福岡八卦掌研究会

福岡県福岡市と筑紫野市で活動する福岡八卦掌研究会の紹介と練功日程。福岡八卦掌研究会は、宋長栄派八卦掌、程廷華派八卦掌、馬貴派八卦掌を基盤に八卦掌を体系的、統合的に研究する会です。八卦掌の技法、套路の紹介。講習会ドキュメント!

2010年12月

馬貴派講習会ドキュメント1  2010年8月21日

8月21日

通訳の問題など今回も事前の準備が色々と大変であったが、
今年の夏も無事に李保華老師をお招きしての講習会を行なえる事になった。

今回、李老師は二日市のホテルまでお一人で来られた。だいぶ福岡にもお慣れになったようだ。先日、岡山でお会いした時も思ったが、今回の李老師は若干スリムになられたようだ。

午後5時にホテルまで迎えに行き、本日の講習会場へと向かう。会場に到着し、練習用のウェアをプレゼントしたが、気に入られたようだった。

会場では、本日の中国語通訳をお願いするK先生とご対面、やはり中国語での通訳のほうが安心されるようだ。明日、通訳を依頼するMさんも通訳の見学に来られた。熱心な方でありがたく思う。

18:00 講習会スタート

約10分ほど、基礎的な理論面の講義があり、実技のスタート!

馬貴派の実技と言えば、やはりこの独特の走圏である。受講生を一人ひとりを見て回り、各自の姿勢を修正していく、一通り見て回った所で全体の注意点を2,3説明、そしてまた走圏の練功を積み上げていく。

40分ほど経過して、単換掌の復習。何度見ても李老師の単換掌は、力強く美しい。見るたびに単換掌の奥深さを感じる。

1時間後で10分間休憩。いつもの「ガンバルー!」の掛け声で後半スタート。

休憩後は、探掌や蓋掌など馬貴派の基礎的な技撃掌法を復習。李老師の探掌や蓋掌は、受けを取るのも気が抜けない。

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そして、本日の講習のメインである。双換掌の講習へ。私自身は今期で双換掌を見たのは4期目だが、今年の冬の講習会で見た双換掌と比較すると撞掌から走馬活携の部分が若干変化があったようだ。

岡山の講習などで学んだ内容もこうやって、福岡で間近で復習ができるのは何とありがたいことかと思う。

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   双換掌 行歩撩衣
双換掌の型を一通り学んだ後は、双換掌に含まれる単操として、大扣擺歩(三角歩)からの蓋掌と撞掌を学ぶ。

三角歩を用いることで、通常は相手の斜め前方からの入る攻撃が真横もしく斜め後方からの攻撃になる。

そして特筆すべきは、やはり撞掌である。撞掌といえば、昔日であれば八卦掌の絶技として習うことはもちろんのこと見る事すらも容易ではなかったと聞く。時代が違うとは言え、こういった練功方法を惜し気もなく指導してくれる李老師に会員諸氏もぜひ感謝してもらいたい。もちろん、老師が言われるように2~3年でどうにかなる技ではないということが前提だと思うが。

集中した講習もあっという間に2時間が経過し、無事に終了。

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今回も遠く福岡の太宰府に来て頂いた李老師にまず感謝。通訳をして頂いたK先生も本当にありがとうございました。受講した皆さんは、この機会をぜひ一生の財産にして頂きたい。


馬貴派講習会ドキュメント②
馬貴派講習会ドキュメント③
2010年8月馬貴派八卦掌講習会 総括 〈伝統を学ぶ上で〉


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馬貴派講習会ドキュメント2   2010年8月22日

8月22日

本日、今期2日目の講習は、我々が日曜クラスで常時使用している高雄公民館で行なわれた。

本日の講習のメインは、九州地区では、初公開の順勢掌である。

今日の講義は、順勢の意味するもの、そして位置関係に関しても詳しく説明された。

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講習の前半は、いつも通り走圏と単換掌を中心に、そして、いよいよ順勢掌の講習である。

順勢掌の套路自体は、双換掌よりも短くシンプルな印象がするが、やはり内側での扣歩を中心に独特の特徴がある。

その後、実践用法の説明へ、今回は単換掌と順勢掌を対比させての説明が行なわれた。扣歩を内側の足で行なうか外側の足で行なうかで、相手との位置関係が変わり、技法も変化していく。

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   単換掌変化

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 順勢掌変化(反背捶)

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 順勢掌変化…腕を完全に決められて投げられている。

休憩後には、思わぬビッグサプライズとして、順勢掌の第二変化の講習が行われた。順勢掌の第二変化は、今期の岡山や東京の講習会で初めて公開された掌法である(獅形掌の第五以降は、順勢掌を基盤とするため)。套路の構成としては、順勢掌と双換掌を組み合わせた感じであろうか。

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    順勢掌第二

そして後半は、順勢掌に含まれる単操として、燕子抄水と燕子点水の指導が行なわれた。受講者にとっては、大変きつい稽古だったと思うが、一昔前の中国人老師は、日本でセミナーを行なっても、日本人には下盤のきつい稽古はさせなかった。なぜこのきつい下盤の稽古を李老師が行なうのかよく考えてみてほしい。

受講者全員、汗だくになって二日目の講習も無事終了。通訳のMさんは、本当に頑張ってくれた。彼女は、今後も東京で馬貴派八卦掌を学んでいくそうである。ぜひ頑張って頂きたい。

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講習終了後は、李老師の歓迎会が大野城市の澤の家で行なわれた。
Mさんの通訳もあり、終始和やかな雰囲気でした。Eさんの李老師を初めてみた時の印象には、全員爆笑でした。気になる方は、Eさんに直接聞いてみて下さい。

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 最後は全員で記念撮影


馬貴派講習会ドキュメント①
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馬貴派講習会ドキュメント3  2010年8月23日

8月23日

いよいよ今期最後の講習日である。本日の講習は19時スタートということで、李老師は、昼間天拝山に登られたそうである。「天拝山はとても良い気が満ちている。あなたは毎朝あそこで練習するように」とのアドバイスを受けた。李老師は、天拝山がとてもお気に入りのようである。

本日の講習会場は、太宰府南コミュニティの大会議室である。セミナー開始前に一人で机やいすを移動していたのだが、一苦労だった…。次回以降、この会場を使用する際は、皆さんぜひお手伝いをお願いします。

本日の通訳は、エリーさんである。彼女も今日の講習前に一度、事前講習会に参加してくれ、専門用語なども熱心に勉強してくれた。大変感謝する。

本日の講義は、八卦掌において穿掌という技法がいかに重要な位置づけであるか、また穿掌を行なう際の意の用い方などを詳細に説明されていた。

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講習の前半は、いつも通り走圏と単換掌の復習。そして穿掌の換掌を学ぶ。その際、換掌の対練をさせて頂いたが、やはり崩されてどうしようもない。自分で回っている訳ではなく、李老師に完全に回されていた。

休憩後は、本日のメインの講習である。三穿掌の講習へ。

私自身、三穿掌の指導を受けるのは、2年振りになる。やはり燕子撒剪などの下盤の強い功夫がいかに必要かと再認識させられた。また李老師の凄まじいのは、金鶏独立の際の低く安定した姿勢である。李老師自体が先達達の金鶏独立の低い姿勢をみて感動したとのことであるが、いったい先達達はどのようなレベルだったのであろうか。

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講習の最後は、直歩での穿掌の指導が行なわれた。やはり穿掌を本当のものにしていくには、こうした地味な練功を絶えず続けていかなければならないだろう。

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無事に3日間の講習を終え、全員で記念撮影。

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我々を教えるためだけに遠く太宰府まで来て頂いた李老師には、最大限の感謝をしたい。また受講された皆さんもありがとうございました。特に3日間とも参加されたKさん、女性のTさんには、今後も頑張って頂いて、将来的には馬貴派八卦掌を指導普及して頂きたいと思います。


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2010年8月 馬貴派講習会 総括

8月31日

過ぎてみれば、本当にあっという間の8月だった。

事前の会場や通訳の手配、李老師のスケジュール調整。各クラスで行なった事前講習会。二度にわたる岡山での講習会の参加。福岡講習会の開催。そして再び、李老師を追いかける形での岡山講習会への参加。

まさに八卦掌漬けの8月だったと思う。そして過ぎてみれば、やはり感慨深いものがある。

前回2月の講習会と比べれば、今回の講習会は、李老師が早めにスケジュールを教えてくれたので、準備期間が十分取れありがたかった。とはいえ、やはり通訳に関しては、今回も確定するまで一苦労だった。来期以降も心当たりのある方は、早めにご通達頂けると助かります。

私自身は、今期で7期目の講習会参加だったが、やはり学ぶ度に思うのは、よくこれだけの技術体系が失伝せず、受け継がれてきたなと思う。そして、その技術を一所懸命に伝えて下さる李老師への感謝である。

今後、福岡の地で馬貴派八卦掌を学んでいく皆さんには、ぜひこの伝統への感謝の気持ちと、そして一門としてのつながりという意識を持ち続けて学んで頂きたいと思います。


〈伝統を学ぶ上で〉

八卦掌の歴史は、まだ150年くらいでしょう。当初は特権階級だけのものであり、2代目や3代目の頃は容易に学べるものではなく、余程の紹介者がいなければ学ぶことすら許されない時代でした。また仮に学ぶことが許されたとしても、実伝真伝を得られるのは、ごく一握りの拳士達だけだったと思います。

やはり当時は、身を守るための護身術であり、言い換えれば、殺人を目的とした技術ですから、悪意のある人間に教えれば悪用されますし、簡単に練功法や技法を教えれば、研究され師を裏切る人間もいたでしょう。だから人選は慎重で、相当の年数の信頼関係がなければ、実伝真伝は得られませんでした。

今の我々のように教室やセミナーで簡単に学べるという環境や時代ではなかったのです。

そして、その後中国は大動乱期に入ります。弱体化した清国を欧米各国が利権を奪い合い。また我々日本人は日清戦争、日中戦争とまさに中国を荒らしまくりました。そして第二次大戦後は、国民党と共産党の内戦です。

この時代、程派八卦掌の開祖 程廷華(てい ていか)をはじめ、多くの八卦門の有能な拳士たちも亡くなっています。

そして、今から約30年ほど前の文化大革命でも、伝統武術家は相当の迫害を受けています。何しろ名誉があり、有名な武術家ほど被害を受けたのですから、武術を学んでいるだけで何の罪もなく刑務所に入れられたり、ひどい事例では虐殺された武術家もいたと聞きます。

この時代の逸話として、八卦掌開祖 董海川の墓標を八卦門の人間達が協力して、とある農地の地中深くに隠した話はあまりにも有名です。(革命後、八卦門が一致団結して掘り起こし、現在は立派な墓標が完成)

一門の弟子たちは、団結して自分達の先生を地方や国外に脱出させたりもしていたそうです。またこの時代、武術を学んでいた人たちは、人前では武術の練習はせず、自分が武術を学んでいることを誰にも話さず、地下に潜りました。

文革が終わった後も、またいつ時代が逆戻りするか分からない訳ですから、伝統武術家は容易には表に出ず、ひそっりと練功を続けていたのだと思います。李老師と干先師の年齢があれだけ離れているのも、この時代背景の影響があるのだと思います。

いかがでしょうか。八卦門の先達達は、これだけの動乱の時代を乗り越え技術を受け継いできたのです。そしてある意味、我々日本人も加害者として接してきたという現実もあります。我々日本は敵国だったということです。

その日本人である我々に教えるためだけに、この太宰府まで来てくださる李老師に対して、いったい我々はどれだけの感謝の気持ちを持っているのでしょうか。一門のトップが来るというのは、ある意味信じられないことです。

やはり伝統武術を学んでいくのであれば、歴史を学び、時代背景を知り、その上で技術を学んでいく必要があります。

そして、その上で伝統への感謝の気持ちを持ち続けてほしいと思います。
 

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