まだ暑いかも?と当初は伊吹山へ挑戦することを考えていた9月のうろうろでしたが、気温が下がってきたのと、朝少しゆっくりしたかったのと、で前日に六甲へと変更となりました。と言っても、正確には菊水山と鍋蓋山で、コースとしてはざっくり言うと神戸電鉄の鵯越駅から新神戸となります。

このコース、山へ行き始めた頃に歩いていて、菊水山の登りがきつく、もう二度と登らない!宣言をしていたのですが、大山や伊吹山よりはきつくないだろうと再度挑戦してみる気になったのでした。


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鵯越駅から菊水の麓へ向かう途中は緑が多くて気持ちよいです

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彼岸花が丁度見ごろでした


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神戸電鉄の下をくぐって奥に写っている菊水山を目指します


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これはまだ撮る余裕のある部分
でも登っていくと、一気に視界が開ける場所があります


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頂上までの途中から西・須磨方面
前回はもっと視界が良かったので明石大橋も見えていました

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菊水山頂上はとんぼがいっぱい飛んでいました
(写真の黒い点はトンボです)
子どもが捕まえようとしていましたが、成功していなかったみたい…
虫を捕まえることに慣れてないみたいでした
時代を感じた瞬間でした (^^ゞ

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鍋蓋山頂上付近

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布引の滝はこの写真で見えるより水の量が多く綺麗でした
椅子にこんなに沢山の人が座っているのを見るのは初めてでした
この日はハーブ園から下山してきている人も多かったようです

(約4時間)

「何も特別なことをした訳ではない」と著者のミープ・ヒース。公にしたがらなかったミープをアメリカ人ジャーナリストのアリスン レスリー ゴールドが説得して話しを聞き、共著として出版されたこの本が日本語に翻訳されて出版されたのは1994年で、本屋で山積みになっているのも何度か目にしていたけれど、ずっと手にとる気にはなれませんでした。でも読まなきゃ、という気にさせてくれたのは『ゲド戦記』の訳者である清水真砂子さんの本『本の虫ではないのだけれど』に紹介されていたからでした。

『アンネの日記』は子供時代に読んだなりなので、朧げに覚えている程度でしたが、今回アンネがどういう少女で、どういう中であの日記が書かれていたのかが見えました。アンネ達、ユダヤ人にとって厳しい時代であっただけでなく、一般のオランダ人の人たちにとっても物資のない中を反体制か体制派かに二分され、心身ともにギリギリの中を生き抜いてこられた事を知りました。

体調不良なスイス人の子であったミープがオランダへ行き養子となっていた、アンネの父の会社で働いていた、等々、こうした行動が出来た理由とも思えることも描かれていて、ミープが言うように当然のこととしてお世話されたのかもしれない。

そうは言っても、もし同じ私だったら同じ行動を出来たか?自分も食べ物が無くなり、身の危険を感じるようになったら途中でなげうったのではないか? 

雲行きが怪しくなってきている今、考えておきたい事が沢山あります。



昨日は突然のお知らせでしたがご連絡下さった方々、有難うございました。
おりてきた指示に従って、の時間を過ごしました。
以下、ちょっとだけご報告します。


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以前の祭壇でお願いしていた紙は焼き天に上げました。
そして、その上に祭壇自体をホールドしていてくれた月桂樹の葉っぱさん、
今回のホールドをお願いした(下の写真 1)
前日のトーキングサークルでの祭壇に使われたセージさんと
頂いた鞍馬山の「清め杉」さん(写真 2)へ
祭壇のエネルギーのの引継ぎ



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(上が写真 1 / 下が2)

清め杉




そして今回の祭壇

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途中軽食を摂ったりもしましたが、2時頃から7時頃まで直感に従ってお祈りしました。
お預かりしたお祈りはまだ暫くこのままお祈りしますね。

***

祭壇はオンラインコースで習ったドン・オスカーのパチャクティメサ(Pachakuti Mesa)をメインに、あと直感に従って作っています。宗教には関係ありません。
http://heartofthehealer.org/shamanism-pachakuti-mesa-tradition/

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