町田まごころクリニック 院長日記

  町田市の心療内科・神経科・精神科・メンタルクリニック 町田まごころクリニック院長 鹿島直之のブログです

町田まごころクリニックは小田急線、JR線町田駅より徒歩8分、町田市民ホールの斜め向かいにある心療内科・精神科です。
うつ病、パニック障害、不安障害、統合失調症、認知症などのこころの病気や問題に対する治療と相談を行います。

ご予約・お問合せはお電話で 042-851-7824  http://magokoro-clinic.info/

人の心は変えられる

 一か月くらいブログの間隔があいてしまいました。今回は人の心は変えられる、ということについてお伝えします。

 教育され続けてきたこの1

 我々は、この1年あまりというもの、コロナ禍の中で、ある意味で鍛え上げられてきました。新型コロナウィルスの世界的な蔓延による非常時という掛け声のもと、感染防止のため、手洗いうがい、マスクの着用、3密(密閉、密接、密集)の回避を社会から要請され続けてきたのでした。

娯楽を直撃

感染防止に伴って強いられた行動の変化は我々の日常的な娯楽全般を直撃しました。何しろ、感染蔓延に伴う緊急事態宣言は3度に及び、都知事が毎日のようにテレビに出演、不要不急の外出を控えるよう我々に訴え続けているのです。その中で、旅行や飲み会はおろか、数人のささやかなお食事すらもなるべく避けるようにしていたのが我々の日常であったように思います。

我々は変わった

 我々は、外出時に必ずマスクを着用し、マスクを着用しない人が近づくことに不安を感じるようになったのでした。さらには毎日のマスコミによる感染者数の発表に耳を傾け、一喜一憂すらするようになりました。新型コロナウィルスの感染防止は一日すら忘れえない我々の関心事となり、それに伴う行動や心構えも自然と身についたものでした。さらに、今や時候のあいさつ代わりに新型コロナウィルスの話題に触れることが普通になっているようにも見受けられます。

オリンピック開催都市決定時は大喜びでした

 思えばオリンピックの開催がIOCによる決選投票の勝利によって東京に確定した2013年には、我々日本人は大喜びしたものでした。おもてなしという日本語が象徴するように、我々は世界の人々から注目されたり、喜ばれることがよほど好きな国民なのでしょう。

心理的な落差の出現

ところが、今年の5月に行われた朝日新聞による世論調査では今年の開催に8割が反対、共同通信による調査でも6割が反対しているのでした。この心理的な変化にはちょっと驚かされてしまいます。およそコロナ禍が予期できなかった1年半前位には全く想像もつかなかった心の落差が現時点では、そこに厳然として存在しているのでした。

社会の存続をかけて

 日本にあっても、これまでにほぼ77万人が感染し、14000人程度の死者数を数えています。医療崩壊の恐れすら引き起こしている新型コロナウィルスに対して、我々は自分も属するこの社会の構成員をこの1年以降、感染防止の目的で教育し続け、新たな生活様式を強いてきました。

オリンピックへの葛藤は教育の成果

 海外からの観客はお断りにし、来日する関係者を減らしても、9万人位の人々が海外から訪れると予測されるオリンピックを心待ちにする人に最近私は出会ったことはありません。ワクチン接種が進んできているとはいえ、私も一人の医療者として、この時期におけるオリンピックという国際的な一大イベントの東京での開催を単純には喜べないものがあります。そして、我々が抱えるようになった、オリンピックへのこの自然かつ強い心の葛藤は、この一年以上の自己教育と、それに伴って非常に忍耐強い生活を続けてきた成果でもあるのでした。

中止によるデメリット

 中止になれば、オリンピックに人生をかけてきた選手や関係者の皆さんのご希望を打ち砕くことになります。さらに、ある試算によれば、中止によって4兆円を超える経済的な損失が見込まれるということです。また、世界最大と言える国際イベントですから、日本という国の国際的信用にも関わることでもあるのでしょう。

経済よりも健康と命を

 しかし、このスローガンのもと、我々はこの1年以上耐え忍び、感染予防のために、我々の生活と考え方を大幅に変えてきました。そう思えば、オリンピック関係者の方々には大変申し訳ありませんが、あと一か月程度に迫ったオリンピックの開催に矛盾を感じ、不安を抱くことも全く無理のないことなのです。

心と向き合うべし

 朝日新聞はオリンピック開催に反対し、産経新聞は開催に賛成しています。世論は明らかに分断されていますが、政府与党はオリンピック開催に前向きなようです。だとすれば、感染防止の名のもと、これまで国民を1年余りも教育し、忍耐を強いてきた政府指導者の方々は、今強まっている国民の不安としっかり向き合い、開催のあり方やその妥当性について説明を尽くさなければなりません。

むすび

 この1年余りのマスコミ報道による教化によって、我々の行動と考え方は大幅に変わりました。非常時ですから、当たり前のことなのかもしれませんが、私にとってはそれが驚きでした。コロナ禍ではありますが、私は我々のこのような変化について、人間は変わろうと思えば変われるものであるという、人間性の希望としてとらえたいと思っております。

感謝出来ることを考えればいい

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 コロナ禍が終息しないまま、もう一年が経過してしまいました。家族以外の人と話すときにマスクをしながら、緊急事態下のゴールデンウイークは2年連続となり、普通のゴールデンウイークを満喫できたのは、もうおととしの事なのでした。この状況にびっくりしていますが、今日は感謝出来ることを考えるという習慣についてお伝えします。上はお気に入りの段ボール箱の中でくつろぐ愛猫のひろりんです。

感謝出来ること

 日々自分が感謝出来ることを考えることは、精神衛生上、とてもメリットがあります。つい口をついて出がちな、自分の境遇や状況への不平不満より、自分が与えられているものの豊かさやその恵みについて思いを致すとき、人は心の平静さと希望を取り戻すものだからです。今回は私が感謝を感じたことについてお伝えします。

ワクチン接種

 まず第1です。先週日曜日、ついに待望のワクチン接種の一回目を致しました。恐れ多くも、ありがたいことに、医療者は優先的に行わせてもらえるということだったのです。便宜を図ってもらった政府や行政、医師会の方々に感謝です!我がまごころクリニックの面々は指定された町田駅前内科クリニックで、先週末の三日間に接種させてもらうことになり、いそいそと私も日曜日の診療が終わった後に受診いたしました。

全然痛くなかったです。

 私が行くと、もう接種が済んだ当院の看護師さんや事務のスタッフが接種後の副反応を観察する15分間をクリニックの廊下に座って過ごしていました。声をかけると、「全然痛くありませんでした」とにこやかに答えてくれます。私もワクチン接種の登録票を受付に提出後、廊下に座り、10分ほど待つと、診察室に呼び入れられました。

伊原玄英先生

 私は初対面でしたが、青いシャツのようなカジュアルな診察着に身を包んだ爽やかな若い先生が駅前クリニックの伊原玄永先生でした。お互いもちろんマスク姿ですが、伊原先生は私のことをご存じで、「お世話になっております。」と応じてくれました。貴重なワクチンを打ってもらいに受診している私に対して、腰を低くして接してくれているのでした。何といういい先生でしょうか。今後とも何卒よろしくお願い申し上げます!

少し痛いだけだから頑張ってください

 名将の下に弱卒なしといい、玄永先生の傍で接種のお手伝いをする看護婦さんも熱心な方でした。元気づけてくれようとする熱意は分かるのですが、頑張れといわれるとかえって力が入ってしまうのが人の常です。普段はワクチン接種をほとんどしない私ですが、頑張ろうと多少力を込めていたせいか、いつもの注射より多少痛く感じました。

いろんなご意見はあるでしょう。

 今回の新型コロナに対するワクチンですが、短期間で、ウィルスのメッセンジャーRNAを用いた新しい手法で作られ、大規模接種が始まってからまだ半年程度しかたっていません。安全性や効果を含め、特に医療者にはいろいろご意見はあると存じます。また、私はこれまではインフルエンザワクチンをほとんど受けていませんが、平常時では余り必要を感じませんでした。しかし、今回の非常時は違います。

医療者よ、自分の意見より、患者さんの安全を優先せよ

自分が接する患者さんの健康に関わることでもあり、患者さんにとって大きなメリットとなる可能性が少しでもあるのであれば、自分の主義主張に反しても、医療者はワクチンを打つべきでしょう。もちろん自分の身体に異物を入れることなので、強制はできません。過去に何らかのアレルギー反応を起こした体験がある人はなおさらです。

スタッフの健康に感謝します。

 次ですが、我がクリニックは、緊急事態が3回にわたって繰り返されたこの一年間、誰も新型コロナウィルスに罹患することなく、日々の診療をワクチン接種まで続けられました!これも日々の職員の心掛けのお陰と感謝しております。感染予防に十分気をつけながら、日々の診療にベストを尽くしてくれた職員諸君、ありがとう!

あなたと結婚するんじゃなかったわ

 次です。今年は不束ながら、私は結婚記念日を忘れていました。今回のGW中、数日前の結婚記念日当日にホテルで外食した折、妻にそれを指摘され、数年に一回あることとはいえ、絶句したものでした。これまでの結婚生活の中で、もう馴染みとなっている気まずい沈黙にまたしても陥りました。

結婚を悔やまれてはいますが。

しかし、私のうっかりが責められることはそれ以上なく、たまのレストランでのコース料理の内容に話が戻り、話は蒸し返されず、結婚を悔やむ妻との同居生活はまだ続いています。全く感謝あるばかりです。妻の誕生日は結婚後20年くらい経過してやっと覚えられましたが、いまだに結婚記念日を忘れるような夫は結婚を後悔されても文句は言えないでしょう。妻の寛容に感謝しています!来年以降はきっと覚えていようと、今からスマホのカレンダーに日付を入れたものでした。

地球防衛軍

 私は少しまとまった休みがある度に、いつもはやらないゲームに手を出し、やりすぎてしまって後悔することを常としているのですが、今回のGWにもはまってしまいました。「地球防衛軍」というゲームです。GWでパソコンのゲームソフトが安売りしていたせいもあるのですが、全く困ったものです。GWに取り組もうと思っていたこのブログのお目見えがGWの終盤になってしまったのもその影響なのです。

居間の隅っこで

 様々な武器を撃ちまくる地球防衛軍の一員として異星人の襲来と闘うという痛快な3Dアクションゲームで、もう発売は数年も前なのですが、とてもエキサイティングで面白いのでした。居間の隅っこで頼まれてもいないのに、地球を防衛すべく汗をかきかき、目を赤くしてパソコンのマウスを必死に操作している私を妻は放っておいてくれました。ただ、「まだやっているの?」と時折聞かれるので、「もうやめるところなんだ」と何度も問答をしていますが。文句までは言わず、私の自制心に任せてくれる妻に感謝です。

の子供はお気の毒

 スマホのゲーム市場は年間1兆円、ゲーム機市場は3600億円を超える売り上げとのことです。今の子供は羨ましくもあり、同時にお気の毒でもあります。スマホはなく、ゲーム機もファミコンしかなかった私の中学生の頃とは全く異なり、依存性が強く、楽し過ぎる無数のゲームの、とんでもない誘惑に曝され続けているのですから。

引きこもっていても

 思えば、私が高校を卒業してからこの30年、スマホが登場し、電子技術の高度な発達を背景にネット環境が各家庭に普及しました。日本人は自宅に何らかの端末さえあれば、端末の美しい画面が提供してくれる無数の動画やゲームを楽しむことで、それなりに退屈せず過ごせるようになったのでした。

ステイホーム何のその

 コロナ禍で、ステイホームを強調され続けたこの1年間でしたが、この時代なればこそ耐えられた部分があるでしょう。無数の素晴らしいコンテンツを制作し続けてくれる人々、それを提供してくれるネット環境と最新のテクノロジーに感謝です!

むすび 

 我々が世の中を知るために頼りにしているマスコミの報道はいつも悲観的で、ペシミスティックな気分をこの世の中にまき散らしているように見えます。特にコロナ禍のこの一年はそれが顕著でした。確かに日々悩ましいことはきりがありませんが、冷静になってみれば、それ以上に感謝出来ることが見つかるものだし、見つけるべきであると思っております。

怒りについて

コロナ禍が長引き、相変わらず以前の日常生活は戻ってこない中ですが、今回は怒りの感情について思うところをお伝えさせて頂きます。

 怒りは人を疲れさせる

 我々が日常誰でも感じる怒りという感情ですが、怒りに心を一体化させてしまうと、その負のエネルギーは我々の心身に悪影響を及ぼします。交感神経を介し、脈拍を早め、動悸をもたらし、血圧を高くします。また、怒りを感じる人との関係を決定的に悪化させ、関係の修復を難しくします。

 怒りを正当化すれば、居座ってしまう

 我々は自分の思い込みによって他人への怒りを正当化し、時にそれを固定させてしまうことがあります。怒りの感情を感じることは当たり前ですが、怒りの感情をひとたび固定してしまうと、常にそれを自分の心に居座らせてしまうことになります。そしてそれは無意識的にも、意識的にも、自分の心身や他人を傷つける刃となるのです。

誰でも見えない事情がある。

 患者さんによくお渡しする言葉です。誰かに感じた怒りを和らげたいときに役に立ちます。怒りを感じさせる振る舞いや言動をしてしまう人にも、必ず自分からは見えない事情があるからです。すぐに理解は出来ないように感じても、見えない事情があると構えること、相手に対して何らかの結論を留保することで、怒りを心の中に居座らせずにすむのです。

心は正当化したがる。

 怒りのエネルギーは、時に言葉の力を介して、さらにその力を強めることがあります。不安から逃れようと、私たちの心は理不尽な感情に対して自分を正当化するために何らかの説明をしようという傾向をもっています。しかし、言葉はその用いられ方によっては、心の健康に薬にも毒にもなるのでした。

呼吸というツールを用いる

心が不安定な時に怒りについての結論を出してしまえば、自分を極端に悲惨なメロドラマの被害者にしてしまいかねません。自分の心に長期的に影響を与えることについての結論は焦らない方がいいのです。そして、結論を控える、望ましくない思考の働きを抑制するには、身体感覚に意識を向けること、誰でもある呼吸というツールが役に立つのです。思考から離れられる瞑想や、音楽を聴くことも役に立つでしょう。

一人になった時も、心の中で穏やかにつきあう

 私も職場にせよ、友人にせよ、いろんな方とお付き合いがあります。実はいろんな方とのお付き合いは、私が一人になっても私の記憶の中で続いているのでした。私も一人になった時に、よく怒りを感じた人に話しかけることがあります。その人に対する怒りが思わず口を突いて出てしまうこともありますが、そういった自分を受け止めながら、落ち着いて起こったことを見つめなおすようにしています。落ち着くために、瞑想もしています。

理解しようとする努力が贈り物になる

 一人になっても続いている、怒りを感じさせられた人とのお付き合いが、かえって怒りを強めるようなものとなれば、それは現実的なお付き合いにも悪影響を及ぼします。自分が一人でいる時にも、その人と口論を続ければ、その人との関係は悪循環となり、やがては破綻へと至るものです。逆に、一人になった時に、怒りより粘り強く理解と寛容を心がけ、その人と仲直りできれば、その関係に好影響があるものです。

対人関係の悪循環を避けるために

直接その人に向けられなくても、心の中でその人に考えるどんな言葉であっても、実はその人への贈り物になるのです。私は悩ましい人との対人関係をこの方法を意識すること、私が一人でいるときにはその人と仲直りするように心がけることで何度も乗り越えてきたと思っています。

 どの位傷つくのか、何で傷つくのか、それはもともと自分で決めている。

また、人からの関わりの中で、怒りを感じたり、落ち込まされたり、というように自分の心が反応する時は、そもそも自分が気にしている所、自分が受け入れられていない自分のある部分を刺激された場合がほとんどなのです。それを私が敬愛する作家の本田健さんは自分の中の癒されていない部分とおっしゃっておられます。

役に立つ範囲で聞けばいい。

 怒りを感じても、相手より自分のあり方を見直すことで、自分が受け入れていない部分が見えてくるものです。20代の患者さんで、上司や先輩からの叱責から、日々緊張感に伴う仕事のストレスに苦悩や憤りを感じている方がおられました。

外部からは圧迫があれど、内面には自由がある

その方は、私と相談する中で、周囲から言われ、自分で傷ついたように感じることは、実は自分で決めていたということに気づいたとおっしゃってから、仕事のストレスについて診察で訴えることはほとんどなくなったものでした。何を言われたかが問題ではなく、何を言われても、自分の心を振り返って修正する機会を与えられていることに気づく重要性を悟った若者を、私はすがすがしく感じました。

むすび

 今日は息子の4月にあった誕生日のお祝いに家族で近所のレストランへ夕食に出かけましたが、7時にラストオーダーと言われ、ちょっと戸惑ってしまいました。先が見えないコロナ禍の中で、せめてワクチンをお互いに打つことが出来たら、そのメンバーで飲みにいこうか、と医師の友人と囁き合っているところです。

精神状態が悪い場合の一般的な特徴

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3月は講演会の依頼が重なり、ブログの更新が大変遅れてしまいました。今回は精神状態が悪い場合の一般的な特徴についてお伝えさせて頂きます。具合が悪いときには共通の特徴があるように感じられ、皆さんのご参考になるかと思うからです。上はソファーで偉そうにしているひろりんです。

 コロナ禍にあっても

 大変有難いことに、当院には初診の患者さんが相変わらずとても多くいらっしゃいます。また、しばらくご受診されていなかった方でお具合が悪くなったために受診なさる方も少なからずおられます。そういった患者さんとお会いする中で、私が感じてきたご特徴について一つ一つお伝えいたします。

否定的な感情に動かされた行動をとる。

 具合がよくない場合には、否定的な感情に動かされた行動をとられる傾向があるようにおもいます。精神的に余裕がないことが背景にあるのです。ちょっとした刺激で感情的になり、怒ったり、涙ぐんだりされたりすることがあります。感情が抑えられず、それがすぐに言動や振る舞いとなって表れてしまうのです。

周囲との悪循環

 感情的になりやすいことは、ご家族など、周囲との軋轢を強め、時に悪循環をもたらすことがあります。ご家族が気を遣い過ぎて疲れてしまったり、患者さんと同じように感情的になることから、口論になってしまったりすることがあるからです。疲れてしまったご家族が患者さんと距離を置くことに患者さんが納得できていない場合には患者さんの孤独感を強めるし、もちろんご家族と口論になれば、患者さんの孤独感ばかりか、無力感、疲労感も強めることになります。

悪循環を避けるために

 私はご家族には、患者さんを「直そうとは思わないでください」とお伝えしています。ご家族が患者さんを「何とかしなければ」と思いつめることは、お互いがその関係に依存し合う共依存という状態となり、往々にして悪影響しか及ぼさないことが多いからです。結局、病を乗り越えるのは、患者さんご自身です。周囲は患者さんの力を信頼し、あくまでも周囲から出来る援助に徹するほかはありません。時にはご家族が疲れて感情的になってしまいそうなときには、「まずはご自分が落ち着ける時間をおいてから」患者さんと接してくださいとお伝えしています。

罪悪感

 次は罪悪感です。これは患者さんが周囲や社会に対して、「迷惑をかけている」、あるいは「役に立っていない」と思い込むことを背景に、自分を責めることにつながります。そして、自責とは、患者さんの抑うつや疲労感、緊張感を強めるだけで、誰の役にも立たないものです。患者さんは自分を責めることより、「自分の出来ること」、あるいは「リラックスすること」を考えてもらった方がいいのです。

リラックスが貢献になる

 これは前のブログでもお伝えしたし、最近患者さんによくお渡しする言葉です。ただただ、自分の中にある命をいたわることが、自分を楽にすること、リラックスということです。リラックスする習慣を持つことが、精神的な病を和らげることにつながるため、それはリラックスを心がける患者さんにも、その周囲にとっても、いいことなのです。

いつも自分をわかってあげればいい。

 私は自分を責めそうになったら、深呼吸した上で、「わかるよ」とご自分をいたわってあげるように患者さんにいつもお勧めしております。療養上、必要なことは自責感ではなく、その逆で、自分と和解し、リラックスを心がける習慣だからです。

不安

 次は不安です。これは罪悪感と同様、大袈裟なメロドラマによる幻想と結びついて、患者さんを苦しめていることが多いものです。メロドラマによる幻想とは、「自分は一生よくならないのではないか」とか、「家族(または恋人に)に自分は嫌がられて、見捨てられるのではないか」とか、周囲から見れば、極端に見えることでも、本人は大真面目でいろいろ想像して苦しんでいる場合があります。

不安は注意すべきサイン

 不安とは、それを抱いた人間にとって何らかの注意と、それについての何らかの対策や行動を促すために役に立つものです。それについて極端に考え込んだり、想像をたくましくして自分を苦しめる必要はありません。不安になった時も、考え込まないようするために深呼吸や運動、瞑想が役に立ちます。また、考えるのであれば、不安に対して「自分に出来ること」を冷静になって考えることが重要です。差し当たって何も不安に対して患者さんがすることがなければ、「必ず道はある」と繰り返し、気分を楽に保つようお伝えすることもあります。

メロドラマに陥る

 具合の悪い場合には、ご自分のことを深刻に考えがちなものです。これまでお伝えした否定的な感情に動かされること、罪悪感や不安感に苛まれること、これらの全ての背景には現実的ではない、極端なご自分を巡るメロドラマが作り出す幻想が存在する場合がほとんどです。実際、人間は誰でもあるがままの現実自体を認識することは出来ず、現実を自分なりに選んだ物語によって解釈して生きています。

ドラマの選択は自由である。

とすれば、生きていく上で、自分を行き詰った悲劇の主人公として考えるメロドラマを選ぶことは得策ではなく、自分をリラックスさせて、元気づけてくれるような物語を選ぶことが大切なのです。私は診察では時に冗談やユーモアを交えて、患者さんに笑顔になってもらうように心がけています。それは自分自身を深刻に考えすぎないようにお勧めするためでもあるのです。

むすび

人間に与えられた資質であるユーモアは、時に苦しみや悩みが尽きない人生の救いになりえます。かつてADHDの傾向が目立っていた私は小学校から高校に至るまで、冗談ばかり言って周囲を笑わせることばかり考えていたものです。社会人となり、50代に差し掛かった今でも、出来る範囲ですが、私に接してくれる人々を、暗い気分になりそうな時には自分を、笑わせるように心がけています。

学習性無力感について

 今回はポジティブ心理学の提唱者、マーティン・セリグマンが発見した、「学習性無力感」について思うところをお伝えさせて頂きます。

犬は無力感を学ぶ

 1960年代のことです。実験心理学を学ぼうとしていた若きセリグマンは、大学院の実験室において、音と不快な弱い電気ショックを結び付けた条件付けの実験を見せられたのでした。しかし、その実験は犬が音を聞いても何もしようとしないために、当初の実験目的を果たせずにいました。

セリグマンの慧眼

慧眼なセリグマンは、音を聞いても、ショックを避けるように犬が反応しない様子を見て、次のことに気づきました。犬が実験の早い段階で、もがいても、跳び上がっても、吠えても、何もしなくても、そんなことにかかわりなく、ショックが与えられたり、やんだりすると感じ、無気力になることを教えられ、犬たちはあきらめてしまっていたのではないか、ショックと結びつけるように実験で設定された音は関係ないのではないかと。

セリグマンの発見

当時としては極めて独創的な着想から、セリグマンとその同僚は意図的に無力感を作り出す犬を使った実験を行い、無力感は学習されることを証明して見せ、心理学会に大きな衝撃を与えたのです。当時の行動主義者は、人間のすべての行動は、ほうびと罰によってのみ決定されると主張していました。つまり、人間の行動の動機づけになるものは、自分の内面、すなわち意識ではなく、すべてほうびと罰に基づく外界の環境だけだと考えていたのでした。

人間についても

 セリグマンの発見に驚かされた心理学会によるさらなる研究によって、その後は犬ばかりでなく、人間でも実験が行われ、人間でも無力感は学習されるということが分かったのでした。さらに一歩進み、人間の心において、無力感を作り出す悲観的な思考、逆に希望を作り出す楽観的な思考はどういったものか、ということまで考えられるようになったのです。

物事に対する説明が無力感と希望を作り出す

 セリグマンは、人間がどのような思考に基づいて、楽観的でいられるか、それとも悲観的になってしまうかということを探求しました。そして、楽観的な人間、悲観的な人間が物事に対して説明をするやり方には、普遍性、永続性、個人度という要素がある、とセリグマンは考えたのでした。

人間の思考の3要素

 簡単な例を挙げると、普遍性について言えば、悲観的な人は、「人間は誰もが自己中心的だ」、楽観的な人は「あいつは自己中心的だ」と考えます。楽観的な人は悪い物事は部分的なものと考え、悲観的な人はその逆に普遍的だと考えます。永続性では、悲観的な人は「うつ病は治らない」、楽観的な人は「うつ病は必ず治る」と考えます。つまり、楽観的な人は悪い物事は一時的で、必ず変化するものとし、悲観的な人は悪い物事はずっと続くものと考えます。

いいことは何でも人のせい

最後に個人度では、自分の属しているチームがスポーツで買ったときに、楽観的な人は「自分が上手だった」と、悲観的な人は「チームメイトが上手だった」と考えます。楽観的な人はいいことを自分の原因に、悲観的な人はそれを他人の原因とするのです。

私が思い出したこと

 私は最近、セリグマンの著書に改めて目を通したのですが、思い当たることは数多くありました。例えば、長年に渡るうつ状態が改善した女性です。その方は長期に渡って将来の不安に思い悩み、いつも深刻な表情をしておられましたが、通院治療で徐々に改善し、日常生活の喜びとにこやかな様子を取り戻されました。

人生にはよいこともある

驚くべきことに、良くなった彼女は暗い表情をしている人をみると、「そのうちにいいこともあるわよ」と言ってあげたくなると話すのでした。彼女が取り戻した楽観性に、今度は躁状態になったのではないかと少し私は心配したほどでした。かつての彼女はいつも憂いと不安をその表情に滲ませていたからです。およそ人の人生観というものは、変われば変わるものです。

そういう人だったのね。

幼少期のいじめ体験や、積み重なった対人関係のストレスから、人と接する時の不安や恐怖が強まっている方がおられます。そういう方は、無表情で、自分からは話さないことが多く、もともと大人しい方なのかとこちらが思っていると、デイケアを通所しているうちに、ごく自然に日常会話をなさるようになることがあります。

尊重してもらう体験は成長を助ける心の糧となる

ご自分の変化について、ある方は、「デイケアの人がやさしくしてくれたから」と話してくれました。長年に渡った対人不信が、デイケアでの信頼できる対人交流を積み重ねるうちに、改善していったのでした。まことに、信頼できる人、自分を尊重してくれる人との交流は心の糧となるものです。その心の糧が積み重ねられることが、人間の成長を育み、無力感を和らげるものなのです。

反芻という人間の性癖

 さらに、嫌なことを繰り返し思い浮かべ、自分をさらに嫌な気持ちにさせる誰でもある心理的な性癖をセリグマンは「反芻」と呼び、無力感を悪化させる一つの要因としています。男性が女性に比べ、うつ状態にならない理由の一つとして、男性は、くよくよ思い悩むより、何らかの行動に出る傾向が女性より強いからではないかとセリグマンは考えています。

落ち着いている時に考えればいい

 これは患者さんに私がお渡しする定番の言葉です。嫌な気分の時に考えれば思考はそれに従い、さらに嫌な気分になるものです。誰でもある心理的な性癖である反芻から逃れる方法として、セリグマンは手首にゴムバンドを巻いておいて、反芻が起きそうになったときはパチンとはじく、という方法を上げています。たかがゴムバンドですが、時に人を圧倒することすらある悲観的なメロドラマの幻想から、いま、ここの現在に気持ちを戻すことに役だってくれるのです。

リラックスが貢献になる。

ゴムバンドも役に立つでしょうが、その時の気分をそらす方法、リラックスする方法はいくらでもあるでしょう。私にとっては深呼吸や瞑想、自分を元気づける決まり文句、がそれにあたります。メンタルヘルスの維持のために、誰もが自分の不快な気分や悲観的なメロドラマの繰り返しから気をそらす避難所となる、あるいは現在に立ち返られる習慣を普段から心得ておくべきでしょう。

むすび 

 コロナ禍で外出が減り、自宅でエアロバイクを用いた運動をしながらアマゾンオーディブルで朗読を聞く機会が増えてきたように思います。講演会はなくなっても、読書によって優れた古典に触れる機会が増えていることは私にとって、ありがたいことです。

当院のご案内
町田まごころクリニック 町田駅徒歩8分 心療内科医 神経科 精神科 メンタルクリニック
町田まごころクリニック
〒194-0022
東京都町田市森野2-8-15
AWA渋谷ビル1F
駐車場12台完備
ご予約・お問合せはお電話で
042-851-7824
小田急線町田駅
JR線町田駅 徒歩8分
バス停「町田市民ホール」
「妙延寺」
「第四小前」徒歩4分

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