきます。」と言っていました。しかし、その精神科医としての考えを患者さんにお伝えするのは、よくよく考えたうえであるか、最終的な手段であるということを根路銘先生はお話ししておられました。根路銘先生はどんなことであっても、まずは患者さんに考えてもらうことこそ重要であるとのご意見なのでした。

 

患者さんの選択こそ大切

これも卓見であり、感心しました。当たり前のことですが、結局は患者さんの人生であり、患者の人生に起こることは、どんなことでも患者さんに乗り越えてもらう他はありません。患者さんに何らかの危険が予見される時を除けば、他人は余計な口出しをすべきではないし、するとしても、患者さんがそれを自ら望んだ場合か、患者さんが自分の人生を選択する援助になる場合だけにすべきなのです。

 

頼もしき若き人々

私は彼より精神科医としての経験年数は遥かに上ですが、彼の資質は、全く途方もないものであるように感じております。そういった意味でいえば、木曜日にいらっしゃっている岸本先生、我が慈恵医大の後輩である斉藤先生も同様で、お二人とも私よりは10歳以上年下ですが、患者さんから大変信頼篤い、その人柄は爽やかでとても魅力ある先生方です。彼らを見ている限りでは、日本における精神医療の将来は、決して暗くありません。

 

クリニックの今後

 昨日はクリニックの理想についても、遠慮なく話させてもらいました。それを分かってくれる、聡明で心の広い先生方だからです。患者さんの中で、お気づきになった方がおられるかもしれませんが、最近受付の机周りを多少広く改修いたしました。

ネット予約システム
 実はこれは、当院で今後ネット予約のシステムを導入するための下準備なのでした。受付に電話がかかりずらい、待合室が混雑しているといった以前からの患者さんのご意見を踏まえ、あと数か月で当院にネット予約システムを導入する予定です。とても効率的なシステムで、患者さんのお電話の便宜や待ち時間についても、今より改善されると期待しております。

 

患者さんに還元します

 クリニックで上がった利益は、社会や患者さんの利益のために還元する、私はそういうつもりでいます。苦悩する大勢の患者さんがどういう気持ちでクリニックにお金を収めてくれているか、それに思いを致せば、出来る限り患者さんに恩返しをしたいと思うのは当たり前でしょう。

もっと広い場所へ
 ネット予約のシステムが稼働したら、今度は当院に来てくれている素晴らしい先生方と協力しながら、いよいよもっと広い待合室のある分院を建設すべく、尽力したいと思っています。大勢の患者さんやご家族がいらっしゃるようになった今では、いかんせん今の待合室では狭すぎるのです。

 

むすび

 人間の本当の幸せとは、人や社会に何らかの貢献をするところにあると、私が心酔してやまない偉大な経営者の稲森和夫さんも語っておられます。稲森さんはKDDIを設立する際に、「動機善なりや、私心なかりしか」と何度も自分に繰り返し問うていたということですが、当院もそれに倣って、患者さんのために、新しいことに挑戦し続けようと思っております。


当院のご案内
町田まごころクリニック 町田駅徒歩8分 心療内科医 神経科 精神科 メンタルクリニック
町田まごころクリニック
〒194-0022
東京都町田市森野2-8-15
AWA渋谷ビル1F
駐車場12台完備
ご予約・お問合せはお電話で
042-851-7824
小田急線町田駅
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バス停「町田市民ホール」
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