Mae Sod近くの滝よっしーです。前回の研修旅行以後、少し体調を崩しており、ようやく治まってきました。よく考えると、相当忙しい生活をしています。クラスメートを見ていると、日本ではこれほど体力豊富な集団を見ないなと思いますが、みんな目標があるので気持ちが引っ張っている様です。川の中にもマングローブの高い木が茂る、木陰の滝で癒やされました。
4回目のフィールドトリップは、ミヤンマー国境近くのMae sodでした。バスで8時間、今回は交通費、宿泊費は個人負担で、バスがつらいので飛行機で行かせてもらいました。この県で一番大きいMas Sod病院は立派な病院で、ERも備え、未熟児施設も色々な検査機器、レントゲンも有ります。この県で帝王切開術が出来るのはこの病院だけです。タイの国籍を持つ人たちは、この病院を受診します。この病院でも患者さんたちを見せてもらい、勉強させてもらいました。
Mae Sod 病院
ここから1時間ほど車で山に入ると国境の近くにつきます。国境と言うのは、小さな川があるのみで、写真の様に場所によっては容易に渡れます。向かい岸にあるのがミヤンマーの国境(国旗が並んでいます)。
国境(ボートですぐに渡れます)
この町は、ミヤンマー(海外のホームページなどでは今でもBurmaビルマと記載されています)との国境に近く、ミヤンマー内部でカレン族とビルマ族の争いが25年も続いており、現在も軍事政権から選挙を行う民主主義へ移行する途中で、まだ色々な問題を抱えていると思います。そのため25年前から難民がタイへ渡ってきており、現在は推定7万人います(半数は未登録)。祖国での争い、貧困、税金などを逃れ、タイへ逃げてきた人々が難民としてキャンプに住んでいますが、すでに25年経過しており、子供たちの多くはここで生まれた子供たちです。その後の不法入国者も多く、難民としての登録を済ませていない人もキャンプの外に住んで居ます。各国からの援助は、多数のNGOの手によって分けられ、一ヶ月の配給などは大人一人あたり、米15kg,魚のペースト、缶詰、サトウ、豆、塩、油、炭、石けん、毛布などが最小限配給されているそうです。しかし、登録されているのは半数くらいですから、食べ物を分け合っているとすれば、あまり沢山の食料があるとは言えません。近くで農業などをしていますが、彼らは、難民として登録されているので、キャンプを勝手に出て行くとその権利を失います。都会へ出稼ぎに行くことは出来ませんし、途中の道路には、何カ所も検問所が有り、難民や不法入国者は通ることが出来ません。しかし、重病になったり、お産で難産になると、Mae sod病院へ運ばれますが、その費用はキャンプ内の医療を行っているNGOなどが負担せねばならず、出来るだけキャンプ内に複数あるNGOの医療施設で治療を済ませます。長年かけて難民を見てきたMae Tao clinicはその中でも一番大きな施設で、年間の分娩数が1000件あるそうです。詳細はホームページが有りますので、ぜひ見てみて下さい。
キャンプ村(木造の高床式の家に、木の葉をしいて屋根にしている)
世界中には他にも難民キャンプがあり、古いところも沢山有ります。急性期のキャンプでは、住居、食料も足りず、南スーダンでは、死亡率も危機的状況になっています(国境なき医師団ホームページより)。 http://www.msf.or.jp/news/2012/08/5662.php
キャンプで生まれ育った子供たちは、5才までに多くが病気で死んでしまいます。しかし、大人になってもその世界から外に出られないのではないかと考えると、毎日の生活だけでは無く、大きくなってからの希望が見えない世界にいる子供たちに何かをしてあげたいと思います。同じ思いで、色々なNGOが学校や生活援助、仕事の援助をキャンプの中していますし、掘っ立て小屋のような寺院、教会、モスクなども愛に満ちた宗教人による奉仕で営まれていると思われます。ボランティアで訪れる人たちの多くが、実際には貧しい彼らから、食べ物や悲しみを分け合う本当の愛を教えてもらったと言います。世界中が愛で満たされる日が来ることを信じて、愛を教えて下さった難民の方々、現在働いておられる方々、寄付をいただく方々に感謝いたします。
一日でも早く紛争が無くなり、難民では無く、祖国の国民として生きていける事を心から祈ります。