マゴノテ交換日記

パフォーマー古藤と作家西垣のユニットマゴノテです。交換日記というタイトルがついています。 日記と活動報告と次回にむけての構想とか、大げさなもんでないメモ書きです。 福祉施設に呼んでください!

3月1日

日中暗い旅のチェックをしながら、喫茶店にいた日。
夜は、暗い旅の納品作業。
僕は整音担当に任命された!
僕と上田さんの声をあげて、
石田さんの声をさげるという作業、いつもの作業。

3月2日

昼はハイタウンの会議+元・立誠小学校に行って取材を受けた。
その後のハイタウンのことを大歳さんと本多さんと。
近くの喫茶店のはちみつ豆乳というのが、目が冷めるほど甘かった。
辛いのもつらいけど、甘過ぎるのも地獄だ。

3月3日 

朝から、酒井さん団長さんと、とある打ち合わせ。
団長さんはおでこに傷があったけど、みんなに「どうしたんですか?」
と聞かれまくっているやろうから、聞かないでおいた。
そのあと、大歳さんと会議のはずが、熱を出してしまい、リスケさせていただいた。
インフルだったら悪いし、そのための休みだし、と言い訳しながら。
体調がとにかく悪い。ここ2年くらい全く風邪引かなかったのに。
考えられるのは、

・ボクシング
・ナイシトールという肥満薬
・イージーファイバーという食物繊維の粉。
ただ単に睡眠不足というのもある。
少し良くなったので、夜コメダで本を読んでいた。
一人の用のカウンター席というものが出来て便利。
都築さんの圏外編集者という本がむちゃんこ面白い。
この思いを大歳さんに伝えよう。

3月4日

午後から酒井さんと団長さんと一緒のお仕事。
団長さんは、スタッフの子に「おでこどうしたんですか?」と聞かれていた。
「そんなんええねん」とウンザリしている様子だった。
やっぱり聞かなくて良かった。

3月5日

朝から園芸企画のロケ、今日で何が何でも、
風邪なおしてやるぞ、という思いでいる。
とりあえずイージーファイバーという食物繊維の粉をやめた。







 

2月23日 

2月末の締め切り台本してボクシング。
シンプルな日。

2月24日

朝から暗い旅の打ち合わせ(チロル)→園芸企画の台本(モス)→
大歳さんとハイタウン打ち合わせ(コメダ)と二条近辺の喫茶店をハシゴ。
ちびちび作業してたら朝になる。

2月25日

朝になってしまった、1時間だけ寝て、駅へ向かう。
そうだ!ゆうばりだ!ゆうばり国際映画祭へ向かうのだ。
新千歳空港で時間があるので、喫茶店で2月末の台本をする。
苦すぎるし、600円する珈琲は北海道の洗礼だったのだろうか、
くしくも目がさめて、はかどった。
ゆうばりへ移動。ゆうばりの雰囲気をどう伝えたらいいんだろう、
地元のおばちゃんが、雪の中、てろてろのセーラー服で機関銃を持って立っていた!
というハイブローな映画キャンペーンが行われるほど、激アツなテンションです!
その日は夜中まで映画を見て飲むという、まさに映画祭!

2月26日

朝から映画を見て、スノーモービル?みたいなものを体験した。
楽しすぎると、残している作業が気になる病なので、ちょこちょこ台本を進めた。
夜はヨーロッパ企画のショートフィルム上映会。
京都シネマ→さぬき映画祭→ゆうばりという映画お祭りは一旦収束。
さてさて朝まで飲んで、6時に民宿もどり8時出発、集団の力で起きるしかない。

2月27日

誰ひとりかけることなく、
京都に到着、そのまま新風館のヴィレヴァンで暗い旅のイベント。

IMG_3719
終わってから、大歳さんとハイタウンのことや2月末の台本のことを、
話した、すっかり京都だ。

2月28日
もう書くんです。書くしかなんです。2月末締め切り台本は29日までっていうことなんです!
マゴノテジオを収録した!まだ10日ルールは守れているぞ!

2月29日

この日記を書いている今も台本を書いている合間に、
日記を書いているのだ。あと数時間ふんばり。





 

2月17日

おそらく暗い旅の準備をしていたのではないかな、
そんな日。薄い内容。体の調子が悪いまま二条城を走って吐きそうになった。

2月18日

朝から暗い旅のロケ、ウソのニュースを午前中に撮影し、
午後から収録、渋い渋いコント回になりそう。
夜はボクシングに行かねばと、ふるいたたせ、全然体力が上がらず、
しっぽ巻いて帰ってきた。
帰りの途中、大宮でやっているサイファーを見た。
団長さんがやっていた。

汗をかいて寒すぎるので、
シャワーをあびて、もう一回サイファーを見にいった。
そしたら、団長たちは、見知らぬ若者たちと、サイファーをしていた。
それも、UMB京都予選4位の猛者たちと!
彼らは四条大宮サイファーという集団で、ずっと四条大宮でやっていたらしい。
だけど、たまたま通りかかったら、知らんおっさんたちが、自分たちの場所で、
サイファーしていたからびっくりしたらしい、ってことなのです。
18歳くらいの若者5人と、立命館の演劇部の学生2人と、男肉の団長、Kくん、すみだくん、僕、
という異様なサイファーだった。年齢と実力が反比例というリリックを入れようと思ったが、
無理だった。
一人男前な人がいて、T-PABLOWに似ていた、だけど、こっちには、漢a.k.a.GAMIに似ている、
藤井くんがいた。

fujii_prof
↑藤井くん

T-PABLOWも漢も検索してくださるか、
フリースタイルラビリンスを見てください!

2月19日

園芸企画の打ち合わせと、
上田さんとハイタウンまわりとか、色んなプロジェクトの、
アドバイスを貰って、なるほどと100回くらい思った。

2月20日

天気は荒れているが、ヨーロッパ企画メンバーで車で香川へ。
心が踊って、車内ではクイズを出し合ったりしてしまった。
上映回をし、パーティでは、大根監督がいたり、トータス松本さんが、
いたり目がまわった。
一人ホテルの部屋で、黒木さんと角田さんが楽しそうにやっていた、モンストに登録した。

2月21日

次の日かブロードウェイラジオの公開収録、
ラジオドラマでディレクター役をもらった。
土佐さんに稽古をつけてもらって、これはいける!と飛び出したが
いきなり声を飛ばしてしまった。
まずそこから。夜京都に帰ってきた。

2月22日

朝から2月締め切りのコンペの台本。
もうこれかな、と方針決まったところで、
ハイタウンの会議に参加。
「あと10分会議開始時間が遅かったら、お前は俺に書かれていたな、
 命びろいしたな!」
と思った。ダメだ、一旦寝かそう。



 

このページのトップヘ